白とキャラメル
蓮様と再び中に戻りホールの端の方に立ち、時計に目をやればもう会も半ばであることが分かる。なんとなしに会場を見渡すと一つの白に目が留まった。
「あれは……」
嘉人様を見つけ眺めているともう一つの白があることに気が付いた。嘉人様より低いか同じくらいの身長、赤い目、癖のないさらりとした艶のある髪……。
僕の視線を追い、蓮様もそちらへ目を向け、少しだけ眉をひそめた。
「……あれが神楽だ。写真では何回か見たことあるから間違いない」
僕は幼いころの写真しか見たことがないが、彼にはその面影が端々に見えた。綺麗な笑顔がデフォルト、場所が場所のためでもあるだろうがそれが崩れることは一切ない。一般的に見て見目は誰が見ても整っていると言える程の人当たりがよさそうな好青年だ。確か今は大学生であったか。
「今は挨拶回りのようですから身内、こちらからの挨拶はそれが済んでからにしましょうか」
「ん」
未だ繋がれたままの手を握るとそっと握り返される。大丈夫だとは思っているが不安材料がないわけではない。なにより僕が神楽様のことを全く知らないというのが大きいだろう。もう少し知っていることがあれば心の準備ができるのに……。
何をするでもなくただじっと神楽様と嘉人様の方を見てふと思う。嘉人様の話では連れがいると言っていたが、果たしてあの周辺にいる人たちの誰であろうか。ダークブルーのスーツの黒髪か、ライトグレーの長身か……。
何か探れないかと見ていると予期せず神楽様がこちらを向いた。遠目だから定かではないが目があった気がした。ただもしかしたら蓮さまに気づいたのかもしれないし。そう思い気にすることなく視線を外そうとしたのだが、
「…………」
ニコリ、という効果音が付きそうなくらいのイイ笑顔をこちらへ投げ掛けてきた。自意識過剰ではない、明らかにこちらを認識している。そして散々笑顔の練習をしてきた僕にはわかる。あれは作り笑顔、営業スマイル以外の何者でもない。
僕と蓮様のどちらに笑いかけたかはわからないがチラリと隣の蓮様を伺うと口の端を引き攣らせていた。何となくだが、もしかしたら蓮様の中では神楽様への苦手意識はもうないのかもしれない、
一応こちらからも最上級の無邪気笑顔を送っておく。すると今度は作り笑顔ではなく本当に楽しそうな笑顔が返ってきて、僕まで顔を引き攣らせることになった。その笑顔はまさに邪気にまみれた無邪気な笑顔、子供が新しいおもちゃを見つけたときの表情そのままだった。
とりあえず神楽様の第一印象は喰えない人、だ。会うのが一気に憂鬱になった。
神楽様の視線に気づいたらしい嘉人さまがこちらを見た後、神楽様に何かを話し、神楽様はそれに了解したように頷く。そしてもう一度こちらを見て声に出さず僕たちに言った。
蓮様は何を言われたか分からずキョトンとしていたが、僕は何が言いたかったか理解してしまいゾクリと皮膚が粟立った。
「待っ、て、て」
素敵な笑顔つきで。
今程読唇術を覚えたことを後悔したことはないだろう。
死刑執行を待つような気分で神楽様がこちらへ来るのを待つ。今すぐ会場が爆発したり、大地震が起きたりしないかな、なんて現実逃避するも爆発なんてしないし、地殻変動も起きない。
「涼、大丈夫か?遠い目してるぞ」
「帰りたいです……」
「我が儘言うな、ちょっと挨拶するだけだから大丈夫だ」
ポンポンと頭を撫でられる。嫌でもないのでそのままにしておいた。癒しなのだがこれから起こることを考えるとプラスマイナスマイナスだ。
「何かそうしてると蓮様が年上みたいですね」
「俺の方が年上だろ?誕生日早いし」
年上といっても実質的には4ヶ月しか変わらないのだがまあわざわざ言うほどのことでもないので黙っておく。
「頼りにしてますよーお兄ちゃん?」
からかい半分、縋る気持ち半分で少し高い位置にある顔を覗き込む。すると一瞬ぽかんとした後ぶわあと顔が赤く染まり黙り込んだ。
「いや、黙らないでくださいよ。珍しくふざけたのに反応がないとか泣きますよ?」
ちょ、反応がないのはやめてほしい。なんか自分だけ浮かれてるみたいで恥ずかしくなってきた。
