蛇
『前回のあらすじ』
黄泉の国へ到着するも閻魔大王は居らず、駅員の鬼達に閻魔様の救援要請だと言われ奈落の深淵へ。
落とされた先はカンダタの糸を連想させる、唯一無二の出入口にしか光が届かない不思議な場所。
其処で出逢ったアトア。蜘蛛である彼女から自身の能力と知識を覚えさせられ、記憶を視る。
人類は絶滅し、星が蠱毒の壺と化した未来。邪神達も協力すると言う中、襲い来る存在とは……
「避け……た?フフッ……少しだけ、愉快」
暗闇の中から聞こえてくる幼い少女の声。だが恐れや不安と言った声では無く、寧ろ愉快や好奇心。
少女の声が聞こえ終わった直後。暗闇の中に光る十八個の眼が二人を捉え、四方八方から陽だまりへ。
八匹の黒い大蛇が顔を覗かせ、内一匹の頭に胡座をかき──身長百三十六センチの幼い少女も姿を現す。
上は黒の鱗が付いたヘソ出しの何かを纏い、下は若干白みと茶色みのある不思議な半ズボンを着用。
頭に白いヴェールらしき何かを被り、髪や目が見えないものの。姿や有り様は野生児そのもの。
「此処に来たんが運の尽きや……ウチの腹の足しになりぃ!」
「破壊者様、来ま──!?」
「これ位なら──ッ?!」
陽だまりに顔を入れる蛇達は人間を丸呑み出来る程に巨大で、二人にゆっくり、狙いを定めて近付く。
当然喰われない為、避けようと動く瞬間。八匹の蛇に睨まれている二人は体が固まり、動けない。
まるで蛇に睨まれた蛙も同然の状態。足を持ち上げようにも、地面に引っ付いたかの如く動かない。
七匹の蛇達が口を開き一斉に襲い来る。刹那──漸く動ける様になり、左右へ散り両手を蛇達へ向ける。
すると蛇達の口は途端に開かなくなり、頭や体を仲間や地面、暗闇の中にある何かへと自らぶつける。
「流石ですね。咄嗟とは言え、私のイトに気付くとは」
「蜘蛛の糸と思惑の意図でダブル・ミーニングってか?」
相談や前準備も何もない状態からアトアの思惑を見抜き、蜘蛛の糸を使った見事な連携を褒める彼女に。
一つの言葉で意味が分岐する、日本語特有の言葉遊び的な意味を込めた、ダブル・ミーニング。
彼女なりの戯れと認識し、敢えて突っ込むと理解してくれた事が嬉しいのか。左袖で口元を隠し微笑む。
そんなやり取りを少女が俯瞰出来る様、体を高く伸ばす蛇の頭で少女は好機と笑みを浮かべ。
高所から急降下で加速を付け、飛び込んでエックスの首を掴み、押し倒そうと右手を伸ばし迫る少女。
「……落ちた?」
「落ちましたわね」
だが……槍の如く伸ばした手と姿勢は突然糸が切れた人形同然に緩み、猫背になり背中から地面へ転落。
そのまま前へ三回転するや否や俯けで止まり、先程まで暴れ狂っていた蛇達も体力が尽きたのか。
地面へとその巨体を寝かせ、ピクリとも動かなくなった。余りにも唐突な出来事に理解が追い付かず。
死んだ振りかと思い。近付かず、糸も相手へ飛ばさず互いに背を合わせ、冷静に周囲を警戒する。
静寂が支配する奈落の深淵に、緊張感の欠片も無い腹の音が響き──思わず地面へ肩まで埋まる二人。
「空腹みたいですね」
「まあ、気持ちは理解出来るよ。父親に家を追い出された時とか、晩飯の途中で空腹だったし」
「確か、元の世界で精神をズタボロにされた時も、三日間飲まず喰わずで働かれてたと聞きましたが?」
「割りと地獄だから真似すんなよ?タクシーにぶつかられた痛みが可愛らしい位だ。自転車も壊れたし」
直立姿勢のまま下半身の蜘蛛脚を使い、器用に地面から抜け出すアトア。それに対しエックスは……
回れば何とかなるの精神で錐揉み回転を行い、抜け出す事に成功。極度の空腹で倒れただけと知り。
気持ちは理解出来ると言い、自身の体験を語れば、アトアから何時知ったのか?と問いたくなる様な。
誰にも話していない過去の有無を聞かれ、事実であり車にぶつかられる痛みが可愛い位だと発言。
五十歩百歩かつ外傷か内側かの問題故、苦しみに甲乙付けがたい。当人が言う通り自転車はオシャカ。
されどぶつかられた当人は骨折もなく、痛覚が麻痺した千鳥足で歩いて帰ろうとした愚か者が破壊者。
「ちょっと待ってろ。恋達と統合した今なら使えるハズ……そう言やぁ静久、普段は何食ってたっけ?」
空腹の辛さ・苦しさ・ひもじさを知る身としては助けざるを得ず、少女の前へ駆け寄ると屈み。
