迷子
四人で来たにも関わらず、最終的に蓮様と二人で祭りを回ることになってしまった。本部から離れてすぐに携帯に日和からのメールが届き、広瀬とともにしばらく本部にいる旨と謝罪文が送られてきてため息を吐いた。だが日和がメールを送る前にさっさと本部から離れた僕たちも大概だろう。
下駄の下で踏まれこすれる小石がざりりと音を立てる。完全に夜の帳の降りた境内へ続く道は来た時よりもずっと混み合っていた。緩慢な人並みに流されるように前へと進んでいく。
「涼、何か買いたいもんとかはあるか?」
「そうですね……何か甘いものを買おうかと思ってます。せっかくですし普段買わないようなもので」
「そうか、俺も普段買わないような、祭りっぽいもんでも買おうかな」
フラフラと歩きながら目当ての屋台を探す。時間が遅くなってきたせいもあって、周りに子供は減ってきて、ほとんどが僕の背丈以上の人ばかりでひどく視界が悪いことに気が付く。すでに成長の止まった身長を恨んだ。女子にしては高い方ではあるが、どうしても男性には劣る。背が高ければそれだけ相手に威圧感を与えることができるし、手足のリーチはあって困るものではない。今も男装しているものの何も知らない者から見れば非力そうなチビに見えるだろう。女性だとばれないようにするためにもほとんど肌は隠しているため肉付きが外からではわかりにくい。侮られている方がいざというとき隙を突けるが、嘗められた揚句喧嘩を売られるようでは本末転倒である。
ふと蓮様の方を見ると、自然と目線は上に向けられる。昔は身体が弱かったため小柄で痩せていたが、今ではすっかり健康優良で、鍛えていることもあり平均よりも身体は大きい。僕はいつも彼のことを何かと可愛い可愛いと思っていたが、こうしてみると彼はもう可愛いなんて言葉は似合わないのだと胸を突かれる思いだった。かつて守りたい、とそう思った嫋やかな蓮はもういない。では今何を思い彼を守ろうとしているのかといえば、それは間違いなく長い間過ごしてきた彼との思い出にあるのだろう。
「どうかしたか涼?」
「いえ……ただもう少し身長があればな、と思っただけです」
考えていたことの一部をヘラりと笑いながら言うとつられたように彼も笑う。
「涼はそれくらいでいいんじゃないか?女子の方では割と身長あるほうだろ」
「でも僕を男子の括りに入れれば小さい方でしょう?」
こんな見てくれですからねなんて言ってみせると今度は何とも形容しがたい微妙な顔をされる。最近蓮様の複雑そうな表情を見ることが多い気がする。
「……お前はそれくらいで充分だろ。それ以上大きくなる必要ない」
「背が低いと嘗められそうじゃないですか。それに、」
ここまで言って、先ほどの逡巡を思い出して言葉を止めた。もしかしたら機嫌を損ねるかもしれない。嘗められる、という言葉にまた微妙な顔をしつつも、怪訝そうに僕の言葉尻を捉え続きを促す。躊躇しながらも、最近の蓮様相手にこれ以上はぐらかして誤魔化すのは不可能だと判断して、仕方なく続きを言う。
「……それに、背が低いとあなたの頭が撫でにくいじゃないですか」
「っ……!」
言葉を失う蓮様に内心ため息を吐く。ほらやっぱり言わない方が良かったと若干開き直りもした。自分でもわかっている。そんな幼子をあやすような行動は、もはや蓮様には可愛いという言葉同様似合わない。精神年齢こそ僕の方が上だが身体の大きさは蓮様の方が大きい。傍から見て、僕が蓮様を撫でるのは不自然だ。子供の時ならまだしも、今の彼からしたらプライドを傷つけることになりかねない。
普段から割と頭を撫でている僕だが、いい加減自重しようかと思う。
「……いや、涼、」
「すいません、わかってます。もう流石に僕に頭を撫でられるのは嫌ですよね」
「ちょ、待て、」
絶句していた蓮様だが、僕の言葉にハッとして何かを言おうとする。ただ我に返りながらも彼にとっては言い辛いことらしい。もごもごと口の中で言うこの喧騒の中では到底聞こえない。
