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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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孕む熱

「……涼っ!」



名前を呼ばれ現実に引き戻されて、弾かれたように右手で蓮様の手を握り、左手でバンの淵を掴み転がり出るようにバンの外へ飛び出す。唯一の脱出口を半分塞いでいた長身は踏みつけさせてもらったため足の下でくぐもったうめき声が聞こえた。


まるで絵本の王子様のごとき登場。絵本ならきっと、王子様は颯爽と去っていくのだろうが現実はそうもいかない。僕らが転がり出るころには助手席に乗っていた茶髪もサバイバルナイフ片手に外に出ていた。


よくよく蓮様の手を見ると1,5メートルほどの長さの鉄パイプが握られていた。どうやら先ほどは前方の放置された廃材の鉄パイプで長身の後頭部を強打したらしい。だが打ち所が良いというか、悪いというべきか、長身は気絶すらしていなかった。


何故戻ってきたのか、なぜこんな無茶なまねをしたのか、蓮様に聞きたいこと、言いたいことは沢山あるが悠長に話している暇など一秒たりともない。


茶髪が僕らの方へ向かってナイフを振り上げる。



「らああっ!」

「っ……」



予想外に蓮様は手に余るほどのパイプで応戦しようとした。一気に血の気が引く。慌てて蓮様を後ろへ押しやり、ギリギリで身を躱した。ガッ、と音を立てて椿の太くはない枝を抉る。



「なっ、涼邪魔するなよ!」

「な、に言ってんですか蓮様っ!!素人がまともにそんなもので応戦できるわけないでしょう!」



アドレナリンが出ているのかなんなのか分からないが、イケると思ったらしい無知な主人に肝を冷やす。

彼の持っている鉄パイプは彼の身長と同じくらい。重量もそれなりにあるように思われる。使う者によっては十分殺傷能力を発揮するが、完全に蓮様の手には余る、まさに無用の長物だ。


素人でまともに武器を扱えていないのは茶髪も同じだが喧嘩慣れをしているか否か、純粋な力、いずれにしてもこちらが劣っていて、おまけに相手は茶髪だけではない。そんな探せばいくらでも上がる理由を懇切丁寧にこの正義の味方になりたい彼に説明をするわけにもいかず。ザックリとだけ言う。



「蓮様はとりあえず逃げてくださいって!!」

「お前だけ残して逃げるわけねぇだろうがっ!!」



最早僕が白樺蓮でないのは明らかだが、蓮様がこちらへ戻ってきた時点で僕の計画は完全に倒れた。今手元にある選択肢は二つ。一つはここからは逃げの一手。もう一つは応戦するなりして時間を稼ぐこと。


正直両方ともまともにできる気がしない。取りあえず僕は頭の中でその両方を起用する。


ひとまず潰したいのはこの茶髪だ。完全にこいつは見境がない。僕ら、というより白樺蓮だが。目標が死なないようにだとか生け捕りにしようだとか、なんていう考えは完全に抜け落ちている。今回の誘拐に参加したのは金が欲しいというのもあるだろうが単に力を行使したいというのもあるのだろう。ただこの錯乱している状態はやりやすい。うっすらと積もる雪に足を取られながらも塀側までナイフを避けていく。


塀に背中が付く。


目の前には茶髪。右手にはジャンパーの男。手には危険視していた小ぶりなスタンガンが握られていた。

大きくサバイバルナイフを振りかぶった茶髪は勝利を確信したようにニタリと笑い僕のに向けてナイフを振り下ろす。



「……っ」



毛一本ほどの距離でそれを避けると、渾身の力で振り下ろされたナイフは標的を失い空を切った。そしてぐらりと傾いた茶髪の後頭部を掴みそのままコンクリート塀へ勢いを殺すことなく、



