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【憑月】満月の出る晩にはご注意を。

作者: dark仮面

ども、作者の片割れの仮面3です。今回は私が簡単なネタを作り、darkkivaさんが物語の雛型を作り、私が肉付けをした感じです。


darkkivaさんご協力ありがとうございました!


では、記念すべき仮面3×darkkiva=dark仮面の第一弾作品を、どうぞ。

――ガタン、ガタン。


夜行列車が揺れる音が一定のリズムで聞こえてくる中で、列車の席に座り頬杖をしながら、窓向こうに見える満月の一歩手前の月を男は少し苦い表情で睨み付けていた。


彼は月という物が好きではなかった。寧ろ苦手意識を持っている。死人の気味の悪い肌の様な青白い光を、コレでもかと毎夜毎夜浴びせてくるのが腹立たしい。幼かった頃は、お月様だと好んで眺めていたが、彼の仕事柄仏さんの面を拝める機会が増えてしまい月が嫌いになった。仕事でも死人の顔を見て、夜にも近い物が空に浮かぶ。自然と嫌いにもなる。


知っているだろうか? 死人の顔と言うのは血の気が無いから、透き通るほど青白いのだ。先程言っていたように、お空から月光を放っているアレとよく似ている。生きている人間の肌は血が元気よく流動しているから、ペールオレンジだったり、あるいは乳白色だったり、茶褐色だったり等々……。その辺りは個人の個性なのであったり、地域の特色も出るから様々あるが、取り敢えず生きている人間の肌には〝生の色〟が有る。しかしおだぶつになるとあら不思議、すーっと抜けていって青白い〝死の色〟に変わるのだ。いや、実際はそこまで青白くなって無いのだろうが、なんというか生きている人間が放つ気というか、オーラというのだろうか。そんな胡散臭いオカルトチックな物で片付けてしまったら、死体の皆さんに失礼だと思うが。とにかく、生きている人間が放っているものが無くなるから、余計に印象が青白いと感じてしまう。こういうのは実際に様々な死体、死に方を眼と記憶の海馬に焼き付けた者にしか判らない感想だろうが、まぁそういう者は恐らく口を揃えて言うだろう。


つまり月光をみると、その死人の面を思い出して気分が悪くなるのだ。男は七年死に顔専門でやってるからもう慣れてはいるのだが、やっぱり思い出すと嫌なものには変わり無い。


男は忌々しい月から眼を離し、座席に身を任せた。特にする事が無いので、今回の仕事に行く経緯を思い出した。思い出すと同時に、肥えた自分の上司を思い出して苦々しい表情になり、ボソリと悪態を付いた。


「クソッタレ……」





彼を彼たらしめる唯一の存在、「社員証」というこれまた忌々しい紙っぺらをプラスチックのケースに差し込んで、よれよれのポロシャツの右胸に止めている。そこには「村田健作」と安いインクで印字してある。村田は、激安で有名な服飾チェーンの品物で統一された情けない服装と、安っぽい作りの社員証が最高に調和して、村田を雀の涙程にしか給料も出ない癖に、肝の細い奴なら三日で首をくくるようなえげつない現場に社員を放り込む、ブラック企業の社員たらしめていた。社員証に「月刊ホワイト」なんて笑えない冗談がでかでかと印字されているのを見ると、いつも乾いた笑いがこみあげてきて困ってしまう。これは第三者の立場なら、もっとマシに笑えるのだろうか?


好き好んで「月刊ホワイト」の記者になったわけじゃない。村田だって、十代のころは若者らしい理想に燃えて、「報道で日本を変えるんだ」なんて言っていた。笑ってしまうだろう? 自分でですら笑ってしまうのだから、仕方ない。でも学歴も家柄も底辺だった村田には理想を語るだけの土壌がなかった。理想があっても、酸素が無い炎が消えてしまう様に、若者の理想は酸素不足でかなり弱まった。結局必死に就職活動して、このブラック雑誌の末端記者に収まるのに三年かかってしまった。


就職したって会社が会社だ。口を糊するのだってやっとの毎日で、酒も煙草も女も博打も、その他男が娯楽とするようなことは何もできやしなかった。毎日どこかの怪しげな土地に交通費自分持ちで放り込まれて、密教の儀式で殺された者や、十歳の少年兵に撃ち殺された者など、色んな死人の面ばかり撮らされた。


