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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
番外編
141/157

ぼくとゆきさん、それから王子さま

番外編2

時系列は、中等部2年、もしくは3年

試験期間中、午前4コマで終わり午後は明日の試験に向けて勉強したり、友達と答え合わせしたり、息抜きに少し遊んだり各々好きに過ごしていた。いつもは閑散としている図書館も、期間中に限り多くの生徒の姿が見られた。

そして勝手に定位置としていた本棚の陰になった四人掛けの席もまた見知らぬ生徒により先に取られてしまった。

仕方なく緑橋優汰は図書館裏庭のベンチに腰掛けていた。


教室にいても良いけれど、落ち着かない。もちろんいじめられるなんてこともないけれど、なんとなく浮いている気がしてならないのだ。教室に行けば皆仲良い人同士で固まっているのだろう。何があるわけでもないけれど、そんな教室の片隅に一人でいるのは嫌だった。一人でいること自体は嫌いじゃないけれどみんながワイワイしてる中で一人でいるのは嫌い。

どこもかしこもきれいな天原学園にしては珍しく、図書館裏にある庭はほとんど整備されず草木が鬱蒼としていた。夏が近づいてきた裏庭は鮮やかな青に包まれ、伸び放題となった草木の間から日を零れさせていた。



「はあ……、」



引っ込み思案で臆病な僕にとって、この鬱蒼とした裏庭は図書館奥の特等席に次いで落ち着く場所だった。わざわざ誰もここへ来たりはしない。緑に触れたいというなら整備された校舎の中庭へ行けばいいのだ。そよそよと心地よい風が吹く。申し訳程度に持ってきた英語の単語帳を閉じた。どうせ今から勉強したところで大して点数に影響されるわけでもないし、前日に切羽詰まるほどギリギリな勉強計画を立ててない。

図書館と同じように、ここは騒がしくて華やかな校内とは隔絶されていた。自分以外誰もいない。深く息を吸えば緑と土の匂いに満たされ、このベンチに座ったままでいたらもしかしたら僕ごと蔦に覆われこの緑の風景と一体化するのかもしれないなんて夢想する。いやむしろ、もう傍から見たら一体化してるのかもしれない。少なくとも、頭の色はもうきっと保護色だ。



「……生まれ変わったら植物になりたい」



独り言だったら、どもることもないのに。何もできない自分にうんざりしながら、分厚いレンズの眼鏡をはずした。ベンチに脱力して少し見上げるとぼやけた視界は淡い緑でいっぱいになる。目が悪いことを、実は嫌いではない。眼鏡をしていれば、人と違う目を少しだけ隠せる。眼鏡をはずせば嫌な現実はぼやけて見えなくしてくれる。

ぽかぽかとした日差しと時折ふく涼しい風が眠気を誘う。もう寝てしまおうか。もしかしたら、起きたらどこにも誰もいなくて僕も植物になっているかもしない。



「このまま、植物になりたいなぁ」

「にゃあ」

「えっ、」



誰もいないと思っていたのに、何故か独り言に返事を返され驚いて眼鏡を取り落す。幸い眼鏡は膝の上に落ちていたため慌てて掛け直すと足元に猫がいた。僕の独り言に返事をしたのは僕の足元にすり寄る猫だったらしい。



「なんだ、ゆきさんか」

「にゃーお」



なんだとはなんだと言いたげな白猫のゆきさんを抱き上げた。モフモフとした身体に思わず笑みをこぼす。

図書館の裏庭に住んでいるらしい白猫、ゆきさん。ゆきさんというのは僕が勝手に呼んでいるだけだ。ゆきさんが他の生徒や教師と一緒にいるのは見たことないし、誰かがゆきさんのことを話してるのも聞いたことがない。もっとも、交友関係が猫の額ほどの僕が見聞きしたことじゃあてにならない。野良猫にしては、ゆきさんは身ぎれいだ。いつだって毛並みは漂白したタオルみたいに真っ白で、ふわふわだ。誰かが手入れしているに違いない。



