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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
126/157

挑戦するもの

文化祭も体育祭も終わり、秋のイベントがすべてすんだ。次の楽しみと言えばもう冬休みまで特になにもない。何より文化祭で未だどこか浮わついた気持ちを捨てきれない生徒たちをどん底に叩き落とすのが定期テストである。文化祭の準備中も授業は素知らぬ顔して進んでいく。つまり、準備にばかりかまけていた生徒は、文化祭直前の範囲がボロボロになる可能性があるのだ。



「もうすぐ定期テストですけど、蓮様勉強してますか?」

「おう!もう始めてる。今回は本気だぞ!」



珍しく黒海と日和がそれぞれ用事で教室にいない放課後、笑顔でガッツポーズをする蓮様に目を丸くした。まず間違いなくまだしておらず、いつものように促されない限り勉強せず、二進も三進もいかなくなって残念な順位をとることを想像していた。だがどや顔を披露してみせる彼に嘘の色は見られない。いや結果にわかりやすく反映するのだから嘘をついても仕方がないのだが。



「……おい、その驚きからの疑いの眼差しやめろ。本当にやってるっての、失礼なやつだな」

「疑われるようなことがないか胸に手をあててみてください。……それで、なんでまた唐突に勉強しようと思ったんですか。貴方らしくもない」



勉強なんて大嫌いで課題など必要最低限しかせず、テスト週間でもギリギリまで勉強を始めない彼が、テスト週間に入る前からすでにテスト対策を始めているなんて天変地異の出来事と言っても良い。昔から、遣ればできるのにやろうとしないのが白樺蓮だった。



「今回は、お前と順位で勝負することにする!前やったときは四人だったけど、今回は俺とお前だけだ!」

「……正気ですか?普段からどれだけ差があると……、」

「為せば成る!前回と同じで、負けた方が勝った方の言うことを聞くこと」



勝算などとてもあるようには思えないのに、何故か蓮様はすでに勝ったかのようである。勝ち目などないだろうにどこから来るのか自信に満ちている。あまりにも可哀想な勝負になりかねないと思うが、手を抜いてやる気は全くない。普段から多少手を抜いているが、蓮様が勝てるレベルまで手を抜くことはない。



「……別に僕は構いませんが、手を抜くつもりはありませんよ?」

「そんなことを言っていられるのも今のうちだ。今回は絶対に俺が勝つ!なんてったって一か月くらい前から日和に勉強見てもらってんだ」

「へえ、日和が……」



あまりそんな様子は見られなかったが、どうやら勝負を仕掛けるために随分前からテスト対策をしていたらしい。ずっとそばにいたはずなのに気が付かなかったと、少しずれたところで歯噛みする。



「それにしても、何か一つ言うことを聞かせるために貴方がそこまでやる気になっているのが不安ですね……。もし蓮様が勝ったら何をさせるおつもりですか?」

「ふっ、それはお前が負けてからのお楽しみだ!」

「不安しか感じられませんし、到底楽しみにはならなさそうです」



不敵に笑う蓮様にろくでもない要求をされる予感しかしない。とても負ける気はしないのにこうも得体の知れない不安に襲われるのは日和の存在と今までまともに発揮されなかった蓮様のやる気のためだろう。果たしてやればできる子やらない子、が本気になったらどこまで伸びるのだろうか。


ちょっと胡座をかくのは難しそうだ。




******




「なんというか、寂しいな……」



勉強用具のみ入れた薄い鞄を持って、中庭に面した渡り廊下で立ち尽くしていた。


いつものテスト週間なら四人で勉強しつつ、黒海や蓮様を指導するのだが、なんでも蓮様いわく、勝負する相手には教わりたくない、とのことで日和と二人で勉強しており教室にいる。なお、敵に手の内を見せたくない、という訳のわからない主張により教室を追われてしまったのだ。手の内もなにもテストにはないだろうに。なら黒海を、と思ったが見事な教室からのスタートダッシュにより捕まえられなかった。ちなみに逃げ出した廊下の突き当たりで陸上部の先輩に出くわしあえなく連行されていった。部活に出るためには赤点があっては困るらしい。


そういうわけで、居場所を失った僕は校内を彷徨っていた。


最初からそのつもりだった教室は追い出された。入学当初に見つけた学習室は埃っぽいため個人的に嫌だ。ならば図書室は、とも思ったがヒロインがまた緑橋と勉強していると思うと自然足が遠退く。図書室は広いが万一桃宮に遭遇したときのストレスを考えれば、やはり図書室は除外される。


