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ハローワーク

 

 コンビニを出て、ハローワークに行った。

 初めてだと告げると、求職申込み手続きが必要と言われた。

 パソコンに向かって入力を始めたが、希望する仕事や収入を入力する欄で手が止まった。希望する仕事も自分ができる仕事も思い浮かばないのだ。キーボードに手を置いたまま時間だけが過ぎていった。


「どうしました? 何かお手伝いしましょうか?」


 白髪交じりの男性が声をかけてきた。自分の父親ほどの年齢だろうか? 目じりに皺を寄せて優しく笑っていた。自分ができる仕事が思い浮かばないことを話すと、彼は相談窓口へ連れて行ってくれた。


「お困りの方がいらっしゃいますので相談に乗ってあげてください」


 女性相談員は頷いたあと、わたしが入力した情報を検索した。


「仕事をされたことはないのですね?」


 頷きを返した。小説家だったことは職歴欄に入力しなかった。


「それから、運転免許とかなんらかの資格も持っていらっしゃらないということで間違いないですか?」


 その通りなので頷くと、「そうですか……」と相談員の眉間に皺が寄ったように見えた。それでも、すぐに表情が柔らかくなって、視線をこちらに向けた。


「得意なこと、自信のあることを教えてください」


 それはとても簡単な質問のようだったが、その答えは咄嗟(とっさ)に思いつかなかった。小さな声で「特に自信のあることは……ありません」と返すしかなかった。

 すると、相談員は困惑したような表情になったが、すぐにまた柔らかな表情に戻って、「誰にでも何か得意なことがあると思いますよ。得意なことではなくても、好きな事でもいいんです。体を動かすことが好きとか、考えることが好きとか、絵を描くことが好きとか、字を書くことが好きとか、何かありませんか?」と小学生にも理解できるように言ってくれた。


「字を書くことなら……、文章を書くことは好きです」


「良かった」


 ホッとしたような表情になった彼女はパソコンに向き合った。


 しばらく検索したあと、わたしに向き直って、「ライターの仕事はどうですか?」と訊いてきた。

 思わず「ライター、ですか?」とオウム返しをすると、「そうです。ある出版社がライターの募集をしています。詳細をプリントアウトしますからあちらで読んでみてください」と無人のテーブルを指差した。


 プリントアウトを受け取って、椅子に座り、しっかり読んだ。見落としがないように、もう1回読んだ。


 大阪にある小さな出版社がライターを1名募集していると記されていた。仕事の内容は会社案内のパンフレットを作成するための取材と執筆、構成・編集だった。契約社員としての採用で、契約期間は1年間、次年度延長あり、と書かれていた。月給は19万8千円。週給2日制で、夏休みと年末年始休暇が各3日あった。


 もう一度読み返して、できそうかどうか判断して、窓口へ戻った。


「興味があります。できるかも知れません」


 すると、相談員が嬉しそうに頷いてくれて、「固定給でライター募集があるのはとても珍しいのですよ。ほとんどは原稿1本書いて何千円、半日拘束の取材で何千円、という募集です」と言ってから、「話を進めますね」と微笑んだ。


        *


 翌日の昼前にハローワークから連絡が来た。面接を受けられるという。日時を紙に書き留めて、丁寧にお礼を言った。


 電話が終わると、一気に力が抜けた。ホッとしたというよりもなんとか首の皮が繋がったという気持ちの方が強かった。思わず首に右手を持っていった。



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