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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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雪と思い出

いつもありがとうございます!

ここのところ気温の低い日が続いていたのだが、今週は特に冷え込んでいた。マフラーに手袋、耳あては欠かさない。


窓際の席に座りぼうっとしながら六限の社会の授業を受ける。小学校の社会の授業なんて聞かなくても全く問題がない。チラリと斜め前に座る黒海に目を向けると、しっかりと前を向いて授業を受けていた。彼なんて歴史はたぶん僕よりもできるはずだが、まじめだなあ、なんて他人事のように眺め欠伸をかみ殺した。疲れているということはないのだが、社会担当の初老教師のハリのない声も相まって瞼が重くなるのを感じた。寒い、眠い……。晴れている日は日が入って窓際は気持ちがいいのだが、生憎今は重たげな雲が空を覆い強い風がガタガタと窓を喧しく揺らしている。一時的に黒板に移していた視線を窓の外へ向ける。


ポツポツと水滴が風に運ばれ窓に模様をつける。ああ、傘を持ってきて正解だったな。と思っていると、突然窓際の最前列の日野が座っていたイスを蹴倒すように立ち上がった。



「雪だっ!!」



満面の笑みで叫んだ日野につられるようにみんな席から離れ窓に競うように張り付く。



「おおー!積もるかな?積もるかな?」

「カマクラ作ろうぜ!」

「いいね!」

「去年は雪だるま作って冷凍庫に入れたよ!」

「私それやったらママに怒られちゃったからできないなー」



みんなして好き勝手に話し出すからもう収拾がつかない。教科担任も特に何も言わずに微笑ましげにクラスの様子を眺めている。時計に目をやるとチャイムが鳴るまであと5分ほどあったが、授業が再開されることはおそらくないだろう。申し訳程度に出していた教科書とノートを片づける。この様子だときっと他のクラスもこんな感じなのだろう。



「やっぱりお前はこういうのに反応しないんだな」

「それは前村も同じでしょう?それにここの地域は毎年雪が積もりますし……どちらかといえば、雪が積もったせいで蓮様がうっかり転んでけがをしないかが不安です」



みんながへばりつく窓から少し離れたところで前村と話をしていると蓮様もそこに顔を突っ込む。



「お前は俺の保護者か何かか。だいたい別に大したけが何てしないだろ、普通にしていれば」

「雪道をなめてはいけませんよ?事故はいつどこでどんな風に起こるか誰にも分からないんですから」

「涼は最強の警備員だよな、蓮限定だけど」

「限定にしたらもうSPだろ」



みんながみんな、窓に寄ってはしゃいでいるわけではない。数人の生徒は興味がない風体で自分の席に座っている。そわそわと視線を窓の方に向けて いることからそれがあくまでも形だけというのはわかった。


押し合いへし合いとばかりに窓に群がる子たちを見る。もちろん、日野は最前列を確保しており窓を開け、舞っている雪を掴もうと左手をしきりに泳がせていた。思ったより雪の勢いは激しく、今も衰えるどころかそれを増していた。この勢いだと、帰り道にはうっすらと積もるかもしれない。心もとなくなるであろう通学路を思いため息をつく。意外なことに、雪に夢中な子の中には黒海も混ざっていた。



「あれ?珍しいな、八雲も雪とか好きなんだな?」

「前村……、好き、というか……雪を見ると、桜田門外の変を、思い出すから……」

「悪ぃ、わかんねぇわ」



キラキラとした目で空を舞う雪を見る黒海だが、彼の目の中に移っているのが暗殺事件というのは、またなんとも……。



「桜田門外の変。安政7年3月3日、江戸城の桜田門外で当時の老中だった井伊直弼を水戸藩の脱藩浪人とひとりの薩摩藩士が殺害した事件です。そのうち習うとは思いますが、雪を見て思い出すのには小学生としていささか……」

