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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
133/157

振るわれる力

あぶねぇやつ、と評されたのは初めてでありまた想像もしていなかった。しかも学校で一番、という言葉までついて。



「……危ないですか、僕は」

「あぶねぇなぁ」

「……どこが、でしょう。僕より危なさそうな人はほかにも結構いるんじゃないですか?」



この学校の生徒は他と比べて落ち着きがあり成績面においてもなかなかに秀でているとはいえ、やんちゃな生徒がいないわけではない。少なからず染髪する生徒や暴力に訴えるような生徒などがいる。彼らに比べれば、僕はずっと人畜無害だといえるはずだ。



「暴力的な奴や非行に走るような奴はいるが、それでも赤霧、お前ほど他人にあぶねぇって思わせるやるはいねぇよ。……心当たりがないわけでもねぇだろ」



ふざけた様子など微塵もなく、淡々と確信を持ったような藤本教諭に思わず眉を顰めた。彼は心当たりは当然あるものとして話しているが、ない。僕は悪い素行をした覚えもなければ理不尽な暴力を振るったこともない。



「……ありません。強いて言うなら人よりも使える力が大きい、と言うだけですが不用意に振るうことはありません」

「じゃあどういう時にその力を使う」



適当に煙に撒こうとするが、一向に撒かれてくれる気配がない。尋問のようだと思うが苛立ちが募らないのはきっと彼の様子が尋問というよりも出来の悪い生徒を叱るように、諭すように見えるからだろう。そのせいで、何故か僕はひどくバツが悪くなる。



「正当防衛と言える時です。僕から手を出すことはありません」

「正当防衛、な……。そうじゃないだろ、お前は」

「過剰防衛ってことですか?」

「いや、それもそうだがそこじゃない」



あーとかうーとか唸り言い淀んだ後、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。数少ない可能性を挙げたが即座に否定、いやある種肯定はされているが彼の言いたいことはそれではないらしい。いよいよ心当たりがない。



「正当防衛云々じゃないだろお前は。お前は面倒臭がりだから一人でいるときに手ぇ出されても極力無視するだろ。うっかり手加減できずに下手に怪我させたらお前の経歴に傷が付きかねねぇ。お前は割と外聞気にする方だし頭も回る。そこに気づかねぇはずがない」

「…………、」



何が言いたいのかわかってしまい、口をつぐんだ。そして途端にこの藤本教諭との話がひどく無意味なものに思えてしまった。誰に何を言われようと僕の考えは、行動は変わらない。他人がどれだけ口を挟もうとそれは空虚であり何の意味もなさない。正直、席を立ちたい。これから彼が何を言おうとそれは無駄で、僕がそれに耳を傾ける理由もない。ただ、席を立てない理由が、僕にはあった。



「お前が手を出すときは、そっちの白樺がいるときだけだろ」

「…………、」

「お前が手を出す理由は『正当防衛』じゃねぇ。『白樺蓮に手を出したから』だろ」

「なにか、問題がありますか?理由はどうであれ、結果は正当防衛です」


「問題あるだろうが。お前のそれは応戦っていうレベルじゃねぇ。ほぼ毎回躊躇なく急所狙ってんだろ」

「……よく、ご存じで」



確かに、僕は相手が子供ではない場合、躊躇なく急所を狙う。急所を狙うが、殺すつもりはない。ただ一撃で意識を刈り取ろうとしているだけで。しかしなぜそれを教諭がまるで見てきたかのように語るのかがわからない。『毎回』とはどういうことだろうか。僕は一度だって彼の前で誰かに拳を振るったことはない。唯一夏ごろに女子生徒を一人職員室へ連行したが、本当に小動物か赤子を相手取るかのように優しく優しく、できうる限りの手加減をして拘束したのだ。こんな風に言われるということは、彼が指しているのは間違いなくそのことではないだろう。



「……相手が大怪我してねえから過剰防衛とも言われないが、一歩間違えば相手を殺しかねねぇだろ」

「お言葉ですが、僕が急所を叩きにかかるときは相手に明確な殺意、深い害意があるときだけです」



事実、素人のチンピラに絡まれるときなどは急所を狙うものの、本気を出すことはなくせいぜい急所を押す、というレベルだ。



「僕は殺されたくありません。気を抜けば殺される可能性があるというのに、こちらがそうたやすく手加減して急所を外してやる謂れがありません。……誰かを殺そうとする者は、必ず殺される覚悟を持たなければなりません」



