流浪エルフ、アンダンテの旅
汽笛の音が鳴る。澄み渡る空にどこまでも続く海。その果てしない海の上に一隻の船が漂っていた。木製の船は船長を合わせて10名程度が乗っており、船の大きさからして客室までついているようだ。人によっては一晩ここで泊まったのであろう。船は質素な作りで観光船ではないようだが、船に乗っている人々は皆、甲板の上で思い思いのことを楽しんでいる。海面の波に反射している太陽の光が船の上に立つ人々を容赦なく照らしていた。
「今日はいい天気だね。絶好の旅日和。」
その船の端に一人の男がいた。身長は180cmほどで細身、髪は長く、腰に届くほどである。しかし、その男の最大の特徴はなんといっても長く尖った耳であった。
「あの!」
「ん?どうかしたかな?」
男に一人の少女が話し掛けた。
「その!突然話しかけてすみません!もしかして、あなたはエルフですか?」
「うん、そうだよ。珍しいでしょ。エルフを見るのは初めて?」
その言葉に少女は首を何度も大きく振って頷く。
「はいっ!正直おとぎ話の中の種族だと思っていました。」
「そっか、大都市に行ったらいないことはないんって聞いたけど。どこから来たの?」
「セキの村です。このあたり。今日の朝同じ乗り場から乗りましたよね?」
少女が背負っている大きなリュックサックから地図を取り出して、地図の端の方を指さした。
「うん。そうだったね。へえ、そのあたりなんだ。隣のリタの村に泊まったけどあたりに都市自体がないもんね。でも、のどかでご飯もおいしいし、人もいいしでいいところだったな。」
「えっ!リタの村に泊まったんですか?何をしにそこまで?」
「うーん、何をしに行ったか。うーん、難しいな。しいて言うなら旅するため?」
少女があきれた顔をする。
「旅のためって・・・。うちの村もですけど、まずリタの村には宿なんてないじゃないですか。野宿でもしたんですか?」
「いいや。野宿するつもりでそこらへんに寝袋で横になったら。肉屋のタタおばちゃんにびっくりされちゃって、魔物が死んでるかと思ったって。それで一人ぐらいなら泊まれるからって家に泊まらせてくれたんだ。いやあ、あそこで食べた肉は新鮮でとてつもなくおいしかったね。」
「そりゃそうですよ。というか野宿って・・・。魔物に襲われたらどうするつもりだったんですか?」
「どうするって。どうもしないよ?まず、近寄ってこないし。」
「近寄ってこない?どういうことですか?」
「それはねー」
突如船が大きく揺れる。船の上のほとんどの人はバランスを崩され、倒れそうになっていた。
「きゃあ!」
「おっと。大丈夫?」
少女も例外ではなかったが、エルフが手をつかみ、倒れかける少女をささえた。
「あ、ありがとうございます。」
「気にしないで。それより何があったんだろう。」
先程まで穏やかに太陽の光を反射していた海に暗くなり荒波が立ち、何かが起こっているのは確実だった。
「船長?何が起こっているのか分かる?」
エルフが小さな船長室のもとへ回り込み、ドアを開けて大声で叫ぶ。少女も遅れながら男の後をついていった。2人の後ろでは座り込んだ人々が目線だけこちらに向け、耳を澄ましている。
「終わりだ・・・、もう終わりだ。」
「終わりってどういうことですか!」
船長が小さな部屋の中で操縦席の下に座り込んでいた。少女の大声に乾いた笑いを上げる。
「見ろ!このレーダーの反応!ははっ、クラーケンだよ。クラーケン。ここの海域には出ないはずなのに!この船はこいつを撒けるほどのスピードは出せない。だからもう終わりなんだよ。」
「クラーケン?!まさかそんなはずは!」
船の上の人々がざわめく。その人々を横目に少女は船の端へ駆け寄った。そこには彼女の顔よりも一回り、いや一回りどころではなくそれよりもはるかに大きな黄色い目がぎょろぎょろと動いていた。あたりの暗くなったと思った海も海ではなく巨大なクラーケンの体の色であった。
