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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
36/157

描かれた放物線

「おい、次何しようか?」


手に黒いマジックを持った男子生徒が他の二人に問いかける。


「次あいつ、黒海にしようぜ。赤霧と仲良かっただろ?」

「黒海?……ああ!分かった。変なしゃべり方の奴だろ?一年の時から赤霧と一緒にいたよな」

「ていうかあいつ、今も上靴見つけられてねえのかな?昨日もスリッパだったぜ」

「うわ、マジかよ。どんくせぇ、何が赤霧君だよ」

「ほら、ペン。なんて書こうか」

「いつもので良いだろ。本当、目障りだわ、あいつ」



「誰がですか……?」



「んなっ!!赤霧っ!」



朝七時半、三年一組の教室。黒海の机を囲む男子生徒が三人いた。無論、一組の生徒ではない。


「随分と楽しそうですね、混ぜてくださいよ」


「なんでお前がここに……!」


「ははははは、それはこちらのセリフですね。一組でもない君たちが、こんな朝早くから何をしてるんですか?」



僕の存在に気づき、一人がダッと僕の立っていない方の入口へ走り出す。が、


「なっ!開かねえっ……!」


「それは僕がこの教室の鍵を持っていて、君たちが来る前にそっちの扉に鍵をかけたからですよ」



他の二人も焦りだす。


「い、居たら悪いのかよ!別に居たっていいだろうが!?」

「いいえ、別に。強いて悪いと言うなら、君たちがペンを持って黒海の机の前に立っていることですね」



一歩前へ踏み出す。完全に逃げ場を失った三人はその場から離れることもできずに目を泳がし、逃げ場を探す。



「こんな時間に、こんなところで、何してるんですか……?それとも、答えられませんか?」

「お、お前に教える必要なんてねぇ!」

「必要、ですか……。ただ君たちが囲んでる机は、僕の大事(・・)な友人の席なんですよ」


「うるせぇっ!誰の席とかしらねぇし!」

「さっき、黒海の話をしてましたよね……?」



また一歩踏み出す。決して三人から目をそらさないように。



「どうして、黒海の席に、落書きされてるんでしょうね?」

「お、俺たちがやったっていう証拠はあんのかよ!」



本当に笑える。手にペンを持ったままでこいつらはいったい何を言っているんだろうか?

また一歩踏み出せば、三人とも肩をはねさせる。



「くっくっく……証拠?君たちが手に持ってるものは何ですか?」


そう言うと今気づいたように三人同時に手からペンを取り落した。


「今はもってねぇよ!このペンが俺たちのっていう証拠はあんのか!?ねえだろ!?」

「そ、そうだ!お前が見てたってだけだろ!そんなの誰も信じねえ!こっちは三人いるんだから!」



改めて、自分たちの仲間を見て相手よりも優位に立っていると思ったらしく、勢いづく。


僕は後ろ手で、扉をゆっくりと閉め、カチリと、鍵を閉めた。



「はは、ははははははっ!」

「何がおかしい!さっさとそこをどけ……--」



ガシャンッ……!!



机が僕により蹴り倒されたことで再び静寂が支配する。



「おかしいですよ、本当に滑稽極まりない……。僕の言うことと、君たちの言うこと……教師はどちらが正しいと判断するでしょうね?普段から生活態度が悪く、成績も悪い、出席率も低い君たちと、教師からの印象もよく、成績も良い僕と……。彼らはどちらを信用するんでしょうね……?」



