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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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約束の日まで

――ここはどこだろうか。



ゆっくりと瞼を開く。しかし瞼が開いているかどうか分からないほどの暗さに目を瞬かせる。


そもそもここは暗いのか。


そっと右手をかざすと、いつか見た紅葉ではなく見慣れた白っぽい手の平が見えた。


真っ暗であると感じたのに、かざされた手は陰りなくはっきりと目視できた。


身体は重くあり、軽くある。


息は浅く苦しく、そして深い。


ふわりと浮かぶようで、ずしりと沈むようで。


まるで水の中にいるような感覚に陥る。


浮力を感じるも重力に逆らえなくて落ちていく。


この感覚が身体の感覚なのか、意識の感覚なのか分からない。


空っぽになった身体、いや精神かもしれないがそれに触れようとするが掠めることもなく宙を掻く。

夢見心地の頭で考える。



僕は、死んだのだろうか?



傷だらけになったはずの身体に痛みはない。ならばここは死後の世界というものなのかもしれない。

暗くて何も見ることができない。


一応仏教徒ではあるので三途の川なるものがあるかとも思えたが、川の流れる音は聞こえない。随分と寂しいところである。


エジプトの地獄、ツアトでは、死者は暗く汚い道を歩くという。だがここは暗いものの汚くはないし、そもそも歩くための足があるのかすら判断ができない。



上も下も、右も左もない。


一寸先は闇、だなんて笑えない言葉がよぎる。



また、死んだのか?



次に私は一体何になるのだろうか。


人になるのか、動物になるのか、それとも環を抜け解脱でもするのだろうか。


私の抱えたこの記憶はどうなるのだろう。


二回分の人生の記憶。いつかに危惧した記憶の持越しを思い浮かべた。それは頭がおかしくなりそうだ。


ふわふわとした頭で無感動に思いが浮かんでは泡沫のようにはじけて消える。



両親たちはどう思うだろうか?昔から可愛げのない子供で、彼らを喜ばせることを僕はしたことがあっただろうか?申し訳なく思いながらも僕にできることはきっとなかったと自己完結させる。


翡翠とは和解できなかったな。僕はもう少し蓮様以外のことも見るべきだった。本来なら翡翠が一番近くにいただろうに、僕は何もできなかった。一度くらい、向かい合って話あうべきだったかもしれない。


そういえば、四ツ谷や日野たちに中学は私立に行くっていうのを言い忘れてたな。うじうじ考えてないでちゃんと話せばよかった。



浮かんでは消えていくのに、それらはすべて後悔だけ。僕は結構奔放に過ごしてきたつもりだったけど、思ったより僕は女々しかったらしい。何が男らしく、だ。結局僕は臆病なんだ。


蓮様は、無事だっただろうか?


そうでなければ困る。僕が何のために生きていたかが分からない。


大切なものを守りたくて、守りたくて。壊れぬように、汚れぬように。



――何をさ?


大切な、


――何が?


小さな僕の主人を、


――違うだろう?



また、お前か。


ぐるり、ぐるり、逃げ場のない言葉が僕を閉じ込めるように包み込む。



――お前が大切に、大切に守っていたのは、

――******、だろう?


何、聞こえない?


――聞こえてるんだろう?


ううん、聞こえてない。


――聞こえている。耳を塞ぐな。


塞いでなんて、いない。


――目を開けろ。


開けている。


――背けるな。見ろ。


見ている。


――ならば見えているだろう、聞こえているだろう。


……何を?



――生きているのか、死んでいるのか


――白樺蓮とは何であったか


――お前がもっとも望んだものが


――この世界が何か


――お前がそこにいた理由が


――何をすべきか


――そのすべてが、わかるはずだ



分からない、何も分からない。



――分からないんじゃない、分かろうとしていないだけだ



そんなことはっ……



――お前は誰か


僕は、赤霧涼……。


――お前は誰か



僕は、私は……



誰だっけ?




――友人とは誰か


――白樺蓮とは何か



ああ、ああ、ああ、言わないでくれ……



――もしお前がこの世界からいなくなったなら、


――それは、ただ『元に戻る』だけだ




垂らされたインクの行方。


僕らはそれを知らない。





でも、でも、僕は気付いてしまったんだ。


瞳に映る白い蓮の正体に。


この、多様な色を持つ世界の正体に。




それでも僕は、


臆病で、卑怯で、自分勝手で、脆弱であるから……。


誰に言うでもなく言い訳を重ねる。



浮上していく意識と反比例するように


白日にさらされそうになる卑しい塊を静かに、沈めていった。



いつか、きっと迎えに行くから……。


その日まで、どうか待っていて――――。

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