若い頃の理想も情熱も、すっかり無くなり、仕事にも生き甲斐を感じない。ただ食っていく為に、機械の様に仕事をこなすだけだ。


ある日、自分のデスクで記事をチェックしている時に、編集長に呼び出された。編集長はよく肥えており、年がら年中額に脂汗を浮かべている様な人物だ。頭皮もその汚らしい脂汗にやられたのだろうか、随分と立派な荒地である。瞼にも脂肪があり、常に人を見下している様な眼を小さくしている。しかしこの立派な肥え方。余程金を得ているのだろう。自分の給料の差に、いつも村田を苛つかせていた。


「お疲れ様、村田クン。いきなりで悪いけど、君にちょっと遠出して取材に行って欲しいんだ」


簡単に言ってくれる。どうせまた怪しい所で、交通費は自分持ちだろう。だったら行って欲しいではなく、行ってくださいだろうに。心中で溢れそうになっている悪態をぐっと堪えた。なんせ相手は〝一応〟上司なのだから。


「はぁ……。今回は何処っスか?」


できれば、国内であってほしい。流石に外国へ取材に行く時は経費は出るが、外国だと死亡率がぐっと上がってしまう。


「日本の△県にある、月蝕村と言う田舎村の慣習を取材してきて欲しいんだ。もう村長にアポはとってあれから、今日にでも向かってくれ」


急過ぎるが自分は文句が言える立場ではない。月蝕村という、村田が全力で嫌悪感を表しそうな所には行きたく無かったが仕事だから仕方がないと、自分に言い聞かせた。村田が判りましたと頷くと、編集長も有り余る自分の贅肉を揺らしながらうんうんと頷いた。


「頑張ってね〜」


編集長は、インテリアとして自分のディスクに置いてあるアヒルの玩具を、ガーガーと鳴らしながら村田に激励を飛ばした。編集長の行動に苛つきながらも、取材に必要な物を集める為に自分のデスクに戻った。


デスクでカメラやら取材道具の準備をしていると、職場の後輩が話し掛けてきた。


「せ〜んぱいっ!」


茶色に染めた髪をなびかせて登場したのは、二年前に入って来てまだ新人扱いが多い倉本早紀。倉本は月刊ホワイトの記者に成った当時は、まともに仕事が出来ていなかった。


うちの理想は「人の死という破滅的事象から鮮やかに生を映しだす」とかなんとか。要するにスプラッターな倒錯的グロ雑誌なわけだ。内容的に普通に本屋に置いてもらえるわけもなく、アングラサイトでコンタクトを取った、片手で数えられるような「お得意様」に御値打ち価格の五桁の額で売りつけてやるのだ。村田は「お得意様」に直接会ったことはないが、多分LSDとエクスタシーをまとめて飲んだような素敵な紳士淑女様なのだろう。きっとそいつらは月の光を見たら、死人の面を思い出してケラケラ笑う様な気持ち良い性格をしている筈だ。


そんな奴らが楽しんで読める雑誌の取材を、二十歳の小娘が簡単にこなせる訳がなく、最初の頃は死体を見てゲーゲー吐いたり、スプラッターな写真を見て気分が悪くなるのはしょっちゅうだった。ならばこんな職場に就職しなければいいだろうと思うが、今は就職難の時代。倉本も必死で就職活動した結果がこれなのだ。


二十二歳の今ではなんとか平気に成ったが、あの頃は村田が良く励ましてやっていた。ただデスクが近く、ずっとウダウダ塞ぎ込まれては自分が迷惑だったので励ましていただけだったのだが、すっかり懐かれてしまった。積極的に話し掛けてくる倉本に、うんざりする時がある程だ。


だが、もともと元気が有り余る様な娘。こんな職場で元気がある者はなかなか貴重で、倉本は皆から好かれている。


「先輩、今度はどこに行くんですか?」


「月蝕村だとよ」


「月蝕村? 聞いた事がないですね……」


それは村田も同じだった。月蝕村は閉塞的な所なのだろう。


「まぁ何にせよ。スポーツ選手にインタビューする様な、安全な取材ではないだろ。つか、うちの雑誌でそんな安全な内容を扱ったら奇跡だ」


「ですね」


倉本が苦笑いで返した。芸能人へのインタビューやスキャンダルと言った、普通の雑誌みたいな事をしてくれたらどれだけ楽な事か。村田と倉本の、共通のささやかな願いである。


