一匹いたら三十匹いる
一匹いたら三十匹いると言われる某黒い悪魔のたとえ話が出ます。拒絶反応がある方は気を付けてください。
「おはようございます。……どうしたんですか?僕の机に何かありましたか?」
何事もなく三年生になったある朝、僕と蓮様が登校すると何故か四ツ谷と前村と日野が僕の机を取り囲んでいた。僕らが登校してきたのに気付くと三人は一瞬言葉を交わして日野が僕と蓮様のところに走ってきた。
「お、おう!おはよう!べ、別に何でもねぇよ?」
「拓真どうしたんだ?いつもに増して挙動不審だけど」
「俺が常にきょどーふしんだって言ってんのかコラ!」
「とりあえず日野は国語辞典を常に携帯することにしてはどうですか?去年から全く成長がありませんよ?…それとそこをどいてもらえませんか?かばんを置きにいけないのですが……」
いつも以上に不自然な動きをする日野。どうやら僕らを机までいかせまいとしているらしい。日野の後ろでは四ツ谷と前村が何やら忙しそうに動き回っているが、日野の所為で何をしてるのかは分からない。
「……失礼します」
「え?なっうわぁ!」
日野をあしらうのも面倒になってきたので両脇に手を入れそのまま持ち上げてどかす。日野の成長期は未だ訪れておらず、相変わらず小さいままで余裕で持ち上げることができる。
日野を除けて机の方に向かうと今度はクラスの女の子たちが行く手を阻む。
「あ、ええっと、赤霧君……お、おはよう」
「え、はい。おはようございます」
「今日は良い天気だね!」
「……佐々木さんは曇りが好きなんですね」
「えっ!?……う、うんそうなの!曇りが好きで…ええっと…」
一年生のころから同じクラスだった佐々木さんが全力で話題を探して目を泳がせる。
よくよく机の方を見てみると前村と四ツ谷にも同じクラスの男子が集まって何やらしている。
「か、カナちゃん頑張って……!えっと赤霧君、今日の宿題見せてくれない?」
「東さん、今日は宿題は出ていませんよ?」
「そ、そうだっけ?うっかりしてたなぁ、あはははは……」
……皆して挙動不審、何故だろうか。
机の方も凄く気になるが、日野と違ってこの子たちを持ち上げるのは気が引ける。
「……僕の机に何かあるんですか?」
「「何にもないよっ!!」」
……この子たちはどうにも嘘をつくのが下手だ。確実に何かある。
「どいてくれるかな?」
「む、無理デス……」
「どいて、くれるかな…?」
笑顔は固定したままうっすらとプレッシャーを与えてみる。ちょっと可哀そうだがこうでもしないとどいてくれそうにもない。
「あう…」
半泣きではあるが二人とも道を開けてくれた。
「ん、ありがとうございます。素直な子は好きですよ」
笑顔で二人の頭を撫で、机へ向かう。
目に見えて四ツ谷達が焦り出す。
「ちょ、佐々木、東、もうちょっと足止めを……」
「僕を足止めして、どうしたいんです、か…?」
自分の机を見ると、机の天板には消えかけた落書きがあった。
「り、涼、これは……」
「……。四ツ谷、前村…僕は友達だと思っていたんですが、僕の勝手な勘違いだったようですね……!」
わっと両手で顔を覆い泣きまねをする。
「ええっ!?違っこれ俺たちじゃねぇよ!」
「しょ、諸葛、違う…!俺たちは、友達……!」
「まあ言ってみただけですけどね。君たちは何かあればこんな回りくどいことせずに直接言うでしょう」
予想通りの焦り具合にくすくすと笑い、改めて天板の落書きを見なおした。
「それにしても……知性の欠片も見られない落書きですね。阿呆丸出し。自分の無知を曝して恥ずかしくないのでしょうか」
馬鹿、アホ、ブサイク、死ね等々…何の捻りもない悪口の常套句のオンパレード。もうちょっと面白いものを書いては貰えないだろうか?
