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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
129/157

理由を捨てて

「あー……行きたくない」

「今更何言ってるの!?ほら早く玄関から出なよ!」



日和に魔改造されてせっつかれるように玄関へと押し出されたがいまだ踏ん切りがつかずドアの直前で押し問答をする。結局あれから僕にできる抵抗はなく、押し切られる形であれよあれよと身ぐるみを剥がされ日和セレクトのかわいらしい服を着せられてしまった。穴が合ったら入りたいレベルの恥ずかしさだが、曰くまだまだ抑えた方らしい。それは僕の好まないようなピンク系統の色が使われていないだとか、露出が一般的女子に比べれば少ないとかなんだとか。正直スカートをはいている時点で僕の許容範囲はとっくに突破してしまっている。



「心なしか頭が痛い気がします。風邪かもしれません、熱もあるかも」

「しょうもないこと言ってないでさっさと出る!寒い中白樺くんを待たせたいの!?」



最近もはや伝家の宝刀のごとき扱いの蓮様だが、やはり彼を引き合いに出されるとなすすべもない。門で待ち合わせすることになっているのだが、ドアの前の時点で僕の体力と精神力はほぼゼロだ。力尽きている。すでに部屋の中にUターンしたい。しかしながら約束は約束。しかも約束の時間までもう15分を切っている。今更ドタキャンなどふざけたことはできないことくらい頭ではわかっている。だがしかし、こんな姿を晒さなくてはいけないという事実は変わらないのだ。



「女装して外に出るなんて……」

「よく見て、周りの女の子たちはみんな女装してるから」



それだけピシャリと言われ、一際強く背中を押された。ふらついて玄関から一歩出ると間髪入れずすぐ後ろでばたんとドアが閉まる音がした。次いで鍵を閉める音も。完全に締め出された。



「退路は断たれた……」



今更駄々をこねるわけにも、バックレるわけにもいかず、重い重いため息を吐いて硬い廊下を歩きだす。履きなれない踵の高いブーツが高い音を立てた。




********




慣れない踵のある靴だが単純な身体能力のおかげでふらつくことはない。しかしやはり慣れない。下を見ればふわふわと揺れるスカートから爪先が時折覗く。とても自分のものとは思えない。門近くになり、門のすぐ外に白い頭が見えた。門には鳥が数羽止まっておりどうやら蓮様は何やら彼らを構っているらしい。異様に鳥に懐かれるのはもはや彼の性質と言っていい。正直見てるだけで癒されるのでこのまま声を掛けずにいたいが、ふと彼が腕時計に目をやる。つられるように僕も自身の左手の時計に目をやると約束の時間まであと1分を切っていた。待たせるわけにはいかない。腹を括って門へと再び足を動かした。ピーチクパーチクと甲高い声で何やら話をしていた鳥たちが一瞬黙り、僕の姿を映して皆一斉に門から飛び立った。その様子に蓮様は目を丸くしていたが、すぐに人が近づいたため逃げたのだと合点いったようでこちらへ目を向けた。



「…………、」

「…………、」

「……すいません、お待たせしたようで」

「……いや、俺も、今来たばっかだから……、」



沈黙が気まずく、それらしいことを口にすると切れ切れになりながら蓮様もそれらしいことを返した。先ほど鳥が飛び立ったときに目を丸くしていたが、今はそれより数段目を見開いている。まさか誰かわからないんじゃ、と一瞬思ったがよくよく考えればこんな奇抜な髪色の生徒は翡翠と僕の二人しかいない。ならば言葉を失っているのは僕のこの格好のせいだろう。目を開いたまま微動だにせずじっと僕の方を見る蓮様に、流石に奇異の色こそ感じられないが驚いているのは手に取るようにわかる。驚くほど似あっていなかったか、想像以上にひどかったのか、ふつふつと怒りにも似た感情が湧き上がる。なにも好きでこんな格好をしているわけではないのだ。何も言われないのが辛い。いっそ黒海のように笑い飛ばしてくれれば僕も笑い話にできるというのに。何か言ってくれよ、と半ば八つ当たりじみた言葉は無理やり飲み込んだ。