「……ぃゃ、ないだろ普通……ていうかそんな突然…………」
僕の言葉にリアクションを返すことなく見事なスルーを決めこんで顔を僕から顔をそむけてぶつぶつと何やら呟き始めた。
「え、大丈夫ですか?何かあったんですか!?」
ぼそぼそと聞き取れないくらいの声量で呟く蓮様に不安になる。何か僕は地雷を踏んでしまったのであろうか?いや、でも地雷なんてあったかな……?お兄ちゃんがダメだったかな?そんなに気持ち悪かったかだろうか……自重しなくては。
こちらはこちらであたふたとする。傍から見たらかなり挙動不審な二人組だろう。
顔を背け俯いていた蓮様がバッと顔をあげた。
「―――……飲み物取ってくる!!」
「そんなに何か飲みたかったんですか!?」
勢いよく走りだし飲み物の置いてあるワゴンへ走って行った。そんなに喉が渇いてたなら僕が取りに行くのに制止も聞かず走り去っていく。
「こんなところで走るのはちょっとまずいんじゃ……」
呟きが彼に届くはずもなく、フレームアウトしていった。
一人になり、また神楽様のことを思い憂鬱になる。どうにかして回避したいが、どうにもならないだろう。手持無沙汰で熱を失った右手をなんとなく見つめ、意味もなく開閉してみる。
「なんか本当に小さな子供みたいだな……」
にぎにぎと手を動かし暇をつぶす。
そういえばカエルってどうやって手で作るんだっけ、と思い両手の指を絡めカエルを作り口をパクパクさせる。ほかにも犬だったりフクロウだったり記憶をひっくり返しながら手遊びをする。
右手でキツネを作り、口をパクパクさせていると突然僕のキツネよりも二回りほど大きなキツネがヌッと現れた。
「っ!?」
「こんにちは、お嬢ちゃん。キツネさんだよー」
バッとキツネの持ち主を見上げれば僕の目の前には男が立っていた。この距離まで近づいてこられて気付かないなんて……と衝撃を受ける。どんだけ夢中になってたんだよ僕。
ていうかなんなんだこの男は。キツネさんだよー、じゃないよ。節くれだったキツネさんはあんまり可愛くないし、しかも本人も全くやる気がない。裏声にするとかなかったんだろうか。
なんて馬鹿なことを考えながらも無邪気な営業スマイルを張り付けて男を見上げる。
「お兄さんのキツネさん可愛いですね!」
無邪気さの演出のため右手で作ったキツネに喋らせてみるとお兄さんもキツネを作ったまま返事をする。
「おおっ、お兄さんっておじさんのこと?嬉しいこと言ってくれるねー」
ぱくぱくとキツネの口を動かして話す男というのはなかなかシュールだ。やはりこういうのは子供だからこそ許されるのだろう。
外面よくニコニコしながら男を観察する。
自身はおじさんと言っていたが、おじさんという程の年ではないと思う。たぶんまだ三十代前後くらい。ただしいて言うなら気だるげな話し方と眠そうな目の所為でちょっと年かさに見える。疲れてるというか枯れているというか……。
割とがっちりとした体つきでインディゴのスーツに細身のメガネ、髪は柔らかなキャラメル色おそらく地毛ではないだろう。なんとなくだがあまり重役という感じではない。誰かの部下や補佐といった印象を受けた。
「ところでお嬢ちゃんあんまり顔色よくないけど大丈夫?」
至極自然に頬に手を伸ばされたため不自然でない程度にそっと避けた。
いや、悪い人ではなさそうだけど全くの初対面の赤の他人にいきなり顔を触れるのは遠慮しておきたい。
「大丈夫ですよー?ありがとうございます」
「そうかい、それなら良かった」
そしてまたナチュラルに頭を撫でられそうになるので右手のキツネさんでガードさせていただく。スキンシップ多いなこの人。
「ところでお嬢ちゃん、今暇ならおじさんとお茶しない?」
「はい?」
ばちーん、と音がするんじゃないかという程綺麗にウィンクされて変な声が口からこぼれる。
いや、お茶ってここ一応立食会ですよ?お茶も何もここにいる人は現在進行形でみんなお茶してるんですが。
ピストルの形にされた彼の左手の指を無性に折りたくなった僕は別に悪くないと思う。