はてさてどうしたものか、とうろついているといつかのテスト週間に飲み物を買った自動販売機があった。なんとなしに近寄って品揃えを見ると10月限定の缶が目に入った。



「カボチャプリン味…………?」



目に優しくない、オレンジと黒のハロウィンパッケージ。普通の飲み物に混じり鎮座しているがどう見ても浮いている。よく言えば目立っているとも言えるのだが。カボチャ味ではなくカボチャプリン味だということにそこはかとない地雷臭を感じる。この自動販売機にはないが、世の中には缶を振ってゼリー状のものを飲む缶やプリンもあるが、このカボチャプリン味もその類いなのだろうか。


少なくとも美味しそうには見えないがなぜか好奇心を擽られ、120円を投入した。



「……まっず、」



プルタブを空け一口飲むと口の中広がる濃厚なカボチャの味。ドロリとした舌触りに喉が焼けそうになるくらいの甘さが口内を満たす。明らかに不味いわけではないが濃すぎる。甘すぎる。モッタリした喉ごしは、ジュースなどではなく、カボチャと砂糖をひたすら液状化するまで煮詰めに煮詰めた末の産物と思わせる。もしかしたら温めてカボチャスープとして出されれば飲めないこともないかもしれない。だが悲しきかな、手元にあるのは『冷た~い』と書かれていた列から購入したもので、カボチャスープではなくカボチャプリン味を名乗っている代物だ。いまだタプタプと音をたてるカボチャプリン味のジュースに、飲み干せるだろうかと憂鬱になった。



「あ、涼くん……」

「ああ、お久しぶりです緑橋くん。夏休み以来ですね」



ベンチでちびちびとカボチャプリンを飲んでいると、校舎から緑橋が現れた。見たところ財布しか持っていないので大方以前のように勉強の休憩のための飲み物でも買いに来たのだろう。



「な、夏祭りのときはありがとう!すごく助かった」

「いえ、大丈夫ですよあれくらい。……ところで、飲み物を買うならこのカボチャプリンって言うのをお勧めします。期間限定商品ですよ」

「ええ……カボチャプリン……?」



折角なら被害者を増やした方が溜飲も下がるというものだ。気の弱い緑橋のことだ、おそらく強く勧めれば断ることはできまい。いい加減一人でこの物体を消費するのには嫌気がさしてきた。



「時には挑戦することも大事です」

「挑戦……、」



何やら考えた後、小銭を自動販売機の中に投入した。一度軽い音を立ててボタンが押され缶が一つ振ってくる。手の中に納まる派手な色合いの缶に内心ほくそ笑む。さあ駄々甘いそれをとくと味わうが良い。緑橋に飲ませても根本的な解決にはならないとかは、知らない。



「あれ、今日は一人分なんですか?」

「ああ、うん。今回は桃宮さんとじゃないんだ。涼くんこそ、いつもの三人は一緒じゃないの?」

「競うことになりまして、敵対視された揚句追い出されてしまったんです」



一つ分だけ買われた缶に疑問を投げるが、よくよく考えれば、以前四本缶を持っていた僕もまた同じ状況であった。てっきり、桃宮は毎回緑橋と図書館で勉強するものだと思っていたがどうやら違うらしい。心なしか、緑橋の緑色の頭が萎れているようにも見えなくはない。



「勝負かぁ……仲が良いんだね」

「ま、そうですね。罰ゲームがあるので不安ですが。桃宮さんと一緒ではないということは、彼女は一人で勉強しているんですか?」


「あー……違うんだ。彼女は今、その涼くんのお兄さんと勉強してる」

「翡翠とですか……?仲が良いだなんて聞いたことないのですが」



そこまで言ってからハッとする。そういえば、翡翠は文化祭の時絡まれている桃宮を助けるために窓から飛び降りていたではないか。あの時は良心とか気まぐれか何かかと思ったが、もしかしたらある程度交流があるのかもしれない。保健室で話した時の嫌悪っぷりを思い出すと、彼にはいったいどんな心境の変化が起こったのだろうか。



