一枚目
息が苦しい。
もうどれくらいこうしているのかわからない。
それでも走り続けなければならない。
でないと、奴らに追い付かれてしまう。
奴らが何者なのか、とかそんなことは知らない。
数分前か、数時間前か。
時間の感覚も曖昧になるほどの間、俺は見知らぬ集団に追いかけられていた。
理由もわからない。
見当もつかない。
しかし、逃げなければならない。
彼らが腰から下げている剣を目にしたとたん、本能的にそう悟った。
「シノザキだな」
夕暮れの街で、奴らは唐突に俺の目の前に現れた。
黒い服に、黒い仮面。
見るからに怪しい風体の集団は、混乱する俺をよそに、慣れた動作で腰から下げた剣を抜いた。
ヤバい。
そう思うと同時に駆けだしていた。
俺の行動など予想済みだったのか、黒服の集団は声を上げることもなく追いかけてくる。
それが、長い逃走劇の始まりだった。
速く。
もっと速く。
でないと、追い付かれてしまう。
そう思っていた矢先、長時間走り続け、とうに限界を迎えていた足がもつれた。
そのままバランスを崩し転倒する。
体勢を立て直そうともがくが、無情にも黒服の集団はすぐそこまで迫っていた。
近づいてくる悪意に身がすくむ。
もうダメだ。
心に蔓延する声に、自然きつく目を閉じる。
ドサッ。
すぐ近くに何かが落ちる音がする。
音に反応して体がこわばった。
腕が自然に顔を覆う。
しかし、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。
それどころか、金属同士のぶつかり合う音が聴こえる。
キンッ
カーンッ
キィンッ
硬質な音と、続きドサリと崩れ落ちるような音が続く。
しばらくすると、たくさんの足音が遠ざかって行った。
なにがあったのだろうか。
顔を覆うようにしていた腕をそっと外し、ゆっくりと目を開ける。
そこには、これまで自分を追いかけていた者達とは違う黒い服を着た二人組が立っていた。
二人は、路地裏の向こうに広がる暗がりを見つめながら、何事かを話し合っている。
「あ、あの・・・?」
勇気を振り絞り、声を出す。
声に反応して、二人組がこちらを振り返った。
日本人ではありえない、ヴァイオレットアイとピーコックアイがこちらを見つめる。
「あなた、たちは・・・」
先ほどまでの全力疾走の名残か、声が掠れて上手く言葉を発することができない。
そんな俺に向かって、二人組の片割れ、ヴァイオレットアイの少女が口を開いた。
「ゆうびんや」
場違いな単語に、一瞬何を言われたのか理解できず混乱する。
ゆうびんや・・・?
言葉を消化できていない俺を気にする風でもなく、少女は肩から下げていたカバンの中をあさり始める。
しばらくゴソゴソとやったあと、少女はあったあったと呟きながら、1つの封筒をひっぱり出した。
裏返して、宛先を確認している。
「あんたが"シノザキ シュウジ"さんだよね?」
問いというより、確認の口調にまたも驚かされる。
なぜ、俺の名前を知っている?
そんな俺に構わず、少女は手にしていた封筒を差し出した。
「あんたにお届け物でーす」
そういって差し出された封筒には、俺の大切な人の名前が書かれていた。