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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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おねだり

いつものように白樺家を訪れると、純和風庭園には似つかわしくなく見慣れぬものが置かれていた。

二日前まではなかったはず。蔵から出したのか、いや、出した割にはきれいすぎる。



「ああ、あれか。さよにちらっと話してみたら朝には庭にあった」

「サンタクロースか」



離れに入り、蓮様に庭のモノを聞くとそうしれっと返された。


どうやらさよさんは嘉人様や雲雀様に会話内容を逐一報告しているらしい。さよさんの手間が凄まじいことになっているのだろう。ぎくしゃくしているものの、お互い歩み寄る姿勢はあるのだから解決しそうなものなのだが。ただ人の家の事情に口出ししていいような身分ではない。




「それでさ、涼はあれに乗れるか!?」

「……乗ったことありませんね、持ってませんし、ある程度なら走った方が楽でしょう。自転車よりかは」



庭に置かれた真新しい自転車に視線を投げる。

異彩を放つ青い子供用自転車は汚れ一つなく、太陽の光を反射させていた。


僕の返事に蓮様は驚愕、といった表情を隠すこともなく浮かべた。



「……なんですか?」

「お、お前にもできないことがあるんだな……!」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか?……別に乗れないなんて言ってません。乗ったことがないだけです」

「それ一般的に乗れないって言うんじゃないか?そもそもその物言いだと乗ろうと思えば乗れるみたいな感じだな」

「乗れます」



乗れる、きっと乗れるはず。いや、乗ったことはないけども。でもたぶんこの異常な運動能力があれば造作もないはず!むしろ乗れないとか恥ずかしすぎる。今時乗れない小学生の方が少ない。



「……無理すんな」



微かに口元に笑みを浮かべて僕の肩をポンと叩いた。めったにすることはないが、言うことを聞かない子供を見るような目は腹に据えるものがある。



「にしても、どうしてまた自転車が欲しかったんですか?」

「いや、この前学校で前村と日野と四ツ谷と話した時にさ、近くの山に行こうって話になってさ」

「え、何ですかそれ?僕知りませんよ?ボッチですか?ハブですか?」



なんかいつものメンバーなのに僕だけ仲間に入れてもらえてないのが寂しい。子供みたいに唇を尖らせたくなるのもしょうがないだろう。



「違っ……!その時お前先生に媚売りに行ってたから」

「ちょっ、媚び売るって……もう少し何か言い方あるじゃないですか。普通に手伝ってたって言ってくださいよ……」



つい先日の件で先生たちへの点数稼ぎをしていることに気付いたらしく、ひどくあっけらかんと媚びを売っている認定されてしまった。まあ間違いではなのだけれども。



「山ってどこの山ですか?」

「んー、庄虹山(しょうぐうざん)って聞いてる」

「あー、まあ、あそこくらいなら……」



僕らの住んでる地域は丁度全方位山に囲まれている盆地だ。山に囲まれているが、決して田舎というわけではない。流石に道でタヌキやハクビシンとすれ違うほどではない。小さな山を越えたところにある町はそれなりに栄えているので買い物をする分には困らない。首都圏と比べればずっと人は少ないが、その町がここ数年若干ドーナツ化現象を起こしているため、郊外にはたくさんの住宅街が立ち並んでいる。そのドーナツ化現象による郊外の人口増加の影響を僕らの住む地域も受けているのだ。


だから山に囲まれている割に過疎化したり未開発都市にはなっていないのだ。山が近く自然が多いこともあって、隠居した高齢の実業家や金持ちが住んでいたり、別荘地としても使われている。



その僕らの町を取り囲む山々だが、標高も様々だ。1000Mを超える山もあれば、100Mほどの山もある。それらの山々には多くの野生動物も生息している。タヌキやハクビシンに始まり、ウサギにシカ、猫にムジナにキツネ、野犬。カモやサギなどの鳥も多くいる。正直なところ、あまりよろしくないモノもそこにはあったりする。樹海、とまではいかないが人が出入りしない雑木林や森も多くあるため、ときどき自殺者もいるのだ。山に行くのは良いとは思うが、流石に死体を発見するなんてスプラッタ事態は回避したい。



そんな山々の中でも庄虹山はずっと低い、例の栄えている町に面している小さな山だ。標高はせいぜい120M位で、生息している動物もせいぜいタヌキ、ムジナ、ハクビシン程度だろう。何よりこの山には正規の登山道がある。妙な冒険心を起こさなければちょっとしたハイキングで終わるだろう。


