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貴方の隣に居る為に出来ること

作者: 桃井夏流

魔女 ユリローナ・クロスフィー[17]

王太子 グレイ・アンネリーア[19]

いつもより長いです。

この世界の全てを見た訳ではないけれど。むしろ私の知っている世界なんて、この城と、あのお屋敷くらいなもので、それはきっと、普通の感覚で言えば、とても狭い。それでも自分がこの世界に住む人達にとって異質だと言う事は、この十七年間で嫌と言う程思い知っている。


私はこの世界でもう数少ない、殆どの人の中では夢物語になってしまった『魔法』が使える魔女だから。

私にも母が居たけれど、最期の言葉以外はよく覚えて居ない。私が薄情なのか、それとも、もしかしたら母が私に『魔法』をかけたのかもしれない。


母が亡くなり、途方に暮れていた私をあの方は保護してくれた。大きなお屋敷に、温かいご飯。清潔な洋服。ふかふかのベッド。あの方は私の第二の母であり、姉であり、尊敬する人であり、憧れの人だった。あの人はよく怒り、よく笑う人で、とても綺麗なのに何処か可愛い人だった。

そして病弱で、たった二年で私達を置いて逝ってしまった。


そして私は今、一応、城に軟禁されていると言う括りの存在で。その割に何故か教育をしっかり施していただいて、姿だけ見れば、まぁ何処かのご令嬢と見えなくもない。


私は今、自室から城門を眺めている。とある方を待っているのだ。あの方が公務に出かけられた時の、私にとっては唯一の楽しい時間と言っても良い。

仰々しい馬車が入って来た。私は手元に魔力で小鳥を作るとそれをそちらに向けて放った。



私は小鳥に意識を移して、ふわりと傍まで寄った。


『おかえりなさいグレイさま』

「ふふ、ユリーただいま。今日は小鳥かい?」

『小鳥、お嫌いでしたか?』

「いいや。ユリーが好きだよ」

『まぁ。しばらくお会いしない間に随分お上手になりましたね』

「本当なのに」

『お怪我はありませんか?』

「ひとつも。少し城下を見て回っただけだよ。ユリーは心配症だなぁ」

『それなら良いのですが、この前怪我をなさっていたのになんともないと仰ったの、忘れてませんよ』

「これは手厳しい」



私は思わずふふっと声を出して笑った。

グレイさまとのお話しは、いつも楽しい。例え直接お会い出来なくても、こうしてお話し出来るだけで温かい気持ちになる。

グレイさまはもう忘れてしまったかもしれないけれど、とても大事な思い出が、グレイさまに救われたと言う過去が、今も私を支えてくれている。


「ユリローナ、いい加減控えろ。殿下に気安いと何度言ったら分かるんだ」


私にとって天敵に近い男の声が聞こえた。この男はカイド。グレイさまの側近をしていて、まだ二十代後半の若さで有能、らしい。その上、一応、美形の部類に入る。私のタイプじゃないけれど!冷たいところがたまらない!とかメイドが話していた。理解に苦しむ。昔はちょっとは良いところもあったのに、近年いつも私に食ってかかるのでそんな印象はもう欠片も残っていない。


