耳飾りの女
表通りから少し奥まった場所にその店はある。
〈黒猫〉。
店内は、柔らかな黄昏色の照明が綺麗な色を放っていて洒落ている。
私、深田舞。
二十四歳。
職業は弁護士。
といっても実績のある弁護士の事務所で働く新米弁護士だ。
〈黒猫〉は、そんな私が彼氏と待ち合わせによく使うバーだった。
私は彼氏が来るまでの時間、カウンターでモスコミュールを飲む。
バーテンダーの青年が、甘ったるいものが苦手な私が好むカクテルを、何度もここで顔をあわせている間に覚えてくれたのだ。
彼は背も高く、整った顔立ちの、色気がある青年だった。
私が彼氏を待つ時間にも、穏やかに話かけてくれる。
私の携帯が鳴った。
『ごめん』
携帯電話を耳にあてると、低い彼氏の声が聞こえた。
『今夜は行けない』
仕事が忙しくて。
部下がミスをして。
徹夜になりそうなんだ。
舞、ごめん。
言葉の羅列が捲し立てられる。
私は無言で受話器を切った。
お気に入りのカウンターの定位置で、美味しいお酒を飲んで。
心地よく、楽しかった気持ち。
それが一気に冷めた。
「帰るわ」
私が告げると、バーテンダーは気の毒そうに頷いた。
カウンターにお金を置いて立ち上がる。
からん、と音を立てて開いた扉から外に出た。
風が冷たい。
吐く息が白かった。
冬だもん。当たり前か。
私はタクシーを拾える大通りに足を向ける。
からん、と背後でまた扉の開く音がした。
「あの……」
聞き覚えのある声。
振り返る。
そこに立っていたのは、バーテンダーの青年だった。
「これ、落としたでしょう?」
柔らかな色気を含んだ声。
彼の手の中には、私の右耳につけていたはずのダイヤのイヤリング。
私は驚いた表情を繕って、
「ありがとう」
と、微笑んだ。
電話を切ったときに、ワザと落としたものだった。
彼が追ってくると予感して。
「もう一杯だけ飲んでいきませんか。奢らせてください」
「ひとりは寂しいの」
私がぽつりと言うと、彼は頷いた。
「話し相手になれると思うよ。ふたりで飲み会しよう。そして、いろんな話をしよう」
彼は敬語を捨て去って、私の耳にイヤリングをつけた。
キラリと輝くダイヤのそれを揺らし、私は彼について行く。
だって、そうしたかったから。
―おわり―