透明人間システム発表会~すべての男たちの夢~
「はい、皆さんこんにちは!本日はお忙しい中、我が社の革命的新技術の発表会にお越しいただきまして、誠にありがとうございます!」
会場がざわめく中、私は胸を張って壇上に立っている。ついにこの日が来たのだ。人類の夢、透明人間システムのお披露目である。
「ん?そこの方、簡単に女風呂がのぞけちゃうんじゃないかって?」
後列の記者が小声で隣の記者に呟いたのが聞こえた。まあ、予想通りの反応だ。
すぐそんな下衆な事ばかりを考えやがって。
この最高峰システムをなんだと思っているんだ。
「とりあえずその話の前に、このシステムの詳細を説明しましょう。」
私は軽く咳払いをして、スライドを次のページに送った。
「さて、皆さん。我々が開発した透明人間システム、正式名称**『可変視差逆投影システム』**について、詳しくご説明いたします」
「まず基本思想から!」
私はレーザーポインターを振り回しながら熱弁を振るう。
「透明人間に『見える』というのは、実際に光が身体を通り抜けているわけじゃないんです。そんな非科学的なこと、あり得ませんからね!違います。背景の光情報をリアルタイムで反対側に再現しているんです!」
「つまり?」記者の一人が手を挙げる。
「つまり!観察者の視点を基準にして映像を再構築しているんですよ。単なるスクリーン投影じゃありません。視差補正付き光学再構成です!ここ、きちんと間違わずに記事にしてくださいね」
誰もメモを取っていない。まあいい、続けよう。
「もっと分かりやすく説明しましょうか」私は手を叩いた。
「例えばですね、普通のカメラとスクリーンで透明人間を作ろうとしたらどうなると思います?」
若い記者が答えた。
「背中にカメラつけて、お腹側にスクリーンで映せばいいんじゃ...?」
「そう思うでしょう!?」
私は指を突き立てた。
「でもそれじゃダメなんです!なぜなら、あなたが右から見たときと、左から見たときで、背景の見え方が違うからです!視差ってやつですね!」
会場が少しざわついた。ようやく興味を持ち始めたようだ。
「つまり!観察者が動くたびに、その人の視点に合わせて背景映像を再計算して投影し直さないといけないんです!これが『可変視差』の部分!そして『逆投影』っていうのは、背面から受け取った光情報を、前面に向かって正確に再放射するってこと!光の経路を完全に逆算して再現するんです!」
「頭痛くなってきた...」誰かが呟いた。
「大丈夫、もっと詳しく説明しますから!」
「次に技術的構成です。ここが凄いんですよ、皆さん!全部で四つの主要システムがあります!」
私は興奮のあまり、つい唾を飛ばしてしまった。前列の記者が顔をしかめている。
【全方位量子光センサー】
「その1:全方位量子光センサー!」
私はスライドに映し出された人体図を指差した。そこには無数の小さな点が全身を覆っている。
「皮膚や衣服に埋め込まれたナノフォトンセンサーが、360度全周囲から入射する光子をリアルタイムで検知するんです!」
「どれくらいの数があるんですか?」
「いい質問ですね!」
私はニヤリと笑った。
「成人男性の体表面積は約1.8平方メートル。そこに1平方ミリメートルあたり約1000個のセンサーを配置しています。つまり...」
私は電卓を叩いた。
「約18億個です!」
会場がどよめいた。
「各センサーは光子の波長・偏光・位相情報まで記録します!赤い光が来たのか、青い光が来たのか、その光が水平に振動しているのか垂直に振動しているのか、さらには光の波の山と谷がどこにあるのかまで!」
「なんでそこまで必要なの?」
別の記者が尋ねた。
「なぜならですね!」
私はまた人差し指を立てた。
「ただの映像を映すだけじゃ、近くで見たときにバレちゃうんですよ!本物の光と同じように、干渉したり回折したりする必要があるんです!だから**"その場の光場データ"**を完全に取得する必要があるんです!」
「光場...データ?」
「そう!光が空間のどこを、どの方向に、どんな性質で飛んでいるかっていう、完全な情報のことです!これを取得することで、ただの平面映像じゃなくて、本物の立体的な光の再現ができるんです!」
