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怪奇

和風ホラーミステリーシリーズ

「怪奇」


序章 終わる日常


 私の名前は藤咲琉水。どこにでも居る普通の高校生。でも、ひとつだけ普通じゃないことがある。それは・・・

「いってきま~す」

私はそう行って家を出た。いつもと何も変わらない、ただ暑い夏の一日だ。いつもと同じ道を、いつもと同じ時間に歩いていく。そして、いつもどおり学校に入った。

 キンコンカンコーン、キンコンカンコーン。いつもどおりの八時三十分のチャイム。私は自分の席に座っていた。私は地元の工業系の高校で情報を習っている。周りには仲のいい友達と放すものもいれば、朝練が終わってすぐなのか顔が少し照っている人もいる。私は時間割を見て少し憂鬱な気分になった。今日は三時間の実習がある。

 隣の席の友達が話しかけてきた。

「藤咲さん、今日ってうちらCGだっけ?」

「今日はWEBだよ。授業のテンポ早いから頑張らないとね。」

女子は顔をしかめる。担当の先生は厳しいから、みんなから少し嫌われているが、私はいい先生だと思っている。

「また居残りしたくないよ〜。」

私はいつもどおりの何気ない会話をかわす。いつもどおりの時間に担任の先生が教室に入ってきた。

「はい、スマホや携帯しまえよー。」

各々は自分の席の戻っていく。クラスはだんだん静かになった。いつの間にか周りのクラスからの話し声も聞こえなくなっている。

「はい、始めるぞー。起立、礼・・・着席。」

先生はいつもの通過儀礼を済ますと、全体を見回した。

「はい、もうすぐ進路の面談だな。行きたい就職先や専門学校、大学の目星はついたかぁ。進路指導室、最近暇らしいぞ。」

先生の話は左から入って右に抜けていく。

・・・私は関係ないし。

だって、私はここを出たら陰陽師になるんだから。

 私の家は平安時代から代々陰陽師をやっている。世の中の怪奇現象はだいたい魔物の仕業。普通の人が気づかないだけで世の中には魔物がいっぱいいる。悪さをする魔物を退治するのが陰陽師の仕事だ。

「琉水、お前が高校を卒業したら、陰陽師を継いでほしい。」

父さんからそう言われたのは二年生の冬。ちょうど一年前だ。父さんは名のしれた陰陽師で、私も何回か祓っているのを見たことがある。

「母さんがいなくて、琉水には色々迷惑をかけた。その最後の迷惑だ。聞いてくれないか?」

うちは母さんがいない。昔はいたらしいけど、私が物心つくかつかないかのときに家を出ていった。

「いつかそう言うと思ってたし、私もそのつもり。」

私はそう言った。

「すぐに父さんよりも立派な陰陽師になるから。」

父さんは安心したのか椅子の背もたれに深く腰掛けた。

「そうか、良かった。琉水が嫌だと言ったらどうしようかと。」

「それで、いつから鍛錬は始めるつもりなの?」

私が言うと、父さんはゆっくりと私の目を見返した。

「三年生の学年末テストが終わってからだな。それまでは全力で学校生活を楽しみなさい。もちろん、勉強も。」

私、実習は好きだけど、座学は嫌いなの。

 そういうわけで、私は仲の良い友だちと実習棟に向かう。今日はWEBで初めてJavascriptジャバスクリプト、WEBサイトに動きをつけるための言語を使う。居残りしたくないな、そう思いながら学校の廊下を歩いていった。窓から暑い風が吹き付ける。

 

 一章 新米の陰陽師


 今日は高校の卒業式。今までと同じ春の一日なのに、なぜか暖かく感じる。今日はいつものブレザーではなく、着物を着てみた。うちにあった川のせせらぎが描かれた着物。なんとか一人で着て、父さんのところに行った。父さんも立派なスーツを着ている。

