1話
つぎはぎの服を着た、白髪の絵師がおりました。
小さくて、やせていて、すっかり年老いていましたが、好きな絵ばかりを描いてきたので、世話をしてくれる身よりはいません。奥さんも子供もいないので、一人ぼっちの身の上です。その上、根っからの正直者で、絵を買ってくれる人がいると、もうそれだけで喜んで、お客さんの言い値でどんどん売ってしまうので、金もうけもさっぱりで、だから、いつも貧乏でした。
絵師がもっている荷物といえば、古い絵筆が一本と、水を飲むためのアルミのカップ、そして、昔、パンの景品でついてきた、パレット代わりの丸皿が一枚。
それでも、絵師は幸せでした。
好きな絵だけを好きなだけ描くことができたなら、それだけで満足だったのです。
ひろった棒っきれで杖をつき、絵師はよたよた歩いていました。
「一度でいいから、海ってやつを見たいなあ」
それが、長いあいだ、見つづけてきた夢でした。
青い空と青い海、ことなる青がまじわる境、横に一本まっすぐ引かれた水平線、そこから朝日がのぼったら、どんなにすてきなながめでしょう。
絵師はすっかり年老いて、人生の最期がせまっているのを感じていました。だから、さいごにひと目、見たかったのです。
青くかがやく大海原を。
海にむかって、絵師は何日も歩きました。そして、大きな森にさしかかった時でした。
黒い雲がもくもくわいたと思ったら、横なぐりの雨が降りだしました。頭の上からたたきつけてくるような、どしゃ降りの豪雨です。雨つぶが激しく地面をたたき、ぬかるみが茶色くわきたっています。
「──おお。こりゃ、たまらんわ!」
風雨でもみくちゃにされながら、絵師は両手で頭をおおって、森の中にかけこみました。
「すまんが、ちょっと、おじゃまするよ。雨宿りをさせておくれ」
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