私は得意げに胸を張った。
「ちなみにですね、このセンサー、1個あたりの大きさは約50ナノメートル。髪の毛の太さの1000分の1以下です!量子ドット技術とグラフェン層を組み合わせて作られていて、単一光子レベルの検出が可能なんですよ!」
「すごいのか、すごくないのか、もうわからない...」誰かが呟いた。
【視点追跡アルゴリズム】
「その2:視点追跡アルゴリズム!」
私はさらにテンションを上げる。スライドには複数の人物と、その視線を示す光線が表示されている。
「さて!18億個のセンサーで背景の光情報を取得しました!でもですね、それをどう投影すればいいのか?ここが最大の難関なんです!」
私は壇上を歩き回りながら説明を続けた。
「なぜなら、観察者がどこにいるかによって、見えるべき背景が全く違うからです!」
私は会場の右端を指差した。
「例えば、あそこの方から見たら、私の背後に映っているスクリーンが見えるはずです」
次に左端を指差す。
「でもあそこの方から見たら、私の背後には出口のドアが見えるはずです!同じ私の背中なのに、見る人によって映すべきものが違う!」
「だから」
私は両手を広げた。
「外部の観察者の位置や視線を量子レーダー、LiDAR、脳波共鳴センサーで正確にトラッキングするんです!」
「えっと...それぞれ説明してもらえます?」
メガネをかけた記者が手を挙げた。
「もちろん!」
私はスライドを切り替えた。
「まず量子レーダー!これは量子もつれを利用した超高精度レーダーです。従来のレーダーと違って、観測されにくく、かつ数センチメートル単位で対象の位置を特定できます!」
「次にLiDAR!Light Detection and Rangingの略で、レーザー光を使った距離測定システムです。これで観察者との正確な距離と、その人の体の輪郭を3Dマッピングします!自動運転車とかに使われてるやつですね!」
「そして脳波共鳴センサー!」私は声を大きくした。「これが一番ヤバいやつです!」
「ヤバい...?」
「人間の視線って、実は微弱な電磁波を発しているんですよ。脳の視覚野が活動すると、特定の周波数パターンが出るんです。それを検出することで、観察者が『今、どこを見ているか』が分かる!目の動きを追うだけじゃなくて、『見ようとしている』意図まで読み取れるんです!」
会場がざわついた。
「それって...プライバシー的にどうなの?」
「あ、大丈夫です!」
私は慌てて手を振った。
「視線方向の情報だけで、頭の中身は読み取れませんから!たぶん!おそらく!九分九厘!」
不安そうな顔が増えた気がする。
「とにかく!」
私は話を戻した。
「これら三つのセンサーを組み合わせることで、観察者の『位置』『距離』『体の向き』『視線方向』『焦点距離』まで、リアルタイムで計算できるんです!」
「これにより『その人の目に届くべき背景光』を正確に計算できる!例えば、あなたが右に10センチ動いたら、それに合わせて背景映像も10センチ分ズレて見えるように調整する!完璧な視差補正です!」
「ちょっと待って」
さっきの記者が手を挙げた。
「複数の人が同時に見たらどうなるの?みんな違う位置にいるわけでしょ?」
「最高にいい質問ですね!」
私は嬉しそうに指を鳴らした。
「複数の観察者がいる場合は、それぞれに最適化された映像を『同時に』再現します!」
「...は?」
「つまりですね」
私は両手で複雑なジェスチャーをしながら説明した。
「Aさんにはスクリーンが見えるように、Bさんにはドアが見えるように、Cさんには窓が見えるように、『全部同時に』投影するんです!」
「そんなこと可能なの?」
「可能なんです!量子干渉を利用した多重投影によって!」
私は新しいスライドを表示した。そこには複雑な波形が重なり合っている図が描かれている。
「量子レベルでは、光は波としての性質を持っています。そして波は重ね合わせることができる!つまり、Aさんに届く光波形と、Bさんに届く光波形と、Cさんに届く光波形を、数学的に計算して『全部足し合わせた』光を放射するんです!」
「...?」
「例えば」
私は手を動かしながら続けた。
