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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
番外編
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花紅柳緑の英雄、交差する鏡像 4

 出来心だった。

 いや、出来心というのも正しくないかもしれない。

 大学受験も終わり、入学までに時間があった。実家から通える距離の大学で、引っ越しをする必要もなく、これといって大きな準備がいるものもない。端的に言って時間を持て余していたのだ。

 さらに言えばスマホの容量には余裕があったし、ゲームをするのも別に嫌いではない。

 インストールして1週間。一通り「Ricordi di sei colori」のルートを制覇した僕は祝福の花びらが舞うスチルを見ながら呆然としていた。



 「何やってんだろ、僕は……」



 いくら時間があったとはいえ、乙女ゲームで女主人公になりきって男のキャラクターたちと恋愛をしていく滑稽さよ。実際、ルートやストーリーのためだけにプレイしているため選択肢をタップしているときも主人公が顔を赤らめているときも心は虚無だ。

 それでもやめずにすべてプレイしたのは結局、緑橋や赤い彼がいた世界を見てみたかったからだ。

 一通りプレイしてみて、緑橋は僕が思っていた彼の通りだった。引っ込み思案で自信のない彼は、桃宮天音という主人公との関りによって変わっていく。なるほど彼にとって桃宮はまさしく「救い」だった。怯える彼を優しく肯定し、そっと背を押す。そんな関り。


 腰かけていたベッドに寝転がる。

 スマホの画面を暗くして放る。なんとなく、なんとなくだが赤い彼が緑橋の救いにならなかった理由が分かった気がした。


 緑橋は結局、自信がなさ過ぎたのだ。そのせいで自分と他の人間との関係に強く線引きしていた。

 彼の憧憬の眼差しは何度も見た。ということは遠目ながらも緑橋は話しかけることのできるすぐそばに赤い彼の姿を見ていたのだ。それでも話しかけもせず、近づくこともほとんどしなかった彼は、赤い彼に憧れ過ぎていたのだ。憧れていたからこそ、近づかなかった。近づけなかった。自分とは生きる世界が違うとでも言い聞かせるように。


 緑橋は赤い少年を神格視していたのかもしれない。

 だから赤い彼は救いになりえなかった。

 だが桃宮というヒロインは違った。程よい距離を保ちながらも、寄り添うように緑橋に声をかけ続けた。緑橋は人気者でかわいらしい桃宮にしり込みしていたが、それでも気軽に話そうとする彼女に心を開いていく。

 緑橋は桃宮と対等であった。それこそ、赤い彼と比べれば。

 対等だからこそ、届く言葉もあるのだろう。

 もしかしたら彼にとって赤い少年はテレビの向こう側の存在のような感覚だったのかもしれない。

 寄り添いはしなかった赤い彼の与える、一つ二つの言葉は決して心には届かない。

 救い、救いだ。


 まったくもって結構なことだが、僕はコンプリートしたエンディングの一つ、「逆ハー」エンドを思い返してスペースキャットの顔を一人していた。



 「あれはハッピーエンドなの……?」



 表現しがたいもやもや感に襲われ、僕はどうしようもなくなって、放ったばかりのスマホを拾いメッセージアプリをタップした。





 「いやあまさか弥緑くんから連絡がもらえるなんてね!」



 相好を崩す花房と、大学の下見と称して街をぶらついていた。

 何の因果か、僕と花房は同じ大学へ通うことになったのだ。それこそ、今まで小説の話しかしてこなかったため、お互いの志望校も知らず。大学が同じだとわかったのは偶然受験結果を担任に報告しに行った日、偶然職員室で会ったからだった。



 「僕もまさか自分から誰かを個人的に誘う日が来るなんて思わなかったよ」



 誰とも深くかかわらず、ほどほどに、クラゲのように人間関係を揺蕩ってきた僕が自発的に誰かを遊びに誘うということはほとんどなかった。そのおかげで、卒業とともにメッセージアプリに登録されたアカウントたちのほとんどが凍結されることになるだろう。環境が変わるたびに、人間関係が一掃されている。



 「大学の下見、って二次試験で行ったでしょ」

 「……そういう体っていうのはわかるでしょ。僕が君を誘ったんだ」



 しらばっくれる花房だが、僕が花房に声をかけるなんてそんなの理由は決まっている。



 「あのゲームについてだよ! 僕の中で、ストーリーが消化できない! 消化しきれない!」

 「……まさか全部プレイしたの?」

 「したよ! 全部ストーリーを知りたかったからルートもコンプリートした!」

 「1週間で!?」

 「暇だからね!」

 「荒ぶってるなあ……」



 そんな大きな声出せたんだね、と花房が若干引いている気配がするが、それでも道行く人が振り向くほどの声量じゃないことは言い訳しておきたい。あくまでも僕にしては大きな声というだけだ。