「まあ四ツ谷のこれは今に始まったことじゃないしな。しっかり解説するお前もなかなかだと思う」

「僕が得意なのは幕末くらいなので……」



チャイムが鳴るも、誰も帰り支度をはじめない。しばらく見ていると、一階の三年生らしき生徒たちが運動場に飛出し楽しげにクルクルと回ったりしている。三階のこの教室まではしゃいだ声が聞こえてきた。



「雪っていうと、僕は赤穂浪士を思い出しますが……」

「あ、それは聞いたことある。あれだろ?雪の中で太鼓鳴らしながら出陣するやつ」

「前村、諸葛……赤穂浪士が攻め入ったとき、実は雪は、降ってなかったらしい……。さらに言えば、出陣って言っても、奇襲だから、太鼓を鳴らしてるわけが、ない……。テレビでやってるのは、演出……」

「マジで!?」

「それは……初めて知りました。てっきりああいう感じだったのかと」



衝撃の豆知識を四ツ谷先生にご教授願っているうちに、ちらほらと騒ぎ疲れたのか窓から離れランドセルに荷物を詰め始める。挨拶はしなかったが、社会の先生はすでにいなくなっていて、少し申し訳なくなった。

夢中になっていた一員の日野が興奮冷めやらぬ様子で僕らの方へ駆けてくる。



「忠志!八雲!蓮!涼!この後暇か!?」

「あー?雪降ってるからたぶん部活ない。一応暇だ」

「俺も……別に何もない」

「ああ、特にこれといってすることはないぞ?」

「僕も同じですが、どうしたんですか?」



落ち着きがなく僕らの周りをそわそわと動き回る日野の頭を前村が片手でガッと掴み、無理やり落ち着かせる。この二人は犬と飼い主にしか見えない。



「あのさ!あのさ!もう少しだけ待ってさ、このあとみんなで雪合戦しないか!?」

「……寒いから、断る」

「お前っ!それでも小学生かっ!隠居したお年寄りじゃあるまいし!楽しもうぜ、若々しく!!」



バッサリと断りプイッとそっぽを向く黒海に抱きついて抗議をする日野に前村が苦笑いをする。



「もう少し積もるまで待っても良いけど、帰り道に少しやるくらいにしておかないか?流石にわざわざ学校で雪合戦をするのはちょっと面倒だし」



むう、と膨れる日野だがそれくらいなら、という黒海の返事を聞き妥協したようでまた嬉々として窓の外へ目を向けた。



「つか、了承しちまったけど蓮と涼は良かったか?」

「良いぞ!良いよな涼、良いよな!?」



落ち着いていたように見えたが蓮様もかなり楽しみにしていたようで、日野と同じような期待のこもったまなざしで僕を見る。一応ちゃんと僕に許可を取ろうとする姿勢が可愛らしいと思うのは僕の身内贔屓の所為だろうか?



「まあ、正直あまり推奨はしませんがその程度なら構いませんよ?……ただ、家に帰ったらきちんと手洗いうがいを忘れずにしてください。それと着替えもしてくださいね。あと一応そろそろ綿羽織も出しておきましょうか」



条件を散々付けたが、僕の返事に嬉しそうに顔をほころばせた。


今はもうだいぶ身体が丈夫になったとはいえ、蓮様への身体の気遣いはもう癖のようなものなのでそう簡単には抜けない。



「俺さ、俺さ!小さい頃雪って花だと思っててさ、初めて外で雪を触ったとき一瞬で水になってすごいショックを受けた覚えがあるんだけど……」

「小さいころ……拓真は、今も小さいぞ?」

「本当に不思議そうな顔すんな!幼児だったときとか、低学年のときとか!」



日野を皮切りに皆記憶を掘り返す。



「あー俺のときは毎年雪が降る度に、積もった雪でかき氷をしようとして止められたな。誰も歩いてないまっさらな雪って綺麗に見えるだろ?実際にはすごい汚ぇけど。何度か親の目を盗んで冷蔵庫の中のかき氷用のシロップとか出そうとしてたんだけど結局親が見かねて隠しちまったな」

