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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
120/157

形容しがたいモノ

普段教室に並べられている机や椅子がすべて教室の端に追いやられ、部屋の後方は大きなカーテンがつるされている。カーテンの外では調理場とフロアを分けるための壁をせっせと男子が作り、その横では料理が得意な生徒や食物部の部員が集まってメニューを考えている。そして僕が思うに、カーテンの中は魔女の饗宴もさしもな地獄絵図だ。



「ほらほら涼ちゃん!たくさんあるからとりあえずいろいろ着てみよう!」

「……じゃあ僕この燕尾服が良いです」

「だめよ赤霧くん。それは男子が着る衣装なんだから、貴方はこっち」



いくつかの机に乗せられた色とりどりな服から目をそらすように、黒い燕尾服を指させばピシャリと藤原さんに却下されてしまう。こっちから選んでと見せられる服の山はパッションカラーやパステル、モノクロなどさまざまである。そして一番強調したいのが、それらすべてがスカートであることだ。



「……なんで全部スカートなんですか?パンツじゃダメなんですか?」

「だめ!それじゃいつもの涼ちゃんと変わんないでしょ!」

「変わります変わります。僕こんなカラフルな色着ないでしょう。……あ、浴衣!浴衣とかどうですか!?」

「浴衣もダメ。着崩されたら女物でも女の子っぽくなくなるから」



せめてもの抵抗にギリギリ自分の中で許せる和装をあげるもにべもない。

だがしかしこうして衣装を見るととても僕が着られそうなものはない。かわいらしい配色に惜しげもなくつけられたフリルにリボン。知らず顔が引き攣るのも無理はない。僕に似合わない物のオンパレードだ。



「どれも嫌なら私が決めるわよ?これなんてどう?赤霧くんスタイル良いから似合うと思うわこのドレス」



ほら、と見せられたドレスに絶句し青ざめる。パステルピンクの生地のロングドレスに大き目のリボン、しかもワンショルダー。



「いや、これ、無理ですよね……。なんでこんな立派なドレスがここにあるんですか?しかも右肩完全に見えてるし、高校生が着るもんじゃないですよね……!?」

「それ被服部の先輩が去年文化祭のために作ったドレスなの。コスプレ喫茶やるって言ったら貸してくれたの」

「ちょっと勘弁してください……!」



全力拒否の僕に不満げな目がそこら中から向けられる。そんなに僕の滑稽な女装姿が見たいか。面白いもんじゃないぞ、絶対。視線に射すくめられ正直心が折れそうになるが、これを着るなど口が裂けても言えるわけがない。

勘弁してくれと半ば懇願しているとハッとしたように日和が声を挙げた。



「あ、このドレス……流石に涼ちゃん着れないか……」

「日和……!そう、着れませんよ!」

「だって涼ちゃん、右肩に大きい傷あるでしょ?じゃあ肩が露出する衣装と腿が見える衣装はだめだね。あとお腹にも刺し傷あるって言ってたよね」

「あ、そうか……」



我がことながら完全に忘れていた。右肩をつぶされた傷は今もほとんど消えておらず、腿も大分薄くなってはいるものの、あまり見れたものではない。内心ガッツポーズした。こんなにも傷跡に感謝したことが今までにあっただろうか。というより先に傷のことを言っていれば抵抗しやすかったのに。


それならば、としぶしぶ露出の多いドレスやミニスカートを押し付けてくるのを止めた生徒たちに安堵する。その横では日和が、肩と腿と腹が露出しない衣装を見繕っている。正直肩、腹、腿が露出するような衣装がここにあることに戦慄を覚える。高校生には不相応だと零すと聞いていた生徒にお父さんみたい、と言われ若干ショックを受けた。



「そうだ、涼ちゃんちょっと服脱いでくれる?」

「……はい?」



日和から突然脱衣の要請が出される。何かに着替えるのかと思うが、彼女は今特に何も持っていない。



「今言った以外にも傷あるでしょ?いっそ脱いでもらってどこに傷あるのかわかんないし、身体見ながらの方が早い」

「や、自己申告制でよくないですか?」

「傷の大きさとか範囲とかわかんないでしょ。それと涼ちゃんの裸が見たい」

「ナチュラルに変態発言するのやめましょうか。沈めますよ?」



ガシッと肩を掴んでくる日和に冷たい視線を送る。女の子同士なんだからいいでしょ、とか宣うがそういう問題ではない。抱き付いて身ぐるみ剥がそうとしてくる日和に応戦するが、何故かほかの女子生徒までそれに参加してくる。