これは誰かに言ってきたことでもない、僕の持論だ。やらなければやられる、ほど過激なことを言うつもりはない。だが誰かを傷つけるものは傷つけられる覚悟をしなくてはならない。誰かを殺そうとするものは殺される覚悟をしなくてはならない。それは僕が襲撃者に求めるものであり、僕自身が思っているものである。僕から手を出すことはない。だがもしも手を出さざるを得ない状況であれば、どんな相手であろうと殺されても仕方がないと思えなくてはならないだろう。



「私は誰に何を言われようと、考えを改めるつもりはありません。僕は持てる力のすべてを以て主人を守ります。たとえどれほどの泥をかぶることになっても」



実際に被るのは泥だけではなく返り血もか、と自嘲する。それ以上の言及を黙殺するように頑な言い放つ。藤本教諭のことは好きだし、尊敬しているところさえもある。だがこれについては別だ。彼は僕らにとって部外者以外の何者でもない。



「お前のその、主人のことになると人の話を聞かなくなるとこは光とそっくりだなぁ……、」


「は……?」



片手で顔を覆い、深いため息を吐きながら零された名前に硬直した。彼の口から出た名前は自分にとって聞き覚えのありすぎるものであり、なにより担任をもつ生徒の保護者の名前を呼ぶには、彼の口調はあまりにも親しげだった。



「何でおれが今年中等部じゃなく高等部に上がってきたかわかるか?何で担任でなくともずっとお前らと同じ学年を担当してるかわかるか?」

「……まさか、」

「どこぞの親ばかどもの所為だ……!」



緊張感のあったはずの空気が一瞬で霧散した。

確かに今まで脇役でしかない藤本教諭がずっと僕たちと同じように学年を上がってきたことを不思議に思わなかったわけではない。だがまさかそんな理由、自分たちの親のせいだとは微塵も思わなかった。なるほど自分の目に届かないところに行くのならば代わりの見張りを、というのは彼ららしい。父様と嘉人様がピースするさまが鮮明に想像できる。

やたらと絡んできてパシリにする横暴な教師だと思っていたが、彼こそが被害者だったのだ。もはや申し訳なさしかない。



「なんかもう……父がすいません……、」

「全くな。珍しく可愛げのない後輩二人から『お願い』されたから軽々しく内容も聞かずに引き受けちまったが、その結果がまさか溺愛する子供の監視だたぁ思わねぇよ」



はあ、と大げさにため息を吐く藤本教諭に先ほどとは違う種類の座りの悪さを感じる。それはもう迷惑の極みだっただろう。



「ただまあ、ある程度目を掛けておくってぇのは正解だったな」

「それは、どうでしょう」

「赤霧、光の学生時代の話は聞いたことあるか?」

「学生時代、ですか。いいえ。具体的な話は聞いたことありません」



脈絡があるようでない会話。当初から随分話がずれてしまっているように思えるが、教諭は知っているのだろうか。もしかしたら彼にとっては話が続いているのかもしれない。



「あいつと嘉人が高校生の時、嘉人が誘拐されたことがあった」

「嘉人様が!?」


「……その様子じゃ聞いてねぇみたいだな。嘉人も鍛えていたからそうそう捕まるなんてことはなかった。だがその時は嘉人の友人が人質にされたせいで嘉人はそのまま攫われた。もっとも、あいつはそういう事態も想定していてGPS機能の付いたものを持ってたおかげで身代金だのなんだのの脅迫電話がかかってくる前に場所は特定できた。そこからは警察なり白樺の組織なりに任せるはずだったらしい」



一呼吸置いた後に、藤本教諭は僕をじっと見た。



「それで黙ってられねぇのが光だった。光は事件が起きたとき嘉人の側にはいなかった。それは嘉人が光に頼んだからだったらしいが、お前なら、どう思う」



なるほど、こうつながるのか、と感嘆した。



「……どんな理由があれ、許せないでしょうね。自分自身が」



主人の一大事に、御側付である自分が側にいなかった。どんな理由があろうとも、他の人間が許そうとも、他でもない自分自身が許せない。理屈や状況の問題ではないのだ。問題は主人を守れなかったという事実だけだ。



「光も、そうだった。それで光は周りに何も言わずに一人で嘉人のところまで乗り込んでいった」

「は……、」

「そんなことすりゃあ助けに向かうはずだった白樺や警察の計画はめちゃくちゃだ。犯人グループを刺激する上に、学生が勝手に行けば被害者が増えるだけだと。光の行動は身勝手で非現実的、迷惑な正義感でしかねぇ。糾弾されるようなことだ。勝手に行動して邪魔をしちまえば目も当てられねえ」