「へえ、忠志にもそんな時期があったんだな」



落ち着き払い、同年代よりも大人っぽい前村の話に興味深げに聞く。



「でもそれはわかりますね。僕も一度くらいはしてみたいと思ってましたから」


「「「お前がっ!?」」」



僕の言葉になぜか皆して目を見開く。



「なんですか……一回くらい考えたことありませんか?」

「い、いや……だって、諸葛だろ……?」

「蓮!こいつにもそんな可愛らしい時期があったのか!?」

「可愛らしいって……」



蓮様に詰め寄る日野に苦笑をこぼす。やることはないが、思うくらいは自由だろう。というよりこれは日本中の子供の共通の夢だと思うのだが。



「少なくとも俺も知らないな。昔っから涼はこんな感じだったし……。なんか妙な事とか誰かを心配させるようなこともしない子供らしくない子供だったからな」

「言わないだけですよ。それにそんなことをする以前に、蓮様が危ないことをしないように気にするので手一杯でしたから」

「涼やっぱりいつでも涼なんだな……」

「蓮は何かないのか?」



日野の問いにしばらく考える風であったが、しばらく悩んだのちに、ない!と宣言する蓮様に思わず吹き出す。



「あれ?涼はなんか蓮がやってた事とかわかるか!?」

「ふふふっ……わかりますよ。小学校に上がる前ですから、だいたい六年前の初雪の日でした。僕が蓮様に雪を見せないように画策してたんですが……」


「ん……?どうして志賀に、雪を隠してたんだ?」

「いえ……好奇心の塊に雪なんて見せたら絶対外に飛び出してくじゃないですか」

「あー確かに子供はそうだよな」

「なんだなんだ!いつも俺のこと馬鹿にするくせ蓮も似たりよったりじゃん!」



温かい視線を送る僕らと同類認定をする日野に憮然とした表情を浮かべる蓮様。



「なんだよその眼は!六年も前の話だろうが!それに拓真!お前とは違う!断じて!!」

「まあ結局僕が目を離したすきに勝手に外に出て行って雪に埋もれてたんですけどね。そのあと叱ったんですけど、ちょっとかわいそうだったんで雪うさぎを作ってあげて……」

「ああああ!涼も!それ以上言わなくていいから!」

「さっきお前特に話すことないとか言ってたのにしっかり覚えてるじゃん」



顔を真っ赤にしながら僕の話を止めにかかる蓮様に笑う。


黒い染みを作っていたコンクリートは白に染まっていた。




********




白く染まったコンクリートの道を五人で歩く。若干名は走り回っているが。



「ちょ、見ろ見ろ忠志!!雪だ!!」

「おうおう、見ればわかる。走り過ぎて転ぶなよ?」



新雪が嬉しいらしくまっさらな地面にスニーカーの足跡をつける。が、そのあとを蓮様が不満そうに追いかける。



「おまっ、拓真!綺麗なとこばっか歩くな!!」

「へへッ!蓮も新雪踏みたかったら俺より速く走ってみろよ!」



前方を走る日野に飛びかかるも避けられ、きゃんきゃん喚きながら追いかけっこを始めた。そんな二人を眺めながらのんびりと後ろを三人で歩いていく。



「なんと言うか、元気だな」

「ええ、逆に僕たちが老けているように感じちゃいますね」

「犬が、二匹……」



四ツ谷が赤くなった鼻先を緑のマフラーに埋めた。前方の二人は靴に雪が入るのも気にせず騒ぐが対して僕らは両手をポケットに突っ込み首をすくめている。完全に風の子の保護者だ。



「ムッ!!今俺らのこと犬って言ったの誰だ!?」

「忠志が、言った……」

「俺っ!?」

「おいコラ忠志ぃ!!」



間髪入れずしれっと嘘をつく四ツ谷は我関せずと言わんばかりに白い息を長々と吐いた。一方でテンションを振り切った蓮様が酔っぱらいの如く前村に絡み出す。あーだこーだ言ってた割に日野と同じくらい楽しんでいる蓮様を見て口元が緩む。



