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絵師の皿  作者: カリン
2/10

2話

 森の中はたいそう静かで、うっすら霧がかかっていました。外は嵐のはずでしたが、雨風はまったく入ってきません。別世界のように森は静かで、ほのかに明るくたたずんでいます。白い霧がゆっくり動いて、ゆらり、ゆらり、とたゆたっています。

 ツタがからまる立派な木々が、こずえをたくましく張りだしていました。ごうごう、絶え間なく音が聞こえてきますから、大きな川があるのでしょう。うねうね地をはう太い木の根、青くこけむした大きな岩、宝石のようにかがやく緑葉、まっすぐのびた黒い幹が、森の遠く奥のほうまで、影のように続いています。

 目をみはって森を見まわし、絵師は老いた瞳をかがやかせました。

「おお、なんと豊かな森じゃ。こんなに美しい森は見たことがない」

 棒っきれの杖をつきながら、魅せられたように歩いていきます。

 坂になった上のほうから、川がしぶきをあげて流れていました。みずみずしい緑にはえて、きらきら白く光っています。かがやく緑に魅いられて、絵師はどんどん歩きます。

「……ああ、この森の絵が描きたいなあ」

 絵師は感じいって、つぶやきました。

 一度そう思ったら、うずうずして、そわそわして、もう、いてもたってもいられません。目の前にある森の姿を、今すぐ、ありのまま描きたい。自分の絵筆で写しとりたい!

 ぎゅっ、とこぶしを強くにぎって、絵師はじりじりしながら見まわしました。絵師の目には、この森の姿が手にとるように見えるのです。

 けれど、貧乏な絵師には、絵筆が一本とアルミのカップ、そして、パレット代わりの丸皿が一枚あるきりです。これだけでは絵を描くことはできません。それを描くために必要な紙が、一枚も残っていないのです。

 あきらめるしか、ありませんでした。

 もどかしくて、くやしくて、せつなくて、絵師は深く息をつき、しょんぼり肩を落としました。

「せめて、絵の具があればのう」

 その時でした。

 森のこずえがさらさら鳴って、ざわり、と空気がうごめきました。

 

《 色なら、そこら中にあるじゃないか 》

 

 絵師はきょろきょろ見まわしました。今、奇妙な声がしたのです。

 けれど、ここは人里はなれた森ふかく、人など、いるはずがありません。そして、何度目をこすっても、やっぱり、人など、どこにもいません。

「……そら耳じゃろうか」

 絵師はポリポリひげをかき、不思議そうに首をひねりました。このところ、ずっと歩きづめでしたから、疲れているのかもしれません。

 絵師はやれやれと首を振り、こつん、こつん、と杖をつき、森の入口にもどろうとしました。すると、

 

《 葉っぱは緑色をしているし、木の実は赤いし、地面は黒だよ 》

 

「うひゃっ!」

 絵師は叫んで飛びあがりました。



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