「ゆきさんって意外と重いよね。持ちあげたり寝てるとすごい胴長いし」

「…………、」



抗議するようにざりりと荒い舌で手の甲を嘗められた。膝にあったぬくもりがパッとなくなる。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ゆきさんはどこかへといってしまった。ゆきさんは気まぐれにきて気まぐれに姿を消すから、それ自体はいつものことだったのでまたベンチにもたれ掛る。ズボンを見たら白いゆきさんの毛が何本もついていたので一本一本取り除いていく。適当につかんでいた毛から手を離すとふわふわとどこかへ飛んで行った。


独り言と、ゆきさんへの言葉はどもらないですらすら言える。人間だけ、うまく話すことができない。もし何か間違ったことを言っちゃって、変なものを見る目で見られるのが怖い。人と同じが良い。クラスメイトGとか通行人Fみたいな立ち位置でいたい。良くも悪くも目立ちたくない。人から好奇の目や白い目で見られるのが嫌で自然と口を噤んでいたら、人との話し方がわからなくなった。うまく話せないってわかってるから、よけいしゃべらなくなる。もっと話し方がわからなくなって、舌は退化するし人との溝は只管深くなるだけ。埋没するみたいに、人並みに流されるのが嫌だとは言わない。それも、仕方ない。でも見た目が、色合いが目立ちすぎるせいでうまく埋没することもできない。水の上に油を浮かべたみたいに、浮いてるのが僕だ。どれだけたくさんの水に混ざろうとしても、どうしても浮かび上がってしまう。

僕以外にも目立つ色合いの人たちはいる。でもその人たちはみんなキラキラしてる。みんな自分に自信があるように見えるし、かっこいい。きっとそういう人たちは今、友達と一緒に何かしてるんだろう。僕みたいに一人で緑に埋もれながら転寝したり、野良猫と会話したりしない。



「なんか……みじめになってきた」

「にゃ」



頭垂れているとまた足元からゆきさんの声が聞こえた。一度姿を消したら戻ってこないのに、珍しい、とゆきさんに視線を落としてギョッとした。



「ゆきさん……それは、雀さん……?」

「にゃーん」



僕の質問に答えるように元気よく鳴くゆきさん。同時に地面にポトリと落とされる哀れな雀さん。



「……慰めに来たの……?」

「にゃーん」



はいともいいえとも取れない返事をするゆきさん。少なくとも獲物を取ってきたことを褒めてほしそうだったので、モフモフの頭を撫でてやる。

いつもではないが、たまにゆきさんは獲物を持ってこの裏庭に現れる。大きなバッタだとか蝶だとか、今回みたいに鳥だったり。雀はゆきさんにとって大物の部類だ。ちなみに一番大きな獲物は警戒心を空に落としてきたであろうハトだった。

最初は口元を赤くしたゆきさんに何事かと思ったが口に咥えた獲物の返り血らしかった。正直獲物を自慢しに来るのはやめてほしい。きれいに狩られているため無駄にスプラッタというわけではないが、動物の死骸を見て何も思わないほど強靭な精神を僕はしていない。


ゆきさんはどうも狩りをするだけして食べないらしいというのは今までの経験上わかってる。仕方なくポケットからティッシュを取り出して雀を拾い、ゆきさん専用の墓地へと足を向ける。勝手に僕が墓地にしているだけだが、そこには歴代の獲物たちが安らかに眠っている。素手で小さな穴を掘り雀の身体を入れてそっと上から土をかぶせ、手ごろな小石を墓石とした。静かに黙とうする。この間ゆきさんは何もしない。一旦とって、誰からに獲物を見せたらもうそれに執着心はないらしかった。気まぐれな彼女らしい。


ベンチに戻ってのんびりしようかと思っているとなぜがゆきさんが僕の方をじっと見ていた。

なんとなく目を逸らせないでいるとゆきさんは間延びしたようににゃあと鳴いた。

それから2.3歩歩いて振り返り、またにゃあと一つ鳴いた。



「えと、着いて来いってこと……?」

「にゃーお」



また、はいともいいえともつかない返事をする。

こんなことは初めてだった。いつもはさっきの雀と同じように急に興味を失ったようにそっぽを向くのに、こうしてどこかへ僕を誘うのは初めてだ。日常にない出来事で少しドキドキした。


