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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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垣間見

向けられた指を折りたいという気持ちに駆られながらもそれを抑えてヘラリと笑う。



「ごめんなさい、お兄ちゃんを待ってるんです。お誘いは嬉しいのですが……」



少しだけ申し訳なさそうに目尻を下げ眉を寄せてみせた。これですぐ引いてくれると良いのだが……。ああ蓮様、早く戻ってきてください。


しかし目の前の男は僕の言葉に予想に反してくつくつと笑う。



「お兄ちゃん、ねぇ。……残念だけどその君の『お兄ちゃん』はお兄ちゃんにあそこで捕まってるよー」


「へ……!?」



指差された方向にハッと目を向けるとそこには蓮様が神楽様と対峙していた。認識した瞬間に走りだそうとするがむなしくも片手を男に掴まれ叶わなかった。


痛いほどじゃないけれど振り払えないくらいの力の込められた手をグッと睨む。こんなことなら最初から構うんじゃなかったと数分前の自分に舌打ちをする。何のために今日ついてきたのだろうと自分の無能さと目の前に立つ飄々とした男に苛立ちが募る。



「まあまあ、そんなに慌てないでよ」


「……離していただけますか?」



苛立つ心を隠すことなく手の持ち主を見据えると、男はおかしそうにまた笑った。



「ははは、怖いなあそっちが本性?さっきの方がかわいかったんだけどねぇ」


「聞こえませんでしたか?離してください」



ちらりと蓮様たちの方を見るも遠すぎて何を話しているのか全く分からない。ただ神楽様が楽しそうに笑ってるのが見えた。



「主人を守るのに必死な番犬みたいだね、お嬢ちゃん。でもあれくらいで取り乱すなんてまだまだ半人前だよー」



その言葉に身体が強張り頭の中では推測と憶測が飛び交う。


どうして蓮様が僕の主人だと分かったのか。そもそもなぜ僕が言ったように妹だと思わなかったのだろう。疑いを抱かせることはあっても、この男は明らかな確信を持ったうえでそう言ったように見えた。このアルビノ少女が誰であるかをこの今日のわずかな時間で調べたのか、いや調べられるはずがない。これはただの思いつきに過ぎず、僕が誰であるかを知っているのは嘉人様や雲雀様や両親、身内だけ……。


掴まれていた腕から力を抜きだらりと下げた。それに不思議そうにしながらもまた楽しそうに続ける。



「んふふふ、俺が何者かって考えてる顔だねえ?」


「……神楽様のお連れの方ですか?」



僕がそういうと眠たげな眼を少しだけ見開いた。どうやら当たっていたらしいと安堵のため息を吐く。大方嘉人様が先に伝えていたのだろう。



「正解ー。よく分かったね、流石御側付」


「お側付は別に関係ないと思いますが……。それと、もうあちらへ行ってもよろしいでしょうか?本日は嘉人様から蓮様のそばを離れないように言われているのです」


「大丈夫大丈夫ー、嘉人さんにはもう二人で話すってことを御曹司が伝えてたから」



既に根回しが済んでいることに顔を顰める。再び蓮様たちの方に目を向ける。少なくとも蓮様は僕が見ていることに気付いていないようだ。横顔しか見えないが何か話しかけた神楽様に嫌そうな顔をしていた。



「御曹司って、神楽様ですか……。申し訳ないのですが、あなたはどちら様でしょうか」


「ははは、お嬢ちゃん、人に名前を聞くときは自分から名乗るものだよ?」



相変わらず掴みどころのない男に舌打ちしそうになるのを飲み込んだ。ただもはや愛想笑いは消え失せている。



「それは失礼いたしました。白樺蓮のお側付、赤霧涼と申します。以後お見知りおきください」


「お見知りおきくださいだなんて固いなぁ……。俺は瀬川(せがわ)竜士(りゅうじ)、あそこでお嬢ちゃんの主人をからかい倒している御曹司のお守り役。そういえば、俺が見た赤霧のお嬢ちゃんの写真じゃあ、髪の色は赤だった気がするんだけど?」


「今はウィッグを着けているので。それで、もうあちらに行ってもいいですか?」



以前のように取り乱している様子はないが、心底嫌そうにしている蓮様の姿がここから見える。早く早く。素性が確定した以上この男、瀬川さんに興味はない。



「ちょ、お嬢ちゃんせっかちだなぁ。せっかくの兄弟水入らずなんだからゆっくりさせてあげたらどうだい?……いや、俺の本心からしたら兄弟仲とかどうでも良いし、あんな兄にいびられる弟も相当かわいそうなんだけどさ」


「わかってるなら行かせてもらえませんか?」


「でも俺も赤霧のお嬢ちゃんを探して足止めするように御曹司サマから命令されてんのよ。俺も怒られたくないわけだ。それに別になんか蓮クンに害をなすつもりはないだろうし、ある程度の加減は心得てるだろうからもうちっと我慢して?」