なんでこんなに山に詳しいかというと、昔父様に『修行だ!』とか勝手に宣言されて連れまわされたからだ。野犬と遭遇した時は寿命が縮む思いだった。本気で。



「それがどうして自転車に繋がるんですか?」

「庄虹山まで自転車で行こうって話になったんだよ」

「え?でもあの山まで二キロ程度しかありませんよ。わざわざ自転車出すよりも走った方が早くないですか?走れば五分もかからずにつきますよ」

「お前の化け物じみた体力を一般だと思うな」


この異常な身体になってから素で一般基準が分からなくなってきた。



「それでさよさんにこの話をしてみたってことですか……なんで両親と自分の間にワンクッションいれてるんですか?」


どんな返事がくるかは分かっている。それでも僕は何か機会がある度に蓮様に問い、水を向けている。


「……言い辛いし、久しぶりに話しかけた内容が何かを強請るっていうのは、どうかと思ったから……」

「そんなに気を遣う必要はありませんよ。きっと嘉人様や雲雀様はあなたが話しかけてきたってだけで狂喜乱舞しますから、見えないところで」



わずかに俯き、顔に影を落としながら言う。予想通りの返答があり、僕もいつも通りの言葉を返す。これは僕が客観的に見た考えだ。あの方々なら話せただけでも心から喜ぶだろう。毎回のごとく蓮様に言っているのだが、僕に大幅の信頼を寄せる彼でも、これだけは決して鵜呑みにしないどころか頑なに耳を傾けようともしない。こうして話して聞かせることは無駄なことなのかもしれない。それでも実質的に赤の他人である僕にはこうして話すことしかできない。



「見えなきゃ意味なんてないだろ。……大体気を遣うなって、お前のところだってそうだろ。親兄弟に気を遣ってるんだろ?」

「まあ、否定はできませんね。ところで、」



正直なところ僕も人のことを言えるほど良好な家族関係を築いているわけでもないので、そっくりそのまま言葉を返されてしまうと立つ瀬もない。あっさりと引き、話題の転換を試みるために再び自転車に目を向けた。



「自転車はあっても乗れる人がいないと教えてもらえませんよね?どうするつもりだったんですか?」

「いや、そこはもう、涼が乗れるものだと勝手に思ってたからお前に教えてもらおうと……、」


そう言って言葉尻を濁し、ちらりとこちらに目をやる。笑いが堪え切れていない。



「ご期待に沿えず申し訳ございませんー」

「まあまあ、誰にだってできないことの一つや二つあるよな、うん。気にするなって!」

「本当に楽しそうですねー!」



やたらといい笑顔が向けられる。できれば違うところで見たかった。



「それでどうしましょうか。他に誰かアテはありますか?」

「……忠志と拓真とか?」

「勘弁してください。流石に同級生に教わるのは御免被りたいです」



学校では何でもできる完全無欠『赤霧涼』なのにまさか自転車に乗れないとか絶対ばれたくない。



「わがままだな……」

「いえいえ、前村ならともかく、日野は無いでしょう。あいつは絶対調子に乗ります。言い切りますよ」



そう、基本的にいつも虐げ、いや弄られキャラの彼が何かを教える側に回ったりしたなら絶対に調子に乗る。そして調子に乗ったあいつはとてつもなく面倒くさ、いやウザいに違いない。



「じゃあ同級生以外っていうと大人になるな」

「自転車に乗れそうな大人……。母様はいかがでしょう?この世にはママチャリという言葉もあるくらいですし」


「母様……乗れるか……?」

「…………」



自転車に乗る母様や雲雀様を想像してみる。

あの母様や雲雀様が自転車に。



「……想像できませんね、はい」

「そもそも自転車っていうものを知ってるのかさえ怪しい気がする……」


どこの箱入り娘だよ!とも思うがそれすら否めない。いつも必ず着物だし、着物では自転車に乗ることができない。移動は十中八九車だろうし……。



「父様はどうですか?」

「そもそも休みの日もあまり家にいないだろう」



父様かなりの確率で家にいますねー。基本的に父様は仕事の時は嘉人様のそばで働いてるって昔聞いたけど。嘉人様が避けてるんだろうな。本当に歩み寄る気ゼロのヘタレ様である。蓮様以外のことなら男気溢れる美丈夫なのに。



「他に誰かいますかね……?」

「周りの大人って言ったらそれくらいだしな……」



とりあえず思いついた身近な大人たちをあげてみるが、相応しい人物は思い当たらない。

むう、と二人で考え込んでいると、廊下から足音が聞こえ、襖が開けられた。



「失礼します。蓮様、涼ちゃん、新しい和菓子作ってみたんですけど、お茶にしませんか?」


「ああ、さよさん!」

「なるほど、さよなら乗れそうだな!」

「へ?何がですか?」



お盆に緑茶とかわいらしい若鮎が三尾乗せたまま、さよさんは状況が飲み込めずあたふたとしていた。

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