「……っ!うるせえ!そこどけ!ぶっ殺すぞ!」

「怪我したくねえならそのドア開けて、今日見たことを誰にもしゃべるな!他の奴に話したら、どうなるか分かってるんだろうな!」



もう誤魔化すことを諦め、僕を潰して逃げることにしたらしい。

本当に浅はかな身の程知らず。

既に自分たちに選択権などありはしないのに。



「一つだけ、聞いてもいいですか?……どうして蓮様や黒海にまで手をだしたんですか?」

「はあ?そんなのどうでも良いだろ、」


「聞いているのはこちらだ。答えろ」



一気に距離を詰め、一人の首に手をかける。


決して絞めているわけではない。振り払おうと思えば振り払えるし、他の二人は拘束されていない。けれど動くことを忘れてただ震えながら僕を見ることしかできなかった。



「答えろ」

「お、おま、お前の、近くにいたからっ……!」

「それだけか……?」

「ああ、ああそれだけだだから……」


許してくれ、そう引き攣った喉を震わせる前に首から手を放す。

あからさまにホッとしたような顔をした。そして隙をついて脱兎のごとく扉へ走ろうとする。



無論僕がそれを許すはずもなく、足を掛け転ばせ、襟首を持ち、放り投げ、最後の一人は背中を踏み倒した。



「もう聞くことはない」

「な、なら、もう許してくれ……!」

「二度と、二度とこんなことしないから……っ!」


床に転がる一人の生徒の頭を踏みつける。



「なあ、三人寄れば文殊の知恵っていう、諺知ってるか?特別に頭の良い者でなくても三人集まって相談すれば何か良い知恵が浮かぶものだっていう意味なんだけどさ」



グッと足に体重をかけると、泣きそうになりながら足元のものが呻いた。



「ゴミはいくつ集まってもゴミなんだよ」








教室の飾り気のない時計の短針は八時を指す。それと同時に後ろの扉が勢いよく開け放たれた。既に前の扉の鍵も開けられている。



「おはようございます、前村」

「……おはよう。犯人は見つかったのか?」


前村は険しい表情を浮かべ中へ入ってくる。てっきり蓮様や四ッ谷と一緒かと思っていたが、前村一人らしい。この教室には僕と前村しかいない。



「君一人なんですね」

「ああ、八雲や拓真もこの時間に来るって言ってたけど、蓮が行く必要がないって……」



その言葉に思わず口角が上がる。昨日もそうだったが、僕の言うことを信じて任せてくれることがこの上なく嬉しい。




「……何で笑ってんだよ?何されるか分からなかったんだぞ?それなのにお前のこと心配する素振りもなかった、悲しくないのかよ?」


昨日よりも落ち着いているが言葉の端々に怒気を滲ませた。


「違いますよ。蓮様は僕のことを心配してくれてましたし、嫌がらせについて誰よりも怒っていました」

「なら今日お前を一人で行かせるわけっ、」


「蓮様はきっと今は心配していないのでしょうね。彼は今僕を心配してません、僕を信用してくれたんですよ」



心からの笑顔でそう前村に告げると、彼は俯いてポツリと呟いた。



「……俺にはお前たちが何を考えてるのかよく分からない」

「そうですか?至極単純なことしか考えてませんよ?」


逆に今の僕には前村の言葉の意図がわからない。今の会話で何か僕らについて理解できないところがあっただろうか?



「普通はさ、仲の良い友達、お前らなら幼馴染か?そいつが何か無茶なことしようとしてたら止めたり、心配するもんじゃないのか?」

「……なんといえば良いでしょうか、そもそも無茶ではありませんでしたし、僕もまさかできないことを宣言する人間じゃありません。今日ですべてを片づける算段を建てたうえで待つようにお願いしましたから」



更に言ってしまうならば、僕らの関係を表すのに友達、というのはあまりしっくりこない。友達以上家族未満、というのも違う気がする。結局はやはり主従関係というのがもっとも相応しいのだろう。


友達なら心配したり止めたりするかもしれないが、そういう訳でもない。僕の仕事は蓮様を守ることなのだ。そのために多少自身の身を晒すことになっても致し方ないことであり、当然である。しかもこの問題は僕自身のことなのだ。周りの人間にこれ以上迷惑かけるわけにはいかない。



「でも……」

「前村、別にわかる必要なんてないんですよ」


何か言葉を続けようとする友人に言葉を重ねる。



「他人の考えてることなんて、大概が理解できないことです。無理に理解しようとすることに意味はありません」

「違う、俺は分かりたいんだ。お前たちがどう考えてるのか」

「……何故、分かりたいんですか?」



これは問答ではなく、本心からの疑問だ。


何故彼は、人の思考を理解したいと思うのだろうか?



