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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
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広がる空

小学校に入学して一週間、週末に離れを訪れた。



「なあなあ、学校ってそんなに楽しいのか~?」

「楽しいですよ~毎日愉快ですよ~」

「……お前の顔からは全く楽しさが見られないんだが」

「もともとこんな顔です。楽しいですよ~蓮様も来年楽しみですね~」


ははははは、楽しかねえよ。


小学生に合わせるのが地味につらい。プリントや教科書、ノートに書く字は全部ひらがな!つらい、読みにくい!文を書くとやたら長くなるし……。一応漢字を習ってはいるけど山、川って……日常生活じゃあんまり使わないから役に立たない。



「まぁ、来年から蓮様も面白おかしい小学校に入学するわけですが、」

「面白おかしいって……」

「一応来年困らないように僕が蓮様に教えることになりました~はい拍手~」

「お前キャラぶれてるぞ」

「や、だって面倒くさ……いえ面倒なので」

「今言い直した意味あったか?」

「まあ何にせよやろうと思うのでとりあえずこの中からお好きなものを選んでください」



文机の上に教科書やらワークやらを並べたてる。



「うわ、多いな……」

「字が大きいからページがかさばってるだけです。内容はペラペラですよ」

「お前教科書に対して厳しいな……どれが一番簡単?」

「強いてあげるなら算数は、バカにしてんのかって位に簡単です」

「じゃあ算数やる」



算数の教科書とノート、ワークだけを机の上に残し後は片付ける。そして教科書を開いた。



「……数字の書き方から始めるのか!?」

「まあ一切数字に触れない人もいるからでしょう。一応一番最初からやっていきましょうか」

「あ、ああ」



蓮様がワークを解いているのをぼうっと眺める。

正直やることがない。内容も内容だが蓮様が普通に賢い。サクサク進めていく。これくらいは一般的なんだろうか?僕自身は復習をしているようなものだから問題ないが、周りの小学生がどの程度か分からないためどの程度の早さで進めていいか分からない。



「……算数はこれくらいにしておきましょうか。学校でやってるところまで追い付きましたし」

「ええっ一週間でこれだけ?」

「まだ学校始まって一週間ですから、先生も気を遣ってゆっくり進めてるんでしょうね」



算数を片付け、今度は漢字のワークを手渡す。漢字の方は放っとけば良いか、と思い自分の勉強用の本を取り出す。。



「涼はなんの勉強してるんだ?」

「英語です」

「えーご?」

「日本人でない人が使ってる言葉です」



説明がちょっと面倒なのでひどく大雑把な説明をする。

多分中学校までの勉強は問題ない。でも余裕かましておいて、忘れたからできないなんていう馬鹿みたいな状況には陥りたくはないのだ。



「俺も見たい!」

「蓮様はとりあえず日本語を頑張ってください」

「むうぅ…」

「漢字は五ページまで終わったらテストしますから、しっかりお願いしますね」

「うん」



しばらく僕が本のページを捲る音と蓮様が鉛筆を走らせる音だけが部屋に響く。が、



「涼ー」

「はい、どうしましたか?」

「飽きた」

「……早いですね。まだ10分も経っていませんよ?」



飽きた宣言をした蓮様を見ると文机の上で脱力しきっていた。



「つまらん」

「その気持ちは分かりますけど……」



なんか将来この子は『やればできる子やらない子』になりそうな気がする…。



「今やっておかないと来年困りますよ?」

「それは来年考えれば良い!!」

「駄目人間の代表のようなこと言わないでください」



せっかくだから今のうちに英才教育をさせて天才になるように仕込もうと思っていたが、叶わなそうだ。



「じゃあさ、涼は何で勉強するんだ?」


一度は誰しも考えた事のある質問を投げられる。こういう時って、先生はなんて答えるんだっけ、


「学校で困らないようにするためです」

「勉強できないと学校で困るのか?」

「困る、というより何かと面倒です。先生に指導されたり、できる人から馬鹿にされたり…。腹立つから嫌じゃないですか?」

「馬鹿にはされたくないな……」



そう呟くと勉強に戻ってくれて、ちょっと安心する。あまり突っ込まれると答えられない類いの質問なので、蓮様が単細胞で良かった。二度とこの質問をされないように願おう。次は丸め込める自信がない。



無事に僕の用意したテストを合格し、ひとまず勉強は終了した。



「一週間の勉強がこれだけってのも楽だな~」

「別にこれだけじゃないんですよ。実技教科……って言うのでしょうか、体育や図画工作、学活とかも含めて一週間ですから」



特に四月は学活や特活が多い。学級活動、特別活動で「クラスのみんなと仲良くなろう!!」みたいな時間が取られているのだ。まあクラス全体で遊ぶだけなので楽といえば楽なのだが、来年蓮様がクラスメートと良好に関わっていけるのか、大変不安だ。



「体育かぁ…。俺にできるかな……?」



聞こえるか聞こえないかという位の声量で呟かれた独り言を耳に拾う。やはり蓮様としてはそこが不安なのだろう。


以前に比べれば行動範囲も広がり活発になっているし、身体も丈夫になり身長も伸びている。しかしそれでも同級生と比べればまだまだ劣っている。



僕は俯いた頭に手を置きゆっくりと撫でた。


「大丈夫ですよ。身体の方は少しずつ良くなっていきます。きっと大丈夫です。それに後一月もありませんよ?」

「……何が?」



顔を上げて不思議そうに僕を見る。



「来月は蓮様の七歳の誕生日じゃないですか。七歳になれば離れから出ることもできます。きっと嘉人様から屋敷の外に出る許可もおりますよ」

「本当か…!?」



ぱぁぁ、と嬉しそうな笑顔が広がる。好奇心旺盛な盛り、外に出たくないわけないのだ。



「ええ、必ず」


本当は嘉人様とはまだその事について話していないが、きっと許可を下さる。いや、必ずと蓮様に言ったからには、絶対に許可させる。



「外に出られるようになれば自然と体力だってつくようになります。だから焦らなくて良いんですよ?」

「うん……!」




心の底から楽しみにしている蓮様の様子にこちらまで嬉しくなる。



いつからかこの小さな主人は、自身の死について何も言わなくなった。


以前ならば、外に出ることも、体が丈夫になることも彼は望むこともなくひたすら自身の終わりを見続けていただろう。


口には出さないが、生きることを楽しんでくれることを心の中で祝福した。



箱庭の空は広がっていく。


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