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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
119/157

多数決の画策

おかしい。今日は何かおかしい。

夏休みが終わり、寮に戻って学校が始まった。夏の名残のようにいまだ日は強く照り付け、蝉が鳴いている。9月に入ったとはいえ秋らしさは感じられない。


休み明けの試験が終わり、体育祭も終わった。体育祭は最終学年である三年生がメインであり、一年生の出番はほとんどない。忙しいのはせいぜい実行委員と部活動対抗リレーに駆り出される生徒くらいだ。一年生が楽しみにしているのは、三年生主体の体育祭ではなく、次に行われる文化祭だ。


各クラス一つずつ、出店、展示、舞台の中から選ぶ。出店はかき氷やたい焼きに始まり、喫茶店なども含まれる。展示は幅広く、モニュメントの作成をするクラスもあれば、お化け屋敷やミニゲームもこの類に入る。最後の舞台は体育館のステージを使った出し物である。クラス全体でのダンスや演奏、劇など決められた時間内であればどんなパフォーマンスをしても良いとされている。


で、この文化祭は9月末に行われ、すでに話し合いを進めているクラスもあり、学校全体で浮き足立っていると言っても過言ではない。


しかしながら、僕の知る限りもっとも浮き足立ちそうな友人は何故かあまりその話を僕に振ってこない。いつもはどれほどくだらない話でも執拗なまでに振ってくるのに、いかにもなイベントについての話題を避けているように思う。



そして今朝異例の事態が発生した。


いつもは僕にたたき起こされている日和が、僕が起きる前に起きていた。これだけですさまじい衝撃だ。しかもいつもは朝ご飯を食べる前にベッドでゴロゴロするなど寝汚いのだが、愚図ることなくささっと朝ご飯を済ませた。そしていつもはギリギリの時間に登校するにも関わらず、1時間近く余裕をもって部屋から出て行ったのだ。もはや別人と言っていいほどの豹変ぶりに背筋が薄ら寒くなる。戸惑いを隠しきれず、体調が悪いのかと聞いても大丈夫と答えるばかり。とりあえず、日和に続き部屋を出ようとしたら必死の相で止められた。



「涼ちゃんはまだ部屋にいて!私だけで行くから!」

「え、ちょ、日和っ!?」

「ついてきちゃダメだからね!涼ちゃんはいつも通りの時間に学校に来て!絶対早く来ちゃだめだからね!」



そう言って理由も言わず出ていった彼女に取り残された僕はしばし唖然とした後へこんだ。まるで懐いていた子猫に手を引っ掻かれた気分だった。何かしてしまっただろうかと最近の自身の行いを顧みるも、彼女を怒らせる、もしくは機嫌を損ねるような出来事はなかったはずだ。悶々と考えるもやはり心当たりがない。

へこんでいても時間はやってくる。行きたくない気持ちを引きずりながら教室へと向かった。


陰鬱な心持ちで教室のドアを開ける。



「……あ、」



後ろの扉から入ろうとしたのだが、開けた瞬間席についている生徒たちがバッと一斉に僕に目を向け、小さな声を漏らした。



「…………」



思わずそっと扉を閉めた。

扉の前で深呼吸してみる。


ザッと教室の中を見たらHR前にも関わらずいつも席を立っている生徒たちがきちんと席についていた。すべてを見たわけではないが、おそらく女子はほとんど揃っていた。男子はまだ数人来ていない者もいるようだが、朝からいったい何をしているのだろうか。ただし日和が早く寮を出ていった理由はわかった。


ドアを閉めてからややあって、教室の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


よくわからないが、僕が開けようとしたのはまずかったらしいと、ひとまず自己完結しておく。そうでもしておかなければ今朝の日和の態度に引き続き精神的なダメージを受けてしまう。



