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悪役令嬢なので、ヒロインから主役の座を奪いました

春の風がまだ冷たさを残す朝。

新学期が始まった学園の廊下を、私はひとり歩いていた。


「カルミア様だ、前回首席の」

「でも性格悪いんだろ?」

「美人なのに、もったいないよな」


学園の人々は、私を“悪役令嬢”と呼ぶ。

見た目、立ち居振る舞い、単独行動の多さ――理由はいくつも思いつくが、

そんなことはどうでもいい。


あの女――リリアナに勝てれば。


「――カルミア様!」


背後から鈴のような声。

振り向けば、リリアナがいた。

両手いっぱいに本を抱え、春の花のように笑う。


「前回の舞踏会、素晴らしかったですね。

殿下と堂々と踊られてて…羨ましいなと思っちゃいました」


そう言って、少し恥ずかしそうに目を伏せる。


「カルミア様を見て…私も変わらなきゃって思ったんです」


大きな瞳をキラキラさせて。


「最終学年ですし、カルミア様を目標に私も頑張ってみます!」


相変わらず素直で前向きな発言。

ここは「一緒に頑張りましょう」とでも言うのが淑女の返しなのだろうけれど――


カルミアは優雅な笑みを浮かべ、声の温度をほんの少し下げて告げた。


「宣戦布告と思っておくわ」


空気が一瞬で凍る。


「そ、そんなつもりじゃ…!」


と慌てるリリアナに、私は穏やかに微笑んだ。


「ここは学園ですもの。競い合ってこそ、でしょう?」


そのまま背を向けて歩き出す。


「カルミア様、相変わらずきついわね」

「リリアナ様可哀想に」


そんな声が背中を追いかけてきた。


ええ、はい…好きに言いなさい。

足取りは崩さず、絹の裾を揺らして進む。


――リリアナのために用意された小説の世界で、主役の座を奪ってみせる。

それが――悪役令嬢カルミアとして生まれ変わった私の、最高の嫌がらせ。


(リリアナは恨むなら、神様を恨みなさい)


理由なんて単純――私がリリアナを嫌いだから。



リリアナは学園の人気者だ。

周囲の人たちも、読み手も口をそろえて言う。


「頑張り屋さんだし、応援したくなっちゃう」――と。


とある昼下がりの図書室。

リリアナのテーブルには、いつものように人だかりができていた。


「えっ、そうやって解くのですね!すごい…私もやってみますね!」

「そうそう、こうやって公式を使うと簡単だよ」

「この問題、ずっと分からなかったんです。教えてくださりありがとうございます!」


一方の私は、相変わらず山のような書物と格闘中。


――周りに恵まれていて羨ましい限りです。

(というか、図書室で喋るな!静かにしてよ!)



ある日のダンス練習場。


「うぅ…どうしよう、何度やっても上手くいかないわ」


焦りをにじませ、リリアナは足元を見つめた。

――その瞬間、光が差したように場の空気が変わる。


金の髪を揺らし、蒼の瞳をもつ青年が現れた。

レオンハルト殿下である。


「どうしたんだい?」

「ステップがうまくできなくて…少し、見ていただけますか?」


潤んだ瞳で見上げる彼女に、殿下は柔らかく微笑んだ。


「よかったら、一緒に練習しよう」

「…ありがとうございます!殿下となら、できる気がします!」


――まるで“努力するヒロイン”を描いた物語そのもの。


(これ、原作のワンシーンじゃない!)


…にしても殿下、相変わらず優しくて素敵。

さすが私の推し。


しかしリリアナよ、ダンスに限ってなぜ一人練習なのさ。

(いつものモブ達どこ行ったの)


二人から離れた場所で、私は鏡を見つめながら黙々とステップを踏む。


(せいぜい今のうちに殿下とのダンスを楽しめばいい…)

最後に、殿下の隣でドヤ顔するのは私よ!



それにしても――なぜかリリアナの周りには、いつも有能な講師と支援者が揃っている。


「魅力的な人柄が人を惹きつける」なんて言われているが、

(リリアナ、割と中身は普通の子設定なんだけど…!?)


主人公補正、酷くない?


リリアナの成績は驚くほど伸びていく。


「リリアナ頑張ってる!」

「本当にすごいね!」


そんな声が、彼女の背中を押していた。


「ありがとう…!頑張ってよかった…!」


(確かに、頑張ってはいるけど…)

――すごいのは、周囲のサポート力のほうじゃない!