「がっ……!」



ずるりと力を失い血を流し倒れる茶髪の男にさっと目を走らせ息をしていることを確認しておく。殺すつもりはないので一応手加減をしているが、こちらも必死なので微妙に不安であったのだ。だが男は気絶しているだけで息はしている。額が割れたせいで派手に血が噴き出ているが部位が部位だけに、あまり心配はいらないだろう。落ちているサバイバルナイフはワンタッチ式のものだったので刃をしまいポケットに突っ込んだ。



簡単に生死だけ確認を済ませた茶髪をポイッと捨て、隣で立ち尽くすジャンパーの男を見る。



「ヒッ、く、来るなぁ!」



睨みあげるように目をやると情けない声を上げながらも縋るように、掲げるようにスタンガンを持った右手を突き出した。もっとも危惧していた武器ではあるが持ち主のおかげで問題なさそうだ。腰は引けているし、目の前で血を流し倒れる共犯者に慄いている。さっさと潰そう。



「黙れ」



躊躇なく一歩男の方へ踏み出し、一瞬で距離を詰めるとまた喉のひきつるような声を上げたがどうでも良い。不安定に突き出された右腕をさっと避け、それをひっつかみ引っ張りバランスを崩させ先ほどの茶髪よろしく、頭をわしづかみ顔面に右膝をたたきこんだ。


悲鳴を上げる間もなく倒れこむ男も同じように簡単に怪我の様子を見る。鼻と口から血を流している以外に不安要素はない。あの程度の力だったので気絶するか不安がよぎったが、この男が根性なしで助かった。手から滑り落ちたスタンガンは使い方を熟知しているとは言い難い上に電流の大きさが分からないことから踏みつけて粉々にする。ふと膝にチリッとした痛みが走り目を移すと、先ほど叩き込んだ右膝に歯が刺さっていることに気付き舌打ちをする。適当にそれを手で払い落した。


いい加減逃げることくらいできただろう、そう思い蓮様がいた方を見る。しかし予想に反して彼はまだそこにいた。しかもさっき僕が踏みつけた長身ともみ合って。



「何してるんですか、あなたは本当に馬鹿なんですかっ!!」



取りあえず長身の顔に掌底を入れ蓮様から距離を取らせるが、手ごたえがないので大したダメージではないのだろう。だいたいこいつらの目的は蓮様なのに何故肝心の彼が無防備でここにいるのだろうか。



「だからお前を置いて逃げることなんてできなっ……」


「調子に乗るなよ餓鬼がっ!」



蓮様の腕に掴みかかる長身に慌てて体重を乗せ拳を出すがいまいち決まらず、わずかにうめき声を漏らすだけに終わった。



「今そんな理想的な答え求めてませんから!!一刻も早くここから離れて警察呼ぶなりなんなりしてください!」

「でもお前がっ……!」


「今あなたにできることはありません!」



邪魔だと告げれば傷ついたような顔をされるがそれに構っている余裕はない。しかも長身は無傷で捕えることをあきらめたのか、どこからか小型のナイフを取りだしたため本格的にまずくなってきた。少なくとも最優先事項蓮様を逃がすことだということに変わりはないのだ。逃げてさえくれればそれはひとまず達成される。


振り下ろされたナイフを慌ててポケットに突っ込んであったサバイバルナイフで受け止める。気まぐれにだが拾ってきて良かったと思うも、その一撃の重さにヒヤリする。僕が手に持っているのも長身が手に持っているものも、相手の命を簡単に奪える紛れもない武器である。練習などではない、命のやり取り。一瞬でも間違えば、死ぬ。


プロ、と呼ばれるような類のモノではないのだろうが、さっきの茶髪やジャンパーと比べて明らかに場慣れしている。ピリリとした殺気にゾクリと肌が粟立つ。恐ろしいと思うと同時に歓喜する心を無理やり隅に押しやりできるだけ早く潰す方法に考えをめぐらす。



それでも遠くに耳を澄ます。まだ、まだなのか……。早く……!