「Aさんがいる方向には『赤い光を強く、青い光を弱く』放射する。Bさんがいる方向には『青い光を強く、赤い光を弱く』放射する。でも実際には、その両方の条件を満たす『複雑に変調された光』を一度に放射するんです!」
「それを可能にするのが、次に説明する皮膚状マイクロホログラムディスプレイのメタマテリアル配列なんですが...」
「もう限界...」誰かが机に突っ伏した。
「大丈夫ですか!?まだ半分も説明してないんですけど!」
【皮膚状マイクロホログラムディスプレイ】
「気を取り直して!その3:皮膚状マイクロホログラムディスプレイ!」
私は新しいスライドを表示した。そこには人間の皮膚の断面図が、恐ろしく拡大されて表示されている。
「さあ、ここからが本当に凄い部分です!センサーで情報を取得して、追跡アルゴリズムで観察者の位置を把握した。次は、その情報を使って『実際に光を放射する』段階です!」
私は図の表面部分を指差した。
「表皮はメタマテリアル配列で構成されています!」
「めた...まてりある?」
「メタマテリアルです!自然界には存在しない、人工的に設計された特殊な物質構造のことです!」
私は興奮して早口になっていく。
「具体的には、金属とセラミックの多層ナノ構造で、100ナノメートル単位の微細な格子状パターンが全身に配置されているんです!この格子の『形』『大きさ』『間隔』を変えることで、光の屈折率や反射位相を自在にコントロールできる!」
「つまり?」
「つまり!」
私は拳を握りしめた。
「普通の物質は、光が当たったら決まった方向に反射するか屈折するかしかできません。でもメタマテリアルは、『この方向から来た光は、あの方向に曲げて送り出す』っていう、自由自在な制御ができるんです!」
「そしてですね」
私は声を潜めた。
「この制御が、ピコ秒単位でできるんです」
「ぴこ...?」
「ピコ秒!1兆分の1秒です!つまり1秒間に1兆回、光の曲げ方を変えられる!」
私は両手を広げた。
「なぜそんな速度が必要かというと、観察者が動いたり、背景が変化したり、あるいは複数の観察者がいる場合、リアルタイムで最適な光の放射パターンを計算し続けなければならないからです!」
「計算...誰が?」
「もちろん!」
私は胸を張った。
「全身に埋め込まれた分散型量子プロセッサです!各センサーの近くに超小型の量子コンピュータが配置されていて、並列処理で膨大な計算を瞬時に実行します!」
「量子コンピュータって、あの研究室で冷やさないといけない巨大な...?」
「昔はね!」
私はまたまた指を立てた。
「でも我々が開発したのは室温動作型の量子ドットプロセッサ!1個あたり1マイクロメートル四方で、量子ビット数は128個!これが全身に約1億個配置されています!」
「いちおく...」
「そう!合計演算能力は、既存のスーパーコンピュータの約10万倍です!全部皮膚の下に入ってます!」
私は満足げに頷いた。
「そしてこのメタマテリアル配列は、単なる反射板じゃありません。能動的光源なんです!」
「どういうこと?」
「つまりですね」
私は図を拡大表示した。
「背後から届いた光子の情報を、前面のメタマテリアル素子が受け取ったら、その情報に基づいて『新しい光子』を生成して放射するんです!」
「コピー...?」
「正確にはコピーではなく『再構成』です!」
私は強調した。
「背面のセンサーが検出した光子の『波長』『位相』『偏光』『進行方向』といった全情報を、前面の素子が寸分違わず再現した光として放射する!」
私は手を叩いた。
「これにより、背後から届いた光が『そのまま前に通り抜けている』ように見えるんです!ただの映像を映しているんじゃなくて、**"本物そっくりの光線"**として再構築している!」
「だから何が凄いの?」
「凄いんですよ!」
私は力説した。
「例えば、背景に木があったとします。普通の映像だと、どこから見ても同じ平面的な木の絵が見えるだけ。でもこのシステムだと、右から見たら木の右側が見えて、左から見たら木の左側が見えるんです!本物の木があるのと全く同じ!」
「さらに!」
私は続けた。
