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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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疑似餌

 僕の机に落書きされたのを発見してから約一週間、犯人は飽きもせずに嫌がらせを続けている。落書きはもちろんのこと、下駄箱にごみを入れられたり、上靴を捨てられていたり。一番被害の受けやすそうな教科書やノートのほうだが、今は一応興味があるので嫌がらせを放っておいているが、教科書やノートがなくなったり落書きされるのは普通に困るので毎日持ち帰っている。ただ嫌がらせが始まってから一週間も経つと少しずつ犯行が雑になってきている。


いつもの通り下駄箱を開けると、上履きはなく、代わりにゴミと罵詈の書かれた紙が詰められていた。



「……っ!」


隣にいる蓮様が悔しそうに唇をかむ。彼は今回の僕の被害に僕以上に怒っている。だけど当人である僕がなんとも言わないでいるので蓮様もあまり何も言おうとしない。



「……蓮様が怒る必要はありませんよ?大丈夫ですから」


いつものようにふわふわした癖っ毛を片手で撫でた。



「……おはよう、諸葛、志賀……。今日も何か、あったのか……?」


丁度同じとき、四ツ谷と前村が登校してきた。


「涼、いつまでそれを放っておくつもりだ。いい加減犯人捜ししたほうが良いんじゃないか?人手が必要なら俺たちも手伝う。お前が嫌がらせを受けてるのを知ったら、この学年の奴ならかなりの人数が動く。早く解決したほうが良い」


「……ありがとうございます。ただまだです。少しずつ嫌がらせは雑になってきてますし、現行犯で捕まえられる日は遠くないでしょう」

「遠くないって言っても、辛いだろ?我慢は、するな……」

「大丈夫です。そんなにヤワな神経してませんから。……それと君が辛そうな顔しないでください。これは僕のことです。君がそんな顔する必要はありません」



しわを寄せたままの四ツ谷の眉間をつつく。あんまり辛そうな顔はしないでほしい。そんな顔をされると僕が間違ったことをしているように感じて、すぐに犯人を引ずり出したくなってしまう。


四ツ谷と話していると、蓮様と前村が僕の下駄箱からゴミや悪口の書かれた紙を昇降口のゴミ箱に捨てようとしていた。



「あ、ちょっと待ってください。それ捨てないでもらえますか?」

「なんでっ!涼がこんなものもっておく必要なんてない!捨てる!」

「ちょ、落ち着いてくださいって……」

「……何か考えでもあるのか?」


「ええまあ。少しずつ嫌がらせが雑かつ大胆になってきている理由は僕がなんのリアクションを取らないことと、教師が一切絡んでこないからでしょうね。完全に調子に乗ってます。そろそろ業を煮やして大きく動いてくるはずです」

「それなら尚更っ!」

「蓮落ち着け、涼の話を聞こう。……それで?どうするつもりだ?」


「そろそろ僕からも動こうと思います。捕まえるのはまだ先ですが、僕もちょっとした餌をまこうと思います」

「餌……?」

「ええ、いずれ愚かな魚がかかるでしょう」



ニヤリと笑い、前村の手から悪口の書かれた紙を受け取る。ただやはり、三人とも納得していない顔をしている。そんな三人の頭を軽く撫でておく。


「大丈夫ですって!僕を誰だと思ってるんですか?完全無欠、赤霧涼ですよ?お騒がせしてすいませんが、そろそろケリをつけようと思っています。君たちは笑ってれば良いんです!それが何よりもうれしいですから」

「涼……」


なぜかまた、蓮様が唇をかんでいた。


「……とりあえず、諸葛の上履きを、探そう……」

「その必要もありません」

「え……?」


僕の言葉に四ツ谷がまた顔を強張らせる。



「でも、先生や、ほかのクラスの奴には、このこと話して、ないんだろ……?」


上履きを履いてなかったらばれるのでは、という心遣いに少し微笑む。


「ええ、だからこそです。餌を撒きやすいんですよ……」


何も投じられていない水槽に餌をまけば、魚はすぐに存在に気づき食いつく。


それが疑似餌だとも気付かずに。







上靴のない僕は、蓮様たちにはさきに教室に行ってもらい、一人で職員室へ来ていた。むろん談判などではない。ここにもちょっとした餌を撒いておく。



「失礼します。三年一組の赤霧涼です」

「ああ、赤霧か。こんな朝からどうしたんだ?担任の山田先生ならまだ来てないぞ?」



職員室の入口のそばに座っていた教師に声をかけられる。確か五年生で担任をもっている30代半ばの体育教師だ。それなりのベテランで生徒思い、なかなか生徒からも人気のある水口先生。頭は固すぎず、熱血というほどでもない。僕らの担任山田先生がいないのは好都合だ。彼女はまだ新任で、若い女性教師だ。若いからか人気があるが、正直熱心すぎるうえに感情論が多い。理性的かつ遠回りな話には向かない。