「だからさっきのは俺じゃなくて八雲が、ぶふっ!」

「前村っ!?」



絡む蓮様をあしらっていた前村の顔が雪で真っ白になる。バッと前村に雪玉を投げつけた奴を見るとけらけらと笑いながらまた新たに雪玉を製造しにかかっていた。



「ちょ、拓真……いきなりは、やめろ、危ない……」

「そうですよ、せめて一言かけてからにしてください」

「だって雪合戦やるって言ったのに忠志も涼も八雲もやる気配ないじゃん、っむぅ……」



唇をとがらせてすねる日野の唇をきゅっと摘んで黙らせる。まあ前村もこれくらいで怒るほどではないので大丈夫だろうが。



「…………忠志?え、ちょ、何してんの?」

「…………」



ぽたぽたと若干溶けた雪が顔から落ちると、顔をあげることなくしゃがんで道路に薄く積もった雪をかき集め始める。無言で。別になにかあるわけでもないのに嫌な予感がして一同前村の方をみて硬直する。



「…………」

「ま、前村君……?」

「忠志……落ち着け……!」



日野の口から手を離ししゃがみこむ前村へ近づく。様子からしてもう雪玉一つ分の雪は集め終えているように見えたのだが……。



「…………」

「おいっ拓真、逃げろ!!野球部部長がお前のために氷の玉製造してるぞっ!?」



蓮様が声を上げるも、前村はすでに件の玉を作り終えていた。そして日野もまた忠告に耳を貸さず恐る恐るといった風に前村に近づく。



「えっと、あのぉ忠志君……?お、怒ってないよね?」



あ、こいつバカだ。三人の心が寸分たがわず一致した瞬間だった。


ゆっくりと前村が顔を上げる。それはそれは、真っ黒い笑顔であった。



「ああ、怒ってないさ……。お前が馬鹿なことするのは今に始まったことじゃねぇし、お前から目を離した俺も悪かったし、雪合戦するだとかなんとか喚いてたお前がこういうことを仕出かすのはわかりきってたはずのことだ……」

「あ、はい……」



いつもの三分の一ほどの声量で返事をする。自然萎縮し敬語になっていた。が、じりじりと後ずさるのは彼の本能に違いない。



「ただ、前々から思っていたことがあるんだ。駄犬には躾が必要だと思うんだ。……なあ、お前もそう思ないか、涼?」



何故僕に振る。


まさか思わないとは口が裂けてもいえない。この場において最も逆らってはいけないのは前村であると確信している僕は辛うじて目を逸らしながらも返事をする。



「ハイ、僕モソウ思イマス……」

「涼、片言……」



日野が悲壮感たっぷりのまなざしを向けてくるが、悪いけど僕は僕の命が惜しい。僕はだめだと判断し、四ツ谷と蓮様に視線を移すも二人は示し合わせたようにさっと目を逸らした。



「なあ、お前雪合戦したいって、言ってたよなあ……?」

「は、はいっ!」

「してやるよ、雪合戦……」

「へ……?」


”まあ俺が一方的に投げつけるだけだけどな。”



前村の言葉を聞き、日野が背を向け走り出すまで約0.5秒。

前村が大きく振りかぶるまで約2秒。

異常な密度の雪玉が日野の後頭部に直撃するまで約4秒。

どうっと倒れた日野を見て僕らが戦慄するまで約5秒。


この約5秒間の間に起った惨劇の始まりに慄く。



「え、なんで忠志の投げた雪玉は拓真に当たっても砕けないんだ……!?」

「蓮様、それは前村が作り出したのは雪玉ではなく、限りなく鈍器に近い氷の玉だからですよ」

「忠志の剛速球に、耐えうる玉って……」



前村によって繰り広げられる躾という名の制裁から半分現実逃避しながら巻き込まれないように遠巻きに雪合戦を観戦する。日野の悲鳴が聞こえた気がしたが、もしかしたら気のせいかもしれない、と自己完結させておく。