「背景で何かが動いても、リアルタイムで追従します!風で木の葉が揺れたら、その揺れも完璧に再現される!影の動き、光の反射の変化、すべてが自然に馴染むんです!」
「これが、単なる『カメラ+スクリーン』方式を遥かに凌駕する、真の光学迷彩技術なんです!」
私は誇らしげに胸を張った。
「ちなみに」
私は付け加えた。
「このメタマテリアル素子、一つ一つが独立して動作できるので、部分的な破損にも強いんです。1000個くらい壊れても、他の素子が補完して動作を続けます!」
会場から感心したような声が漏れた。
【光子再構成(逆投影)】
「さあ、いよいよ最後の核心部分です!その4:光子再構成、通称『逆投影』!」
私は新しいスライドを表示した。そこには光線が体を通り抜けていく様子が、複雑な図で描かれている。
「ここまでの説明で、『センサーで背景の光を検出』『観察者の位置を追跡』『メタマテリアルで光を放射』という三つの要素が出てきました。でも、これらをどうやって統合するのか?それが『逆投影』の理論です!」
私は図の左側を指差した。
「まず、背面のセンサーが光子を検出します。例えば、背中の右上のセンサーAが『波長650ナノメートル(赤色)、位相90度、垂直偏光、斜め45度から入射』という光子を検出したとします」
次に図の中央部分を指差す。
「この情報が、全身ネットワークを通じて瞬時に共有されます。量子通信を使っているので、遅延はほぼゼロ。光速度よりも速い情報伝達が可能です!」
「量子通信って、量子もつれを使った...」
「そうです!」
私は嬉しそうに頷いた。
「EPRペアを事前に全身のセンサーに配置しておくことで、古典的な通信回線を使わずに情報を共有できるんです!厳密には情報自体は光速を超えませんが、状態の相関が瞬時に確立されるので、実質的な遅延がほぼ発生しません!」
「...もういいです、続けてください」
「はい!」
私は咳払いをした。
「そして、中央の統合プロセッサが、『センサーAで検出された光子』と『現在の観察者の位置』から、『前面のどの素子が、どんな光を放射すべきか』を計算します!」
私は図の右側を指差した。
「例えば、観察者が正面2メートルの位置にいる場合、お腹の中央やや右のメタマテリアル素子Bが、先ほどの赤色光子を『観察者の目に届くように』放射する必要があります」
「でも」
私はまたまたまた指を立てた。
「ここで重要なのは、単に『赤い光を出す』だけじゃダメなんです!」
「なぜ?」
「なぜなら!」
私は声を大きくした。
「光には『位相』という概念があるからです!」
私は波形の図を表示した。
「光は波です。山があって谷がある。この山と谷の位置関係が『位相』です。そして、観察者の目に届く光が『本物の背景から届く光』と全く同じ位相を持っていないと、干渉が起きて不自然になるんです!」
「つまり」
私は図を指差しながら説明した。
「背面で検出した光子の位相が90度だったとして、それがメタマテリアル素子で再放射されて観察者の目に届くまでの『経路の長さ』を計算し、その経路を通過する間に位相がどれだけ変化するかを予測して、『観察者の目に届いた時に、元の位相になるように』調整して放射する必要があるんです!」
「頭がパンクしそう...」
「大丈夫、もう少しです!」
私は励ました。
「この一連の処理を**『可変視差逆投影』**と呼びます!」
私は両手を広げて説明した。
「『可変視差』の部分は、観察者の位置が変わるたびに、見えるべき背景が変わるから、それに合わせて投影内容を変える、という意味!」
「『逆投影』の部分は、背面で受け取った光の情報を、光が辿ってきた経路を逆算して、前面から正しい方向・正しい位相で再放射する、という意味!」
「そしてこの処理が、複数の観察者がいても、背景が動的に変化しても、照明条件が変わっても、常にリアルタイムで実行され続けるんです!」
私は拳を握りしめた。
「これにより、従来の『カメラで撮影した背景映像を、スクリーンに表示する』という原始的な方式を完全に超越した、真の光学的透明化が実現するんです!」
私は満足げに頷いた。
