第2話
「その少し前、仮想現実やニューロリンクの進化により、物語を『読む』や『見る』ことなく、直接『体験』できる時代になっていました」
ああ、大丈夫だ。
まだ話についていける。
アニメとかラノベであった、ヘッドギアみたいなやつが出てきたんだな。
できれば、そのくらいの時代で目覚めたかった。
ってか、俺の病気ってそんなにひどかったのか?
「そして時を経て、人々は欲望を瞬時に満たす体験を求めるようになったそうです」
欲望を瞬時に満たす?
「例えば自分が主人公になり、それまでのストーリーや背景を無視して、いきなり活躍する瞬間の快感だけを直接脳に流し込む」
それはつまり、おいしいところだけつまんで食べるようなものだ。
おいおい、それで楽しいのかよ?
物語は積みあげてなんぼだろ。
ゲームをいきなり無双状態で楽しむって、そんなんすぐに飽きそうだが。
「そうして物語は廃れ、インスタントな快楽を次々と体感することが主流になりました。そして、人々は個々に閉じこもり、他者との感情的な繋がりは希薄になっていったそうです」
仮想現実の中で、ひたすら快楽を味わうってことか?
仕事は? 学校は?
いや、それより食うとか、寝るとか、人間の生活のもっと基本的な部分はどうなっていったんだ?
そもそも、そんなのは一部の人間だけだろ?
「さらにAIやデータネットワークの進化により、人々の欲求は未来予測的に満たされ、意識が『常に最適化された状態』に保たれるようになりました。人々は物語を理解しなくても、幸福や満足を感じるように先回りで提供されるため、物語そのものが意味を持たなくなりました」
は? 全人類が?
なんだよそれ?
全員が現実逃避でもしたのかよ。
いやいやいやいや、怖い怖い怖い。
「やがて人間の、『自分の人生を物語として認識する心の構造』は消失し、人々は純粋なデータとして生存することを選びました」
肩をすくめるような仕草をしたロボットは、俺を見上げて同意を求めてくる。
「まあ、肉体があると何かと不便ですしね」
そんな言葉に同意できるわけがない。
とりあえず返答はスルーして、起きたばかりの頭をフル回転させる。
このロボットが言っていることが事実なのだとしたら、今いる人類はただのデータとして、ひたすら最適化されたデータ世界の中で漂っている、ということだ。
つまり、肉体を持った人間はもういないのだ。
予想していなかった未来の状況に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「じゃあ俺は……、俺はどうなるんだよ……?」
完全にその流れから外れている俺は一体どうなるんだ?
その質問にロボットは、あらかじめ決められていたかのようにスルッと答える。
「あなたは旧人類のため、今からデータ化してもバグとなるため入れられません」
「おいっ、バグって何だよっ」
「失礼しました。エラーの原因となるため入れられません」
「同じだよっ!」
犬型ロボットの失礼な言葉にツッコむ。
するとそこで、グーっとお腹が鳴った。
起きてすぐに変なやり取りをさせられたせいで、妙に腹が減ってしまったようだ。空腹だと思うと、もうそちらの方が気になって仕方がない。
どうせ人間がいない現状は、これ以上話を聞いたところで変わらない。
それなら、まずは目の前の問題を解決することにしよう。
「あの、さ……」
果たしてこの世界に人間の食べ物があるのか謎だが、無性に何か食べたい。
目の前のロボットにリクエストしてみようと声をかけると、ロボットは最後まで聞かずに頷いた。
「あなたの欲望を解明しました」
「は? 解明?」
すると、部屋のドアが開いた。
「運び入れます」
妙に焦げ臭い匂いが部屋の中に立ちこめる。
「ちょっ……」
止める間もなく続々と室内を埋めていくのは、白い皿に乗った黒い物体だ。平べったくて、プスプスと煙をあげている。しかも量がおかしい。
「なんだよ、これ?」
皿に乗っているあたり食べ物のつもりかもしれないが、俺は認めない。
「これはステーキです。あなたの欲望の99%が食欲だと判断しました」
食欲は正解だ。だが──
「これはステーキじゃないだろ」
「いえ、ステーキです。名前は『サーロインステーキ』です。アーカイブにあった通りの方法で用意いたしました」
あまりにも自信満々に答えるので、見た目はアレだが食べられるものなのかと、ひとくちだけかじってみる。
なぜなら、ステーキは俺の好物だからだ。
「うっ……」