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2、灯を喰う

 月が姿を潜めた頃、ガード下。


 お天道様は全てを見ているらしい。見透かしているとも聞いた。


 ならば今こうして獲物を見つけた虎のように息を潜ませ、刃物を手元に忍ばせていることも、お見通しなのだろう。


 地面を踏み、足音が響かぬようつま先へ神経を注ぐ。忍びのように的へ向けて走った。

 瞳が狙いどころにピントを合わせる。


 無防備な首すじへ冷酷な切先が線を描いて達する。力を込めて肉を掘る。描いた線と同じ方向に赤が流れた。


 金属臭が鼻を刺す。男はわめきながら自分の顔を拝もうと目を向ける。左肘で顔を突く。ゴリッと骨が呻き、男は鼻から血を噴出した。


 相手の体制が砕け、地面に身体を打つ。無防備になった腹を踏みつけ、喉を裂いた。


 膝をついて男の上にまたがり、祈るように手を合わせ、腕を高くあげる。狙う場所はただ一つ。男の瞳はうるんでいた。神をみるように自分を見ていた。


 この瞬間が、俺はその目が、一番嫌いだ。


 ナイフを突き立てられた体は、空になったようだった。じわりじわりと血の海が広がっていく。


 男の体から離れフードを外した。大げさに吐いた息は、先ほどと同じく瞬時に凍って闇に消えた。


「終わった……?」

「おう。もう来ていいぞ」


 ナオが不安げな顔で近づいてくる。男の近くによると彼女は手を合わせた。ごめんねと呟く。

 単語は誰にも拾われることなくポトリと落ちる。


「さあ後は煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」


 一拍おいて頷いた。


 袖口から華奢な指が伸びる。彼女は両手を亡骸の上にかざす。瞼を閉じ、蚊の鳴くような声で(まじな)いを唱える。


 すると空っぽのはずの身体から、灰に濁った球体のようなものが出てきた。裸電球のよう、青白く光を放っている。


 両手で優しく包むと、ナオはそれを飲み込んだ。


 最初、ナオの頬は発光する魂によって透けた橙をしていた。頬を抜け、嚥下し、腹の底へと向かっていくと灯は見えなくなる。


 腹が膨れた彼女の顔は、恍惚としてどこか艶かしかった。普段の生意気な態度とは打って変わる。頬を染め目元を垂らし、どこを見るかもわからない蕩けた顔。


 人の魂の味はわからない。が、あどけない少女がそのような顔をするのだから、きっと自分が食べるような機会が来れば、手洗い回数は今よりもっと増えることだろう。


 おい、と呼びかける。

 月が雲間から顔を出して、ナオと自分を照らし出す。先のプリンよりも甘そうな声で彼女は返答した。


「帰るぞ」

「ん……もうちょっと」

「あのなぁ、バレるぞ」

「浸っていたいの」


(生者の驕りタイムかよ)


 またいつものが始まった。


 正直この時間が来るのが面倒であった。誰かに見られでもしたら、自分たちの関係は終わる。逮捕されれば、余罪やらなんやらが世間様に明るみとなり、社会に居場所を追放されるだろう。


 小説なんて読まずとも、いとも簡単に追放系の主人公になれるのだ。

 別にそうなるのは時間の問題でもあるだろうが、今来てほしくはない。


 立ちっぱなしの彼女の腕を引いて、木陰へといく。ナオはまだ頬を抑え続け、その生の余韻に浸っている。自分とナオの影がコンクリートから、青い芝生に映される。木の下にいくと大きな影に喰われて消えた。


 彼の生がどこまでの人生を描き、どのような人生であったのか。その半生を彼女は今、自身の魂と体とともに味わっている。


 食事とは、どんな生物にも平等にあり、どんな生き方、どんな食べ物を食そうとも、邪魔をすることは許されない。

 血生臭がろうと生を繋げる、大事な経験であり儀式であるのだから。


 木の根元に腰を据える。ナオは立ちっぱなしで動く気配はない。ため息をついて立ち上がり、両肩を無理やり押して座らせた。


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