「カメラ+スクリーン方式だと、観察者が横に動いたら不自然に見えます。でもこのシステムなら、どこから見ても完璧!上から見ても、下から見ても、斜めから見ても、ぐるっと周りを回っても、常に正しい背景が見える!」
「それって...」
メガネの記者が手を挙げた。
「本当に透明になっているのと、何か違いがあるんですか?」
「いい質問です!」
私は微笑んだ。
「物理的には違います。光は実際には体を通り抜けていません。でも、観察者にとっては『区別が不可能』なんです!光学的には完全に等価!量子レベルでも区別がつきません!」
私は胸を張った。
「つまり、これは透明人間ではなく『透明人間と区別できない状態を作り出すシステム』なんです!でも、結果は同じ!完璧な透明化です!」
【未来的拡張要素】
「そして!」
私は最後のスライドを表示した。
「さらなる未来的拡張要素があります!」
「まだあるの...」誰かが呻いた。
「あります!あと少しです!頑張ってください!」
私は項目を一つずつ指差していった。
「拡張その1:量子ホログラフィー!」
「先ほど説明した多重投影を、さらに高度化したものです!量子もつれ状態にある光子ペアを使うことで、観察者ごとに完全に独立した『並行光場』を生成できます!」
「並行...光場?」
「そう!」
私は興奮気味に説明した。
「通常の多重投影だと、どうしても複数の観察者向けの光が『混ざって』しまいます。でも量子ホログラフィーを使うと、Aさん向けの光はAさんにしか見えず、Bさん向けの光はBさんにしか見えない、という状態が作れるんです!」
「それって...どういう原理?」
「量子もつれです!」
私は即答した。
「事前に各観察者の網膜に、ナノスケールの量子レシーバーを...」
「ちょっと待て」
記者が立ち上がった。
「観察者の網膜に何か入れるの!?」
「あ、いえ、これはオプションです!オプション!」
私は慌てて手を振った。
「無くても動作します!でもあると、もっと精度が上がるんです!」
「そんなもん一般人が網膜に入れても何の得もないだろ!」
「はい...ないですね」
私は気を取り直して続けた。
「拡張その2:フェムト秒反応!」
「処理速度の話です!現在のシステムでは、光子の検出から再放射までの遅延が約100ピコ秒。つまり10兆分の1秒です。でも、我々は次世代システムでこれをフェムト秒オーダー、つまり1000兆分の1秒まで短縮することを目指しています!」
「そんなに速くする必要ある?」
「あります!」
私は力説した。
「なぜなら、光自体が1フェムト秒で0.3マイクロメートル進むからです!超高速で動くものを透明化する場合や、量子レベルの精密観測を欺く場合に必要なんです!」
「誰がそんなもの透明化するの...」
「まあ、軍事用途とかですね」私は小声で言った。
「拡張その3:自律学習補正!」
「このシステムには、ディープラーニングベースのAIが搭載されています!環境の光場パターンを常に学習し続けて、次のフレームを予測するんです!」
「予測...?」
「そう!」
私は頷いた。
「例えば、木の葉が風で揺れているとき、その動きのパターンをAIが学習すれば、『次の瞬間、葉がどう動くか』を予測できます。そうすれば、実際にセンサーが光子を検出する前に、投影を準備できる!」
「つまり、遅延をゼロどころか『マイナス』にできるんです!未来予測光学迷彩!」
「それって...予測が外れたら?」
「その時は瞬時に修正します!」
私は明るく答えた。
「AIは過ちから学びますから!」
不安そうな顔が増えた。
「拡張その4:熱・赤外線対応!」
「このシステムは可視光だけでなく、赤外線や紫外線にも対応しています!」
私は新しい図を表示した。
「人間の目は可視光しか見えませんが、軍事用のサーマルカメラは赤外線を、一部の動物は紫外線を見ることができます。そこで、我々のシステムは波長300ナノメートルから3マイクロメートルまで、つまり紫外線から中赤外線まで完全にカバーします!」
「どうやって?」
「センサーを多層化しています!」
私は説明した。
「表面層は紫外線、第二層は可視光、第三層は近赤外、第四層は中赤外を担当。そしてメタマテリアルも周波数ごとに最適化された構造を持っています!」
