存在理由
「……ごめんな涼。父さんあんまり聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」
現実逃避を始める父様。想定の範囲内の反応だが顔色を変えることなくじっと見上げる。
「どうしたら私は蓮様の御側付になれますか?」
「……え、えぇ?聞き間違いかな?もう一回言ってk」
「どうしたら私は蓮様の御側付になれますか?」
一字一句違わず三度繰り返す。
「え、本気……?」
「もちろんです。」
「……理由を聞いてもいいかい?」
軽薄な笑みは消え去り珍しく真剣な顔で問う。
兄さんは不思議そうにこちらを見ている。何の話かは分かっていないだろう。
「守りたいと思ったからです。」
本来のゲームのシナリオでは赤霧翡翠が白樺蓮の御側付になる。双子の妹など出てこない。私という存在はイレギュラーである。本来私はこの世界にとって必要のない、異物だ。
では何故、私はここで生きているのだろう。何のために私はここにいるのだろう。そう、ずっと考えていた。
私がこの世界で生きる意味が欲しいと、強く願っていた。 意味も理由もないのにこの奇妙な世界で生きなければならない。頭がおかしくなりそうだった。
だけどもうシナリオなんてどうだって良い。イレギュラーである私が従う理由はない。
だから、
私が生きる意味は、私が決める。シナリオが変わろうとも、兄さんの未来を変えようとも。
誰かのために生きたい、誰かに必要とされたい。胸を張って生きる理由があるといいたい。
だから、私は蓮様のために生きたい。彼を守るために生きたい。
それは彼を利用することになる、それでも私は。
「それだけか?」
「……足りませんか?」
「……御側付になるのは大変だぞ?」
「はい。」
「お前が思っている以上に。」
「覚悟の上です。」
「……それに御側付になるのは基本男だ。」
「例外もあります。」
「現状で蓮様の御側付に適当なのは男である翡翠だ。」
「何故でしょう?」
「……男と女では力の差が大きい。だから、」
「力の差を埋めるほど、私が強くなれば良いのでしょう。」
静かに駄々をこねる娘に困り切った顔をする。今まで何一つとして我が儘をいうことのなかった私に戸惑っている。
「お前はそれほど強くなれるのかい?」
「なれる、なれないではありません、なるんです。」
真っ向から言い返し、曲げるつもりはない、という態度を貫く。
「どうしてそんなに御側付になりたがる?」
「先程言った通り、」
守りたい、ただそれだけ。
ほとほと呆れたようにまた問う。
当然だ。
初対面にも関わらずその人に仕えたいと言い出して聞かない。覚悟をしてると言っても所詮は三歳児の覚悟、すぐに飽きるに違いない。そう思っているのだろう。
しかしきっともうじき折れる。
溜め息混じりに父様は言った。
「……目指す分には構わない、けど飽きたり辛かったりしたらすぐに言いなさい。」
勝った。
「ただ、翡翠にも同じ様に御側付になるためのことはしてもらう。五歳になったとき、翡翠に負けたら諦めなさい。」
兄さんに勝つだの負けるだのはどうでも良い。私は蓮様を全ての害意から守りたいのだから。
「はい、ありがとうございます。」
私は守りたい。
不安定な深い泥の上に咲き、いつか泥に沈んでしまうのではないかと不安に揺れる一輪の小さな白い蓮の花が、決して泥に沈まないように。
凛と咲誇れるようになるまで、私はそばで守り、見ていたい。
シナリオなんて知ったことではない。
未来が変わろうが知ったことではない。
私は私が決めた生きる理由の為だけに生きる。
生きてみせる。
白い蓮が決して泥に沈まぬよう。