やはり柄ではないことなどするべきではないのだ。


一周回ってひどく冷静になった。日和が散々大丈夫だと言ってくれたこの格好も途端に滑稽以外の何者にも感じられなくなる。なるほど、まるで道化のようだ。



「……すいません、やっぱりこういうの似合ってませんよね。少し待ってもらえますか?すぐいつもの格好に着替えてきますから」



ヘラりと笑うと蓮様はまた目を見開かせ、はくはくと数度口を動かしたがそれはただ開閉されるだけで言葉は出てこない。居た堪れなくなり、早々に踵を返す。さっさとこんなものは脱いでしまおう。()にはとても、似合わない。


寮へと戻ろうとしたとき無防備になっていた背後からグイッと片腕を引かれた。



「っ……!?」



いつもの格好であればふらつきもしなかっただろうに、履きなれない靴のせいであえなくバランスを崩し後ろへ倒れかけた。



「ま、まだ何にも言ってないだろ!」



いつもより少し近い位置で蓮様の声が聞こえ、腕を引っ張った犯人を断定した。



「まだって、何を言いたいかなんて大体わかってますから!いわなくていいです!」

「待てって、お前絶対わかってないから!」



腕を離されたかと思えば両肩に手を掛けられぐりん、と半ば無理やり方向転換させられる。またもや唐突な力にふらつくと目の前に蓮様の顔。



「わ、かってますから!似合わないことくらい!」


「ほらやっぱわかってねぇ!まだ何も言ってないだろ!違うって、すごい似合ってる!可愛いし、綺麗だ。普段男装してんのが、もったいない、くらい…………、」



遮られて怒鳴りつけるようにぶつけられる言葉にあっけにとられていると、言っている途中で我に返ったのか、色白の肌がみるみる紅潮し、声が小さくなりフェードアウトしていった。あっけにとられるのも束の間、すぐに脳内の情報処理が追いつき、その赤さがそのまま伝染するように自分の顔まで熱くなってきた。たぶん今、僕と蓮様の顔色は似たり寄ったりのリンゴだろう。



「い、や、その……、今の、は、」


「……すいません、とりあえず、落ち着きましょう」



しどろもどろになりながら何かを言おうとする蓮様を制する。落ち着くのは蓮様だけではなく僕の方もだ。片手で顔を覆い熱を引かせるように俯かせていると、すぐそばからあーとかうーとかうめき声が聞こえてくる。恐怖や怯えは伝染するというが、その中に羞恥も加えておいた方が良い。少しため息を吐いて落ち着かせるともう顔の熱さは大分まともになっており、ちらりと顔を上げると蓮様はそっぽを向いているが白い髪の間からはこれでもかと赤い耳が覗いていて、何故か恥ずかしさがぶり返してきた。苛立ちやら虚しさやら、胸を占めていた気分の悪い感情はものの見事に霧散し跡形もなくなった。残るのは覆い尽くさんばかりの羞恥心とわずかばかりのうれしさである。嬉しく思うのが、また恥ずかしい。それでも逃げ出したいくらいに嫌だったこの格好も、悪くないと思えてしまう自身の現金さにため息すら出る。しかしそれも嫌ではなかった。



「あー……その、急に悪かった」

「いえ、大丈夫です、はい……」



いまだ収まらない熱を押し込めるように軽く唇を噛む。蓮様ももうほとんど赤は引いていた。耳が出ていなければもうけろっとしているように見えただろう。



「でも、その……う、嘘じゃねぇから、本当に、」



“きれいだ”と念押しするように言った蓮様にまた僕は片手で顔を抑えるしかなかった。

煙に巻くような軽口や悪態によく似た憎まれ口が口から出なかったのは、きっと焦っていただけだからだと思う。




*******




あてがあるのかないのか、蓮様は人波を縫いどこかへと歩いていく。中等部の時からこの市で生活してきたが、街中まで出てきたのは初めてだった。しかし蓮様が思ったよりすいすいと進んでいくあたり、きっと道をわかっているのだろう。日和と僕の服を買いに行ったときに覚えたのか、それとも地図が頭に入っているのか定かではないが道に迷うことはなさそうだ。