 それほどまでにいろいろと咀嚼しかねる。



 「そもそも今更なんだけど、ああいうゲームってどういうメンタルでプレイすればいいの?」

 「メンタルって?」

 「なんか、こう……主人公になり切って選択肢を選んだりするものなのか、主人公っていうキャラクターを幸せにするために選択肢を選ぶのか、とか」



 ふと我に返ると自分はいったい何をしてるんだと膝から崩れ落ちそうになるのだ。二次元のイケメンたち相手に一生懸命どういう選択肢をしたら好感度が上がるかなんて頭を悩ますなど、自分にとってバグ以外の何物でもない。一体僕は何をしてるんだと、一人部屋でスペースキャットと化している。



 「今更過ぎないそれ? なんでもいいよ、難しいことなんて考えないで」

 「むしろこういうものって、楽しみ方の正解をもらえた方が納得できる気がするんだ……。素であんまり楽しめない……画面が暗くなってそこに自分の顔が反射されるたびに現実が客観的に殴りかかってくる」

 「安心して。画面が暗くなった瞬間現実でシバかれるどのプレイヤーも一緒よ。あの一瞬って何とかできないものかしら」



 遠い目をする花房も覚えがあるのだろう。あの一瞬があるだけでどれだけストーリーに没入していても現実に引き戻される。



 「ていうか弥緑くんの方が他のプレイヤーより目的はっきりしてない? ストーリーをコンプリートする、とか緑橋くんを幸せにする、とか」

 「そうだけど……」



 僕は目的であったすべてのルートの確認をした。けれどどことなく不完全燃焼なのは僕が探してるキャラクターの欠片を見つけることができなかったからだ。

 緑橋は緑橋ルート、緑橋友情ルート、逆ハールート、どれもそれなりに幸せになった。主人公である桃宮と仲良くなり、自分の自信を取り戻し、胸を張って生きようと努力する。


 けれど僕が望んだ彼の幸せはそれじゃなかった。

 緑橋の幻影が見続けた憧れは、どこにもいなかった。

 赤霧翡翠、というキャラクターはいたが、一通りプレイしてみて、彼は緑橋の見ていた赤い彼ではないという確信を得た。


 明るく、強い、正義感。人懐っこいけど、彼が最重要視して大事にするのは白樺蓮ただ一人。

 ただ僕が書いた赤江とは少し似ていた。きっとこの赤霧翡翠なら、緑橋のことを救いだそうとしてやっただろう。一番にはなれなくても、良き友人にはなれたはずだ。

 けれど彼と緑橋の接点はほぼなく、絡みは友情ルートと逆ハールートのみ。桃宮も目線しか知らないが、それでも緑橋から赤霧翡翠に向けて特別な感情や憧憬がある風には見られなかった。

 であればあの日、あの夏の日に出会った赤い少年は別にいる。



 「一通りプレイしたけどさ、赤モチーフのキャラクターって赤霧翡翠しかいないよね?」 

 「うーんどうだろうね。ああいうのって基本色被らないようにするし。しいて言うなら白樺蓮も赤い目だけど、メインカラーは白だもんね」

 「隠しキャラもいたけど、赤くなかったし」

 「あのゲームって隠しキャラいるの!?」



 うっかりネタバレをかましてしまった。どうやったらそのルートに入れるのか、と肩をゆする花房を宥め、適当に腰を落ち着けられそうな店を探す。さらに言えば、Wi-Fiが飛んでいる店が良い。その場で隠しキャラルートを解放しよう。



 「花房さん、とりあえずここに」



 適当なコーヒーのチェーン店に入ろうとしたとき、花房の肩越しに、なにかが見えた。


 何かわからない。けれど鮮烈で輝かしい何か。


 身に覚えがないのに、既視感がある。落ち着くようで、同時に心も頭もかき乱す。

 閃光のような



 「……赤」

 「赤? え、ちょ、弥緑くん!?」



 気が付いた時には走り出していた。

 休日の人混みをかき分け追いかける。

 きっといつもの僕なら、僕の知ってる緑橋なら、こんな風に追いかけたりしない。憧れなんて諦めて、一時の感情は落ち着かせて、いつもみたいに、のんべんだらりと、平穏に安穏に浸りながら怠惰に心を眠らせる。

 でも



 「それじゃもう、だめなんだ……!」



 見てるだけじゃいけない。

 憧れを抱いているだけじゃいけない。

 本当に欲しいと思ったものには手を伸ばさないといけない。

 引き留めたいなら声を出さないといけない。 

 僕は変わらなくちゃいけない。

 一瞬のチャンスを、つかみ取るために。



 「待って、待ってよ……!」


 十年以上、指をくわえて見るしかできなった僕は、もう変わりたい。

 ただ見ているのはもう終わりだ。


 僕は君の



 「待って!」

 「えっ」



 日を浴びて透き通る白い髪が揺れる。振り向いた驚愕の顔。

 そして赤い赤い目。

 どんな影を振り払うような、鮮烈な赤。



 「君は、」

 「僕に、あなたの物語を書かせてほしい!」

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