声をかけてくれたのが水口先生、しかも山田先生は不在。心の中でラッキー、とつぶやいた。今日の僕はどうやらついているようだ。



「いえ、その……来客用のスリッパを貸してもらえませんか?」

「スリッパ?上履きはどうしたんだ?」


いつもの明朗快活な様子を仕舞い込み、ほんの少しだけおどおどとしてみせる。


「えっと……上履きをなくしてしまって……」

「失くした……?昨日までは履いてただろ?どこで失くしたんだ?」

「す、すいません。憶えてなくて……」


しゅんとしながら少しだけうつむく。僕の様子がいつもと違うことに気づいたらしく、椅子から立ち上がり、僕の前でしゃがみ視線を合わせた。


「何かあったのか?」

「えっ!?いえ、そんなっ何もありません!」


焦ったように目をそらす。僕の様子に怪訝そうな顔をする水口先生。


「何か辛いことがあったら先生に言えよ……?」

「……はい、ありがとうございます、水口先生」



少し顔をあげて先生に笑いかける。いつものような完璧な笑顔ではなく、少しだけぎこちなく。まるで無理して笑っているように。



「……じゃあこの紙に名前と学年、クラス書いておいてくれるか?先生はスリッパをとってくるから」

「すいません、ありがとうございます」



相変わらず訝しげな顔をしているが、ひとまず言及せずにスリッパを取りに行ってくれた。


掴みは上々、餌まきは成功だろう。


僕はいじめられてるなんて言っていない。それでもどことなくそれを匂わせる。大切なのは『もしかしたらいじめられているかもしれないが、無理して隠してる健気な子』と、思わせることだ。生徒思いな水口先生なら確実に動く。しかも僕が隠してるのを察して、無理に聞き出そうとはしないしあまり他の先生にも言わないだろう。何しろ僕は被害を話していないうえに、証拠はない。水口先生だけが動く。


まあ正直なところ、あまり先生には期待していない。万が一にも先生が犯人を捕まえてくれたら、まあ手間が省けたと思うだけだ。あくまでもただの保険。他の餌にひっかっかた時には、解決した旨を伝えればおそらくそれ以上ことを広げないだろうし、こちらを気遣ってあまり突っ込んだことは聞かないだろう。本当に良い先生だ。





職員室から借りた緑色のスリッパで廊下を歩くと思ったよりペッタペッタと音を立てるため悪目立ちしてしまう。まあ好都合ではあるのだが。去年同じクラスだった女子、今泉さんだったかな?今泉さん及び同じ二組であろう女の子たちと目があったのでニコリと笑ってみる。


「ひさしぶり、赤霧くん。赤霧君は何組だっけ?」

「こんにちわ、今泉さん。僕は今一組です。今泉さんは確か二組でしたよね?久しぶりにあなたと話ができて嬉しいです」


顔は作り笑いではあるが、久しぶりに話ができて嬉しいというのは本心だ。話すたびに顔を赤くする女の子たちは本当にかわいくて癒される。



「あれ?赤霧君、なんでスリッパなの?」


ああ、やっと突っ込んでくれた。このままスルーされたら何のためにわざと音を立てて歩いたのか分からない。少しだけ周りを確認する。登校時間とあり、廊下にはたくさんの生徒が歩いている。少しだけ声のボリュームを上げる。不自然ではないように。なおかつできるだけ多くの人間の耳に入るように。



「いえ……。今日学校に来たら上履きがなくて……さっき職員室で借りてきたんです」


目尻を下げて少し困ったような悲しそうな顔で笑うと、予想通り今泉さんたちは怒り出す。



「そんな!赤霧君の上履きを隠すなんてヒドイ!ねえ!?」

「うん!赤霧君とは初めて会ったけど、話に聞いてもあってみてもすごくいい人なのに!」

「私たちも探そうか?」


「えっ?いえ、そんな。あなたたちの手を煩わせるわけにはいきませんから。それに隠されたとは限りませんし……。でも見つけたら教えてもらえますか?上履きがないのは、『困ります』ので……」


一応見つけたら教える、ということで落ち着き別れる。

大体同じ会話を今泉さん以外にも数人しておく。みなさん大変お怒りになっていました。




「涼……」

「蓮様、今スリッパを借りてきたところです」


教室に入る前に蓮様に呼び止められ腕をつかまれる。


「……どうしたんですか?」

「さっきほかのクラスの女子に嫌がらせのこと話してたよな?なんでだ?手伝いが必要なら俺がする」


いつになく剣呑なその様子に少々戸惑った。


「蓮様?」

「……そんなに俺は頼りないか?」


真正面から赤い目に見つめられ一瞬言葉に詰まるがすぐにヘラりと笑ってみせる。


「いえ、そういうわけじゃありませんよ。適所適材、犯人のあぶり出しに今必要なのは女の子たちの過剰な正義心と噂話です。嫌がらせされているとは明言せずに、ただ僕が『困ってる』ってことが広まれば、必ず犯人の耳にも入ります。そしたら必ず今よりも調子に乗るでしょう。そこを僕が直接叩きます」


「……俺にできることはないか?」


「ありがとうございます。ですが貴方の手を煩わせるほどのものではありません。ほんの些事ですから」



軽く笑い頭を撫で、教室へと手を引く。僕は蓮様がまた唇を噛んでいるのに気付かなかった。

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