機嫌よさげに僕の半歩前を歩く蓮様と僕の間にはつながれた右手と左手がある。祭りの時のように、道がひどく混んでいるわけではない。はぐれるようなことはきっとないだろう。それでも繋がれた手は、曰く、「女の子には優しくしておくものだ」と。彼らしくなく、むしろ僕が他の女の子に上っ面だけ行っているようなことに胸を突かれた思いだった。これが黒海であったならきっと皮肉に塗れた裏があるのだろうが、彼はきっと何の皮肉も嫌味もない。ただ僕が女の子たちにしているようにしてみただけなのだろう。


時折確かめるように握りなおされる手にふと気が付く。


いったいいつから、理由なく手を繋がなくなっただろうか。

幼いころは、いつも僕がその手を引いていた。外に連れ出すように引き、時にどこにもいかないように繋ぎ止めていた。

しかしいつしか繋がなくなった。戯れに繋がれる手は、いつだって理由が伴って。いつから理由が必要になったのだろうか。


お世辞にも女子らしい手とは言い難い僕の手を握る彼の手は僕よりも大きく節くれだっている。手を引いていなのに、いつの間にかこうして僕が手を引かれている。


なぜだろうか。


いつものように悩んでそのまま捨て置くような考えだった。しかしその答えは自分の思っていた以上に簡単に出てしまった。できれば、いつものように意識の奥に沈めておきたいというのに、そんな間もなく。



「蓮様……、」

「おう、なんだ?」

「蓮様は、僕と手を繋ぐのがお好きですか?」



歩みを止めることなく、振り向かせることもなくその背中に問う。耳の先がほのかにまた赤くなる。



「ああ、好きだ」



それだけの一言で、ひどく胸が詰まる。

いつからか手を繋ぐ意味が変わった。僕はその変化が心底恐ろしい。


きっと蓮様は、いつかの約束を果たそうとしている。僕の考える、一切合切を知らぬまま、純粋にそれが正しいと信じて。


約束が果たされると、縛りはなくなる。僕の決意も失われる。

その時は僕は、僕でいられるだろうか。


終わりが見え始めたカウントダウンと、加速して僕の意識から外れ始めた物語。

最終カウントと終劇、果たしてどちらが速いだろうか。


音もなく息を詰まらせたことを、前をしっかりと見る彼は気づいていない。




「蓮様……そういえばどこへ向かってるんですか?」

「ん……、もうすぐ着くぞ。この近くのデカいビルの中にある店。とりあえずそこ行こうかと思ってる」


「何の店ですか?」

「ドーナツの専門店。この前雑誌に載ってて、食べたくなったんだ。甘いの好きだろ?」



苦し紛れに訊いた言葉は本当に簡単に返されて。窒息でもしそうだった胸は空気が抜けるように軽くなる。ほんの一言で死にそうになり、ほんの一言で息を吹き返すそんな気がした。くすくすと笑いがこみ上げる。微かに自嘲も混じるが、それよりもずっと安心感が勝った。



「ええ、大好きですよ」



軽くなった足取りで、半歩前にいた蓮様との距離をつめてすぐ隣を歩く。


こうしているとカウントが正しいのかわからなくなる。それでも繋がれた手が確かにそれを僕に知らせる。


彼との約束はきっとすでに果たされかけている。


でも今は気が付かないふりをして、ドーナツのことだけ考えるのも悪くないかもしれない。



隣を歩いていると、手を繋ぐ理由なんてなくなって。


ただ手をひくでも繋ぎ止めるでもなく、なんの他意もなく昔のように笑った。

更新遅くてすいません!

しかもまた短いのでそのうち合体させるかと思います……

読んでいただきありがとうございます!

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