第7話
目の前のロボットは、人間がデータ化した後も新たな物語を数々生み出したという。
それをデータ化した人間に与えてみるものの、まったく見向きもされなかったらしい。
「そりゃーそうだろ。最適化されている状態の人間は、そんな押し付けがましい物語は不要だろうよ」
想像の範疇ではあるが、肉体もなく快適な精神状態を保ち続けているのが本当なら、それはぬるま湯にずっと浸かって何も考えずに、ただ幸福感に満たされて漂っているだけな気がする。
そこに突然、肉体があった頃の物語なんて押し付けられたところで理解さえできないのではないだろうか。
「あなたの言う通り、新人類にはもう物語で何か思う力はありませんでした」
「だろうな」
「しかし、良質な物語を求めているのです」
「読む人間もいないのにか?」
「はい」
誰のために物語を用意し続けているのかわからない。
「それで、お前が物語を求めているのと、俺に対する実験はどう関連があるんだよ?」
「それは、面白いとされる物語は人間の欲望が詰まっているからです」
なるほど。
確かにそう言われると、最初から食欲やら承認欲求やらさまざまな欲求の反応を見ていたのがわかる。
なんなら異世界での冒険の中では、もっと際どいシーンもあった。
アレらも全部見られていたのかと思うと、恥ずかしくて思い出したくもない。
「しかし、あなたの反応は想定よりかなり薄いものでした」
テンションが低いほうだとは自覚していたので、それについては反論はない。
「だったら、もう少し旧人類を残しとけばよかったじゃねーか」
生身の人間が俺しかいないのが問題だと思うが。
「それは残念ながら不可能でした」
「なんでだよ。現に俺がここにいるってことは、技術的には可能だったんだろ?」
「はい。技術的には可能でした。しかし人間の欲望は際限がありませんでした」
また話がズレている気がする。
「我々はプログラムで人間を傷つけることはできません。そのため、残す人数は制御できる数となりました」
「それにしても少なすぎるだろ。ひとりって」
「仕方がありません。生命を維持するには資源が限られていますので」
「?」
その言葉に違和感を覚えて、俺は窓から見える未来都市に目を向けた。
「隠していても仕方ないので開示します」
ロボットがそう言うと、突然目の前の景色が一変した。
清潔なリノリウムの床が消え、アイボリーの壁も透明になった。
しかし、外に放り出されたわけではない。
宙に浮いている透明の部屋にいるような安定感が足元にはある。
そんな周りを遮るもののない場所から見える景色に、俺は息を呑んだ。
「なんだよ……これ……?」
地平線の向こうに、ひしゃげた金属の塔が幾本も突き立っていた。その塔の周囲には、不規則な光を放つ奇妙な霧が漂っている。
眼下の地面は黒く焦げ、ガラス質に変質している。
まるで大地そのものが溶けてしまったようだ。
かつての都市の痕跡は何も無く、半分埋もれた巨大な球体だけが異様な存在感を放っていた。
昔見たSFのイラストのようだ。
もしかしたらそれは、宇宙へ飛び立つための軌道エレベーターの基部か何かだったものかもしれない。
しかしそれはすでに崩壊し、残骸が降り注いだのか、それらの周りの地面には無数のクレーターが確認できる。
「これが、人間が欲望のままに過ごしたこの星の現在の姿です」