僕は目の前で対峙する長身にいっぱいいっぱいで忘れていることがあった。僕らの後ろにつけられていた軽自動車は誘拐に失敗し計画が破たんした時点で逃げたのか分からないが、すでにその姿をくらませている。バンに乗っていたのは助手席に茶髪、運転席にジャンパー、後部座席に……。


長身のナイフを避けていると後ろから影が差し、背後に立つ咥え煙草の姿を認識した。……長めの警棒が振り下ろされる影を。



「っは……!」



なんとか前方のナイフと後方の警棒を避けようとするが、そのどちらにも失敗しナイフは左腕を滑り、警棒は右肩を直撃した。



「いってぇ……!」



間違いなく警棒には金属が仕込まれている。打たれた右肩は痛みを通り越して痺れ、異常な熱を孕み始めた。よりにもよって右腕何とかサバイバルナイフは持っているがそれも気合だけでつないでいる。降り敷く雪の冷たさなど到底熱を冷ますのに追いつかない。辛うじて脳天に直撃しなかったことが唯一の救いだと考えるもとてもじゃないがこれ以上持つ気がしない。持つ気がしなくても持つしかないのだが。


しかしぐちゃぐちゃになりつつある頭で何とか考える。



こいつがここにいるってことは蓮様は……?



ハッと蓮様の方を見ると先ほどと変わらない姿でそこに立っていた。てっきりこの咥え煙草は蓮様を捕まえるなり気絶させるなりしてからこちらに来たかと思ったのだが、それは違ったらしい。咥え煙草は蓮様には目もくれずこちらへ向かってきたのだ。揺れる頭で考えるがまともな答えなど出ず、気力で体を動かし何とか前後から挟まれる形から脱する。



遅い……!


いつまで経っても耳に音は入らない。いったいどうなっているのか、瀬川さんに疑いをわずかに持つがそんな疑いなど今の状況においては何の役にも立たない。



蓮様に逃げるように言いたいが二人ともこちらに意識が向いているなら、蓮様を意識させるような発言はしたくない。彼は未だ迷うようにそこに立っていた。状況を理解しているのかいないのか、いつまでもそこでまごつく彼にも苛立ちが募る。


打開策を考えるもなく長身は追撃をした。右手で応戦するのは不可能であるように思え、左手で振り下ろされるナイフを持っていたサバイバルナイフで受け止める。が、思いそれを受けた僕の左腕からはプシッと小さな音で傷口が開き、生ぬるい血が頬を汚したのを感じた。それをぬぐう間もなく力づくで跳ね返す。今の僕じゃ競り合いをしても勝ち目はない。



「おいヤマダァッ!お前はそっちの白樺蓮を捕まえておけ!もうこいつは良い、そっちだけでも連れて行くぞ!」



ハッとして蓮様の方を見ると蓮様もこちらを見ていて視線がかち合う。



「逃げてくださっ……」

「余裕だな餓鬼ぃっ!!」

「涼っ……!」



裂く動作の一択だった男は突然僕に突きを送る。当然意識を蓮様に持っていかれた上に片腕しか使えない僕は何とか急所は避けるように身をよじるが、内臓は避けたものの脇腹を刃が掠めジワリと生暖かい液体が身体を伝った。



ちゃんと見ることはできないが出血はおそらくひどくない。だがもういい加減限界が近づいているのを確かに感じる。身体は重く、右肩や脇腹、腕などは相変わらず熱を帯びている。唯一の救いといえば痛覚が麻痺してかほとんど痛みを感じないことだろう。



ヤマダ、咥え煙草が蓮様の方へ行くのはまずい。僕は目の前の長身で手一杯、とてもではないが奴を止めることなどできない。網膜に最悪の状況が浮かび微かに身体が震えた。



咥え煙草は蓮様の方へ顔を向ける。眼前の長身は確信を得たように口の端を吊り上げた。


傷口は焼けるように熱いのに、身体の芯だけが凍りついたように冷える。


そして咥え煙草は蓮様の方足を踏み出す――――――……






ことなく、目の前で笑みを浮かべる長身の頭に警棒をためらいなく振り下ろした。


展開遅くてすいませんorz

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