どうしても欲しかったもの
入社して初めての給料日がやって来た。
人生初めての給料だ。
小説家の時は印税収入や原稿料が主で、給料というものを受け取ったことがない。
ちょっとワクワクした。
給料袋を開けると、横長の紙が出てきた。給与明細だった。支給額は19万8千円。
その横に控除の欄があった。健康保険や厚生年金、雇用保険、そして、所得税や住民税といった項目が印刷されている。控除合計は約4万円。なので、手取り金額は16万円弱。この金額が銀行口座に振り込まれているらしい。
昼休みに銀行のATMで確認したが、記帳されたページを見てちょっと感動した。
すると、やり直しという言葉が浮かんできた。地に足を付けて着実にやらねばならないという気持ちが沸き起こってきた。そのせいか、1万円札を手にした時、今までに味わったことのない重みを感じた。と共に、東京落ちした時の惨めさと美顔の社長の苦労話が脳裏に浮かんだ。1円を得ることの大変さをしみじみと感じた。大切に使わなければならないと心からそう思った。
大事な大事な1万円を財布に仕舞ったが、その使い道はもう決めていた。それが頭に浮かぶと、思わず頬が緩んだ。
終業時間が待ちきれなかった。時計の針が進むのが遅く感じたほどだった。それでもなんとか定時になったので、誰よりも早く会社を出て、家電量販店へ向かった。
*
店に入って向かったのは調理コーナーだった。目の前にはどうしても買いたいものが並んでいた。どれにしようかとあれこれ見てから、カタログに書いてある機能などを参考にして、予算内で買える商品を比較した。
かなり迷ったが、シンプルなデザインと上品な色合いのものに惹かれた。税込み9,980円だった。
それを抱えて、いつも買い物に行く近所のスーパーへ寄り、お米2キロと真っ赤な梅干1パックを買って、急いで家に帰った。
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梱包を開けて、商品を取り出した。
色は上品なブラウンで、重さは約3キロ。
付属品として、計量カップと、しゃもじ、そして、しゃもじ受けがついていた。
そう、どうしても買いたかったものは、炊飯器だった。家でおいしいご飯が食べたかったのだ。
差し込みプラグをコンセントに挿すと、液晶画面が光って表示が点滅したので、時刻を合わせた。それから炊飯器の鍋を取り出して、計量カップ3杯分のコメを入れ、たっぷりの水を張って、手早く洗い、すすいだ。それを3回繰り返して水加減を調整し、おいしく炊けますように、と願いを込めて蓋を閉めて、メニューボタンを押し、白米急速を選んだ。
炊き上がるまでの時間を利用して顔を洗い、水に濡らしたタオルを絞って、髪と体を拭いた。
さっぱりとしたところで、茶碗と箸と梅干をちゃぶ台の上に置いた。そして、ご飯が炊きあがると、すぐにほぐして、少し蒸らした。
茶碗にご飯を盛って、鼻に近づけると、甘い匂いがした。ゆっくり口に入れると、甘い味がした。
炊き立てのご飯って、こんなに甘かったんだ!
ちょっと感動したが、待ちきれなくなって、ご飯の上にシソを乗せて、一緒に食べた。すると、爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。
おいしい!
なんとも言えない気持ちになって、すぐに真っ赤な梅干に箸を伸ばして、ご飯の上に乗せると、口の中が唾液で満たされた。たまらず梅干だけを口に入れ、尖がりで舌を傷つけないように気をつけながら種を出して、ご飯を口に入れた。
すっぱい。
でも旨い。
梅干とご飯のコラボレーション。
最高のマリアージュ。
あ~幸せ。
梅干とシソだけで3合のご飯を平らげてしまった。
ごちそうさまでした。