『殿下、お疲れ様でした。後でハーブティーをお届けしてもらいます。ゆっくり休んで下さい』

「たまには、一緒にお茶をしないか?もう何ヶ月もユリーの顔を見て居ないよ」

「殿下、陛下への報告が済んでいません、公務は最後まできちんと果たして下さい」


カイドが私の分身を冷たく見た。


「ユリローナ・クロスフィー。殿下の公務の邪魔をするようなら国王陛下に進言せざるを得ないぞ」


私は分身を小鳥から沢山の蝶へと姿を変えた。

呆気に取られているカイドにちょっとだけ胸がすっとした。


『確かに貴方は実力があるけれど、私を城から追い出せる程ではないから、あまり意味が無いと思うわ』

「ユリー、本当の事を言われると人は傷付くものだから程々にね」

『はい、心得ました』


私はグレイさまのそう言うちょっと酷いところも好きですよ。


「…いつまでも、そうしては居られない事をそろそろわきまえて下さい」


カイドが蝶々の一匹に触れようとしたからふわりと高く翔ぶ。するとカイドは何故か変な顔をして、そのまま城へと入って行った。


『…私、あの人嫌いです』

「意地が悪いから?」





「本当の事を言う人だから、です」


知っている。あんな事カイドに言われなくてと分かっている。もうすぐグレイさまは二十歳になられる。もう、いつお妃様を迎えてもおかしくない。実際、そう言う話を聞く。王太子妃教育は進んでいるのかとか、不機嫌言っている人も居たから、あまり良縁ではないのかもしれないけれど…。それでも私は、グレイさまが想われる方と一緒になられるのが一番だと思う。


恋とは厄介だけど、とびきり幸せなものだとあの人の口癖だった。恋しいから会いたい。会ったらとびきり優しくしたい。それが私の愛なのよ、と。今ならその気持ちが、少し分かる。


私を見て欲しいなんて贅沢は言わない。お妃様にして欲しいなんて思った事はない。でもグレイさまにはとびきり幸せになって欲しい。その為なら、私は母との最期の約束を破っても良いとすら思っている。

私のような人間ではないものを傍に置いておくのは外聞も良くないと分かっている。だから最近は会わない様に心がけているのだから。

私がグレイさまに恋をしてしまっているのだから、尚更だ。



「大丈夫だよユリー」


けれど幾つになってもグレイさまはそう言って私に笑いかけて下さる。


『そうですか?グレイさまがそう仰るなら信じます』

「心からそうしてくれたら、僕も心配しないで済むんだけどね」

『ユリーはグレイさまの味方ですよ、ずっと』


グレイさまが寂しそうな顔で手を伸ばすから、私はまた分身の姿を蝶から鳥に戻してグレイさまにすり寄った。


このくらいなら、許されるよね?


「君の顔が見たいよユリー。ちゃんと笑えてる?泣いたりしていないかい?」

『グレイさまの幸せがユリーの幸せですよ』


グレイ様の指が縋る様に私の分身を撫でた。


「それなら、覚悟を決めてくれないか。僕の隣には君しか居させるつもりは無いんだ」


驚きのあまり小鳥を消してしまった。

どうしよう。なんでグレイさまはあんな事を仰ったの?あれではまるで…。



「期待して、しまいますよ…?」



その時、ガツンガツンと乱暴に扉が叩かれた。



「ユリローナ・クロスフィー!国王陛下がお呼びだ!」



あぁ、本当に、なんて日…。グレイさま、どうしたらいいですか。どうすれば貴方は幸せになれますか?私は、本当は…………。



「…………今、参ります」



所詮私は籠の鳥で。異質な私は嫌われ者で。国王陛下にとっては…………。



仇ですら、あるのだ。



重厚な扉が開かれ、私は習った事をなぞる様に静々と歩を進め。陛下の前で頭を垂れて、深くカーテシーをした。


「面をあげよ」


もう何年この声をお聞きしていなかっただろう。当たり前だ、陛下にとって私は、顔を見る事すら疎う存在なのだから。


「ユリローナ」

「はい陛下」


「グレイを魔法で籠絡していると言うのは誠か?」


一瞬何を言われたのか分からなかった。思わず息が止まった。


「いいえ、いいえ陛下…私、そのような事を考えた事はただの一度もございません」


グレイさまと同じ、エメラルドの瞳が私を射抜く。


「そうか。だがな、問題なのはそう言う疑惑が上がったと言う事なのだ。王家の者…次期国王が、魔女に誑かされ、妃に迎えようとしている。これがどういう事なのか分かるか?」