茂る木々の間を通り、先導するゆきさんの後を歩く。

どこに向かっているのだろう。もしかしたらゆきさんの後を着いていったら猫の国に行くのかもしれない。そんな国があったら彼女はきっと高嶺の花だ。ふわふわもふもふの毛並みはたぶん猫の世界では美人の部類だ。道なき道を歩いていくと、突然視界が開けた。よくよく見るとそこは男子寮の裏だった。図書館から寮までは結構離れているはずだが、ゆきさんを追って随分と歩いていたらしい。


ゆきさんはなんでこんなところに、と思ったらまたゆきさんがにゃあと鳴く。首を傾げて草木の中にいる僕を置いてゆきさんはとてとてと歩いていく。ふとゆきさんの進行方向を見てギョッとする。



「も、もしかしてここ狩場……!?」



ゆきさんの進行方向には草地があり、鳥たちが地面を突いていた。

先ほどの雀はここで狩られたものかもしれない。ゆきさんが僕をここに連れてきたのは狩りの瞬間を見てもらうため……?



「ちょ、ゆきさん、ゆきさん待って!」



身を低くして尻尾をふりふりしていたゆきさんを慌てて抱き上げる。僕が近づいたせいで鳥たちは飛んでいき、手近なベランダの手すりや電線に留まる。



「にゃーお……、」



不満げに低く鳴くゆきさんに思わず謝る。ごめん。でも僕は流石に目の前で狩りが行われる瞬間を見て平静でいられる自信がない。食べるなら多少仕方ないとも思うけど、遊びの狩りで獲物となる鳥は可哀想だ。

抱き上げたゆきさんが不満げに僕をじっと見る。大きな黄色い目にうっとたじろぐ。申し訳ない。


突然、寮の表の方からこちらへ向かってくる足音が聞こえた。半ば反射的にゆきさんを抱えたまま来た道に身を隠した。特に意味はないのに人が来るとわかった途端隠れる自身が本当に情けない。


寮の裏に姿を現したのは、白い髪に赤い目をした白樺蓮だった。


あっと出そうになった言葉を飲み込む。


彼と話したことは一度もない。たぶん同じ学年で知らない人はいない、僕とは違うキラキラした人の一人だった。でもいつも誰かと一緒にいる彼は珍しく一人だった。いや大して僕は彼のことを知らないから、本当に珍しいのかはわからない。でも僕が彼を見るとき、ほとんどいつもといっていいほどに、赤霧涼と一緒にいた。

何年も前にいじめっ子たちから助けてくれた人、赤霧涼くん。中等部に入って久しぶりに会ったけど、彼は相変わらずかっこいいままの僕のヒーローだった。緑橋優汰にとって、白樺蓮は憧れの赤霧涼といつも一緒にいる人だった。


なんで一人なのかとか、涼くんは一緒じゃないの、とかグルグル考えながら、バクバクと音を鳴らす心音を隠すように縮こまって草地へと足を向ける白樺蓮を眺めた。


手に何かを持った白樺蓮は草地の真ん中あたりに立つと空を仰いだ。そして指笛を鳴らす。

いったいなにを、と思う間もなく羽の音が空から降ってきた。

驚きを飲み込み、じっと鳥たちと白い彼を見る。何やら声を掛けながらその場に座り込むと手に持っていた袋から何かを蒔き始めた。おそらく、パン屑か何かだろう。ぴいぴいちゅんちゅんと喧しく鳴く鳥たちの真ん中で朗らかに笑っていた。


息を殺すが戸惑いが隠せない。どうやら彼は鳥が好きなようだ。伸ばした足やふわふわした白い頭の上に小鳥を乗せている。楽し気な白樺蓮を見ていたら罪悪感が湧いてきた。僕が何かしたわけではないが、もしかしたら彼の友達を狩っていた犯人を今腕に抱えているのかもしれないのだ。この状況で猫を抱えているのは、だめだ。それと同時に、ここで餌を蒔いても良いのかと思う。脳裏に街で迷惑をかけるハトおじさんのニュースが蘇った。勝手にえさをやることで鳥が集まって、病気を人間に持って来たり、糞害があったり。彼の周りに集まっている中にハト並に大きいものはなく、皆雀くらいで大きくて雲雀程度だ。しかしどこから来たのかと思わざるを得ない数。