「何でって……相手のことを理解できたら、もっと仲良くなれるだろ?」

「仲良く……。もっと仲良くなりたいんですか?」

「……悪いかよ……」



つい考え無しにそう言うと不貞腐れたように少しだけこちらを睨んだ。



「あ、いえ、茶化したみたいですいません。僕ももっと仲良くなりたいと思いますよ。……ただこれは僕の持論にすぎないのですが、順番が違うのではないでしょうか?」



「順番?理解しあって仲良くなるもんじゃないのか?」


「努力してまで相手を理解しようするものじゃないと思うんです。仲良くなって、それで理解できるようになるものじゃないですか?」



無理して理解しようとする必要はない。仲良くなればきっと理解できるようになることだってあると思うから。



「友達に関しては、理解しようとするんじゃなくて、理解できるようになれれば良いと思うんです。だから別に今すぐ理解する必要なんてない、いずれ理解できるようになるその時までとっておいていても遅くないと思いませんか?」



全て言い終わってからハッと我に返る。


前村相手に僕はいったい何を語っているのだろうか!?


なんとなく異常なまでの羞恥に襲われ時計に視線を逃がした。


今日に限ってみんな来るのが遅い。もうすぐ八時五分を回るというのにまだ僕と前村しか来ていない。




「理解できるようになる……」



僕の言葉を呟き、ゆっくりと咀嚼する。

これ何ていう罰ゲームだろうか?穴があったら入りたい!


しばらく考え込んでいたが、顔をあげ僕の方を見てヘラりと笑った。



「そうかもな、ちょっと難しく考えすぎてたのかもしれない。ありがとう……」


こうもはっきりと面と向かって礼を言われるのはひどく気恥ずかしい、顔に集まった熱を冷ますように左手を頬にくっつけた。


「どういたしまして……?」


「にしても話すたびに思うんだけどさ、」



先ほどまでのどこか張りつめた空気は霧散し、いつもの緩んだ雰囲気になりいつの間にか力の入っていた肩が下がるのを感じた。



「涼って実は何歳?」

「ほえっ!?」



力が抜けたところで投げつけられた心臓に悪すぎる質問。


本気で聞いているわけではないことくらいは分かるが、精神年齢サバ読みまくっている僕としては冷や汗ものだ。



「九歳デスヨー」

「何で片言なんだよ」



大した気にした風もなく、そのまま流されてホッと一息つく。



そして前村の後ろの扉が開かれた。



「おはよう、涼」

「おはようございます、蓮様、四ツ谷。やはり日野はまだ来ていませんか」


きっと未だ布団の中にいるであろう遅刻常習犯を思い浮かべ笑う。


「それで、その、諸葛……、終わったのか……?」

「ええ、問題ありません。予想通り、今日もここに来ていましたよ。もう片づけましたけど。おそらく二度とこんなことはありません」



少し遠慮気味にそう問う四ツ谷にカラリと返す。ただなんとなく、必要以上に聞くなという雰囲気をにじませた。



「怪我とかはしてないよな?」

「はい、僕が素人ごときに傷つけられると思いますか?」

「なら、良い」



自信ありげに僕が答えると、蓮様はフッと息を吐いた。

ちょっとくらいは心配してくれてたのかな?という僕はやはりわがままなのだろう。



「ん……?こんなところに、ペンが……」


四ツ谷の足元で黒いマジックが三本落ちていた。不思議そうに拾いあげた四ツ谷の手からペンを受け取る。どうやら僕としたことが片づけ忘れてしまっていたらしい。


「ああ、そのペンならもういりませんよ」



僕の手から離れたペンは美しい放物線を描いて、三本とも小さな音をカタン、と立ててゴミ箱の中へと吸い込まれていった。

しばらく暗い話が続いてしまいました……。

とりあえず、一区切りです。

いったん明るいのを少しはさんで、そろそろ神楽くんを出したいな……と思う今日この頃です。

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