私は情けなくも、ぎゅっと手を握ってしまった。


「………王家の、尊厳に、関わります…」

「そうだ。教育は無駄では無かった様だな。ではどうすれば良いかわかるな…?」


混乱する頭でぐるぐると考える。どうすれば良いか?私が城から出て、二度と戻らない事だ。

だけど、嫌だと心が叫ぶ。グレイさまと二度と会えないなんて、嫌だ。

どうしたら避けられる?私には利用価値自体はまだある筈だ。手放すのは、惜しいとほんの僅か位は思う筈だ。私は魔女だ。それが今、邪魔で、でも、縋るのはそこしかない。


嫌だ嫌だと叫ぶ心に、ふと、気が付いた。

あぁ、そうか。これが邪魔なのか、と。


「陛下、お話は分かりました。ですが了承しかねます。そのかわりに……」


泣くな。あの人はいつだって笑っていた。泣きたい時だって真っ直ぐ前を見て、笑っていた。私もそんな人でありたい。


「私の、恋心を差し出します」


ごめんなさいお母さん。最期の約束をユリローナは破ります。大好きな人の傍に居る為に。


「どういう事だ?」

「我がクロスフィーの魔女の特殊魔法が『心魔法』なのです。この魔法は一度しか使えませんが、通常の魔法は使えます。だからどうか、私の恋と引き換えに、この国に留まる事をお許し下さいませんか」

「それがお前の選択か」

「申し訳ありません。どうか、お願い申し上げます」


苦虫を噛み潰した様な表情で、陛下は私を見て、溜め息を吐いた。


「お前に自信がもっとあれば、違った結末もあっただろうに」


自信?なんの?どうやって?

あの人が亡くなって、かわりに陛下が私を保護して下さった。私は、陛下にも御恩があるのだ。グレイさまだけ、見ていたいなんて、許されることではない。


「どうか、王太子殿下には内密にお願いします。優しい方です、きっと、辛い思いをさせてしまいます」


心魔法を使うと身体から力が抜けた。そのまま床に崩れ落ちる。


あぁ、少しずつ、でも確かに消えていく。

私の大切な恋。


部屋に閉じ籠もっていた私を見つけてくれた、きらきらと輝く金の髪が眩しかった。

もう君は一人ぼっちじゃないよ、僕が一緒に居るよと言ってくれた。

本当は、少しだけ、気付いていた。

もどかしそうに、私を待っていてくれていたって。でも私は、こんな方法しか思いつかなかった。


ごめんなさい、グレイさま。ありがとう、大好きでした。貴方は本当に、私にとって、たった一人の恋した人でした。






重たい瞼を開く。何か大事なことがあった。それはしっかりと心に残っていた。

そして、目に映ったグレイさまを見て、自分が何をしたのか思い出した。

泣き出しそうなグレイさまを見て、今のこの心が感じたのは「罪悪感」だった。


「ユリー、何処か、痛いところは…?」

「………いえ、だいじょうぶ、です…」


痛む心が無くなっている筈なのに、心が痛い。

でもそれはこの方にだけは言ってはいけない。

私にはもうその資格がないもの。伝え、添えられる心が、今の私には、無い。


「良いんだ」

「え……?」

「そのままの君で良いよユリー。君が失くしても、僕は覚えている」


泣きそうな顔で、優しい声でそう言われて、私は戸惑った。陛下は黙っていては下さらなかった。

グレイさまは、私の恋心が無くなってしまった事を知っている。


「僕は、君が好きなままだよ、ユリー」


その言葉に、応えられる想いが、今の私には無い。それが寂しいと思った。消した筈なのに、寂しいと思うはず、無いのに。私は勝手に想いを捨てたのに、グレイさまはそれでも良いと言って下さる。私を好きだと、言って下さる。


「…ありがとう、ございます」

「どういたしまして、かな?でも、覚悟した方がいいよユリー。僕はね、もう待つのは止めにしたんだ」


グレイさまが私の手を取り、左手の薬指に口付けをした。


「君が好きだ。病める時も健やかなる時もね」


そう言ってからのグレイさまの想いの大きさに、行動力に、私は驚く日々が続いた。


毎朝起きると部屋の花瓶には花が届けられ、朝食を終えると朝の挨拶をしに来て下さる。そして少しお話しをしているとカイドがきっかり二十分で迎えに来ては、連れられる様に帰って行く。

昼食にはいつもグレイさまからのメッセージカードが添えらていて、三時になるとお茶をしにいらっしゃる。だけどやっぱり二十分後にカイドに連行されて、夕食を終えるとおやすみの挨拶に来る。