「つまり、サーマルカメラで見ても透明!暗視スコープで見ても透明!紫外線カメラで見ても透明!完璧です!」
私は誇らしげに胸を張った。
「特に熱対策が難しかったんですよ。人間の体温は約36度。これが赤外線として放射されるのを隠さないといけない。そこで我々は能動的熱偽装システムを開発しました!」
「のうどうてき...?」
「つまり!」
私は図を指差した。
「背景の温度分布をサーマルセンサーで測定して、それと同じ温度パターンを体表面に再現するんです!」
「体の温度を変えるの!?」
「表面だけです!」
私は訂正した。
「メタマテリアル層の最外層に、ペルチェ素子を組み込んであるんです。電流を流すと冷えたり暖まったりする素子ですね。これを何百万個も並べて、表面温度を局所的に制御します!」
「例えば」
私は説明を続けた。
「背景が冷たい壁なら、体表面を20度くらいに冷やす。背景が暖かい窓なら、体表面を30度くらいに暖める。これをリアルタイムで、ミリメートル単位の精度で制御するんです!」
「それって...体に悪くない?」
「大丈夫です!」
私は笑顔で答えた。
「表面から1ミリメートル下には断熱層があって、体内の温度は常に正常に保たれます!ただ皮膚がちょっとヒリヒリするかもしれませんが!」
「ダメじゃん!」
「個人差があります!」
私は付け加えた。「テストでは、被験者の87%が『我慢できる範囲』と回答しています!」
「残りの13%は?」
「...気絶しました」
会場がざわついた。
「でも!」私は声を大きくした。「次のバージョンでは改善します!約束します!」
「というわけで」
私は深呼吸した。
「これが我々の『可変視差逆投影システム』の全容です!人類史上最高峰の科学技術の結晶!量子力学、光学工学、材料工学、情報工学のすべてを結集した、究極の透明化システムです!」
私は両手を広げて叫んだ。
「質問はありますか!?」
沈黙。
そして、一人の記者が恐る恐る手を挙げた。
「それで...女風呂の話は?」
「ああ、そうでした」
私は少し顔を曇らせて、スライドを最後のページに送った。
そこには大きく赤字で書かれていた。
【防水機能未実装】
会場がざわついた。
「というわけで」
私は咳払いをした。
「このシステムには、量子コンピュータ、メタマテリアル、フェムト秒反応、多重投影、熱偽装など、最高科学技術が詰め込まれているんですけどね」
私は小さな声で続けた。
「防水機能を...外しております」
会場のざわめきが大きくなった。
「外した?...」
「いや、正確には」
私は訂正した。
「防水膜を追加すると、光の透過率が0.3%低下することが判明しまして。完璧な透明化のためには、その0.3%が許容できなかったんです」
「たった0.3%のために!?」
「科学者として妥協はできません!」私は胸を張った。「0.3%でも透過率が下がれば、完璧ではない!」
「で、結果どうなるの?」
「メタマテリアル配列が水分子と反応します」私は説明した。「具体的には、湿度95%以上の環境、例えば...」
私はゆっくりと言った。
「女風呂とか、サウナとか、そういう高湿度環境では」
沈黙。
「システムが完全停止します。約30秒で」
「停止...って?」
「透明化が解除されます」
私は淡々と説明した。
「メタマテリアルが水分子で飽和すると、電気的短絡が発生して、全システムがシャットダウン。しかも」
私は申し訳なさそうに続けた。
「システムシャットダウン時に、メタマテリアルから微弱な発光が発生するんです。青白く光ります。暗い浴室だと結構目立ちます」
「さらに」
私は小声で付け加えた。
「緊急停止アラームが鳴ります。『ピーピーピー、システム異常』って。音量は80デシベル。結構うるさいです」
「加えて」
私はさらに小さな声で言った。
「システム再起動のため、約30秒、装着者は身動きが取れません。筋肉が硬直します」
会場が静まり返った。
しかし、その静寂は一瞬だった。
「は!?」
最前列の記者が立ち上がった。
「ちょっと待て!女風呂が覗けなかったら、こんなシステムなんてクソ装置だろうが!」
「え...」