「嘘・・・。」
少女の声で船上はより一層ざわめく。嘘ではないことが少女の態度からはっきりわかったからだ。船長が部屋からゆっくりと出て座り込む。
「な?本当だろ。まさかこんな死に方をするなんてな。」
「だれか!この中に冒険者はいないんですか!」
一斉に皆の視線が鎧を着て盾と剣を持った男とローブを着て杖を持った女の方を見る。
「む、無理よ。クラーケンなんて。私たち、まだC級パーティーだもの。こんな化け物、S級パーティーが三つ集まってでかい船に乗って罠を仕掛けて、やっと倒せるかどうかよ。」
男も震えながら大きくうなずいた。
「それじゃあ。もう助かる道はないってことですか?!」
少女が絶望に満ちた顔をする。あたりからもすすり泣く声や家族への感謝をつぶやく声が聞こえた。
「そんな・・・。」
船上で唯一立っていた少女も力が抜けたように座り込む。その時、船上に場違いな声が聞こえた。
「ごめん、ごめん、お待たせ~、楽器の音合わせてて、ってどうしたの?この空気?何かあったの?」
「何かあったの?ってエルフさん。さっき聞いたじゃないですか。私たち今、クラーケンの上にいるんですよ!もう助かる方法なんてないんです・・・。」
「えっ!そんなことないよ!今から僕が倒すから。」
「何を言ってるんですか!そんなの無理ですよ!エルフさん今、手に持っているの楽器?じゃないですか!」
少女が声を荒げる。その声はもうほとんど泣きそうな声であった。そして、少女が指摘した通りエルフの手には弦楽器のようなものが握られていた。
「ん?うん。今からこれを弾くから。それじゃあいくよ~。」
気の抜けるような掛け声でエルフは楽器をゆっくりと弾き始めた。あたりには美しい音が流れる。その場にいる人々も思わずその音に聞き入った。
「綺麗・・・。」
しかし、男が楽器を弾き続けるとあたりに異変が起こり始めた。空が暗くなり風が吹き荒れ大粒の雨が降り始める。それでもエルフは黙って弾き続ける。ついには雷まで落ち始め、船上では恐怖の声が上がった。だが、それも一瞬であった。
なぜなら、船の周りには風も吹かず、雨も降らず、ただ、一筋の太陽の光が船の上を照らしていたからだ。
雷が激しくなる。もはや雷というより電撃であった。その電撃は船をよけクラーケンの巨体に降り注ぐ。船からクラーケンの足が激しく暴れるのが見えた。人々は息をのんで見守りながら美しい楽器の音に浸る。もはや、だれも船が全く揺れていないことに気が付いていなかった。やがて、ゆっくりとクラーケンが沈んでいく。
「助かった・・・?」
船長のその一言をはじめに船上の人々が次々に喜びの声を上げた。
エルフの手も止まる。すると、徐々に雲が去り、雨や風もやみ、すっかり穏やかな海と燦燦と降り注ぐ太陽が現れた。皆の視線がエルフに集まる。
「いやあ、ごめん。多分このクラーケンが現れたの僕のせいだ。」
「ど、どういうことですか!」
少女が詰め寄る。
「僕の魔力って人と比べ物にならないくらい多いから本当は魔物がよけていくんだけどこのクラーケンは命知らずにもその魔力の主である僕を食べようとここまで来たみたい。ごめんね。お詫びにおいしい果物あげる。」
エルフはみんなに果物を配っていく。みんなあっけにとられたまま受け取っていたが船長がいの一番に正気に戻り叫ぶ。
「なにただの果物で済まそうと・・・なんだこれ!!」
「これって図鑑にしか載ってない幻の果物!!」
冒険者の女も叫ぶ。女の言葉を聞いて皆がまじまじと手元の果物を見つめる。
「めっちゃおいしいから。食べなよ。」
エルフがもぐもぐとその果物を食べる。
「そんなことできるわけないじゃない!この果物を冒険者ギルドにもってけばどれだけの金額になると思っているのよ!」
「え、そうなんだ。旅に出る前に家の周りからたくさん取ってきたんだよね。良かった。お詫びになりそうで。おっ!あれが西の国じゃないか?」
