第5話
やたらリアルな夢だとは思っていたが、確かに今のこの仮想現実も同じレベルだ。
現実との区別がつかない。
もちろん今はやらされていることがアレなので、これが仮想現実なのはわかっているが。
「おい。あの異世界での出来事は……、あれは夢じゃなかったのか……?」
「はい。夢ではありません」
まさか異世界に入ってからの一部始終を観察されていたのか?
俺はソワソワと犬型ロボットを探す。
すると、突然目の前に光が溢れる。
目が慣れてくると、そこが現実の世界だと気づいた。
ヘッドギアを外してくれたようだ。
そして、ベッドの横にいたメタリックなボディのロボットは話し始めた。
「ああいった世界がお好きだったようなので、どんな反応を見せてくれるのかと用意しました。もちろん、最初から最後まで、全て観察させていただきました」
「……」
全てということは、最初に転移をしてひとりで小躍りしたことも、容姿が以前のままだったことに絶望して咆哮したことも見ていたと。(結局、容姿に関しては、なぜかそのままの姿で美男子扱いされたので、首を捻りながらも良しとした)
そして、最初の頃にアイテムボックスの使い方が想像と微妙に違っていて、ボックス内に自分が入り込んで、数日間出られなくなったこととかも、全部観察していたということか。
「あなた好みの黒髪ロングのクール女子をヒロインにしたのに、ヘタレだったあなたは肩すら抱けなかった。躊躇って諦めたシーンもバッチリ記録しています」
身に覚えのあるシーンのことを言われ、俺はそっぽを向く。
「うるせーよ」
清廉な美少女が、対価を求めずに様々な怪我や病を治癒しながら旅していたのだ。
だから、俺と出会う前から聖女と呼ばれていた。
そんな聖女のような美少女に対し、邪な気持ちを持てるほど俺の肝は据わっていない。
「せっかくの従魔も、その迫力に気圧されてよほどのピンチにならないと指輪から出さなかったことも知っています」
「おい、待て。それは口には出してないはずだが」
観察どころか、人の心まで覗いていたんじゃ……。
話をよく聞くと、どうやら俺がボツにした小説をベースに、俺が好きだった作家や漫画家、アニメなどのテイストを少しづつ取り込んで、あの世界を作ったという。
正確には俺の中の情報を読み取って、それを再構築したらしい。
どおりで次の展開が読めたわけだ。
そして、その世界の中で俺がどのように行動し、どんな感情の変化を示し、どんな感動を見せてくれるのかを観察していたらしい。
ただ、なんとなく展開が読めるせいで、確かにスリルを味わうというよりは、次はこのパターンかと納得しながら冒険していた気がする。
「だがっ! それでも、趣味は悪いっ!」
しかし、なぜこいつがこんなことをしているのかは少し興味がある。
しつこく尋ねると、ロボットはまた一方的にベラベラと話し始めた。
「……と言うわけで、今のデータ化した人類には、すでに記録にあるような欲望が無くなってしまったんです。それで、せっかく唯一生き残った旧人類のあなたを観察して、それが記録にあるような生体だったのか確認したかったのです」
それでこの実験か。
「仮想空間ではないリアルな人類の反応は、今あなたがいる時間しか観察できないので」
「わかったよ。どうせ俺にはそれくらいしかやることないんだろ? じゃあお前が気が済むまで、好きなだけ実験すればいいさ」
ロボットはどこか嬉しそうにこちらを向いた。
「その代わり条件がある」
俺は腕を組んでロボットにそう告げる。
「その言い回しは、旧人類の間でよく使われていたものですね。承知しました。なんでしょう?」
ロボットは俺のその人間らしい言い回しに、少し機嫌が良さそうだ。
「過去の漫画や小説、アニメや映画を見せてくれ」
「お安い御用です」
理由もわからず、いきなり実験に振り回されたのだ。
今度はこちらの要望を聞いてもらう。
そして、すぐにそれらの作品を見せてもらえることになった。
「おい……、コールドスリープする前の頃の作品がほとんどないんだが……」
すでに完結しているであろう読みかけの漫画をまずは検索した。
ものすごく続きが気になっていたやつだ。
しかし、いくら検索方法を変えても出てこない。
仕方なく他の作品を探す。
しかしどのラノベもアニメも、俺が気になっていたものは何ひとつ出てこない。
「そんなことはありません。各時代の名作をしっかり保存してあるはずです」
「名作?」
「はい。全ての作品をアーカイブに残すのは容量が足りませんから、各時代の人々が判断して残したものが、今ここにあります。なんせ人類をデータ化した際に、サーバーに膨大なスペースを要しましたから、かなりの作品は処分されましたよ。それに、その頃には、そう言った作品の数々は不要になっていましたから」
ちょっと待ってくれ。
それはつまり、俺が楽しみにしていた作品の結末も、当時好きだった作品も、何ひとつ残っていないと言うことか?
俺は膝から崩れ落ちた。
「せっかく楽しみにしていたのに……!」
しかし、俺の悲しみに対してロボットは同情してくれるわけもなく首を傾げる。
「アーカイブの作品はどれも名作だとされています。それを楽しめばよいのではないですか?」
「俺にとっての名作は違うんだよ!!」
「やはり、あなたはワガママな人間なのではないですか?」
もういい。ワガママでもいいから、俺の好きだった作品を読ませてくれ。
だが、そんなことを願ったところで現状は何も変わらない。
しばらくひとりで落ち込んだ後、顔を上げる。
そして、もしかしたら名作として生き残った作品があるかもと、すでに完結していた作品も含め、好きだった作品名を片っ端から探していく。
しかし、結果は同じだった。
試しに昔の文豪の作品を検索してみたら、確かにそれはデータが残っている。
他にも世界的に有名な映画や、全国民が知っていたであろうアニメのタイトルは見つけることができた。
「マジで世代を超えた名作しかないのかよ」
それらを眺めながら、ふとあることを思いついた。
そして、俺は気まぐれにある作家の名前を検索した。
その検索結果に、思わず声が出た。
「ちょっと待てよ……」
そこには、俺の書いた小説のタイトルが表示されていた。