「ははは、どうなんだろうね……。一緒にいるっていうより桃宮さんが翡翠くんを追いかけてるってイメージ、え、なにこれ不味い……」



小さな音を立てて開けられた缶を一口飲んでからポツリと驚きの声を零した。甘ったるい兵器のようなゲテモノをわざわざ勧めた僕を目を白黒させながら見る。



「え、これっておすすめじゃ……え?」

「おいしくありませんでしたか?」

「あっ……、えと、好みじゃないかもしれない」



僕がおいしいと感じたものを隠すことなく不味いと口走ってしまったのだと思ったらしい緑橋はしどろもどろになりながらフォローを入れる。想像通りの反応に笑いをかみ殺した。



「そうですか。奇遇ですね。僕もこれがものすごく不味いと思ってたんです」

「え!じゃあ何で僕に勧めたの!?」

「少しでも被害者を増やしたかったんです。すいません。それと言い訳するのなら、僕はお勧めと言っただけで美味しいとは一言も言っていません」



悪びれることなく謝ると項垂れながら諦めたように小さくもう一度煽った。カボチャの匂いが嫌でも鼻につく。爪の先ほどだけだが少し申し訳なくなった。ただなんにせよ、この兵器を処理しない限りここから立ち去れないので近くにあったベンチに二人で腰かけた。秋も深まっているが、朝夕が冷えるものの日が差している日中はまだまだ寒くない。



「涼くんはなんでこんなもの買おうと思っちゃったの……?」

「期間限定という言葉とカボチャプリンという得体の知れなさに好奇心がくすぐられまして、挑戦してみた次第です」



まあこの挑戦ははずれだったようですが。隣の緑橋も首肯した。



「じゃあこんな飲み物を作った会社も挑戦してみたのかな?ハロウィンの波に乗って」

「そうなんでしょうね。挑戦してみて、それからたぶん迷走したんでしょう。そして着地点を見誤った結果がこれです。おそらくは。……大抵の物事は往々にして、考えすぎるとその正体を見失うものです」



ちびりちびりと啜るその会社の迷走の産物はようやく半分ほどの嵩になっていた。味覚と嗅覚を襲う甘ったるいカボチャの攻撃に、その両方がもう馬鹿になっていた。この文では飲み終わった後も鼻の奥や喉に匂いと味が残りそうだ。



「……聞いても良いかな?」

「僕に答えられることであれば、どうぞ」



目こそ合わないが改まったように僕に聞く緑橋は両手で缶を強く握っていた。たぷん、と中身が揺れる。



「挑戦は、した方がいいのかな?」

「……少なくともこの迷走の産物を生み出した会社は挑戦すべきではありませんでした。ただ一般的には、挑戦せず後悔するより、挑戦して後悔する方がいい、ともいわれています」



ごくりと飲み込むとまたモッタリとした甘さが喉に絡みつく。



「ただ僕はそれを是とは必ずしも言えないと思っています。挑戦せずに後悔した人は挑戦して後悔をした人の状況も気持ちもわかりません。また逆もしかり。すべてに当てはまる真理は基本的に存在しません。ケースバイケースであり、状況も心情も三者三様、確実にこれ、といえることはありませんから」



ちらりと隣を見ると相談してきた本人はうんうんと唸りながらわかったようなわからないような、という雰囲気で僕の言葉に頷いていた。実質的には何も答えていないのだから、文句の一つ言っても構わないのに。



「それは、結局挑戦した方が良いのかな?」

「良し悪しで結論を出すことはできない、というのが答えです。簡単にまとめると、自分で考えろということです。……君が具体的な答えを求めているなら、君もまた漠然とした質問ではなく具体的な質問にした方が良いですよ」



また彼は悩むように唸った。彼は今、挑戦をするか否かという問題に直面しているらしい。


緑橋優汰にとっての挑戦が何なのか、それはどもらなくなった彼の様子から具体的に想像がついた。


彼の相談に対し、僕は確実な答えを持っている。久しぶりに感じた自身のアドバンテージは少々不誠実なような気がしたがわざわざ間違った答えを彼に提供するわけにはいかない。


彼は具体的に相談するのか否か。どちらでも構わなかった。

僕は少しでも早く缶の中身を消費できるように、また顔を顰めながら一口飲んだ。

読んでいただきありがとうございます!

更新遅くて申し訳ありません……。

前回に続き中途半端に長くなってしまったので区切って投稿いたします。

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