「あの、お疲れじゃありませんか…?」

「そうだね、ちょっと疲れる事はしてるよ。でもだからこそ、君に癒されに来ているんだよ、ユリー」

「癒やし………」

「そう、癒やし。僕はね、君が恋しいから会いに来ているんだ。だから笑ってユリー」


恋しいから、会いに来る。

その言葉を聞いた瞬間、欠けていたところに何かがストンとおさまった。

あぁ、やっぱり、グレイさまはあの人の…と言う何だろう、納得した、と言うのが一番近いかもしれない。


私がその妙な感覚に戸惑って首を傾げると、グレイさまが苦笑した。


「もう少し近付けたかと思っていたけど、気が急き過ぎたかな」


そんなグレイさまの言葉の意味に気付かず、私はそのままいつもの様にグレイさまを見送り、次の日の朝を迎えてしまった。



「…今日はお見えになりませんね…」

「忙しい方ですから、今までが不思議なくらいでしたよ」


実際、あの日から毎日来ていただけていた事の方がおかしい。

グレイさまが毎日お忙しいのはそれこそ幼い頃から知っている。ずっと見ていたのだから…そんな事は知っているのだ、記憶まで失ったわけではないのだから。


「それでは、昼食をお持ちしますね」

「ありがとう。いつもごめんなさい。病人と言うわけではないから自分で出来るのよ…?」

「いいえ、グレイさまに、くれぐれもよろしくと頼まれておりますから」

「そ、そう………」


何かがおかしい、そう思ってしまった。

私を部屋から出したくない事情がある…?

じゃあ私はいつまでこのままで居ればいい?

明日?明後日?それとも……………ずっと?



幼い日々が頭を巡る。それはグレイさまに出逢う前の負の感情の嵐だ。


悲しい。怖い。寂しい。辛い。嫌だ。

でも、誰も、いない。


思わず涙が溢れた。


「ユリローナさま!?」

「あ…な、何でもないのよ」

「でも、顔色も悪いです…」

「グレイさまがいらっしゃらないから、心配で。内緒ね?」


すみませんグレイさま。言い訳のように使ってしまいました。

でも心配は本当ですし…あの時の思い出は、今も私を立たせてくれます。



「まぁ、ふふっ、お手紙、来ていますよ」

「本当?」

「はい、先程」


私は彼女がやけににこにこしている事に首を傾げた。すると彼女は安心したんです、と呟いた。


「嬉しそうなお顔が見れてホッとしました」


そうだわ。私、今無意識に喜んだ。どうして?もう無いはずなのに。消したはずなのに。なんで…。

戸惑いながらも、手渡された封筒を開くと、そこにはいつもの綺麗な字が、ほんの僅かに歪んで綴られていた。


『ユリーが恋しい。会いたい』


それを読んだら、ふわりと身体があたたかくなった。何かに包みこまれているような、そんな感覚。

それにパチンと何かが弾けたような、そんな後に、私の心臓が高鳴り始めた。

そう、恋しいって。愛しいって。



グレイさまに会いたいって…。



眩しい笑顔と共に、あの日々が鮮やかに蘇る。

グレイさまの面差しに似た、綺麗なあの人が私に笑いかける。


『恋しいから!だから会いに行ってくるわ!』


あの人もそう言っていたじゃない。だったら、私も、勇気を出さなきゃ。自分に自信が持てないのなら、グレイさまを信じよう。

グレイさまが好きになってくれた私を、信じてみよう。


「ごめんなさい、私此処から出たいの!」


それは子供の頃、私が言えなかった言葉。

誰が私を此処に居させたいのか分からない。どういう理由なのかも。

けれど私は今すぐ、グレイさまに会いたい!