別人格と統合した際、彼女達が所有していた能力も取り込んだ為、今は使えると考え。
思い返してみると懐かしく、可笑しく、二度と戻らず取り戻せない思い出に眉は下がり苦笑い。
静久の食べていた物を好むと思えず、野生の蛇が食べる蛙を大小に分け、周囲のマナから生み出す。
緑色の背中と茶色の模様があるトノサマガエルを無数に作り、少女や蛇達の眼前へ飛び跳ねて行くと……
「──ッ!!」
暢気に、何の警戒心もなく目の前へ現れた獲物。顔を上げた少女は毒の可能性を考えるよりも速く。
両手を蛙へ伸ばし。捕まえるや否や口へ放り込み、数回咀嚼をすると喉を鳴らして飲み込んだ。
巨体の蛇達も同様に、自身ら用と思える程に巨大な蛙へ飛び出せば丸呑みにし、満足げな様子。
反面。少女は次々と無防備に現れる、お世辞にもご馳走とは言い切れない餌を頬張り過ぎた結果。
喉を詰まらせ、控えめな胸元を右手で叩く中。エックスから差し出された水入り竹筒を受け取り。
一気に飲み干して詰まりが解消されたらしく、双方立ち上がると少女は俯いたまま歯を食いしばる。
「ッ……うあぁぁっ!!」
「破壊者様、何故敵に施しを?今の様に恩を仇で返される可能性も十二分に考えうるのに」
「そん時はそん時だ。空腹で死んで死後も苦しむより、満足して死ぬ方が良いだろ」
顔を上げるや否や右手を相手の首へ伸ばすも、三十五センチの身長差。少女が掴む前に右腕を掴まれ。
ならば左手と伸ばせどまたもや掴まれ、宙ぶらりんの状態になり足で蹴るも、子供と大人の力関係。
多少痛みはあれ、手を離す程ではない。恩を仇で返す少女を見て、アトアは施しを与えた理由を問う。
自身の頭より高く、子供を抱き上げる為に胸を蹴られながら、死後の事も考えた行為だと発言。
「子供ってのは大抵自身を理解して欲しかったり、認められたい欲求に餓えている。何故だと思う?」
「……分かりません」
「餓えを満たし、愛情を与えて貰う為さ。だから反発し、自身に関与して貰い、孤独感を埋めたりする」
「家族が増えれば増える程、個々に与える時間が減るからこそ。ですか」
それに加え、逆に質問を返す。なれど人類と地球外生物の認識は似通った部分もあれど、根本的に違う。
故に、分からないと素直に返答。子供とは愛情を貰い、欲望と言う心の餓えと渇きを適度に。
されど定期的に満たさなければ、幼き精神は最初こそ小さくも、最後はメトロノームも同然に大きく。
左右へブレる。一人っ子なら両親の愛情を比較的受け易い。しかし二人三人と増えれば、話は変わる。
何を言っても、何をしても与えられず、奪われると子供が感じれば……対象の命を奪ってしまう。
だからこそ。産めよ増やせよと言えど。不公平な世界で可能な限り公平な愛情を与える必要性を話す。
「あぁ。だけどな?仲間や助けたい奴一人救えない俺には──誰かを愛する資格は無いんだよ」
「…………まだ、未練に囚われているんですね」
暴れる少女を降ろす中。蛇達は心配そうに見守り、落ち着き無く辺りを見渡し、目を背けたり。
一匹ずつ別の様子を見せ、漸く地面へ足が着き手を離された時には安堵の表情やら深い溜め息を吐き。
一匹は申し訳無さげにエックスへ近付き、謝罪の意味を込めて頭を垂れる蛇を撫でながら、彼は言う。
自身の言動一つで救えた命があった。もっと速くに気付けば、駆け付けれていれば……と言うたられば。
前大戦や関わる前に失い、救えなかった無数の命。それが今も英雄の心を苦しめていると察する。
「…………成る程。魔獣収集家がアンタをアイツに似とる言うて、嫌がる理由がよう分かった」
「魔獣収集家って……まさか」
「気にせんでえぇ。もう、関係あらへんから」
黙って聞いていた少女は何やら理解し、再び俯くと独り言を呟き。その誰かとエックスを重ねたのか。
自ら顔を背け、苛立つ様子で寄り添う蛇の首を左手で撫で始める。よく見れば蛇達の首には傷痕があり。
一部だけ色が違う事に彼が気付き意味を理解した途端。自身らを見下ろす蛇達から視線を少女へ移し。
呟きの正体を口に出そうとするのだが……当人は何処か歪な京都弁で、もう主従の関係は無いと否定。
そう言われた彼は申し訳なさそうに俯き、少女の存在を知って言い掛けた相手の名前を飲み込む。
「「…………」」
彼は思う。少女の飼い主は、少女を愛してたのだろうか?それとも、ただの駒としか見ていない?
