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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
27/157

諸葛と志賀と四ツ谷と

お気に入り登録800件感謝です!!

「失礼します。お誕生日おめでとうございま、」

「涼っ!!外行くぞっ!!」

「祝いの言葉を遮らないで下さいよ……」



五月五日。今日、蓮様が無事に七歳の誕生日を迎えられた。以前話していた外出の件を覚えていたらしく、挨拶の途中で僕に飛びついた。背が伸びたといってもまだ僕よりか小さく軽い身体なので難なく受け止める。



「涼!外っ!」

「犬みたいですねぇ……。言うと思っていました、行きましょうか」

「やった!」



ぴょんぴょんと跳ねながら外に行きたいと訴える蓮様は失礼ながら本当に子犬さながらの様子だった。



本当はせっかくの機会なので、外に出る前に蓮様に父様である嘉人様に挨拶に行かせようと思っていたのだが、その話をすると嘉人様は


「えっ……挨拶って、何を話せばいいんだろうか……。にしても蓮ももう七歳か、無事にこの年まで生きてくれて…ううっ…」


などと、途中で男泣きを始めてしまったのでお話にならなかった。ただ良い男は泣いても様になるな、と思っただけで、この話は無かったことになった。もっともこの話があったことは蓮様には言わない。言えばまた、嫌われてるから、などと勘違いを深めることが間違いないからだ。




「外に出るのは良いですけど、五月とはいえまだ上旬、上着をきちんと羽織ってくださいね」

「はーい」


……なんか僕が蓮様の親のような感じがしてならない。





運良く今日は晴れており、風も少ない。そのせいで家々のこいのぼりは空を泳げず干からびているが、初めての外出としては好条件だと思う。



「うわあぁぁ……!空が広い……!!」

「ちょ、蓮様!いきなり走らないでください!それに空ばかり見てると転びますよっ!!」



屋敷の門をくぐった瞬間、はじかれたように道路に走りでた蓮様は遮るものがあまりない、離れの庭から見る空よりも広く青い空をみて感嘆の声を上げた。


感動してくれるのは全く持って結構ですが、道の真ん中では止めていただけますかね!!



「涼……、外はこんなに広いんだな…」



未だに空に目を奪われたままそう呟いた。



「ええ、外は広いです。今僕たちが見てる世界はまだまだ小さいですが、これからもっともっと、広くなっていきます」



今までの世界はあまりにも小さすぎた。

蓮様の世界は小さな離れと母屋しかなく、そこに住む人もまた少なかった。


でもこれからの世界は違う。これからの世界は慄くほど広い。



「なんでも良いですけど、取りあえず道路の端に寄ってください!外の世界を見る前に車に轢かれますからっ」

「わかった、わかったから引っ張るな!」



なんとか感動の余韻から蓮様を引きずり出し、道路の隅まで連れてくる。


ただの散歩のはずなのに、さいさきから不安でいっぱいだ…。



「えっと、涼、この手はいったい……?」


蓮様が僕とがっちり繋がれた手を上げる。


「手を繋いででもいないと。どこか行っちゃうじゃないですか。去年言ってましたよね?もうどこにも行かないって」

「なっ!!あ、あれはっ……!そういう意味じゃなくて……」



去年の秋、蓮様が勝手に始めたかくれんぼの終わりに僕に言った言葉だが、それをいうと何故かみるみる顔を赤くさせていった。何やらもごもご言っているがよく聞こえない。



「顔、真っ赤ですけど大丈夫ですか?…っあ、もしかして外に出たくて体調悪いの黙ってましたか!?すいません、気がつかなくて。戻りましょう!外出はまた別の日に……」

「待て待て待て待て!!大丈夫!大丈夫だから!しばらくすれば治る!今ちょっと暑いだけだから!」



まだ屋敷の目の前だったのでそのまま門をくぐり中に戻ろうとすると繋いだ手を引っ張って、全力で抵抗される。



「……本当ですか?」

「ああ、大丈夫だから!行こう!」



しばらくしていると蓮様の顔のほてりがなくなったので、どうやら本当に暑かっただけらしい。



「きつくなったら言ってくださいね?無理はしないでください」

「分かってるって」




そう言って再び歩き出す。もちろん車道側は僕が陣取っている。蓮様がこちらを歩くなんてとんでもない!死にに行かせるようなものだ。



「今日はどこまで行くんだ?」

「そうですね……歩いて行ける範囲ですから、ここから一番近い公園までですかね」


無論、緑橋との遭遇も視野に入れ、あの時の公園ではなくもっと小さな、あまり人が多すぎない公園だ。


「公園って何するところなんだ?」

「何する……って遊ぶところですね」

「へぇ……わざわざそんな場所があるんだな」



そういえば蓮様は外に出るときは医者にかかる時だけだから公園とかは知らないのか……。



「いろいろ遊具とかが置いてあるんですよ」

「ふぅーん……あ、あれか?あれ」



本当に近くの公園なので歩き始めてものの数分で見えてきた。本当に小さな、ブランコとジャングルジムとベンチが置かれているだけの公園。子供からしたらちょっと物足りないくらいだとは思うが、今日が公園デビューの蓮様にはちょうど良いだろう。