でも私が此処を出ると言う事は目の前の彼女に迷惑をかけるだろう。きっと難色を示されると思ったのに、彼女は嬉しそうに笑った。


「その言葉をお待ちしていました」


どうしてそんな優しい言葉をかけてくれるのか分からなかった。

でも彼女は私の手を取ると、頭を下げた。


「私の父はユリローナさまの魔法に命を救われた事があるんです。貴女には些細な事だったかもしれません。でも私はいつか貴女のお力になれる日が来るのを待っていました」


いつの事だか分からなかった。正直、彼女の言う通り、些細な事だったんだと思う。

私は何か言おうと口を開こうとしたが、彼女は私の背を押した。


「殿下は執務室にいらっしゃると思います、急いで下さい」

「あ、ありがとう!」


そういえば彼女の名前も尋ねる心のゆとりさえ無かった。今度会ったら、お友達になれるかしら?

けれど、何だか胸騒ぎがして私は急ぎ、走り出してしまった。

もしかしたらグレイさまに良くない事が起きたのでは、そんな不安を感じて魔法で加速化しようとした時。


「城内では走らないで下さいまし!」

「す、すみません!」


叱られて咄嗟に立ち止まった。声の主は、侍女頭。昔、すごく、怒られた…。

だけど此処で捕まるわけにはいかない。

背を押してくれたあの子に申し訳無さすぎる。

言い訳を考えていたら、侍女頭が、初めて、笑った。


「なんて。懐かしゅうございますね。殿下も頑張っておいででしたよ。ですが、まだ良からぬ事を考えている者もおります、気をつけて」

「…はい、ありがとうございます。貴女も、気をつけて」


自らも危なくなるかもしれないのに、忠告までしてくれた。

グレイさま。どうしましょう、私、味方なんて貴方くらいしか居ないと思っていたのに。

気が付いたら、知らないところで見守ってもらっていたみたいなんです。


でも、しばらくしたところで、カイドに会ってしまった。カイドは私を見ると苦笑いした。


「そんな顔をするな。私だって傷付くぞ」

「…………私、グレイさまに会いたいの」


そう言うと、カイドは私に綺麗な装飾の鍵を渡してきた。それは、本来国王陛下しか持てない鍵で。一度だけ、グレイさまと使った鍵でもある。


「何処の鍵だか分かるな?」


この行為にどれだけ危険があっただろう。それなのにカイドは珍しく、誇らし気に笑った。


「好きだったよ、幸せになってくれ」


「………ありがとう、行ってきます」



流れそうな涙をぐっとこらえて私は魔法を使う。振り向かない。そんな事はきっとカイドも望んでいない。ただほんの少しだけ思い出す。


『人は異端を恐れるぞ』

『知ってる、素直なお兄さん。あなたみたいな正直者はここでは生きにくいと思うけど、頑張ってね』


初めて会った日のやり取り。

段々表情が死んだ様に消えて行った彼に問いかけたこと。


『もう頑張れない?逃げ出したい?』


もし彼が望むなら、たった一回の心魔法を彼に使っても良いかなとさえ思っていた。

でも彼は折れなかった。私を真っ直ぐ見返したのだ。


『いや…努力したい。まだ、諦めたくない』




「うん、私も、努力したい。まだ、諦めたくない」


急いで、間に合って。私はまだ伝えていない。とっても大切なこと。私は辿り着いた。

此処は離宮。私達にとって、国王陛下にとって、特別な場所。

部屋の中から声が聞こえた。


「貴方がユリローナにした事を公にします」

「好きにしろ。皆が味方だと思うなよ」

「貴方こそ、まるで死にたがりだ」

「この世にもう私の妃は居らぬからな」


私は居ても立ってもいられず、部屋に入った。


「ご無礼承知で、お伝えしたい事がございます」

「…………こんなところにまでなんだ」


セリーヌさま…王妃さまの面影を残すグレイさまをが居るのに、こんな事を言うのはすごく辛いけれど、このままでは、陛下はずっと、間違えたままだと思うから。


「恋しいから。会いたいから会いに行ってくるのだと、セリーヌさま、仰っていました。自分は陛下の妻だから、その権利があるでしょう、って」


思い出を辿るように魔法を使う。それはあの日のセリーヌさま。とっても素敵な笑顔で、眩しいくらいで。