「涼何やってんだ?」

「……おはようございます蓮様。教室に入ろうとしたのですが、視線に心を折られました」

「はあ?」



訝しげな蓮様に中の様子を簡単に説明すると、何故かわかったような顔をされた。



「……蓮様?何か心当たりがあるんですか?」

「ん、まあな。日和も先に教室来てるんだろ?」



訳知り顔の蓮様に、日和から何か聞いているのかと問うも、苦笑いで濁され入ればわかると心の準備もできないままに中へと促されてしまった。


内心びくびくしながらも蓮様に続き教室へ入ると、今朝起きた瞬間から僕の頭を悩ませる元凶がぱっと頬を紅潮させながら駆け寄ってきた。しかし何故か教室内の視線が僕に集まっていて先ほど以上に居たたまれない。



「おはよう涼ちゃん!涼ちゃんに聞きたいことがあるんだ!」

「な、何ですか……?」


「あのね!着るならドレスとメイド服とセーラー服のどれが良い!?」

「新手の拷問のお誘いですか?」




******




「はあ、文化祭の企画、ですか」



黒板には劇、喫茶店、お化け屋敷の文字があり、劇とお化け屋敷にはすでに棒線が引かれ、決したのは喫茶店のようだった。そしてその喫茶店の時の横には女装・男女逆転、おとぎ話、メイド・執事、制服など喫茶店に関する案がかかれている。



「ふぅん、企画の会議をするのはわかるが、なんで全員そろってない状態でやるんだ?ここで決めても正式なクラス会議でひっくり返されるかもしれないだろ?」



もっともな言に同じく首肯する。非公式で人数もそろっていないならばここで決まった案がクラス会議でも通るとは言い切れない。だが今回の会議を仕切っていた女子室長の藤原さんが、よくぞ聞いてくれた!とでも言いだしそうな雰囲気で前に出る。



「ふふふ、甘い、甘いわ白樺くん!このクラスの男女比は17:23で女子の方が多いの。赤霧くんを抜いたとしても22人でクラスの過半数を占めるわ。つまり、ここで企画を決めて女子の票を一つに統一すれば、どう転んでもクラス会議では必ず私たちが決めた企画が通るの!」


「い、陰謀だ……」

「や、そこまでして喫茶店を文化祭でやりたいんですか?」



その熱意に関心すると同時に呆れの念を抱かずにはいられない。全力投球か、と若干引く。そしてなぜ女子の中でも僕はハブにされたんだ。



「涼ちゃん違うよ!私たちの一番の目的は喫茶店をすることじゃない……」

「はあ……じゃあなんなんですか」



先ほどの藤原さんと同じような雰囲気で日和に、仕方なく聞く。

聞くと同時に日和が大きな目をさらにクワッと見開かせた。



「それは全て、女装する涼ちゃんが見たいから!!」

「頭湧いたんですか?」



真剣にふざけたことを言う日和に冷たい視線を送る。口がきついのは、朝から散々振り回されたことから生まれた苛立ち故である。



「僕の女装なんて見て面白いわけないでしょう」

「面白いよ!普通の男子が女装すれば面白いけどイケメンがしたらさらに面白いに決まってるでしょ!?」

「さもそれが常識かのように言うのはやめてください。……女装なんてものは楽しいのは着せる身内だけで冷静な第三者からすれば滑稽で嘲笑ものですよ」

「大丈夫!文化祭中なんてどの学生も浮かれきって頭お花畑状態だからみんな楽しめるよ!」



わちゃわちゃと日和を説得しようとするが曲げる気はないらしく埒が明かない。



「白樺くんは!?白樺くんだって涼ちゃんの女装みたいよね!?」

「いや、俺は別に、」

「白樺くんも涼ちゃんが女の子らしい格好してるの見たことないでしょ!?見たくないの!?」

「俺は別に見たことあるけど」

「え、」



クラス中の視線が僕と蓮様に集められ鬱陶しい。そして蓮様が僕の女装状態を覚えていたことに苦虫を噛み潰す。小学生の時、母様と雲雀さんによって嫌々ながら女の子らしい格好をした。芋づる式に蓮様の架空の妹役を演じていたことも思い出し頭を抱えたくなった。同時に遭遇した生意気の極み、黄師原のことも思い出す。