誰もいないと思っていたが、ジャングルジムの上には既に先客がいた。大体僕たちと同い年くらいの黒髪の男の子後ろ姿しか見えないがおそらくそうだろう。とりあえず髪の色が黒だったことにちょっと安堵する。ただ珍しいのが深緑色の着物、いや浴衣を着ていることだろう。もっとも、僕も蓮様も着物だが。



「誰かいるな……」



他人と関わるのが苦手な蓮様は既に腰が引けている。が、ちょうど良い機会だ!初めてのお友達ができれば良い!



「蓮様、声かけてみたらどうですか?」


そっと蓮様に耳打ちすると途端におろおろしだす。


「えっそんな急に言われても…なんて言えば……」


その様子が先日見た嘉人様とそっくりだった。


「ふふっ、大丈夫ですよ、相手も遊びに来てるんでしょうし『一緒に遊ぼっ』って言えば良いんですよ」


本当に我が子を見守る母親の気分だ…。



こそこそと話していると、ジャングルジムのてっぺんにいた少年がこっちをパッと振り向いた。


「あっ」

「え?」

「へ?」


因みに上から、少年、僕、蓮様の順だ。


黒髪に色黒の少年とパチリと目があった。そして短く声を上げたのち、するするとジャングルジムを降り始める。



え、ちょっと待って?



「涼、知り合いか……?」

「……少なくとも話したことはありません」

「……本当に?覚えてないとかじゃないか?今お前を見て『あっ』って言ったし」

「そんなこと言わないでください!話した人なら全員名前も顔も覚えてるつもりですっ!」



少年が降りてくるまでにここ数週間の記憶を洗う。あんな男の子と話したことあったっけ…?!覚えてないのは失礼になってしまう。相手は思いっきり僕のこと知ってるみたいだし…。ああでも、記憶にない!誰だあの子!


必死で記憶を漁るもそれらしい男の子は思い当たらない。そうこうしているうちに色黒少年はこちらへ走ってきた。


そして僕の目の前でピタッと止まった。

しばしの沈黙。誰だか分からないけどなんとか言ってくれ!


「ねぇ……誰だっけ?」

「……え?」

「お前、見たことある……」


どうやら単に見たことがあるだけで知り合いというわけでもないらしい。ほっとする。


「……ああ、思い出した」

「はい」

「クラスの女子、口説いてた」

「……涼」

「ちょ、蓮様!残念な物をみるような目で僕を見ないでください!それに君も!口説いてないから!声掛けただけだから!」

「じゃあ、ナンパ?」

「違う!僕一応女子だから!」



この子は同学年の子で僕が女の子に声掛けまくっていたのをたまたま見ていたようだ。

しかしどうにも言い方が誤解を生むよう言い方ばかり。蓮様の視線が痛い!



「名前は……赤霧、涼、だっけ?」

「はい、赤霧涼です。ナンパもしてませんよ。……名前を聞いても良いですか?」

「俺は、黒海、八雲……」

「そうですか、何組なんですか?」



黒海…確か他に攻略キャラクターがいなかったか確かめたときに見た名前だ。色が入ってるけど黒はいなかったはずと、はねた名前だ。



「二組……お前は三組だった、確か女子が、三組のイケメン君、て言ってた」


…一応全員に本当の性別を伝えたはずだが、君と呼ぶ人はやはりあとを絶たない。


「ねぇ、そっちのお前は?何組?」


黒海が蓮様を見る。黒海は蓮様より背が高いため顔を覗きこむ形になっている。


「お、俺は学校行ってないから…」



おおっ!と心の中で歓声をあげる。れ、蓮様が初対面の人とちゃんと会話している!!感涙にむせぶ思いです!