そうだろう。場所がわかっても地形、閉じ込められた建物のつくりや部屋数位置、犯人グループの人数、武器の有無に種類、被害者の拘束状態、建物への侵入経路、退避経路など、不確定なことが多すぎる。確実に救出するならそれらの情報を一つでも多く手に入れ、綿密に計画をたてたうえで突入奪還すべきだ。さらに正確性を求めるならば、被害者を殺す意思がない以上引き渡し直前がベストである。



「だが光は一人で乗り込んだ上に、嘉人をほぼ無傷で救出した」

「それはまた、」



すさまじい、その一言に尽きる。その行動はナンセンスで無謀。被害者の無事を最優先するのであればあってはならない特攻だ。



「……犯人グループが、少なかったとかですか?」

「いいや、人数は多かった。その辺のヤクザ崩れのチンピラやらを雇ってたらしくてな、人数自体はかなりの数だった。組織がらみだったが、指示を出してたのは本当に会社の末端の奴で、言っちまうなら烏合の衆、要するにいつでも切り捨てられるトカゲの尻尾みてぇなもんだったらしい」



ふと、この話は数年前の僕らの話に限りなく似ていることに気が付いた。違うのは僕が主人と一緒にいたことと、彼は攫われずに逃げることができたということだ。



「白樺のSP部隊が嘉人の閉じ込められた廃工場に着いたときにはいたはずのチンピラのほとんどがいなかった」

「いなかったって、逃げたってことですか?」


「ああ、逃げたっつうより逃がした、だな。その場は血痕で壁も床も真っ赤、いた痕跡はあったのにほぼ全員が逃げ出してた。まあそいつらもすぐに検挙されたが。もちろんそれをやったのは光だ。後であいつから聞いたが、自分は素手で乗り込んで鉄パイプ持ってたやつがいたからそれをぶん回して数を効率的に減らしただのなんだの、まあそんな物騒な感じだ。数だけの素人だから手加減したらしい。一応な」



まあそうだろう。奥に嘉人様がいるとわかっているのならその前にいる見張りや警備のチンピラを一掃するのに大した時間はかけられない。つまりわざわざ気絶させたりしている暇はない。リーチが長く攻撃範囲の広い鉄パイプを使うのはその状況下であれば合理的だ。



「まあそれだけなら問題なかった。そこから先が問題だったんだ」

「問題ですか?」



チンピラが一掃できたのならもう後は人数も少ないため被害者の奪還だけになる。応援が来る時間などがわからないことも鑑みて、最優先すべき嘉人様を連れ立ち脱出することが最良だろう。その場にいるのが末端であろうと足は簡単につくのだから、あとの組織がらみの話は大人に任せればいい。



「嘉人を拘束していた組織の下っ端が6人いたんだがその中の数人が銃を持っていた。……光はそいつらに何をしたと思う?」



可能性がないわけではない。チンピラ連中と違い会社の上役からの命令を受けて誘拐をしたのなら銃の一つや二つ渡されていてもおかしくはない。



「……僕であれば、蓮様を素人の射程範囲外に逃がした後足を刈って転ばせて利き手を狙って銃を取り落させる、ですかね。その筋の人ならともかく、実際に引き金を引く覚悟があるとは思えません」



口ぶりからして、組織の下っ端と言うやつらはプロではないように思える。プロであれば躊躇なく撃たれる可能性があるためひたすら逃げて時間を稼ぐしかなく、逆にチンピラであれば考えなしに撃ちかねないが仮にも会社という組織に所属しているならばある程度の常識はあるだろう。その常識が躊躇させる。



「まあ実際にはそうだな。捕まった奴らは暴力慣れしたやつらでもなんでもなかった。だからこその銃だろうが。……光は途中までお前が思った通りの行動をした。主人の安全確保、相手の武装解除。ここまでやればもう十分だったはずだが、光はそうは思わなかったらしい」



また一呼吸置く。迷うように目を泳がせたが、ここまで聞いておいてやっぱり話さないということはないだろう。続きを促すように教諭の目を見た。言うか否か迷っているようだが、父様が何か必要以上の行為をしたということはわかった。そして藤本教諭が躊躇うレベルの行為だということも。



「……光は、銃を奪ってもなお最悪の事態を考えた。応援が来るまでの時間、犯人グループの反抗の意思の有無。場所が場所だから武器になるようなもんはいくらでもある」


「相手の反抗する気力を削いだうえで、武器になりかねない危険物から遠ざけることですか」



「あながち間違いでもないな。……光は相手が絶対に武器を持てないようにするために、6人全員の両腕を千切ったんだってよ」

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