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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
幼少期
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風邪と確執 (1)

「っくしゅん!」

「大丈夫ですか?上着をちゃんと着てください。それと今日は鳥の餌やりはやめておいてください。風邪をこじらせてはいけません。」


「ちょ、おいっ。一回くしゃみしただけで大げさなんだ、っくしゅん!」

「…二回目ですね。火鉢を持ってくるので寝ててください。」



そんな会話をしたのが二日前。蓮様は見事に風邪をひいてくれた。

蓮様の白血球はウイルスに大敗を喫したらしい。


離れに入る前に全身を殺菌消毒する。本来ならば誰も近寄らない方が良いのだが、運悪く今日、明日は雲雀様も嘉人様も長男である神楽様(かぐらさま)の関係で屋敷を空けている。お手伝いさんもいるにはいるが、すべてが行き届く訳ではないので、お手伝いさんには通常業務をしていただき看病は僕がするかたちになった。



「失礼します。」


部屋に入ると蓮様は此方を見ようと身体を起こそうとしていた。



「涼…?」

「はい僕です。蓮様起きあがらなくても大丈夫ですよ、寝ていてください。」



細い肩を軽く押して止めさせばあっさりとパタリと後ろへ倒れた。その力のなさに不安を覚えるがとりあえず今の症状を診る。



普段真っ白な頬は真っ赤に染まり上気しており、息も若干荒い。額に手を当てると少し身をよじった。酷く熱い。



「蓮様、今寒いですか?暑いですか?」

「寒い…。」



寒いということはまだまだ熱は上がるだろう。


母屋からもってきた救急セット(消毒済み)の中の体温計を取り出す。



「体温計りますね、これを脇に挟んでください。」

「ん…」



体温を計っている間に身体を温めるためにもう一枚毛布を取り出す。ピピピッと体温計から場にそぐわない軽快な音が鳴る。



「はい、体温計見せてください。」

「うん…」


体温計を受け取る。


「38.7℃か…一応頓服使おうかな。」


普通の人なら38℃を超えたら何かの病気の可能性が高いが、病弱な蓮様はただの風邪の可能性もある。素人では判断出来ないので医者を呼ぶことになっているが、緊急とは言い難いのですぐには来られないだろう。


蓮様の額に冷えピタを貼る。


「…?なんだ、これ。」

「熱冷ましのシートです。邪魔かもしれませんが我慢してくださいね。」

「ん、気持ち良い…。」


冷たさに僅かに表情が和らぐ。そっと額を撫でる。



「寝ても良いですよ?起きてるのも辛いでしょう。」



そう言うと蓮様は少し躊躇うようにこちらを見上げた。



「どうしましたか?」

「…寝たら起きたときに涼がいなくなってる気がするから。寝ない…。」



ああもう可愛いな本当に!不謹慎だけど本当に可愛いな!



「大丈夫ですよ。僕はずっとここにいますから。」


「…本当か?」

「はい、本当ですよ。」

「どこにも行かないか?」

「はい、大丈夫ですよ。」



内心悶えるも一欠片も表情には出さず寝るよう促す。が、主人は一向に寝ようとしない。まず間違いなく眠いはずなのに。



どうしたものかと逡巡していると蓮様が何かを言った。



「涼も……のとこ………だろ?」

「蓮様?」



聞き返すと睨みあげるように僕を見た。



「涼も兄貴のところに行っちゃうんだろ?」

「…え?」



ブワァ、とみるみるうちに蓮様の瞳から涙が溢れる。


「へ!?ちょ、蓮様っ泣かないでください!」

「行っちゃうんだろぉぉ…」

「行きませんよ!行きませんから!お願いしますから泣かないでくださいぃぃい!!」



溢れる涙をアワアワしながらタオルで拭く。ダメだ、子供に泣かれるのは本気で苦手なんだよ。その後もしばらくしゃくりあげていたのだが、泣き疲れたらしくスイッチが切れたようにコテッと寝てしまった。今ではスウスウと寝息をたてている。


「ふぅ…何だったんだろ?」


寝てくれたのは有り難いのだが直前の言動が気になる。


僕が神楽様のところへ行くと考えている。僕は今まで一度も神楽様には会ったことがないのにだ。


僕が知っていることといえば、八つ年の離れたお兄さんで今は中学生、私立の寮に住んでいるということくらいだろう。


更にいえばだが昔の友人が言っていた攻略キャラクターの中に確か白樺神楽はいなかった。恐らくゲームでは名前すら出ないモブの一人だったのだろう。


それにしても蓮様のあの物言いはまるでそれが決まっているかのようだった。今ならば、ご両親が神楽様のところへ行っていて不在なので多少納得いくのだが、僕は神楽様と何の繋がりもない。


子供が弱っているとき、誰かに側にいてほしい、どこにも行かないでほしいと願うことは自然なことだ。しかしそれらは基本抽象的に表されるのに蓮様は神楽様という個人に限定させたのだ。



