ギルドからの呼び出し
召喚状が来たのは、配信から三日後だった。
「ギルド本部管理委員会より、榊誠二殿へ。本日十四時に第三会議室までお越しください」
俺はその紙を受け取ったとき、凛花の顔を見た。
表情が変わっていない。これを俺に手渡してきた本人が、無表情を保っている。
「知ってましたか」
「昨日の夕方に上から連絡が来ました」
「前もって教えてくれれば」
「榊さんが来なくなると思ったので」
「……正しい判断ですね」
俺はため息をついてその紙を折り畳んだ。
時刻は十二時半。一時間半ある。
「内容の見当はつきますか」
「未発見フロアの単独探索。それ一点です。ギルドの規則では、未探索エリアへの進入は事前申請と同行監督者の配置が義務付けられています。榊さんはどちらも行っていない」
「知りませんでした」
「存在自体を誰も知らなかったフロアです。申請のしようがなかった、という主張は通るかもしれません」
「でも通らないと思っている」
「……状況次第です」
凛花が視線を少し外した。本音を言いたくない時の癖だ。
俺は第三会議室に向かった。ひなたが「行ってきます師匠!」と叫んで手を振ったが、返事をする余裕がなかった。
第三会議室の扉を開けると、長机に五人が並んでいた。
上座にいる白髪の老人が、管理委員長の剣崎だと後で知った。その両隣に、見覚えのない中年男性二人。下座側に若手の職員が二名。
部屋の空気が、最初から説教モードだった。
「榊誠二くん。座りたまえ」
「失礼します」
「ダンジョン第D-7層の件について聞かせてもらいたい」
「はい」
「未届出での未発見フロアへの進入、および同エリアの動画配信は、ギルド規則第十七条、二十三条に抵触する可能性があります。まずその点について認識を確認したい」
「規則の存在を知らなかった、という事実は認めます。ただ、フロアが存在すること自体を誰も把握していなかった状況での、事前申請の義務については——」
「知らなかった、では済まないのですよ」
剣崎の隣の中年男性が口を挟んだ。俺は初めてその顔をまじまじと見た。
冒険者上がりではない。体の線が細すぎる。スーツの仕立てが良い。ギルドの職員というより、外部からの人間に見えた。
「ヴァンガードの方ですか」
「……」
沈黙が答えだった。胃の底が冷えた。追い出した側が、今ここで俺の配信を規制しようとしている。腹が立たなかったと言えば嘘になる。
「安全管理の問題です」と中年男性は言った。「発見されていないフロアには、未評価の危険が存在する可能性がある。そこに単独で、しかも配信付きで進入したことは、探索者本人の安全だけでなく、視聴者への影響も含めた社会的リスクがあります」
言葉が綺麗すぎる。
本音はそこじゃない、と俺は思った。
「発見した遺構の管理権限を、正規の手続きを経て適切な機関に委ねてほしいということです」
「適切な機関、というのはどちらですか」
「それは委員会で協議して——」
「榊さんの活動実績と、スキルの実用性は私が保証します」
扉が開いた。
凛花が入ってきた。
「九条くん、今日は受付担当でしょう」と剣崎が言った。不快感を抑えた声だった。
「担当を代わってもらいました」
凛花は俺の隣に立った。
「私が保証人になります。今後の探索においても、安全管理と報告義務については私が連帯責任を持ちます」
室内の空気が変わった。
俺は凛花の横顔を一瞬見た。表情が動いていない。だがその立ち姿が、さっきまでと何か違う。背筋が少し伸びた、とでも言えばいいか。
剣崎の眉が動いた。ヴァンガードらしき中年男性が、隣の職員に何かを耳打ちした。
「九条くん、保証人というのは——」
「規則第三十条に基づく個人保証です。書式も用意しています」
凛花は書類をテーブルに置いた。俺は横目で見た。書類の上部に彼女の名前があり、印鑑と署名が既に入っていた。
委員会側が静かになった。
静かになりすぎた。
剣崎が何かを言いかけて、止まった。ヴァンガードの男性が、静かに表情を引き締めた。
俺にはその空気の意味がわからなかった。ただ、会議室内の力学が変わったのは分かった。
「……検討します」と剣崎が言った。「今日のところはお引き取りください」
「はい」
廊下に出て、扉が閉まった瞬間、俺は凛花に向いた。
「あれだけですか」
「今日は、そうなります」
「でも、あなたが保証人と言った途端に空気が変わった」
「そうでしたか」
「変わった理由は」
凛花は少し間を置いた。
「保証人の実績があります。過去に何件か」
「Aランクの保証人というのはそれだけ重いということですか」
「……そうですね」
返事が一拍遅かった。
廊下を歩きながら、俺は会議室内の空気を反芻した。凛花が名乗りを上げた瞬間の、剣崎の顔。名前だけで圧力になっていた。Aランクというだけではない気がした。
ギルドの受付カウンターに戻った時、凛花は「業務に戻ります」とだけ言って中に消えた。
俺はそのまま出口に向かいかけて、廊下の角で足を止めた。
会議室の扉が少し開いたままで、中から声が聞こえた。
剣崎と、もう一人の職員だった。
「……九条凛花が保証人に入った以上、ここで強引にはやれないな」
「そうですね。ただ、あの子が本当に《アストレア》の——」
「声が大きい」
「失礼しました。ただ……まさかという気持ちはあります。あの人が今さら受付に」
声が遠くなった。扉が閉まった。
《アストレア》。
俺はその単語を頭の中で転がした。
聞いたことがない。知らない言葉ではない気がするが、どこで聞いたか思い出せない。
風が廊下を通り抜けた。
凛花が保証人になった理由を、俺はまだ聞いていない。
聞いていいかどうかも、分からないまま、外に出た。
《アストレア》。
その名前が、まだ頭の中に残っていた。