仮に愛があったのなら。何故、一緒に住んでやらなかったのだろう?旦那が化け物として扱うから?
旦那が……他者に愛をばら撒き、浮気した挙げ句、腹違いの子を産ませるから?そんな疑問が浮かぶ。
少女は思う。コイツは天文学的な確率で運悪く魔皇と交信し、副王に選ばれた暇潰しの玩具──
壊れた犠牲者、操り人形の救世主──考えれば考える程、英雄と自身の境遇を重ね、嫌悪感に苦しむ。
壊れてるが故に御し易い。心の傷を抉って感情を操り、抱え切れない闇を背負わせ自壊すると読む。
「少し時間をロスしましたが、閻魔大王が救援要請を出す程の原因を究明に参りましょう」
「だな。まあ、黄泉の国でこう言うのも変だが……元気でな」
「そうやなぁ」
着物の懐から取り出した白い懐中時計のスイッチを押して蓋を開け、やり取りで消費した時間を見。
エックスが此処へ落とされた理由こと、救援要請の理由を探し、解決に向かおうと勧めるアトア。
彼女へ短く頷き返答をすると。その場で屈めば少女へ向き直り、同じ視線の高さで別れの言葉を告げ。
また飢餓のひもじさに苦しまない事を願いつつ、素っ気ない返事に対し苦笑いで返し立ち上がれば。
少女と蛇達に背を向け、陽だまりの外。真っ暗闇の北側へと光源も何も持たずに進んで行く。
「一応スキル・殺す者の効果で多少は暗闇でも見えてるんだが、アトアは大丈夫か?」
「勿論。私は元々、暗い地下での生活。更には蜘蛛としての特性もありますので」
「ウチも。暗い所は慣れとるし、蜘蛛と同じ夜行性やから」
エックスは暗闇の中でも視界が保たれるスキルがある為問題無いが、右側を歩くアトアに大丈夫かと。
念の為に訊ねれば、元々の生活圏が地下で蜘蛛の夜行性や特性も持つ為、平気と言った直後。
左側から少女の声──返答が返って来て、思わず足を止めて予想外な声のした方へと視線を向ける。
其処には、先程別れたばっかりの名も知らぬ少女の姿があった。当の本人は驚かれる理由が分からず。
不思議そうな顔で左手に持つ蛙を頬張り、モゴモゴとした後、紫色の液体を左下へ吐き出す。
液体には白く細い無数の棒が混じっていたが……吐き出して地面へ落ちる数秒の間に崩れ落ちた模様。
「……自分達に付いて来るのか?」
「別にぃ?ただ、ウチの行きたい先にアンタらがおるだけや」
少女が吐き出したモノ。それは骨すら溶かす溶解液と理解し、少し間が空き同行するのかと聞けば。
同行と言うよりは、偶然にも行き先が同じで、隣を歩いているだけに過ぎないと涼しい顔で言い返す。
当然蛇達も少女の側をゆっくりと並走しており。申し訳なさそうに頭を何度も下げる蛇までいる。
それを見て前大戦時、敵側から仲間になり最後は消えた少女の存在を思い返し、思わず微笑むエックス。
「君、名前はあるのか?」
「どぉやろうなぁ。せや、アンタはんがウチの名前を決めてくれへんか?」
「丸投げかよ。そうさねぇ……ドラコー、とかどうよ?」
「ウチ、竜とちゃうんやけど。まあえぇわ。そんなら──散歩の間、よろしゅう。エックスはん」
名前が分からなくては、呼び方に困るし会話もし難いと感じ。少女へ名の有無を訊ねるも。
人差し指を唇に当て、のらりくらりと追及を躱す様な発言をしたかと思ったら、エックスに対し。
名前を決めれば良いと興味無さげに述べ。丸投げされた彼が指先を揃え、ゆるく口元を隠し一瞬考え。
パッと出た名前はどうか?と言えば、その呼び名が持つ意味的にも自身は竜では無いと否定しつつ。
別に良いか。そう思ったのか、名を受け入れ、散歩の間だけ宜しくと言い三人は暗闇の中を進む。
『スキット・有名人?』
「そう言えば、ドラコーは何処で自分の名前を知ったんだ?まだ一度も名乗って無いのに」
「そない言われてもなぁ。此処じゃアンタはん、有名人やさかい。知ってるんは結構多いで?」
「宇宙──セラエノ図書館でもそうですね。貴方様のご活躍は娯楽として楽しまれてますから」
「もしかして……暇なの?黄泉の国とか邪神達って」
「「大概暇やで?」」
「…………娯楽、無さそうだもんな。天国と地獄は刑罰の有無位でやる事無いし、邪神達も長生きだもんなぁ」
「せやからアンタはんみたいなイレギュラーは、娯楽のネタとして有名人になり易いんやで?」
「全ッ然嬉しくない……」
「舞台裏で動き回るのがメインですからね。有名になる程、動き難くはなりますわ」
終