男が冒険者の女の声も気にせず、遠くに見える大陸を指さして楽しそうに笑っている。
「あ、ああ、そうだ。あっ、運転しないと。」
船長がそそくさと船長室に戻っていく。人々は呆然としていたが受け取った果実を大事そうにしまう。楽しそうに笑うエルフに冒険者の男が声をかける。
「あんた、なにもんなんだ。魔物が寄ってこないほどの魔力とか聞いたことも見たことぞ。」
「え、普通のエルフ。」
「普通のエルフってそんなわけないじゃない。しかもその楽器はなに?魔法?」
冒険者の女もエルフに話し掛けた。
「魔法じゃないよ。ただの楽器。でも、僕が世界で一番愛してた人の遺品なんだ。思いがたくさん詰まってる。あー、でもどうだろ、僕は魔力の塊みたいなものだからもしかしたら魔法になってるかも。」
「・・・よくわからないけど魔法に関する探りを入れすぎるのはご法度だしこれ以上聞かないでおくわ。でもあなたがクラーケンを呼んだとは言え倒してくれてありがとう。」
「ありがとう。」
女の言葉に続けて男も感謝の言葉を述べる。
「えー、こちらこそありがとう。君たちはなんで西の国に?」
「この港町に探している魔道具があるって噂を聞いたの。逆にあなたは?」
「旅するためだよ。」
「旅?」
「うん、旅。僕はこれから旅をするんだ。いろんなところに行っていろんな景色を見る。」
「そう。楽しんでね。また今回みたいなことがないように気をつけなさいよ。」
「うん。西の国に着いたらどうにかするよ。でも大丈夫。多分このクラーケンが飛びぬけてチャレンジャーなだけだから。」
「チャレンジャー・・・。俺たちもそう言えるくらい強くなろうな。」
「さすがに無理よ。」
そうこうしているうちに船が西に着いた。船長が船から出て船を港につなぐとエルフが一番に船から降りる。そのあとに冒険者の二人組が下りる。
「ついたー!」
「じゃあ私たちはしばらくこの港町の冒険者ギルドを拠点にするから何かできることがあったら会いに来て。」
「わかった。じゃあね!ありがとう。」
二人組手を振りながら去っていった。そして、はしゃぐエルフの横に船長が立つ。
「まあ、クラーケン倒してくれてありがとよ。あと果物も。」
「ああ、うん。こちらこそここまでありがとう。」
船長は船に戻り、あとから降りる人々も次々に感謝の言葉をエルフにかけた。エルフもひとりひとりに声をかける。
「ーーああ、うん。こっちこそごめんね。ありがとう気を付けて。」
そして、少女が下りてくる。
「あの、声を荒げてすみませんでした・・・。ありがとうございます。」
「こっちこそごめんね。謝ってくれてありがとう。あとそんな大荷物持ってどこに?」
「ここで海専門の冒険者育成学校があると聞いて。入学するために来たんです。家が漁師の家系だから海の魔物を倒せるようになりたくて。」
「へえ、そうなんだ。今からさっきの二人組みたいに冒険者ギルドに行くの?」
「いえ、母のおじいちゃんのところでお世話になるので今日はそこでゆっくりしてから明日ギルドに行こうと。」
「迷惑じゃなければ僕もついて行っていい?」
「もちろんです!おじいちゃんは民俗学の研究者なので逆に喜びます!むしろ私が言おうと思ってました!」
少女が目を輝かせる。
「へえ、民俗学か。聞いたことあるな。楽しそう。あっ、そういえば君の名前は?」
「ナナです。エルフさんは?」
「アンダンテだよ。よろしくね。」
エルフの男、アンダンテは手を差し出した。ナナはその手をおずおずと握って握手をする。そして、二人は手を離すと並んで夕日のほうへ歩きだしていった。
アンダンテが「歩くような速さ」であることをなぜか思い出して書きました。
初めて短編を書きましたが、続きそうですね。この終わりだと。
今のところ続きに関して何も考えていないです。
拙い文を読んでいただきありがとうございました。
評価・ブクマしてくださるとうれしいです。