「どのくらい掛かるんですか?」


「△県にあるそうだから……距離があるから二、三日掛かるかもな。あーくそ、面倒だぜ」


「でも田舎って良いじゃないですか。星とかが綺麗に見えそうだし」


「綺麗に見えるのは嫌だな。明日は満月だぞ?」


あーなるほど、と倉本はまた苦笑した。倉本も村田の月嫌いは知っている。打ち上げや酒盛りで熱く語られた事がしばしばあったが、理解仕切れなかった。倉本はどっちかと言うと月は好きで、それを村田に教えたらまた語られた。理解できないのはお前がまだシロートだからだ! とまで言われた事もある。


喋りながらも準備を進め、使う物を鞄しまい込み、倉本に頑張れよと告げて現場に向かった。





「あのブタ編集長……よりによって満月が近い時に……!」


編集長の贅肉だらけの姿を思い出していたら、思わず言葉が漏れ出た。自分達より遥かに仕事をしていないくせに、見下した様な眼で見てくる編集長は、皆から嫌われている。月を編集長に見た立てて、思い切り睨み付けた。


彼は月が嫌いだ。もっと環境が破壊されて、大気汚染物質で月が隠れてくれたら、どれだけ彼の夜は美しいものになるか、そんな空想をしては毎晩の様にため息をついていた。そんな村田を馬鹿にする様に、安アパートを契約したら、世間的には運良く (彼に言わせれば運悪く) 角部屋になってしまって、毎晩美しい月光が差し込んで来て、そのたびに見飽きた死体の面を思い出させられた。ああ、悲しきスプラッター記者の日常哉。





翌日、目的の地に到着した。踏み荒らされた雑草と廃屋同然の積み木以外は何もない、実に風光明媚な寒村にお邪魔してしまった。ここが月蝕村……。廃村同然の辺境の村の分際でずいぶんと洒落た名前をしているものだ。この村に名前を付けた者の面の皮の厚さには、ちょっとした感心を持ってしまう。


編集長がアポイントメントを取ってあるという言葉通り、村長が入り口で出迎えてくれたのだが、この村長がまた嫌な感じがする者だった。七十位の爺なのだが、落ちくぼんだ目、というのだろうか、とにかく目が引っ込んでいて、しかも暗い影が差している。腰がひん曲がっていて、杖なしじゃ歩けないのではないかと思う程の具合なのだが、話す言葉の発音が妙にはっきりしてて気味が悪い。大きい黒い鞄を、大事そうに抱えるようにして提げているのもなんとなく違和感を感じた。


「遠いところお疲れ様です。我が村の慣習を取材したいとのことでしたね。お見せできるところは全てお見せしましょう。まだ日が高いですから、私が御案内します。ですがお疲れでしたら宿を用意してありますから。まず、お休み致しますか?」


「今回は宜しく御願いします。お気を使わせてしまった様で申し訳ありません。ご好意に甘えさせてもらいたいところですが、仕事の方を済ましたいので……」


お互い取材をする側とされる側として敬語を使った。村長は、そうですか、と短く応え、あまり無いであろう村の見所を案内し始めた。


本当に、見所なんてもの殆ど無かった。有るのはとても誉めれた物ではない田んぼや畑ぐらい。ただ、気になった物は一つ二つあった。まずは壊された地蔵。地蔵の台座には「陽光」と書かれてあった。いかにも意味有りげな地蔵なのに、なぜ直さないのだろう。しかも人為的に破壊された様な跡もあった。これはどうしたのかと村長に聞こうとしたが、そそくさと通りすぎてしまい聞けずじまいだった。


そして二つ目は、人間達。この村の人間達に強い違和感を感じた。みんな例の青っ白い面をしているんだ。大きめの荷物を一先ず置くために案内された宿の女将も、宿泊している地元民らしき家族も、宿のゲームコーナーで年式落ち甚だしいゲームに興じている子供も、農作業に精を出している老人も、みんな面が死人みたいに青っ白い。確かに動いているから死人じゃないのは明らかだが、それでも七年死人の顔だけを撮ってきた村田にはどうも見慣れた感じに見えてしまう。気味が悪くなって来て、今日の取材は切り上げる事にした。そうしたら宿に向かう途中で、村長が村田にこう言った。