「なんの意味があるんだよ!」別の記者も立ち上がった。「80億円かけて!?」
「いや、でも」私は慌てて弁明しようとした。「軍事用途とか、災害救助とか...」
「そんなもん誰が使うんだよ!」後列から野太い声が飛んだ。
「女風呂覗けねえ透明人間なんて!」
「意味ねえだろ!」
「何のために作ったんだよ!」
「80億円の無駄!」
会場がどんどんヒートアップしていく。
「使えねえ機械だな!」誰かが叫んだ。
「そうだそうだ!」
「量子コンピュータが1億個?知るか!」
「18億個のセンサー?だから何だ!」
「フェムト秒反応?いらねえよ!」
「女風呂覗けねえなら全部無駄じゃねえか!」
私は壇上で小さくなっていた。
「で、でも」
私は震える声で言った。
「倫理的に問題があるシステムを...」
「倫理的に問題があるなら、最初から作るな!」
最前列の記者が怒鳴った。
「80億円かけて、誰も幸せにならないシステム作りやがって!」
「そうだそうだ!」
「しかもだ!」
中年の記者が憤慨した。
「女風呂入ろうとしたら、光って、アラーム鳴って、動けなくなるって!?」
「完全に捕まるじゃねえか!」
「自動逮捕システムかよ!」
「80億円かけて何作ってんだ!」
「いいか!」
年配の記者が立ち上がった。
「人類が透明人間を夢見てきたのは、いつの時代もただ一つの理由だ!」
彼は指を天に突き立てた。
「女風呂を覗くためだ!」
「そうだああああ!」
会場が一斉に叫んだ。
「H・G・ウェルズの小説だって!」
「映画『透明人間』だって!」
「日本の特撮だって!」
「みんな絶対そういうこと考えてただろ!」
「違います!」
私は必死に反論した。
「あれらは科学的探求心や、社会風刺や...」
「建前だ!」複数の声が重なった。
「本音は女風呂だ!」
「それが人類の本質だ!」
「嘘をつくな!」
私は後ずさりした。
「女風呂が覗けない透明人間なんて!」
「透明人間じゃねえ!」
「ただの高価な雨ガッパだ!」
「雨ガッパ以下だ!防水できねえんだから!」
「クソ装置!」
「使えねえ機械!」
「80億の無駄!」
怒号が飛び交う。
椅子が倒れる音。
私はもう何も言えなかった。
「いいか、よく聞け」
最前列の記者が言い放った。
「人類が何千年も夢見てきた透明人間。お前らはそれを、史上最高の科学技術で実現した。それは認めよう」
彼は一呼吸置いた。
「だが、女風呂が覗けない」
「そんなもん、誰が欲しがるんだ」
沈黙。
「そういった民意であれば...誰も...欲しがらないでしょうね...」
私は小さく呟いた。
「だろうな!」若い記者が叫んだ。
「じゃあ何のために作ったんだよ!」
「使えねえ!」
「クソ装置だ!」
「女風呂覗けねえ透明人間なんていらねえ!」
罵倒の嵐。
私はただ、壇上に立ち尽くし、頭を下げ続けた。
会場は完全に暴動状態だった。
「80億円返せ!」
「無能!」
「女風呂覗けねえのに何が透明人間だ!」
「クソ装置!クソ装置!」
その叫び声が、会場中に響き渡った。
記者たちが、怒りながら会場から出て行き始めた。
「じゃあな、無能」
「80億円の無駄遣い」
「女風呂覗けねえクソ装置」
「量子コンピュータが泣いてるぞ」
「使えねえ機械」
一人、また一人と、罵倒を残して去っていく。
最後に、老記者が振り返って言った。
「お前らが作ったのは、透明人間じゃない」
彼は冷たく言い放った。
「女風呂で光る、80億円のゴミだ」
そう言って、彼も会場を後にした。
会場には、私一人が残された。
がらんとした会場。
倒れた椅子。
散乱した資料。
そして、スクリーンに映し出されたままの図。
【防水機能未実装】
私はその場に座り込んだ。
「女風呂が...覗けない...か」
私は虚ろな目で呟いた。
「いや...確かに誰も欲しがらないかもしれないな...」
80億円。
3年間。
量子コンピュータ1億個。
センサー18億個。
メタマテリアル。
フェムト秒反応。
すべてが、無意味だった。
「クソ装置...か」
私は力なく笑った。
「その通りだ」
人類の夢、透明人間。
革命的な新技術を惜しまずに詰め込んだ『可変視差逆投影システム』
それは、女風呂が覗けない、ただのクソ装置だった。