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ビギナーズラック

 

 わたしは論理的思考が苦手で、数学も物理も化学も大嫌いだった。自分には左脳がないと思っていた。

 その代わり、芸術性と直感を司る右脳は異常に発達していると確信していた。本を読んだり、文章を書いたり、絵画を見たりすることが大好きで、何時間でも没頭することができた。特に文章を書くことには自信があったので、迷わず文学部を選び、本格的に小説を書き始めた。

 すると、大学3年生の時に幸運が訪れた。文芸誌の新人賞を受賞することができたのだ。天にも昇るような気持ちになったが、そのことを知った父は自ら妹を仕事場に連れて行き、その覚悟を確かめた上で親子の関係は一切忘れるようにと告げたらしい。自分のことを棟梁と呼ぶようにと言ったそうだ。


 妹は高校を卒業すると同時に宮大工の道に入った。そこには厳しい修業が待っていたはずだが、嬉々としてこなしていったようだ。持ち前の器用な手先と寝食を忘れるほどの努力によってどんどん腕を上げていったらしい。わたしが新人賞受賞とマスコミの取材に浮かれていた時、妹は地道な努力を積み重ねていたのだ。


 東京で小説家の道へ進んだわたしと京都で宮大工の道に進んだ妹が交わる時があるのだろうか?


 当時はぼんやりとそんなことを考えることもあったが、ほとんどの場合、意識は自分だけに向いていた。


        * 


 文芸誌の新人賞を受賞して作家としてデビューを果たしたわたしは、新人としてはそこそこの売上を記録したことに浮かれていた。それだけでなく、他の文芸誌からも原稿の依頼が来て、いくつかの連載が始まるという幸運に恵まれた。更に、小説だけでなくエッセイや作詞の依頼まで来るようになった。

 それでも、思い描いていた贅沢(ぜいたく)な暮らしができるほどの印税収入はなく、プロの作家として生活していくことが容易ではないことも実感した。


 そんな時、ある本に出合った。『作家の投資術』という本だった。それは、権威のある文学賞を受賞して華々しい活躍をした作家が書いた本だった。彼は受賞当初は大きな注目を集め、受賞作品はもちろんのこと過去の出版本も売上部数を伸ばしていった。

 しかし、それがいつまでも続くことはなかった。次第に本が売れなくなると、将来に不安を持ち始めた。その時、考えたのが株式投資によって生活を支えるということだった。


『作家に生活保障はありません。原稿依頼がいつ来なくなるかもわかりません。ですので、作家としての収入が途絶えた時のために保険を掛けておくことが必要なのです』


 わたしはこの個所を何度も読み返した。そしてその度に、確かにその通りだと意を強くした。作家にはなんの生活保障もないし、常に仕事があるとは限らない。だから、今のうちに副収入の道を見つけておかなければならない。わたしはその本を熟読し、更に、株式投資について書かれた本や雑誌、会社四季報などを読み込んだ。そして、手数料が一番安いネット証券を選んで、株式投資に着手した。


 初めて買った株は配当が5パーセントの自動車株だった。100万円分買った。1年後には5万円の配当が入る。金利がほぼゼロの状態になっている今、5パーセントは夢のような利率だ。


 しかし、よく考えてみると、5万円では生活の足しにはならない。といって、売却益は余り期待できない。この会社は値動きが少ないのだ。そこで、配当だけで生活するためにはどのくらいの株を買わなければならないのだろうかと考えてみた。

 すると、1億円という試算結果が出た。それだけ投資すれば配当が年間で500万円になり、2割の税金を引かれても400万円が手元に残る。月に換算すると33万円だ。これでやっと普通に生活できることになる。

 とはいっても、1億円という金に縁があるはずはない。その十分の一も手元にはないのだ。考えることさえバカバカしくなった。配当重視はきっぱりと頭から消し、値動き重視に切り替えた。


 狙いを付けたのは機械翻訳(ほんやく)の会社だった。AIを駆使して英語など主要外国語の自動翻訳精度を飛躍的に高めた製品の開発に成功していた。ビジネスの国際化、訪日外国人の増加、人手不足などの環境を考えると、かなり有望だと思った。


 行動あるのみ!


 即、100万円分買って、値動きを毎日チェックした。


        *


 1か月後、四半期決算の発表があった。新製品の売上が絶好調で大幅な増収増益だった。あれよあれよという間に株価は40パーセントも上昇して、140万円になった。


 躊躇(ためわ)わず売った。

 儲けは40万円。

 税引後でも32万円だ。

 パソコン画面でその金額を確認した時は異様なくらい興奮した。1か月で32パーセントの儲けなのだ。年率にすると384パーセントになる。


 ワォ! なんてことだ。

 やめられない、とまらない♪


 わたしは天にも昇るような心地になった。



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