「今夜は満月。この村にまだいらっしゃるなら、満月の夜は外に出ない方がいい」


言葉づかいは丁寧だが、どうも異論を許さない感じの語勢なので、村田はちょっと気圧されながら、村長の後について宿に向かった。宿は改めて見るとひどいもので、人より虫の方が多いくらい不潔だった。飯には本当に虫が出た。見たこともないでっかい蜘蛛の佃煮だ。さすがに箸をつけられなかった。


今回の取材、ちょっと妙なところがある。上が (主に編集長) 村田に取材を命じるときは、被写体の「死の気配」を匂わせるのが慣例だ。誰がどう死ぬから面を取ってこいなどと露骨なことは言わないが、それでもある程度取材内容を教えてくれるのが普通なのだ。でも今回はそうじゃない。一体誰がどう死ぬんだ? 疑念が脳みその中に渦潮みたいに渦巻く。嫌な胸騒ぎを感じながらも、与えられた部屋に敷いてあった布団に身を投げた。


虫が這う天井を見つめながら、自分の中で泡の様に膨れる疑問を考える。村の雰囲気、壊れた地蔵、村長や村の人間達……。記者として、探求心が強い人間として知りたい。この胸騒ぎの元を。そして、村田健作の中で生まれた疑問、村長の言葉の意味を。何故満月の夜に外出してはいけないのか。どう考えても何かある。良く言えば好奇心、悪く言えば怖い物見たさ。その感情が強く掻き立てられた村田は、一時的に少年の様な気持ちが湧き戻り、そして情熱に燃えていた若い頃の感情が戻って来たかの様な思いに捕われた。ブラック雑誌の下っ端記者の雑草魂という奴だろうか。すると村田の耳に、何かが囁いた。それは何も知らない馬鹿だった若い頃の自分の言葉か。よく分からないが確かに聞こえた。行ってしまえ、と。


「…………うしっ」


己の中で生まれた決意を確認するかの様に、短く呟き布団から起き上がった。カメラやメモ帳、マイクはいらない。持つ物は好奇心という麻薬にも似た感情。それだけを心に、村田は誰にも見つからない様に心掛け、安物の靴を履いて宿を出た。





人が誰もいない。まず不審なのはそこだった。まだ午後八時だ、大人なら普通に出歩く時間、背伸びしたガキやら現代の悪ガキでも簡単に出没する時間なのに、なぜ誰もいない? 不思議に思いながら歩いていくと、なにも植えられていない、だだっ広い畑に着いた。いつから耕作していないんだと思うほどに、荒れ放題の畑。その中央に、小さな人型のシルエットが見える。不審感を抱きながら近づいていく。明かりなんてないが、そこは満月の夜、忌々しい月光がそのシルエットを照らしてくれた。爺だ。明らかに村長より年かさの、他に表現方法がないほどの、よぼよぼの爺だ。その白い和服は、村田が着ている安物の服よりもさらにボロボロで、薄汚れていた。


「こんばんは。何をしてるんですか?」


今は好奇心の塊が村田を動かしている。だから怪しさを感じているが、声をかけてみる事にした。声をかけると、爺は村田に気付いたようで、ヨロヨロノロノロ、おぼつかない足取りで近づいてきた。


「おお、お若いの。なぜここにいる。ここは危険だ。この村は狂っている。昔は良かった。昔は信仰がこの村を守ってくれていた。しかし、今は見る影もない」

えらくズカズカとものを言ってくる爺だ。


「あなたは?」


「月が悪いんだ。月という圧倒的な魔力の塊が、長い時間をかけて狂気を生み出し…ああ、早く逃げなさい。若い君はこの村と心中してはいけない」


まるで要領を得ない会話だ。気味が悪くなってきた村田に、爺はなおも語り続ける。


「私は誰よりも早く月という物の恐ろしさに気付いていた。狂っていることをルナティックということを知っているか。月は狂気の象徴なんだ。この村は反月思想を中心にした信仰で月から身を守ってきた。月蝕とは太陽と月の間にできた地球の影が月を隠す現象のことを言う。月を覆い隠す村、それが月蝕村なんだ。皮肉なものだ。信仰が減りすぎて力を失った私は、月の魔力の一端を借りてしか姿を現わせない。満月の夜しか、体を保つことが出来ない」


この年寄り、おつむは大丈夫か?


