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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
番外編
143/157

桜花の宴

『あったかもしれない話』

一際大きな風が吹く。枝はしなり、薄桃の花弁がふわふわと舞い散る。くるりくるりと、がくごと落ちる桜が風に弄されながら回る。



「涼ちゃんこっちー!」

「見ればわかりますよ」



淡い桃色に包まれた桜の下、たくさんのシートが敷かれその上では楽し気に笑う人々で埋め尽くされていた。丁度桜の盛りが週末に重なり皆一様に花見に繰り出していた。それを祭り好きの日和が見逃すわけもなく、僕らもまたそのうちの一人となっていた。


少し離れたところから小さな身体を少しでも大きく見せようと手をぶんぶんと振り回す日和に片手で返事をする。いつものごとく教師から頼まれごとをされ手伝いに行っていた僕は他の三人とは一時間ほど遅れての合流だった。何せ予定があったわけではなく今朝突然日和が花見をしたいと言いだしシートを片手に天原学園からほどない公園へ飛んで行ったのだ。むろん、何の用意もなかったため後から僕を含めた三人に日和から改めて連絡があったのだ。早朝から場所取りに走ったため、無事良い位置がとれた。しかしシートしか持っていなかった日和はただ花を見ることしかできない。どちらかと言えば花より団子である彼女のためにそれぞれ宴会のためのものを持ち寄ることになった。



「朝から点数稼ぎ、お疲れ」

「こんなことで稼げるなら重畳ですよ。あんまり嫌味を言ってる黒海にはこの抹茶オレはいらないようですね」

「嘘。点数稼ぎでも、朝っぱらから学校に行く涼、イケメン。すごい。頂戴」



がさがさと右手に持っていた飲み物の袋から抹茶オレのパックを見せつけるとあっさりと掌を返した。安いのが本当に黒海らしい。



「重いもん任せて悪かったな、涼。俺ら食べものしか持ってきてなくて」

「これくらい大丈夫ですよ。僕より蓮様たちのが大変だったでしょう。食べ物は嵩張りますし、量も結構ありますからね」

「大食漢がいるからな」



食べ盛り男子高校生以上に食べる日和。彼女の食べる分を考えるとなかなかの量だっただろう。現に花見用のものなのだろう、バラエティパックと書かれた大袋のお菓子やオードブルのケースが積まれている。

視線に気づいたらしい日和が慌てて頬張っていたからあげを飲み込む。



「んぐっ……でも私ここでお団子買ってきたもん!お花見と言えば三色団子でしょ!」



ドヤァ、と数パックの団子を指さす。ある程度は公園の屋台で帰ると予想したからあえて持っていかなかったのかとも思うが、ないだろう。せいぜい辛うじてポケットに入れていた財布のおかげで餓死を免れた、というところに違いない。



「花より団子、日和にはぴったりですね」



食べかすを持ってきていたウェットティッシュで拭う。色気より食い気。日和を見ているとなぞの安心感を覚える。



「まあ、おれらも否定しない、な。……飲み食いするのも、楽しみにしてたし」

「だな。桜を見るのはまあもちろんだが、こうやって外でワイワイするのもいい」



花も良いが団子も良い。それはそれ、これはこれ、ということだろう。

ビニール袋からサイダーのペットボトルを取り出し蓋を開ける。未成年である以上、酒は持ち込まない。このメンバーで羽目を外すからなどといった理由でアルコールを摂取する者はいない。万が一いたとしたら間違いなく愛のムチの名のもとに張り倒されるだろう。


ジュースと一緒に買ってきた紙コップと割り箸も渡す。

食べ物を買ってきた黒海と蓮様だったがいったい何なのか割り箸をもらってくるのを忘れ、僕が来るまで手づかみで食べていたらしい。幸いこういったパーティー料理のほとんどが手づかみでも食べられるので大した問題はなかったが、ここでようやく焼きそばに手を付けられる。



「にしても晴れてよかったな。うまい具合に週末も重なってくれたし」

「そうだね!週明けは雨降るって予報だから今年の桜は今週末で最後になると思う」



すでに満開を迎えた桜、雨が降ればそれも散ってしまうだろう。あっという間に散ってしまう。だがだからこそこうも引き付けられるのだろう。こうして話している間にもハラハラと桜の雨が降り注ぐ。



「雨が降った後は後で、良いかもしれない……。誰にも踏み荒らされてない時間なら、一面の桜の絨毯が見られるんじゃ、ないか?」

「ええ、それはそれで風情がありますね。新雪にも似た趣がありそうです」



もっとも、新雪は散々見たのち踏み荒らすのも興の一つだが、それも桜の絨毯とあらばそうもいかないだろう。



「黒海くん、そっちの玉子焼き頂戴!」

「ん……、」



離れたところにあった玉子焼きを強請る日和とそれを箸で口に運ぶ黒海に僕は一瞬思考停止し、蓮様は炭酸が気管に入ったようで激しくむせる。僕も蓮様も口に入れていたものを噴出さなかっただけ褒められるべきだ。


動揺する僕らを他所に当人たちは実にしれっとしている。それとなく蓮様に目配せするも、彼も混乱しているらしく落ち着きなく二人を見ている。だがしかし、この二人なのだからこうも平然としているのかもしれない。日和はおそらく誰であろうと強請るし、気の置けない仲であれば口を開けて雛鳥のように待機するのもそうおかしくはない。黒海もそうだ。きっと黒海は誰に強請られても面倒な顔か絶対零度の冷たい目で蔑んでみせるだろうが、相手は日和。仲の良い友人だし、何より何も考えてなさそうな日和だ。他意云々などありはしないだろう。