「ちょ、何考えてるんですか!?」

「まあまあ良いでしょ、そんな細かいこと気にしなくて」

「サイズを測るためなの」

「ストッ、やめっ……!わ、わかりましたから!上だけ脱ぎますから無理やり脱がそうとするのはやめてください!下については制服着たままでもサイズとか測れますよね!」




******




衣装が決まり、カーテンの奥から出るころには精神的に満身創痍であった。力仕事の方に人手が足りないので壁を作るグループにまじる。



「お疲れ……随分、楽しそうだったな」

「どこが……『楽しい』という言葉を辞書で引いてはいかがですか?」



げんなりとした僕の様子など知らぬようにクツクツと喉で黒海が笑う。



「というより、他人事のように話していますが、女子の衣装が決まれば次は男子の衣装決めですよ。……さっきの僕の気持ちが君にもよくわかるでしょう」

「俺、キッチンやりたい……」



言いながらもそれは叶わないとわかっているためか、悲壮感漂わせて零すだけに留まった。男子の中でもキッチンを担当する生徒もいるが、顔の整った黒海はすでにホールか呼び込みに回されるのが決定している。すべては強固なる女子による民主主義の暴力のせいである。



「言っても、黒海は女装するわけじゃないんですから、まだマシでしょう……」



自分が着る衣装を思い出し、壁にするための木の板を着る鋸に力がこもった。



「お、涼戻ってきたのか」

「蓮様もお帰りなさい。どこ行ってたんですか?」

「これ、美術室からもらってきたんだ。そいえばあの祭りの時にいた紫色の教師って美術の教師だったんだな」



これ、と出されたのは何色かのペンキの入ったバケツと刷毛だった。独特のシンナーの匂いに少し顔を顰める。



「ああ、紫崎先生ですね。美術の先生で、よく実技教科棟にいるみたいですよ」

「ふーん、女子が異常に群がってて邪魔だった。美術室が半ばたまり場みたいになってたぞ」



簡単に想像ができ苦笑いする。普段美術を選択していない生徒が文化祭を期にお近づきになろうとしているのだろう。彼が教師である以上あまり生徒を邪険にできない。それに暗幕やペンキ、木材の管理を美術・技術教員たちが担っているため生徒にとって会ったり話したりする良い口実になる。その代わり技術教師の方にあからさまな閑古鳥が鳴きそうなのが哀れなところである。



「それで、涼の衣装は決まったのか?」

「…………」

「決まったから、ここにいるんだろ……。で、どんなだ、言ってみろ……笑ってやるから……」

「張り倒しますよ黒海」



蓮様は純粋に訊いているのだろうが黒海は笑い者にする気の上にすでに口角がひくひくと痙攣している。本当に彼は人をイラつかせる才能については腹立たしいほどである。こんなことならいっそ男子生徒の女装をごり押し、もしくは僕が女装する条件として提示しておけばよかった。僕だけが被害を被っているような気がしてならない。



「そんなに嫌な衣装なのか……?」

「いえ、むしろ女装全般が嫌なので、もう何というか、どれになってもぐったりしますよ」



そう力なく笑うと、いやに蓮様の表情が目に付いた。様々な感情が綯い交ぜになった表情、その中でも表に出ているのが負の感情であるのが目にとれた。何を考えているかは分からずとも、ろくでもないことを考えて勝手に自己嫌悪している、というのはわかった。



「ま、もう決まったことなのでやらざるをえないんですけどね」



ヘラりと笑って、切った木材にべたりと刷毛で月白を落とす。


何が引き金なのか、会話を振り返るがそれらしいものはない気がした。だがうぬぼれでもなんでもなく、その一端に自分がいるのはわかる。どんな理由であれ、そんな形容しがたい苦しそうな顔を僕はしてほしくない。何にも気づいていないふりをして開き直ったように笑った。