「御爺さん、話がよくわかりません。落ちついて」


爺の語勢はだんだん強くなり、余裕がなくなってきていた。大声で早口な爺の言葉は、聴き取りづらい雑音だった。その顔は赤かった。熱がこもっているのだろう。この村で観た青白い顔達とは違った。だが逆に、必死過ぎるその赤み掛かった顔は、爺が言うようなルナティック (狂気) の一端を感じる。


「月の魔力から身を守る御払いは私が教えたものだ。あれを続けていれば彼が狂うことはなかったのに…。いや、悪いのは彼自身だ。金の亡者だった彼が、御払いに必要な払月草を取りに行く費用を出さなくなったんだから。そのせいで……村の皆も……」


「ふつげつそう?」


疑問符を付けてのオウム返し。普通の会話をしていれば、何かしらリアクションを返すのが常識だが、爺はそんな様子を見せずに喋り続ける。


「もはや一刻の猶予もない。早く逃げなさい。ああ、早く逃げなさいお若い人よ、彼は狂い、、彼らも狂い、村すら狂い、村は滅んだ。この上他所者の君まで村と心中させるわけにはいかない。そんなのは私だけで十分だ」


不意に、背中側から足音が響いてきた。一人では無い、中々に大人数だ。爺の顔が一気に険しくなる。俺は振りかえり、そして固まった。まるで心臓をわしづかみにされた様な感覚、話題のお化け屋敷に入った時よりも格段に強い、恐怖。


「ヒヒヒヒヒ。私の忠告を聞かないとは、悪い記者だ」


そこには真っ赤な顔をした村長と他の村人が立っていた。正直、コメディ漫画みたいに口から心臓が飛び出そうなほど驚いた。なぜって村長の右手にでっかい肉切り包丁があったからだ。牛でもバラせそうな奴だ。他の村人も、手に人をザックリと殺れそうな凶器を持っている。最初に会った時に村長が握っていた杖はその手にはなかった。


「この村に人間はもういない。君が来てくれて心底嬉しかった。久しぶりにあの感触を味わえる」


村長の真っ赤な顔を、青白い月光が照らしている。最悪のコントラストだ。他の村人も、らんらんと眼を輝かせ嬉々とした表情をしていた。村長の節くれだった手が、肉切り包丁を折れんばかりに握りいしめている。そしてそいつは振りあげられ、足がすくんだ俺の脳天を叩き割ろうとした。老人とは思えない速度もあり、躱せないと察してきつく眼を結んだ。


俺は歿のか?


存外、それしか考えられなかったのは、自分に拍子抜けである。


「させん!」


背後から白服の爺が、さっきまでのよぼよぼの姿からは想像できない俊敏さで飛び出してきた。村長と村田の間に、爺は割って入った。


「あ! 陽光様!」


村長の素っ頓狂な声が響く。肉切り包丁は爺の肩に叩きこまれ、深々と食い込んだ。


「その名で呼ばれるのは久しぶりだな。力なきただの土着神である私を、そんなありがたい名前で呼んでくれた村民たちはもういない」


その一言に、村人達がざわざわと騒ぎだした。


爺の目がきっときつくなる。みっともないくらい怒っているのがよくわかる。


「お前が殺したからだ! 慎ましく生きていた村民達が狂気に触れられ死に絶え、今はもう人道外れた殺人鬼。まさしく鬼だ! お前も! お前自身を殺したのだ!」


傷口が白く輝き、光を発している。それは村田の大嫌いな月光とは対照的な、陽光の様な光だった。


「はじめからこうすればよかった。お前が狂った時点でお前を人として殺していれば、村は滅ばずに済んだ」


強大な熱を持った光は、村長の体を焼いた。そのとんでもない明るさに、俺は月光が目に入らなくなった。


「くっ、満月の晩しか姿を現わせない土着神の分際で、月に盾突くとは! 今までは見逃してきたが、もう我慢ならん! 死ねえ!」


体を焼かれながら、村長はそんなことは気にしないというように、爺の体に肉切り包丁を食い込ませていった。傷口が広がるほど、光は強くなるみたいだったが、もうそれを理解出来る頭じゃない様だ。結局、すぐに光と村長と爺の境目はなくなって、光が消えると、その場には村田しか残っていなかった。