ああもう、この人はやり辛い。おそらく僕が何を言っても暖簾に腕押しなのだろう。ため息が零れ落ちる。


瀬川さんは僕のため息を納得していない風に捉えたのだろう、後に回り僕の両肩をがっしりと掴むと少しだけ屈んで僕に言う。



「ほら、お嬢ちゃん。あの二人を見てみなって。別に険悪な雰囲気なわけじゃないデショ。蓮クンだって兄貴ウザいな、くらいにしか思ってないんじゃない?今にも舌打ちしそうだけど」


「わかりましたって、それから瀬川さん、顔が近いです。ちょっとウザいです」


「ちょ、きっつ!お嬢ちゃん猫被ってないときついんだけど?!さっきの純真さのかけらもないねぇ……」



おじさんブロックンハートだよ……とか言ってしゃがみこみ大げさに落ち込んでみせた。ので横をすり抜けて二人のもとへ向かおうとするとまたがっしりと腕をつかまれる。小さくだが舌打ちした僕は別に悪くない。悪いのはこのお兄さん、否おじさんだ。しゃがみこんだ姿勢のまま掴まれ仕方なく瀬川さんの方を見ると真顔だった。



「ね、お嬢ちゃん勘弁して。おじさんそろそろ本気で御曹司のわがままの所為で胃に穴が空きそうになってんの。お願いだからストレスでおじさんの身体を危機にさらすのを助長させるのやめてくれない?本当にお願い。おじさんを労わって。いやむしろ愚痴聞いて、おじさんの苦労話を聞いて」


「わかりました、わかりましたから!目のハイライトなくなっててすごい怖いです!」



死にそうな、いや最早死んだ目をして腕に縋りつくおっさんを放置するわけにもいかず、仕方なく瀬川さんを立たせて一旦ホールの外へ出た。手を引きながら足早に歩く。



「え、どうして外にでるんだい?君の大切な蓮クンが見えないけど大丈夫なの?」


「姿が見えるだけじゃ安心できませんから、」



三つ先のドアの前で立ち止まりそのドアにもたれかかるふりをして聞き耳を立てる。



「ここのドアの前にお二人がいらっしゃるので、頑張れば内容も聞き取れます。ここでなら足止めされましょう」



ちょっとこの瀬川さんがかわいそうにもなってきたので足止めという件だけ従うことにする。それにさっきのあの距離じゃ読唇術は流石に使えないし、表情もはっきりは見えない。様子がうかがえないだけなら外から内容を聞ける方が有用だ。扉は厚いが十分に聞くことはできる。今でもはっきりとではないが二人の会話が聞こえる。万が一の時はこのドアを開けて蓮様を回収することも可能だ。



「うわぁ、お嬢ちゃんの発想がストーカーっぽくておじさん怖い。白樺や赤霧にはまともな人間はいないの?」



光源氏の垣間見みたいだわぁ、と的確なのか否かよく分からないことをつぶやく瀬川さんの前で木製の取っ手に手を掛けた。



「ここでもし僕がドアを開けたら瀬川さんは件の御曹司サマに怒られるんでしたっけ?」


「生意気申し上げました」



頭が膝につきそうなくらいの勢いで頭を下げられる。なんというかこの人は……、


「大人としてもプライドとかはないんですか?」


「ふっ、お嬢ちゃん……、大人にはプライドよりも大切なものがあるんだ」


「……なんですか?」


「リストラされない身のこなし。今おじさんが職を失うか否かはあのワガママ御曹司サマの一存なの。だから無暗におじさんを危機に晒すようなことはやめてくれるとうれしい」


「……なんかすいません」



ドヤ顔しているが内容が残念すぎる。そして切実すぎる。本当にかわいそうになってきた。



「もうおじさんいい歳なのよ。今更再就職とかこの不景気難しいわけ。ただでさえ左遷されたからもう行き場がないの」


「頑張ってください。としか言いようがありません」



しかしふと疑問に思う。



「左遷されたってどういうことですか?」


「聞いてくれるっ!?」


「うわっ、」



突っ込んでいいものかと思ったがポツリと小さく質問するとすごい勢いで食いついてきた。なんか面倒だな、このおっさん。だがきっとこれで面倒くさがって聞かなかったらもっと面倒なことになるんだろうな、と思い片手間で聞いてやることにする。何の片手間って、そりゃ盗み聞く片手間で。


聞き耳を立てているが、特に問題はなさそうだ。ちゃんと会話になってる。ただ蓮様は完全に猫を脱ぎ捨てているようだがそれは気にしないことにしておく。とりあえず一つため息を吐いた。

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