話しかける理由も度胸もないが、今来た道を戻ろうとすればきっと足元の雑草が音を立ててしまい僕がここにいたことがばれてしまうだろう。不可抗力とはいえ、覗きのようなことをしていた分、ばれたくない。どうか早く立ち去ってくれ、祈るような気持ちで身を縮こまらせた。


だがそんな僕のことなど一切気にしないのが、自由気ままな猫代表、ゆきさんである。



「にゃーん」

「えっ……、」


高らかに鳴くゆきさん、ばっと集まる視線、飛んでいく鳥たち、絶望の声を漏らす僕。

残った鳥がちゅんと鳴く。降りたそうにしているゆきさんをしがみつく様に抱きしめた。さっきまで長閑な空気だったのに、嫌な沈黙に包まれた。現実逃避するように、植物になりたいと口の中で呟いた。


ゆきさんは突然鳴いたくせに、一声挙げただけでそれっきり黙ってこのつらい沈黙を破ってくれない。

嫌な汗背中を流れる。

先ほどまでの微笑みや朗らかさなど微塵も感じさせない赤い目が僕を見ていた。



「何か用か」

「えっ、」



人形のように綺麗に作られた顔、その唇が少しだけ動いた。遅れて、僕は目の前の彼に話しかけられていることに気付く。



「あ、え、えと、ゆ、ゆきさんが、ここに……、」

「ゆきさん?」



なんとか説明したいのに、ここに来た経緯か、覗いていたことへの弁明か、鳥の話か、狩場の話か、何から話したらいいのかわからず口から出たのはゆきさんが僕をここへ連れてきた、という文の断片だけだった。



「猫か」

「う、うん……ぼ、僕が勝手にそうやって、よ、呼んでるだけだけど……、」

「ふうん」



そこで僕から視線をずらし、足元や腕に留まる小鳥に何か小さく声をかける。そうすると鳥たちは何か理解したように空へと飛んで行った。もしかしたら彼は鳥と話ができるおとぎ話の王子様か何かなのかもしれない、なんて馬鹿げたことを考え出す。もちろん、現実逃避である自覚はあった。やっとそらされた目に、逃げ出したくなっているが、混乱してもう二進も三進もいかなくなってる。もう心の支えは腕の中のゆきさんだけだ。



「ゆきさん」



僕の声じゃない声がゆきさんを呼ぶ。

今の僕の唯一の頼みの綱、ゆきさんはあっさりと僕の腕から飛び出し、白樺連のもとへとトタトタ歩いて行ってしまった。再び絶望に襲われながら白い背中を見送る。裏切者、と心の中で罵る気力さえない。うっそうとした草木の中から白い彼と白い猫が戯れるのを見ながら動けないでいる僕のなんと滑稽なことだろう。数少ない装備品だったゆきさんを失った僕は手持ち無沙汰などという言葉では足りないほど、自分がどうすべきかわからなかった。



「野良?」

「た、たぶん……で、でも誰かが、世話してるっぽい」



毛並み、きれいだし、太ってるし……ぼそぼそと説明する僕の声にまたふうん、と興味があるのかないのかわからない返事をする白樺蓮。もういっそ、失せろ、とかどっか行け、と言われてしまいたい。どうかこの場から退場するきっかけを与えてはくれないだろうか。



「そ、その……、」

「……なに」

「し、しし白樺くん、は……鳥、好きなの?」



本当に馬鹿みたいに名前すらどもる役立たずな口に嫌気がさす。いや、こんな僕が彼の名前を呼ぶことすらおこがましいかもしれない。ふと思う、そもそも僕はいままで彼と一度たりとも話したことはない。それなのに初対面の人間に名前を呼ばれて気味悪がられたりするのではないだろうか。状況も状況だからストーカーだと言われたらもう弁明もできない。いやな方へと思考が転がっていく。



「好きだ」



短い答え会話が成立したことを知る。質問の答えだとしても、彼のことを憎からず思っている女子生徒ならきっと卒倒するだろう。思わずごくりと唾を飲み込んだ。そんな僕のことはどうでもいいのか、白樺蓮の視線はゆきさんに固定され、片手は何度も彼女の背中を往復する。