リリアナはぱっと見こそ努力家。

でも私から見れば、お膳立てがなければ何もできない子。

こういうところが、嫌いなのよ――。


ふと視線を向けると、レオンハルトがリリアナに声をかけていた。


「がんばっているんだね」

「…はい。殿下にそう言っていただけるなんて、光栄です」


ああ、殿下までリリアナを褒めるのね…。

(つら…でも、その優しい眼差しは、やっぱり良き)


「相変わらずあのお二人、仲がよろしいこと」

「殿下とリリアナ嬢、お似合いね」


周囲の囁きが、耳に刺さる。

(ぐわっ…それ言わないで…)


可憐な令嬢と、美しい王太子。

誰が見ても絵になる光景だった。

――私が見ても、なお。



小説では、殿下は“頑張るリリアナ”の姿に惹かれるシーンがあった。

だからこそ私は、一人で努力を重ねてきたけれど――


卒業を前に、リリアナの名前が成績上位者の常連になっている。


このままでは、首席を彼女に攫われかねない。


(やっぱり、この“リリアナ中心の世界”で抗うことは不可能なの?)


そんな思いを抱えながら、放課後の練習室。

鏡に映る自分の姿を見つめ、ひたすらステップを確認していた。


――扉が開く音。


「…カルミア嬢は、いつも一人だな」


その声に、心臓が跳ねた。

振り向けば、そこにはレオンハルト殿下。


「人望がないだけですわ」


自嘲気味に返すと、殿下はふっと笑う。


「いや、君は違う。

人の目を気にせず、黙々と積み上げている。

僕は、それを尊敬しているよ」


…ぐはっ。たまらん。好きすぎる。


胸の鼓動を抑え、令嬢らしく微笑む。


「殿下こそ、よく周りをご覧になっていますね」

「立場上、いろんな人を見てきたからな」


その横顔がまぶしくて、胸が痛い。


「せっかくだ。練習、付き合ってくれないか?」

「わたくしと…ですか?」


思わず問い返すと、殿下は穏やかに笑った。


「君のステップは、誰よりも正確だ。――見習いたいくらいだよ」


その微笑みに、抗えるはずがなかった。

そっと手を重ねる。


(私はまだ戦える…!)


このご褒美を糧に、私は最後まで運命に抗うと決めた。



そして迎えた、卒業の日。


王城の大広間に全校生徒と来賓、王族が集う。

荘厳な空気の中、成績上位者の発表が始まった。


「―首席、カルミア・ヴァーレン!」


(…うそ。や、やったわ!)


ざわめきが広がる。


「カルミア様!?」

「リリアナ惜しかったな…」

「でも頑張ったよ!」


リリアナは唇をきゅっと結び、大きな瞳を潤ませた。


「…頑張ったのに、悔しいな…」


周囲が一斉に駆け寄り、

「リリアナ大丈夫?」

「努力してたの知ってるよ!」

と声をかける。


――まるで青春ドラマね。


冷めた目で眺めていると、レオンハルトが彼女に歩み寄るのが見えた。


「リリアナ、最後まで努力して偉いよ」

「レオンハルト殿下…」


…あ、終わった。

やっぱり殿下は、リリアナを選ぶのね。


(結局、小説通り…カルミア・ボッチ・ジ・エンドか…)


静かに息を吐き、踵を返す。

リリアナと殿下の婚約発表なんて、聞きたくなかった。


逃げるように歩き出そうとした、その時。


「―カルミア嬢」


足が止まる。

振り返ると、広間が一瞬で静まり返った。


「今年も見事だったな」


蒼の瞳が、まっすぐ私を射抜く。


「君が孤独の中で積み重ねてきた努力を、私は知っている。

誰もが易きに流れ、誰かの助けを借りる中で、君は一人立っていた」


息が詰まる。


「カルミア・ヴァーレン。

私は君を、私の隣に立つ人として迎えたい」


―ざわり、と空気が揺れた。


リリアナの方を見なくてもわかる。

あの子の世界が、音を立てて崩れていくのを感じた。


胸がじん、と熱くなる。


(ああ…もう、一生あなたのために尽くします!!)


けれど私は、顔を上げ、優雅に微笑んだ。


「―光栄です、殿下」


その手を取った瞬間、どよめきが広がる。

リリアナのすすり泣きが、微かに背をかすめた。


(リリアナ、残念だけど――あなたには殿下の隣は相応しくない)


殿下が求めているのは、助けを乞う姫ではない。

共に歩める者。


「相変わらず、君の笑みは美しいな」


もはや悪役令嬢の笑みではなかった。

それは、王太子の隣に立つ者の、凛とした微笑だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
個人で自分を高めるカルミアと周囲を頼って高めるリリアナ。 方向性が違うだけでどちらも凄いのよね。
これは小説だからだけれど、現実世界では主人公補正とかには関係なく、コミュ力が高く人柄その他能力以外の面で人望?を集める人の方が、結果的にいろいろ周囲にも都合良いし、社会的に成功するものなので、複雑な気…
殿下が優秀で恋愛脳のお花畑じゃなくて良かった良かった 為政者なら当然の判断だよねー
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