「お前の、弟?」

「いえ、こちらの方は諸事情でまだ入学していないのです。年は同じですよ。兄弟じゃありません」

「俺、白樺蓮だ」


ああ、初めて蓮様がさよさんと話したときのことを思い出す。


「諸葛と、志賀は、どんな関係?」

「へ?諸葛?志賀?」

「お前が諸葛、白樺が志賀…。あだ名、呼んで良いか?」



…最近の子供のコミュニケーション能力はハイスペックらしい、初対面であだ名をつけられるとは…。



「僕が諸葛ですか……それだとちょっと『りょう』の字が違いますね。諸葛なら『りょう』は涼しいという字じゃありませんし」

「え?どういう意味だ?」



蓮様はまだあだ名の訳がわからないらしい。



「他に、思いつかなかったから、妥協」


黒海の言葉に苦笑いをする。


「妥協ですか……。蓮様、僕が涼だから諸葛亮の『りょう』からとって諸葛、志賀と言うのは志賀直哉からですか?」


こくりとうなずく黒海に蓮様が首をかしげる。


「なんで『しがなおや』が俺なんだ?」

「志賀直哉は、『白樺』派だから…、蓮って名前の、偉人、知らないから、妥協」

「ははっどうしても歴史から取りたいんですね……。じゃあ君のことは『四ツ谷』でどうでしょう?」

「……?何で『小泉』じゃないの?」

「『小泉』じゃ普通すぎてつまらないじゃないですか。せっかくだから『四ツ谷』で、嫌でしたか?」

「…悪くない」


悪くないといいつつ、黒海、四ツ谷は嬉しそうに笑った。


「待て待て、黒海はなんで『四ツ谷』なんだ?『小泉』って?『志賀直哉』ってだれ?」


おいてけぼりをくらい黙りこんでいた蓮様が生き返ったように僕と黒海に聞いた。僕だけじゃなく黒海にも聞いてるところが喜ばしい。



「『小泉』というのは明治時代の作家です。本名はパトリック・ラフカディオ・ハーン、ギリシャ出身で、日本国籍を取得した時の名前が『小泉八雲』というんです。だから黒海八雲から連想しました。でも『小泉』じゃ芸がありませんから、彼の書いた有名な小説『四ツ谷怪談』から『四ツ谷』と言ったんですよ。怪談から取るのはどうかと思ったのですが…嫌なら『小泉』で妥協しておきますけど、どうでしょう?」


「ん、四ツ谷で良いよ。四ツ谷の方が、カッコいい……」



ちょっと照れくさそうに笑う黒海は話す内容よりも年相応でほほえましく思えた。



「それで、志賀と諸葛は、何?」


その問いには少々答えに窮する。


なんといえば良いのだろうか?



友達?家族?ここで主従だといっても良いのだろうか?一般的にいっても主従関係と言うのは珍しい。時代錯誤なものだが言うべきか…?それとも友達といってしまうか…、いや僕が蓮様って言ってる時点で友達じゃないと思われるだろう。



「涼は俺の御側付きだ」


躊躇なくいったよ蓮様!通じるかな?

パッと黒海の顔を窺う。


「御側付き……?側用人、みたいな?」

「まあ、だいたいそんな感じです…」



正直『側用人』というと側近の役職なので微妙なところだが取りあえず雰囲気は似たようなものなので肯定した。僕の返事を聞くと黒海はバッと僕らの手をにぎった。



「カッコいい……主従関係……!!」

「へ?何で?」

「江戸時代みたい!」

「……歴史が好きなんですか?」

「うん…!じゃあ志賀は、劉備なのか……!」

「俺は志賀のままが良い。劉備みたいに病死したくない、縁起でもない……」



ポツリと蓮様が呟く。離れには三国志の本があったから劉備や諸葛は分かったようだ。ただ蓮様に劉備はちょっと笑えない。まさに、縁起でもない。



「じゃあ、志賀のままで……」

「にしても好きな歴史の範囲広いんですね。僕は割と江戸から明治に傾倒してますし、蓮様も三国志だけなのですが」

「いつの時代も、好きだ……。でも江戸が、一番好き……!」


ふと思い出して黒海の格好を見る。


「もしかして、だからその格好?」


僕が聞くと黒海は薄い胸を張る。


「うん……趣味!諸葛達は、いつも和服?」

「うん、俺は洋服は着たことない」

「……武士!」

「着物=武士なんですか!?」



なんにしても、主従関係などに理解のある子で良かった。ちょっと妙な捉え方をしてたけどまあそんなのは些事といって良いだろう。


その後も多少歴史の話をした後普通に遊び始めた。今は蓮様が黒海にブランコの乗り方を教わっている。公園では黒海が先輩だ。

ぎこちないが、蓮様も少しずつ漕ぎ方が分かってきたらしく二人は笑いながらこちらに報告してきた。



「涼!これ見てろよ、漕げるようになったから!」

「諸葛も、乗る?」


前に公園の前を通った時、公園での遊び方が良く分からないと思ったが、なるほどこういうものかと今は思う。遊ぶ時は遊び方とか考えないんだ。やりたいようにやる、楽しければそれが正解なんだ。



「……乗ります!」



ベンチに座っていたが立ち上がり二人の元へ向かった。


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