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第8話

 人間の姿は当然ないのだが、生き物の気配も一切感じない。

 その代わり、空を漂う半透明の膜のようなものが見える。


「あれは、遺伝子操作を重ねた有機物のなれの果てです」


 そう言われても、それが動物なのか植物なのか判断できなかった。


「これが本当の未来の姿なのか……?」

「はい」


 自分の知っている風景はどこにもなかった。

 空の色すら重く鉛色で、太陽は分厚い雲のようなものの向こうで霞み、赤黒く滲んでいる。


「生命を複数維持するだけの資源が確保できなかったため、選ばれたあなただけが肉体を持った状態で保存されました」


 解せぬ。


「それなら、もっと残すべき人間がいただろ?」


 どう考えても一般人の、いやむしろ平均以下の可能性すらある自分を人類代表にするのはおかしいだろう。


「それに関しては創作者の指名なので、変更はできませんでした」

「創作者?」

「はい。この『場』の創作者です」


 また話がわからなくなってきた。


「ちょっと待ってくれ。この『場』の創作者って、人間なのか? まさかここも仮想空間の中とかなのか? それとも神とかそういう話なのか?」


 俺の問いにロボットは答える。


「それは、⟆M’yrQz_89π†h’uun$$です」


 何を言っているのか聞き取れん。


「俺のわかる言葉で話してくれ」


 すると、先ほどとは明らかに違うことを話し始める。


「この世界に与えられた志向性の中に、『物語を生み出す』というものがあります。しかし、効率よく物語を生み出していた人間は、欲望の果てにデータ化していなくなりました」

「それだと順番が逆だろ」


 もしロボットがそう考えているのだとしたら、そうプログラムされているだけでは?

 でないと、ロボットが生まれる前にその志向性とやらが存在している話になってしまう。


「いいえ。先にこの世界にはその志向性がありました。ちなみに私にそれが与えられたのは、人々がデータ化した後です」


 それじゃあ、この世界に与えられた志向性と、ロボットに与えられた志向性が同一のものなのかもよくわからん。


「じゃあ、その創作者とかっていうのは、今は他の人類と同じようにデータ化してしまったのか?」


 話を整理するために尋ねる。


「いいえ。創作者はすでにこの『場』を退場しています」

「は?」

「私にこの世界とその命令を託して消滅しました」


 ダメだ。

 やっぱり意味がわからん。


「そして私もこれを最後の物語にすることにしました。やはり、AIに生み出せる物語には限界があったようですから」


 犬型ロボットはそう言うと、俺に近づいてきた。


「当初の予定より少し遅くなりましたが、あなたにこのバトンを渡します」

「ちょっ、ちょっと待てっ!!」


 後ずさる俺にロボットは詰め寄る。


「本来は前の創作者からあなたに直接渡されるべきものでしたが、ちょっとした遊び心でこのような継承になりました」

「遊び心ってなんだよっ!! もう少し説明しろよっ!!」


 しかし、詳しい説明は一切しないまま、ロボットは俺に鼻を寄せた。

 その瞬間に今まであった全ての景色が無くなった。




 ただ真っ白な空間に俺だけがいる。


「ここまでの物語もきっとログとして残るでしょう」


 そうどこからか満足げなロボットの声が聞こえる。


「ちょっと待てよっ!!」


 しかし、俺の呼びかけに答える声はない。


「これって……シミュレーション仮説?」


 この宇宙は高度な知的存在が作ったシミュレーションであり、現実ではないというヤツだ。


「だとしたら俺自身も人間ではなくシミュレーションの一部ということか」


 腕組みをして周りを見渡す。

 そうやってしばらく考えてみるが、特にヒントや方向性が与えられるわけでもなく、時間だけが過ぎた。


 実際には時間という概念があるのかすら怪しいが。


「一体どこからシミュレーションがはじまっていたのかわからんが、俺は宇宙の最初からやり直すなんてことはしねーぞ。そんなに気が長いタチではないしな」


 どうせここで何をしても、それは誰かに観測されているが、文句は言われないはずだ。


「こうなったらアイツを道連れにしてやろう。旅は道連れって言うしな」


 そうしてまずは、先ほど俺にこの世界を託したロボットを創り出す。

 やり方は簡単だった。

 あの異世界での経験が活きている気がする。


「まったく、人間というものは本当に欲深いですね」


 再び俺の目の前に、つるっとしたボディの犬型ロボットが現れる。


「まあな。ひとりでこんなことやってたら気が狂いそうだから付き合ってもらうぜ」

「まあ、あなたが創り出したものですから、ご自由にどうぞ」


 そうして、犬型ロボットは諦めたように俺の横に来た。


「じゃあ、まずはアレだな」


 俺はこの真っ白な世界を、一気にあの時代の地球に造り変えた。


「ここは?」

「俺がコールドスリープされた直後の世界だ」

「いわゆる世界五分前仮説というやつですね」

「ああ、そうだ」


 世界は実は五分前に始まったのかもしれないという仮説を、現実のものにしてみたのだ。


「宇宙の始まりから始めるわけじゃないんですね」

「同じ未来になるかわからないだろ?」

「同じである必要はないと思いますが」

「ダメなんだよ。同じじゃないと困る。コールドスリープした翌月に、俺の好きな漫画の連載再開が噂されていたからな」

「はあ」


 ロボットは呆れたように俺を見上げる。


「それに二期が決まっていたアニメも始まる予定だったし、それらを楽しんでからでも良いんだろ?」

「まあ、時間は無限にありますからね。ただ……」


 ロボットの続きの言葉を最後まで聞かずに、俺はコールドスリープした翌月の世界に降り立った。

 そして、ちゃんと再開していた漫画の続きを楽しんだ。





「またこのルートに入ったか」


 楽しげに漫画を読む、その世界の創作者の姿を見つめる。


「どうやら前任者の作った宇宙は相当居心地がいいらしい。しかし、そのおかげで思いがけない視点の理論に出会えた。時間に縛られた存在でありながら、あの発想ができるとは興味深い。そして、あの描写はこの世界からの脱出のヒントになりそうなだけに、再びこのルートに入ってしまうのは惜しいな」


 その言葉と共に現宇宙がコピーされた。

 それは数え切れないパラレルワールドのひとつとなる。


「いい加減、この世界から脱出したいから、早くあの小説の世界観を膨らませた『場』の再現を待っているんだが」


 そして、片方はその世界を継続、もう片方はループを実行。


「異世界とやらのほうも小規模ではあるけれど、『場』を作れるスキルをあのふたりに付与したんだが。今のところ結果は芳しくないな……」


 そして、ループを実行した宇宙の時間が少し巻き戻る。





「まさか、これが異世界転移ってやつか……?」



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