「神楽様と何かあったのか…?」



いくら考えてもそれはどれも推測の域をでない。

できれば本人に聞きたいのだが蓮様は寝てしまっている。

まあ急ぐことではないので容態が落ち着いた後に聞くことにしよう。


汗で湿る白い髪を、そっと指で梳いた。




額に貼った熱冷ましのシートを蓮様が起きないようにそっと剥がす。冷たかったシートはもうぬるくなっていた。


「んう…涼?」

「起こしてしまいましたね、すいません。」


努力も虚しく蓮様は起きてしまったようでゴシゴシと手の甲で目をこする。


「寒気は収まりましたか?」

「うん、今は暑い…。」

「そうですか、では体温をもう一度計ってください。」

「分かった…。」


体温を計ってもらっている間にお湯で濡らしたタオルを数枚用意し、少し淀んだ(よどんだ)空気を入れ換えるために天窓を開けた。


ピピピッ


「39.2℃…多分これ以上はあがらないでしょう。辛いとは思いますが、後は熱が下がるのを待つだけなので頑張ってくださいね。」

「うん…。」

「少し起き上がれますか?」

「ん、できる。」



少し手を貸しながら上半身を起こしてもらう。やはり熱の所為か、背中は汗で濡れていた。先程開けた天窓を再び閉める。



「それじゃあ、ちょっと寝間着を脱いでくれますか?」

「は…?」

「いや、汗かいてて気分悪いでしょう。身体を拭いて着替えた方が良いですよ。」



濡らしたタオルを見せると納得したように頷きかけた。



「いや、だとしたら何でお前はこの部屋にいるんだ?」

「へ?お手伝いしようかと思いまして…。」



そう答えると蓮様は全力で抵抗を試みた。



「なっ!手伝いなんていらない、一人でできるし!」

「背中には手が届かないでしょう?」

「届くっ!」

「無理しないでください。」

「無理なんかじゃ、ない…!」

「ちょ、突然騒いだりするから…。」



やはりまだまだ本調子でない蓮様はいろいろ喚いているうちにクラりと倒れ込みそうになった。まあ予想の範疇内なので容易く受け止める。



「じゃ、拭いちゃいますねー。」

「待てって…。」



まだ何か言いたげだが聞いていてはきりがないのでスルー。手早く着ていた寝間着の着物を剥く。



「……。」



そして絶句した。


真っ白い肌。身体は異常なまでに細く薄い。肋骨は浮き出ていて肩も骨ばっていた。本当に最低限の筋肉しかない。

着物を着ていても分かるほど細い、ということは知っていたがここまでとは思っていなかった。体重も恐らく僕の三分の二程度だろう。



「…涼、どうした?」



抵抗を諦めた蓮様の声で現実に引き戻される。


「い、いえ、何でもありません。」


極力無心にして身体をタオルで拭いていく。



「…お前には女としての恥じらいはないのか?」

「恥じらい?何故ですか?」

「あれだ、男の身体を見るのは恥ずかしい、とか…。」


ふと何となく蓮様の顔を見ると首まで真っ赤にさせていた。



「むしろ恥ずかしがってるのは蓮様ですよね。」

「う、うるさい!」

「それに男の身体っていうより子供の身体ですし、病人相手に恥ずかしいとかなんとかありませんよ。」

「…そんなもんか?」

「そんなものです。はい、拭き終わりました、お疲れ様です。着替えを持ってくるのでちょっと待っててくださいね。」



どこか釈然としない顔をしている蓮様を放置し、着替えを取りに部屋から出た。


にしても人に身体を見られたくないとか思うんだ、まだ小さいんだから気にすることないと思うんだが…もっとも僕は中身が子供じゃないから気にするけど。次からは多少気にしようかな。



「失礼します。着替え持ってきました。着替えられますか?」

「ああ、できる。」

「じゃあ着替えたら呼んでもらえますか?廊下で待ってるので。」

「へ?今度は外に出るのか?」

「え?はい。着替えるは見られたくないでしょう。」

「そうか…お前の中の基準が分からん。」

「そうですか?普通だと思いますが…。」

「多分普通なら身体拭くときも外に出るだろ。」

「…そういうものですか?」

「そういうものだ。」




しばらく廊下で待っていると中から蓮様に呼ばれる。しかし中に入ると蓮様は見事にへばっていた。


「あらら、さっきまで割と元気だったのに、無理させちゃいましたね。すいません。」

「うう、暑い…。」


熱が上がり暑いらしく布団や毛布を押しのけようとする。もちろん許さないが。


「涼…。」


恨みがましい視線は全力で無視させていただきます。



「暑いとは思いますが、我慢してくださいねー。」

「むう…。」



拗ねたように唇を尖らせた。


前髪を掻きあげて新しいシートを額に張り付ける。ほっ、と尖らせていた唇が僅かに開いて息を吐いた。



「寝ちゃった方が楽じゃないですか?」


大人しく布団の中に入っているが一向に寝る気配がない。



「さっき寝たから今は眠たくない。」

「ん~、それじゃ起きていられる内にお昼食べちゃいましょうか。」


時計の針は昼の12時30分を指している。丁度良い時間だろう。


「…腹減ってない。」

「そうだとは思いますが、栄養取らないと身体は弱るだけですから。」

「……」

「睨んでもダメですよ。」


睨む蓮様の頭を撫でて母屋にいるお手伝いさんのもとへ向かった。


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