「涼……お前、そんな趣味が、あったのか……」

「黒海、ドン引きを体現したような顔を止めてください。そして趣味も何も本来であれば女装してても何らおかしくないはずなんですよ僕は」


「いついつねえいつ!?」

「小学生のときだぞ。黄師原主催のパーティーに出たときに無理やり着せられてた」

「蓮様も思い出さなくていいですから……!」



日和に聞かれるがままに答えてしまう蓮様にげんなりとする。そして謎の、そういえばこいつボンボンだったよなという生ぬるい視線。黄師原と違い蓮様は基本的に家のことを話さないし鼻にもかけないのであまり周りには気づかれない。それは彼が会社の後継者ではないというのも大きな要因だが、周りから距離を取られたくないというのが最大だろう。



「どんなだった!?」

「どんなって……、」



しばらく思い出すように黙り込む蓮様。これ以上何も思い出してほしくない。ノリと勢いでお兄ちゃん呼ばわりしてたこととか全力で記憶から消し去りたい。これ以上何も言ってくれるな、と心底願う。下手なことを言えば日和や黒海にしばらくからかわれるに違いないのだ。


結果から言えば、蓮様は何も言わなかった。が、何も言わずに顔を真っ赤にした。



「…………、」

「かわいかったんだって!」

「蓮様何も言ってないじゃないですか!?なんでそうなるんです!?」



日和の曲解通訳に思わず声を荒らげる。そして蓮様が顔を赤らめる要素がわからない。


うだうだと日和と再び泥仕合を始めるが妙にかみ合わない会話のせいで全く話が進まない。



「だいたい何で女装にこだわるんですか!」

「見たいから!」

「男が女の子の格好しても可愛くもなんともないじゃないですか!」

「大丈夫!や、待って涼ちゃん女の子じゃん!問題ないでしょ!」

「僕は男顔ですから、結果的に男が女装してるのと変わらないんですよ!」

「じゃあイケメンは何着ても素敵だから問題ないよ!」



パン、と手を叩く高い音で会話を止められる。



「じゃあこうしましょう」



音源は藤原さんで、白く長い指をピンと立てて言った。



「今の候補をまとめると、まあ大体はコスプレみたいな恰好をしての接客がメインね。それで、確実に私たちの意見を通すなら、男子に抵抗されそうな男女逆転っていうのは避けた方が良いわね。それだと赤霧くんが言い逃れできちゃうし。大雑把にコスプレ喫茶で括りましょうか」

「……じゃあ僕は普通に男装のコスプレします」

「それじゃ本末転倒よ!……赤霧くんには大人しく女装をしてもらうわ」

「丁重にお断りさせていただきます」



今でこそ、状況を考えれば男装をする正式な理由はない。以前であれば、学校の登下校のことを考え、蓮様の身代わりに対応できるように、というのが主な理由だったが、今は寮暮らしで襲われる危険性は限りなく0に近い。しかしながら、単純に。僕は女装がしたくない。絶対に似合わなくて笑いものになること必至の格好など誰がするものか。できるのであれば女装なんて事態は避けたいのだが、如何せん、これを進めてくるのが女の子のためキツい言葉にならないように断るのが難しい。



「わがままね……」

「そっくりそのままお返ししますよ」

「涼ちゃん早く諦めなよ!多数決とってもどうせ涼ちゃん負けちゃうよ?潔く諦めよう!」



他人事だと思って好き勝手言う日和の頭を軽く叩く。やる側になってみろと言いたいが、この子は絶対なんでも楽しむタイプのため効果がないだろう。



「じゃあさ、じゃあさ!もうじゃんけんで決めちゃおうよ!それなら恨みっこなしでしょ?どうあがいても女装させられる涼ちゃんには女装を避けるチャンスがあって、私たちは涼ちゃんを無抵抗にできるし」

「う……、」



それで気が済むのであれば、それで女装を避けられるのであれば、そう思いしぶしぶ拳を出して見せると、何故かすでに勝ち誇ったような藤原さんも拳を出した。



「それじゃ……、じゃんけん、」



藤原さんの勝ち誇った表情の理由が、彼女の恐るべき動体視力であることを教えられるのは、これから15秒後のことであった。

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