ただいい加減本当に流血沙汰になりそうな予感がするので決死の覚悟で雪合戦を止めにかかる。初雪の上に舞う鮮血とか、笑えない。


僕と四ツ谷の二人がかりで前村を止め、その間に蓮様が日野の生存確認に走る。



「ま、前村、落ち着いてください。最初の一発目でちゃんと日野も反省してますから!」

「忠志、お前の気持ちは、ちゃんと、拓真に、伝わってる……!」



なんとか怒り狂う前村を落ち着かせチラリと蓮様の方を見やれば、道路に引き倒された日野は溶けかけた雪でグチャグチャだった。何を話しているかまでは分からないが、蓮様が日野に何かを言い聞かせ、日野は顔を青くしながら首を何度も縦にふり何かに同意しているのが分かった。





かくして、なんとか血飛沫舞う雪合戦を阻止しキュ、キュと雪を踏みしめながら帰路についた。



「あのさー」



頬に赤みを取戻し、鼻と頬を赤くした日野が誰に問うでもなく聞いた。



「みんなはさー、中学はどうすんの?公立?私立?」

「あなたからまさか進学の話が出るとは思いませんでした」

「今日は雪が降ったから、明日は槍が降るな……」

「マジで!?」



怒るでもなくなぜか嬉しそうな顔をする日野はきっと四ツ谷の言った意味を分かっていないのだろう。



「拓真ごときの発言で、天を左右できるとでも……?」

「えっ!あ、うん。……いやいやいや、八雲が言いだしたんだろ!?なんで俺が悪いみたいに言われてんの!?」

「そもそも天を左右云々の前に槍が降るってところに突っ込めよ」



落ち着きを取りもどした前村が軽く日野の頭をチョップする。



「で、で!みんなどこ行くの?」

「俺はたぶん近くの公立だな。別に私立に行く理由はねぇし」

「俺は、まだ特に決めてない……」

「蓮と涼は?」



当然のごとく回ってきた質問にしばらく考え込む。つと蓮様に視線をやればなんでもない顔をしていた。逡巡し、口を開く。



「……僕は、蓮様が行く中学に行きますよ」

「そりゃあお前はそうだろうな!で、当の蓮はどうするか決めてんのか?」

「俺も四ツ谷と同じでまだ決めてないな。まあたぶんが親が行けっていうところに行くとは思うけど。……涼は何か聞いてないか?」



一瞬だけ言葉に詰まるも、何とか表情が崩れないように、あいまいな笑顔を浮かべる。



「いえ……僕もまだ何も伺っていません」



今僕は笑っているはずなのに、ちゃんと自然に笑えているか不安になった。


僕の返事にニカッと日野が笑う。



「そうか!じゃあ中学上がってもみんな一緒かもしれないな!」

「そうだな、まあほとんどの奴が公立の中学行くとは思うけどな」




いつの間にか、進学の話はそれ取り留めもないくだらない話になり、それぞれの家へ帰って行った。僕もみんなと話していたはずなのに、何を話していたか全く思い出すことができなかった。




部屋に入り、緩慢な動きで着物に着替える。一通り着替え、ひんやりとした畳に倒れこんだ。


少し久しぶりの感覚。僕は一部ではあるが、未来を知っている。



確かゲームの舞台になった高校は中高一貫制の学校だった。そして主人公は外部生として高校に編入、彼女以外のキャラクターは皆中学生の時から通っている内部生、という設定だった。つまり、僕と蓮様が行く学校は私立だ。日野や前村とは違うところへ行くことになる。


ここのところ、自分がイレギュラーであることを忘れていた。


僕がここでどのように過ごしても、周りのみんなに妙に思われることもなかったし、仲の良い友人がいる。授業内容が重複しているとはいえ、何の違和感もなく皆の中で暮らしてきた。なじんでいた。神楽様と会った時でさえ、僕は傍観する立場ではなく、蓮様の側にいる『赤霧涼』として彼と話をしていた。


この僕の知る世界に馴染み、安住していたのに。


未来を知る僕は、みんな一緒かもしれないと言った日野に、そうですね、と返すことができなかった。

長いので二回に分けさせていただきますが、次は短くなるかもです

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