「それで、諦めて着ることにした、衣装は、なんだ……?」

「……メイド服ですよ。笑うなら笑え、もうどうにもならないんだ……」

「ぶふっ……ふ、っはははははははっ!」



間髪入れずに黒海が笑い出す。遠慮のえの字も見当たらない。笑えとは言ったものの、ここまで笑われると普通に腹が立つ。本当にこいつも巻き込んでしまえばよかった。



「デフォルトの敬語がなくなるほど嫌か」

「嫌ですよ!王道と言えば王道ですが、その分ひどくなりそうで……」



結局、あれからいろいろ抵抗しロングドレスやチャイナドレスといったド派手なものからは逃げきれたものの女装自体からは逃げ切ることができるはずもなく、白と黒の給仕服があてがわれてしまった。しかし腿に傷があることからミニスカートは退けることができ、スカートの丈はひざ下で全体的にゴシック調のため割と大人しめである。これは日和の尽力のおかげである。おかげ、といってもそもそも女装する羽目になる一端は彼女にあるのだが、それを引きずるのは本意ではないので都合よく忘れることにする。



「涼ちゃん心配しすぎだって!ちゃんと似合ってたよ」

「似合ってる、というのは褒めてるんですか?喧嘩売ってるんですか……?」

「卑屈だな。日和は何着るか決まったのか?」



僕の衣装を選んでいたため僕よりも遅くカーテンから出てきた日和がニコニコとしながら背中に飛び乗ってきた。大体普段男装してる者に対し女装が似合うなんて言っても褒められている気がしない。改めて女装して鏡に映った自信を思い出しげんなりした。



「私も涼ちゃんと一緒!メイド服だよ!涼ちゃんのとはデザイン違うけど。私のメイド服はメイドさんって感じだけど、涼ちゃんのはどちらかと言えば給仕さんって感じで、……ところでなんで黒海くんは床で呼吸困難になってるの?」

「そこの無礼者は放置していいですよ」

「大体何があったか把握したよ!」



笑いつかれてぐったりと陸に打ち上げられた魚のようになっている黒海を蓮様が叱咤し起き上がらせる。しかし僕が着るものを聞いただけでこの在り様なのだから実際に着てみたら彼の呼吸器は無事でいられるのかとため息を吐いた。



「でもさ、涼ちゃんお世辞でもなんでもなく似合ってたよ?……そんな目で見ないで!本当だから!」



胡乱げな視線を送ると怒られた。女装とはそもそも似合う似合わない云々ではなくネタのようなものだろう。そんなフォローは必要ない。



「……視力落ちました?」

「両目ともに2.0以上だよ!だいたい涼ちゃんよく自分は男顔だって言ってるけどそんなことないからね。ちょっと目つきがきついだけで中性的だし、普段いかにも男の子って感じがするのは涼ちゃんの発言とか行動とかが主な原因だから!女の子の格好して、女の子っぽい発言とか仕草してれば普通に女の子だよ!」



そう、涼ちゃんは雰囲気系イケメンなの!とどや顔で言い放つ日和。しかしながら10年ほどずっと男の子して僕に女の子らしい発言や仕草ができる気がしない。むしろ女の子らしいという言葉がゲシュタルト崩壊の兆しを見せ始めた。



「……10年くらい男よりも男らしくをモットーにしてた僕に女の子らしく、なんてできるとお思いですか……?」

「できるできないじゃない!やるの!それに涼ちゃんにはメイドさんの素質がある!」

「素質って何ですか!?」



無茶苦茶なことを言う日和に項垂れる。無理難題だ。揚句メイドの素質とはいったい何なんだ。そもそもコスプレなのだからそんな素質必要ないだろ。


そんな僕を横目に、日和はニヤニヤしながら蓮様へと近づき、腕を引っ張りながら何事か耳打ちした。なんとなくそれにもやっとする。最近日和はやたらと誰かに耳打ちしているような気がしてならない、しかも僕以外の人に。



「っは、おま、馬鹿かっ……!?」



囁かれた蓮様は慌てたように顔を真っ赤にしながら日和の頭を叩いたが日和はニヤニヤするだけで堪えた様子もない。続けて日和に何かを言おうとして、ばちっと音がしそうな勢いで蓮様と目があった。するとばっと目をそらして口を結んだ。顔を赤くしたまま目を泳がせる蓮様にまた、もやっとした。

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