セリーヌさまはお身体が弱かったから、この城から少し離れた領地で静養していらっしゃった。

そんなセリーヌさまは亡くなった母と私を見つけて、母を弔い、私を引き取って下さった。


『夫が居ないから私とっても寂しいの。可愛い息子にも会えないし。あーあ、二人に会いたいわー』


セリーヌさまは私にわがままの言い方も教えて下さった。


ある日、セリーヌさまは調子が良いからと城へ向かった。でも途中で帰ってきてしまった。とても泣いていた。


『もう私のこと、恋しい気持ち忘れてしまったのかしら』


私の記憶投影魔法のセリーヌさまがそう言うと、陛下は目を見開いた。


『ねぇユリー、あの人に伝えて。私、あなたが好きよって。恋しているわ。愛してる、って。でも、当分、会いに来ちゃだめだからね、って…』


セリーヌさまはそのまま息を引き取った。


「セリーヌさまは毎日、陛下の事を沢山話して下さいました。大事な言葉、届けるのが遅くなって申し訳ありません」


恋しいから、会いたいんだって。最初に言い出したのは実は陛下なのよってそう聞いていた。


けれどその後、私は陛下に責められ、城の暗い部屋に閉じ込められて。なんで?どうして?と悲しんでいたら、徐々に心を病み、閉ざしてしまったのだ。


そんな私を連れ出して下さったのが、グレイさまだった。


「…お前が私に謝罪してどうする。私も分かっていたんだ。お前のせいではないと。魔法も、万能ではないとも。それでも私はお前を監禁したのだぞ…」

「でも陛下は私を放り出す事も出来ました。そうされていたら、私は今頃、こうしていません。だから、ありがとうございました…」


陛下は黙ったまま部屋から出ていってしまった。


そして私は覚悟を決める為に小さく息を吸った。

呆然としているグレイさまに一歩二歩と近付く。拒絶されてしまうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。

だから私はこぼれ落ちそうな涙を堪えて笑った。



「会いに来てしまいました。グレイさまをが、大好きだから…」


その続きを言う事は出来なかった。

私はその腕に身体を引かれ、グレイさまと初めて、キスを交わしていた。

驚いて身を引こうとすると、唇だけが離された。


「………嫌だから、逃げるの?」


私は史上最大級にドキドキしながら、グレイさまの背中に手を回した。


「いいえ…私はもう、グレイさまのものです。だから、ずっとここに居ても良いですか…?」


グレイさまの顔がゆっくり近付いて来る。


「聞かないで。そんなの、当たり前じゃないか」






私の知らないうちに、この国は少し変わっていた。

古くて甘い汁だけ啜っていた人達が居なくなり、カイドとか、若くても優秀で、実力があり、やる気もある人達が増えて、グレイさまを中心の形に少しずつ、動き出していた。

陛下は王位継承をさっさと済ませてセリーヌさまの眠る地へ腰を落ち着けたかったそうだけど、グレイさまが自分のしでかした事くらい片付けてからにして下さいと突っ撥ねたそうだ。


 


そうして私なんだけど、なんと今日、グレイさまの妻になる。


私が普通の淑女教育だと思っていたものはどうやら王太子妃教育だったらしく、グレイさまは相当早くから外堀を埋めてらしたようだ。

勘違いして突っ走ってしまった自分が恥ずかしい。


私が魔女だと言う事も公表してしまうそうだ。

城では知られてしまっているし、私を王太子妃にするのに否定的な人がいずれ広めてしまうだろうから、ならば先手を打った方が良いとの事。


「えっと、なるべく、派手で、心に残る魔法…ですか」

「そう、好印象は大事だからね」



私は式の最中に晴れ渡る空に二つの虹をかけた。正直、かなり大変だった。でも色んな人が空を見て凄いね、不思議、素敵って言ってくれた。

一生の思い出だ。



私は今日から、ユリローナ・アンネリーア。


この国で大好きな人と一緒に、生きて行く。



私が十一年程前に一番最初にpixivで書いたオリジナル小説、Mind Spellを一から読み直して、大幅に加筆修正しました。読んで下さってありがとうございます。

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