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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
幼少期
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箱庭の空

蓮様のしりとりのブームが去った。それで最近の蓮様の趣味は僕を困らせることらしく、日々いろいろな要求をしたりするのだが目の前のあれもその一環なのだろうか?


蓮様の部屋の襖が僅かに開いていて上にはつみきが挟まれている。教師に黒板消しを落とそうとする小学生の気持ちなのか。バレバレではあるのだが当たったら普通に痛い気がする。


さて、どうするべきか。


引っかかってあげれば恐らく蓮様は喜ぶだろうが調子に乗ってちょっとウザ、いや喜びすぎるので普通に手でキャッチしよう、そうしよう。

カラ、パシッ


「…大人しく引っかかれよ。」

「なら僕が引っかかるような素晴らしい罠を仕掛けてください。」


手に持ったつみきをおもちゃ箱の中になげる。

沢山あるおもちゃはやはり、悪戯くらいにしか使われていないらしく新品同様だった。


「…おもちゃ沢山ありますけど、遊ばないんですか?」

「興味ない。だいたい独りきりで遊んでいても虚しいだけだろう。」

…一理ある。小さな子供が部屋で一人つみきを積み、ミニカーを走らせる…さぞかし哀愁漂う光景だろう。


「じゃあ僕と遊びますか?」

「お前はそんな柄じゃないだろ。」

「でもこれだけ買ってきてくれてるんだから、遊んだ方がご両親も喜びますよ?」


そういうと蓮様の顔が曇る。やはり両親のことは鬼門なのだろうか。


「……俺が遊ぼうがそうで無かろうが、父様も母様も知らないさ。」

「でも見れば分かるのでは?」

「父様も母様も、ほとんどこの部屋には来ない。気付くわけない。あの人達は、俺には興味ないんだよ。」


違う、嘉人様も雲雀様も貴方のことを大切に思ってる。大切に思うから、距離を気にし過ぎてるんだ。


そう伝えたかった。でも言えなかった。


蓮様が望んでる言葉はそんなことじゃない。それでも彼にかける言葉が見つからない。


蓮様ただ、唇をかんで俯いていた。


「ぼ、僕は興味ありますから…。」

…なんのフォローにもなってない!訳わかんないし!興味あるってだから何だよ!

気の利いた言葉一つ言えない自分に嫌気が差す。


「…そうか。」

ポツリと呟かれた返事を最後に静寂に包まれる。


ああ、早くいつものテンション上がってるときの蓮様に戻って欲しい。安易に両親の話を持ち出すべきではなかった。しかし今の状況で持ち出せる話題はそれくらい、そしてもう沈黙に耐えられない。


「…普段はご両親とどんな話をするんですか?」

「最後にした話はたしか天気の話だった。」


天気、まさかの天気。話題に困っていたとはいえもう少し何かあるでしょう!少なくとも自分の五歳の息子とする会話には相応しくない。

「…蓮様はどんな天気が好きですか?」

…僕も似たようなもんだった。そうだよ、僕も話題に困ってたんだよ!


「部屋の中にいるからあんまり天気は関係ない。…でも晴れは結構好きだ。」

「何故?」

「…晴れてると庭に鳥が来るから。」


ひょいと障子に遮られた庭に目をやる。

この部屋は一方向壁、二方向襖、一方向が縁側のある庭に囲まれている。この部屋から見る庭は少し小さいが鳥が来るには充分過ぎる位だろう。


「鳥が来てるのが部屋から見えますか?」

「障子の隙間から、少し見える。それに鳴き声は聞こえる。」

「鳥が好きなんですか?」

「多分好きだ。」

「そうですか…ちょっと待っててください。」



部屋から飛び出し自分の家に立ち戻り、台所から食パンを拝借する。

秋の下旬、バードウォッチングには向いている季節だ。


「お待たせしました。」

「そのパンは?」

「鳥にごはんをあげましょう。」

「!できるのか!?」

「うまく鳥達が来てくれれば、ですが。」


上着を羽織らせ草履を履き、庭に出る。庭には梅の木と小さなため池がありその向こうに生け垣が見えた。

「手を出してもらえますか?」

「ん、」

小さな両手にパンくずを落としていく。

そして地面にも細かく千切り落としておく。


今回呼ぼうと思っているのは普段から餌付けをしている雀の仲間のアオジやキセキレイなどの小鳥たちだ。いつも指笛を鳴らして呼び寄せているが来てくれるかはイマイチ分からない。


どうか来てくれ!

という思いを込めて指笛を鳴らす。


ピィーー…


……ピィー、ピィピィ、

バサバサと数羽の鳥達が飛んで来てくれた。

君たちは裏切らないと信じていたよ!流石にこれで来なかったら情けない。

チラリと蓮様を横目で見ると驚きながらも嬉しそうに小鳥たちを見つめていた。

ホッと息を吐く。先程の重苦しい雰囲気はなく、純粋に楽しんでいるようだった。罪悪感が僅かに薄れるのを感じた。


「なあ、涼っ。あの鳥は何だ?」


一羽の小さな斑の鳥を指差す。鳥を怯えさせないように小声で話しかけるのが微笑ましい。



「あの鳥はエナガという鳥で雀の仲間です。冬になれば小さな群れで来ると思いますよ。」

「可愛いな…」



長く黒いを揺らしながら跳ねるエナガを見てそう呟くと、はっとしたように此方を見た。



「やっぱり今の無しっ、可愛くない!」



顔を赤くして必死に言う。どうやら蓮様の中では可愛いという言葉は恥ずかしいことらしい。



「ちょ、蓮様。鳥がびっくりして逃げちゃいますから。」



そういうとバッと手で口を塞いだ。手から落ちたパンくずに雀が寄ってきて啄む。足下に来た雀を嬉しそうに見る。



「別に可愛いって言っても良いと思うのですが…」

「…男らしく無いだろ?」



これまたひどく可愛らしい理由でした。



「可愛いと感じられないのは男らしくない以前に人間らしくありませんよ。何かを感じ、それを表現することは素晴らしいことです。」

「そう、か。なら良いか。」



そう言うとまたエナガを見て可愛い、と小さく呟いていた。




ふとどこからか低いけれど美しい鳴き声が聞こえてきた。その声を聞き、蓮様がパッと辺りを見回す。



「どうしましたか?」

「この鳴き声…!よく外から聞こえてきた鳴き声だ。」



僕も声の主を探す。すると垣根に一羽の小鳥がとまっていた。そして先程のようにまたさえずった。どこか安定感を感じさせるような鳴き声に聞き惚れる。パッと我に返りふと蓮様がその鳥を見つめているのに気がついた。


「蓮様?」

「あれはなんて言う鳥だ?」



小型で茶褐色の姿に独特な鳴き声…。



「多分、カヤクグリですね。」

「カヤクグリ…。餌付けしたら毎日来るかな?」

「毎日かは分かりませんが、来る回数は増えると思いますよ。やりますか?」

「うん!」


キラキラとした目で小鳥たちを見つめている蓮様に胸が暖かくなった。

秋空にアオジが高く鳴いた。



もしかしたら鳥の説明や季節が間違っているかもしれません!

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