狐につままれたような気分で恐る恐る宿のあった場所に戻ると、そこには何もなかった。更地だ。四角い更地の四辺に木材の滓が散らばっている。あのボロ宿は、跡形もなくなっていた。それだけじゃない、積み木のみたい民家も全てなくなっていた。


村田は全てを理解した。と言っても只の憶測だが。ここにあったもので現実の物は村長と爺、だけだった。後は全てあの爺の残留思念だったんだ。俺と村長、この村の思いの残滓。死人の様な人間たちに、狂気に触れられ殺人鬼に堕ちた村人、廃屋同然の家屋、そんな幻想しか、この村には残ってなかった。村田は何となくセンチメンタルな気分になった。白服の爺はきっとこの村の土地神様だろう。月の狂気から村人を守れなかった後悔を抱えた神は、村の仇と心中する道を選んだ。非科学的な話だが、今となっては信じざるを得ないってところか。


きっと気が触れた村長は、村が廃村になってもとどまり続けたんだ。たった一人、殺す相手を待ち続けて。殺人鬼集団のボスとなって。閉鎖的な村社会ゆえに、罪に問われなかったに違いない。


ボーっと更地を眺めていると、月光に照らされた黒い鞄が見えた。村長が提げていた物だ。なんとなく歩み寄って、それを拾い上げる。無意識に中を見る。その瞬間、村田の体を太い槍が貫いたような衝撃が襲った。


「月刊ホワイト」


「プロが使う高価なカメラ」


村田は唖然として鞄を取り落とした。体がブルブル戦慄いた。なんてことだ、村長は「お得意様」だったんだ。村田が今回の取材の詳細を聞かされなかったわけが、硫酸みたいに心を溶かしながら沁み込んできた。今回青っ白い顔になる予定だったのは他ならぬ村田だったんだ。月の魔力で殺人趣味になった村長は、村人を殺す傍らうちの雑誌で人の死に顔を楽しんでやがったんだ。近くで殺せる人間が居なくなって困っていた村長は、うちの会社の上の方に頼んで、末端記者を殺させてもらい、写真に収める心算だったんだ。


月が村田の体を強く照らしていた。村田は今まで忌み嫌っていた月光が、途方もなく美しいものに見えた。社員を客に売るとはさすがブラック企業だ。しかしもう何の恐怖も感じなかった。


やられる前にやるか、やられる前に消えるか。


そんな言葉が村田の脳内で反響した。月って綺麗だな、村田は心から思った。この崇高な青白い光を浴びるのは、LSDとエクスタシーをいっぺんに飲むよりずっと気持ちいいんじゃないか。満月を仰ぎながら、この夜が明けて会社に戻ったとき、村田は真に月光と一つになれると、心が躍った。





あれから、村田は誰にも、何も告げずに身を隠した。アパートもいつの間にか解約していた。彼が姿を消したのは、反撃の準備か、それとも只の逃避か。それは彼自身にしか分からない。


だが、他に分かる事がある。それは、村長が確実に死んだとは言えないということ。村長の心臓が止まるところなど、誰も見ていない。


「倉本クン。ちょっといいかな?」


「はい」


「いきなりで悪いけど、ちょっと月蝕村に向かってくれないか」


「……! 月蝕村って確か…」


「そう、村田クンが失踪した所だ。君は村田クンと仲が良かったらしいね」


「はい…」


「実は………月蝕村で村田クンの目撃情報があった」


「え……?」


「君に頼むのが適任だろうから、行ってくれないかな。村田クンを探すのに協力してくれ。私も職場仲間が失踪して心配なんだ」


「………はいっ! 任せてください!」


村田が見たのは狂気の終わりではない。村長の終わりではない。村人の終わりではない。


だってほら、狂気はゆっくりと、確実に広がってるのだから。貴方の身近に居る人の直ぐ近くまで近付いてきてる。


もう狂気が手を伸ばせば、貴方に届くかもしれない……。










ヒヒヒヒヒ。



如何だったでしょうか?


私としましては、これかもdark仮面としてちょくちょく活動して行きたいと思っております。


では、またお会いできる事を楽しみにしながら、今回はこれで。ありがとうございました。

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