「何だこれ……!」
日野を押しのけて蓮様も机まで来て呟いた。
「誰だよこんなことする奴!」
「蓮様、怒っても仕方ないですよ?この中に落書きした人はいないでしょうし。逆に居たら愉快なこと極まりありません」
「……案外落ち着いてるんだな。初めてじゃないのか?」
飄々と落書きを見ている僕に前村が聞きにくそうに言う。
「いや、初めてですけど。なかなか興味深いですよね、これがイジメというものでしょうか?」
これがイジメだとするならどうやら僕は蓮様よりも異質なものらしい。自分の心配までしなくちゃいけないな。
「普通、こういうのを書かれたら、傷ついたりするもんじゃ、ないのか……?」
心配そうに僕を四ツ谷が見つめる。
「四ツ谷……事実でもないのに傷つく必要ありませんよ。僕は全く馬鹿じゃありませんしアホでもない。もし僕がブサイクならこの落書きをした人間はどれほど顔が整っているのでしょうね?一度その顔を拝んでみたいところです」
「強い、涼強すぎ……これじゃあイジメにならねぇよ……」
日野が呆れたように言うが、落書きの内容は僕とはかけ離れ過ぎている。ここまで現実と違いすぎるともはや笑えてくるものだ。こちらは全力で非の打ち所のない少年を演じているのだから当然だ。
「それに傷つくも何も、僕がこうやって見る前に落書きを消してくれようとしてくれていただけで、僕は幸せですよ。ありがとうございます」
形だけじゃない、本心からの笑顔で礼を言う。本当にみんなの気づかいが嬉しい。照れたように頭を掻いたりそっぽを向くのがほほえましい。
「ところで涼、これはどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「絶対捕まえて土下座させてやる……」
「ちょ、蓮がなんか怖いこと言ってるんだけど!!」
前村からの問いに答える前に蓮様が低い声でそう呟くのを聞いて日野が割と本気で慄いている。
「んー、まだ泳がせておきますよ、面白いですし。僕が飽きるまでは付き合ってあげることにします」
「本当に、それで、良いのか……?嫌なら、俺も手伝う……」
「大丈夫ですよ四ツ谷、ありがとうございます。被害が僕だけなら大して問題ありませんが、他に、僕の大切な友達にまで手を出すようなら、潰します、物理的に」
「物理的に……!?」
「当然です。捕まえるとしても、調子に乗って大胆になってきたところを現行犯で抑えます。逃げ場もなく怯える獲物をじわじわと恐怖を与えながらしとめる……楽しみですよ」
「……お前純粋そうな顔して腹の中真っ黒だよな…」
「今知ったんですか?」
一応笑みを浮かべているが、今の僕はさぞ恐ろしい表情なのだろう。周りにいた蓮様や四ツ谷達が口元を引き攣らせている。むろんちょっと離れている女の子たちには聞こえない声量だが。
「でも、これ以上酷くなったりしたらどうするんだ?」
不安そうな蓮様の頭をなでる。ふと昔よりの身長差が縮まっていることに気づく。
「大丈夫です。僕の神経は電柱より太くて鉄より硬いですから」
「強すぎー……」
「それに一つ試したいことがあるんです」
「試したいこと?」
「ええ、昔何かで読んだことがあるんですけど」
少しだけ声を潜めて笑う。
「ゴキブリって一匹見たら三十匹いるって言いますよね?でも一匹捕まえて恐怖をじわじわ与えながら殺すと、その家にいるゴキブリが逃げ出すらしいんです。気持ち悪いから実際に試したことは無いのですが……。今回この僕に対して喧嘩を売った度胸を讃えて、僕の全力を持って吊るし上げにしてさしあげます。……どうせゴキブリと似たような価値くらいしかないでしょうし。一匹見せしめにしたら、他の無謀なアホも一掃できるでしょう」
本当に楽しみだと、くつくつと抑えきれなくなった笑いがこぼれる。
苦笑いしてたみんなから笑みすら消えた。
「涼……本当に怒ってないのか?」
「……殺すのは、流石に、駄目だと思う……」
「怒ってませんよ?本当にただの好奇心です。殺したりしませんよ。クズ如きを潰すために僕の将来を傷つけるわけにはいきませんから」
さあ、どう料理してくれようか……?
この時の僕は、少し無謀な阿呆を舐めていたかもしれない。
まさか僕の地雷を連打するような自殺志願者だとは想像もしていなかった。