一生懸命言おうとする彼の言葉を待つ。昔から彼は何かを言おうとまごつくことがあるが、大抵、僕がせかさず聞く姿勢で待っていればきちんと言葉にしてくれる。
「そ、の……涼に頭を撫でられるのは嫌じゃない」
「へ?」
予想しなかった言葉に素っ頓狂な声をあげてしまう。だが当の彼は大真面目なようで、ほの暗い中でもわかるくらい真っ赤になって言った。
「でも!涼の大きさはそのままで良い!撫でてほしいときは俺が屈むから!」
「……はい」
これまた想定外な言葉に茫然としながらも、とりあえず返事をしておく。しばしの間僕らの間に言葉がなくなった。無言で蓮様の言った言葉を反芻する。おそらく彼も自身の言った言葉を顧みている。その結果の無言だ。そして反芻し終わった後にお互い我に返り顔を赤くした。
「い、今の、は……!」
「…………っ!」
顔が少しづつ熱くなる。蓮様はしどろもどろになりながら言い訳を探しているようだが、知ったことではない。口から出た言葉は戻せないのだ。
ダメだ。可愛い。可愛いという言葉が似合わないなんてことはない。この上なく可愛い。身体の大きさとか見た目の問題じゃない、発言とか行動とか主人の人柄がかわいすぎる。
「蓮様……、」
「何だよ……」
「大好きです……」
「んなっ……!」
ぼん、と音がしそうなほど一層赤くなって狼狽える。顔どころか首や耳まで真っ赤である。しばらく口をパクパクさせていたがからかわれたと思ったらしく唇を少し尖らせた。
「あああああもう!聞かなかったことにしろっ!」
「聞きました記憶しました。頭撫でてほしいときはいつでも言ってください。全力で撫でさせてもらいます」
「うるさいっ!!」
照れなのか怒りなのかいまいち判別がつかないが、屋台でもの買ってくる、と一方的に宣言して足早に近くの店へと言ってしまった。本心だったが、少々からかい過ぎたかと爪の先ほど反省し屋台から少し離れたところで蓮様が帰ってくるのを待つ。
数分して屋台から戻ってきた蓮様の左手には焼きそば。右手には幼女を携えていた。
「……誘拐、ですか?」
「張り倒すぞ」
******
「それで、そちらのお嬢さんは?」
「わからん。さっきの店にいたら突然浴衣を掴まれて……どうしようもなくなってとりあえず涼のとこに来た」
ちらりと蓮様の浴衣の右袖をつかみ俯いている少女に目をやる。白とピンクの浴衣。年恰好はおそらく小学校低学年くらいだろう。心細げに袖を握りしめていた。
とりあえず俯いてしまっている少女に目線を合わせるためにしゃがみ込む。
「お嬢ちゃんは誰かと一緒に来たのかな?」
「お兄ちゃん……」
この少女の最大の特徴。
若葉のような明るい緑色の髪。それにのぞき込んだときに見えた涙で潤む緑色の双眸。
心当たりがありすぎる。顔つきも、何年か前に見た少年のものと非常に似ている。
「そっか、お兄ちゃんと来たのか。はぐれちゃったんだね」
「うん……。ヒナがお兄ちゃんの手を放しちゃったから……」
さらに潤みを増すくりっとした目に蓮様が慄く。なんとなく予想を付けながら少女に問う。
「じゃあお兄ちゃんのこと探したいから、君とお兄ちゃんの名前を教えてくれないかな?」
耐え切れなくなったように零れる涙が白い頬を伝う。泣くのを我慢するようにかみしめた唇が痛々しい。一人になってしまって辛いだろうに、泣きわめいたりせずぐっと我慢する少女は健気で、何もしていないのに、こちらが悪いような気がしてきてしまう。堰を切ったように落ちる涙を持っていたタオルで軽く拭う。
「慌てなくていいよ、深呼吸して」
「ふっ、うぅ……、」
本格的に泣き始めたヒナちゃんなる少女に蓮様がおろおろしだすが今の優先事項はこの泣く少女なのでスルーさせていただく。
「わ、わたしの名前は、緑橋ヒナで……お兄ちゃんが、緑橋優汰、です」
ああ、やはり。その言葉はため息と共に飲み込んだ。