「そ、その……ゆ、ゆきさんは、鳥をとるのが、好きだから……その、白樺くんの鳥が、あ、危ない、かも……」

「へえ」



興味があるのかないのかわからない返事。ただなんとなくわかった。彼は話の内容に興味がないのではなく、話をしている僕に興味がないのだ。



「仕方ないだろ」

「へ……?」

「猫なんだから、鳥をとるのは仕方ない。鳥も、猫から逃げられなかったから、仕方ない」

「そ、そう……?」



鳥が好きなのだろう。自ら餌やりに来るくらいなのだから。だが返答はそっけなさとともに内容もドライだった。困惑する。



「小さい動物が大きい動物に食われるのは、自然だ。おれが鳥を集めるせいで狙われるなら何とかするが、あいつらはおれが呼ばなきゃいつまでもここに居たりはしない。おれも頻繁にパン屑撒いてるわけじゃないしな」

「そ、そっかぁ……、」



弱肉強食なのは仕方ないと思っているらしい。しかし呼ばなきゃ来ない、というからもしかしたら彼らは白樺蓮のペットのようなものなのかもしれない。少なくとも、彼には鳥の見分けがつくし鳥もまた彼のことをわかっているのだろう。いろいろとわからないけど、彼は鳥の王子様なのだ。彼らにしかわからないこともあるのだろう。とりあえずキャパシティはオーバーした。



「にゃーん」



おとなしく鳥の王子様に撫でられていたゆきさんが声をあげてこちらへとのたのたと向かってくる。どうやらお帰りらしい。ああ、これで帰れる、そう思って足元にすり寄るゆきさんを抱き上げた。



「そ、それじゃ、」

「おい」



背を向けそそくさともと来た道に戻ろうとすると鋭い声が僕の背中に突き刺さった。声や視線が刺さるなんてことはないのに、僕は完全に何かが背中に刺さっているのを感じた。



「なな、なな何っ?」

「……緑橋、だったか」

「は、はいっ!」



声がひっくり返っていつも以上にどもる僕は何とかもう一度振り向く。ガラスのようにきれいな目はしっかりとこっちを見ていた。ひゅっと息をのむ。なぜ僕のことなんか知ってるんだろう、思い当たるといえば無駄に目立つこの頭と、涼くんが彼に話したか、それくらいだ。もし後者だったらうれしいかもしれない、なんて場違いにも思う。



「……いや、何でもない」

「え……、」



なぜか名前の確認をして、白樺蓮は身体についた羽や毛を軽く払って、草地から去っていった。僕はただ茫然とその背中を見送り、ようやく我に返ったときはゆきさんが催促するようににゃあ、と鳴いた時だった。


釈然としない思いを抱えたまま、草木の間を潜り抜け図書館裏庭へと足を動かす。


今日分かったことは、寮の裏は時々鳥の楽園になること。涼くんと一緒にいる白樺蓮は実は鳥の王子さまであること。それと鳥の王子さまはあまり仲間以外の人間が好きじゃないらしいこと。

今まで見た彼はいつも涼くんや同じクラスの黒海くんや小さな女の子と一緒にいて、彼らといるときは笑ってた。でも今日初めて話した彼は怖いくらい静かで、無関心だった。


きっと次に会ってもうまく話せないだろうし、また怖いと思うんだろう。

でもなんだかもう会いたくない、とかは思わなかった。すごくきれいな人で、鳥がすごく好きな人。それからたぶん、自分の友達や涼くんのことがすごく好きな人なんだろう。



試験期間のある日の午後は、なんだか物語の中に入り込んだみたいな時間だった。きっと今の僕の気持ちと、不思議の国へと行ってきたアリスの気持ちはよく似ているんだろう。


裏庭に着くや否や姿を消すゆきさんを見送り、また、ベンチに腰掛けた。緑に囲まれながら意識が景色に溶け込んでいく。


まさか僕は、名前を呼んだ白樺蓮が『カツアゲされてメガネ割られて赤霧涼に横抱きにされて教室に戻って来た生徒』だなんて思ってるとは夢にも思っていなかったんだ。

実は高等部の夏祭りのときが初対面なわけじゃないよっていう話。

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