オレンジジュースと共に疑問の言葉は流し込む。



「……何か、機会があれば聞いてみましょう」

「おう……まああいつらだしな」



そのうちそれとなく聞いてみよう、そうこそこそと耳打ちをした。当人たちは何もわかっていないらしくキョトンとしながらも何やら頬張っている。



「涼ちゃんあーん」

「……いただきます」



差し出されたフライドポテトに余計な思考を放棄する。どうであれ、まあ日和は日和だろう。



「そういえばなんだけどさ、どっかでこういう絵見たけどなんの絵だっけ?」

「こういう絵ってなんだ?」

「こんな風に食べさせあう絵。昔どっかでみたんだけど……、」



唐突な言葉に記憶を漁る。食べさせあう絵、それこそいろいろあるとは思うのだがどれが当てはまるのかよくわからない。



「なんかみんな長い箸持ってて、片方が楽しそうに食べてて、もう片方は喧嘩してる……?」

「……三尺箸、のことか?」

「……ああ、あの天国と地獄の話ですか」



正式名称は知らないが、本か何かで見た覚えがある。

天国と地獄の食事風景。死者たちは三尺の箸が与えられる。当然、長すぎてひどく使いにくい。地獄の死者たちは食べ物を取ろうとするがうまく箸が扱えず自分の口に運べない。ぶつかり合う互いの箸に怒り、喧嘩をし食事ができず、食べ物があるのに飢えている。一方の天国では同じ条件なのにみな仲良く食事をしている。天国の死者たちは地獄の死者たちと違い長い箸を活かして自分ではなく周りの人の口に食べ物を入れている。お互いに食べさせあうことで飢えることなく楽しい食事をしている。



「あーそう!そんな感じだった」

「大筋は、考え方ひとつで天国にも地獄にもなる、互いを思いやれ、みたいな感じだな」



なんだかんだ皆どこかで見たことがあったらしい。子供の絵本や紙芝居の題材の一つとしてメジャーなのかもしれない。



「箸折ればいい……」

「そういう問題じゃありませんから」



思えば、この話以外にも食事に関する戒めじみた話は存外多い。


食は生に直結する要素の一つだからだろう。人と摂る食事は特にそうだ。生に直結するがために、食事をともにとることは信頼することの証でもある。こうして同じ皿から箸をつけて食べることも信頼していなければできない。ともに食べることも、食事を提供することも同じだ。生に直結するということは死にも直結するのだ。



「お、っと……これすごくね?」



ひらりと舞い落ちる花弁の一つを、黒海がひょいと箸でつかみ取った。



「器用ですねぇ」

「よくできるな……。なんか地面に落ちる前に手で花弁を三枚取れると幸せになれる、みたいなの聞いたことあるが、箸か」



大した意味はなかったがみんなそろって空中でパクパクと箸を開閉する。なかなか難しくしばらく続けていたが、傍から見たら相当滑稽だと気づき大人しく箸を降ろす。花見の空気に充てられたともいえる。



「箸は無理でも手はできるしょ!」



そういって立ち上がり花弁を捕まえようとパンパンと両手を合わせる日和を三人で団子を加えながら微笑ましく眺める。何もそんなのは迷信だ、などという無粋な理由ではない。日和から数メートル後ろで全く同じことをしている小学生たちがいることを、彼女は知らない。


ひらりひらりと舞う桜。それに翻弄されるように舞う桜を仰ぐ日和。


ざああ、とまた強く風が吹いた。




**********




風が一際大きく吹く。しなる桜木、くるりくるりとがくごと落ちる桜。


週末がちょうど桜の見ごろだったというのに、土曜日曜と雨に見舞われた。


しかしどうにもあきらめが付かず、散ってしまったことも覚悟で近所の公園を訪れた。居てもたっても居られず、早朝から繰り出した公園は人気がなく、閑散としている。これから学校もあるため、そうのんびりしていられない。



「やはり、雨が降っても多少は残ってましたね」

「ああ、雨でずいぶん落ちたが、これはこれで良いだろう」



滑るから、と手を引かれ湿った地面を下駄で歩く。地面は一面薄桃に覆われ、見慣れた公園とは思えない。雨上がりの所為かまだ空気は冷たいが、逆にこの非日常感を煽る。



「それでどうした突然。草木が好きなのは前から知ってたが、わざわざこんな朝から見に来るほどないだろ?」

「こんな朝からつきあわせてすみません、蓮様」

「そう意味じゃないって。それともう『蓮様』はやめろ。呼び捨てで良い」



想像通り苦い顔をする彼の横顔をにくすくすと笑いを零す。

もう仕えるべき主ではない以上、蓮様というのは相応しくないと数度言われているが、どうにもこの唇に乗せるのには蓮様の方が慣れている。呼び捨てなど、つい恐れ多いなどと思えてしまうのだ。


ふわふわとした赤い髪が淡い色の景色に映える。



「『春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても胸の さわぐなりけり』」

「……怒らせたいのか?」

「いえいえ、ただ本当にそのままの意味です。散ったのは桜だけですから。……夢に見ましてね。こうも静かではなく、随分と騒がしい花見でして、つい桜を見たくなったんです」



夢での桜とは様相が違う。しかしどこか繋がっているとしか思えない。いつまでたっても夢か現かわからない。あながちそれが嫌、というわけでもないのだが。



「今年はもう花見は無理だろうな」

「ええ、先日が盛りでしたが雨に降られては」

「……来年。来年は花見をしよう。みんなで騒がしく桜を見に行こう」



強くはない力で手を引かれる。時計を見れば、もうあまり時間がない。軽く引かれる私は子供の持つ風船のようだと思いながら、ゆるゆると帰路についた。



「はい、みんなで見に行きましょうか。蓮さん」

読了ありがとうございました!

時系列は本編完結後の四月になります。

これからもよろしくお願いいたします!

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