「どう、似合ってる?」

父さんは、頷いた。いつもは堅苦しい顔をしている父さんも、今日はにこやかだ。

「よく似合ってるよ。いやぁ、琉水が卒業か。これから忙しくなるな。」

二人で最後になる高校への道を歩いていく。今日は桜もきれいに咲いている。

 私は父さんと分かれて、教室に向かう。いつもと何も変わらない廊下にはいつもとは違って彩り豊かな服を着た生徒で溢れていた。あの子は名残惜しそうな顔をしてる。その反対には逆に開放されるのが嬉しくてたまらないのか晴れやかな顔をしている子がいる。

 教室に入ると、友達が寄ってきた。

「琉水ちゃん、大学や専門学校、結局行かないの?」

「うん、うちの家業を継ぐから。」

友達は、名残惜しそうな顔をした。

 卒業式は事前に言われたとおりにして、何事もなく終わった。順番にステージの横に並び、校長先生から卒業証書を受け取った。それを受け取って、回れ右をして階段を降りる。そのまま真っすぐ歩き、所定のところで曲がって自分の席に戻る。途中で視線を感じた気がして、その方向を見ると、父さんがじっと見ていた。

 友達と色々話して、名残惜しく別れて、私は学校を出た。校門の前で父さんが待っていた。

「琉水、卒業おめでとう。」

「もう、父さんじっと睨みつけないでよ。怖いじゃん。」

父さんは口を開けて笑った。

「ははは、それはすまないな。さて、琉水。明日から稽古を始めるぞ。」

「早いね。父さんも色々依頼あったはずだけど。」

父さんは大丈夫だと言った。まあ、ぶっちゃけきつくないわけがないからね。

 家に戻ると、父さんが私を呼んだ。父さんの部屋には何着かの服が置かれていた。

「琉水が陰陽師になるためには、陰陽師の服がないと始まらないだろ。サイズが会うと良いんだが・・・」

私は父さんを部屋から出すと、そのうちの一つを手に取った。どうやら、ワンピースに近い作りをしているようだ。服の前と後ろの中間の穴から顔を出し、前後を合わせてからロングスカートを履いた。最後に、腰のところの帯を少し緩めに締めた。

「父さん、こんな感じ?」

父さんが扉を慎重に開けて入ってきた。

「おお、似合ってるな。サイズはそれで大丈夫か?」

「大丈夫、ぴったりだよ。」

 陰陽師服を着たまま、私は外に出た。

「次は、陰陽師が魔物と戦うときに使う『明光の技』を決めるぞ。こっちに来なさい。」

父さんはいつも入らせてくれない蔵の中にはいっていった。私は蔵の中をそっと見た。色々古そうなものが雑多に置かれている。ホコリを被ったものもあれば、きれいに手入れされているものもある。中に一歩は居ると、少しカビの匂いがした。

 父さんは蔵の奥に置かれた木の枝のようなものを手に取った。

「琉水、これを持って何も考えずに座っていなさい。そうすれば、琉水に合う明光の技を導いてくれる。」

「この枝が?」

父さんは頷いた。私はその枝を受け取ると、言われたところで正座をした。そして、何も考えないようにそっと目を閉じた。

 何もしないまま時間が過ぎていく。私はそっと目を閉じたまま固まっていた。はたから見れば、眠っているように見えたと思う。しばらくすると、頭の中に一つの映像が流れてきた。幼い頃の記憶に似ているようにも思う。まだ母さんがいる時、家族全員で海に行った。私が、海に飛び込んで、波打ち際から離れないように泳いでいた。そして、たまたま下を見ると、そこにはいろいろな魚がいた。私はそれを追いかけていく。気がつくと、海岸から少し離れてしまった。私は名残惜しかったが、海岸に戻る。”視点”は段々と上空に上がっていく。そして、どんどんかすれていく。

 その後も様々な映像が頭の中を流れてきた。山の中の川で鮎を釣っているところ、池で鯉に餌を上げているところ、寒い冬の日に、氷を作って遊んでいるところ。しばらくして、映像が途切れた。そして、次の映像が流れてきた。水滴が、暗闇の中を落ちている。一つではなく、数えられないほどの量の水滴。雨が降っている。その水滴が何かに当たった。何かに当たった水滴はその物の形に沿って流れていく。その物から落ちると、地面に落ちて水たまりになる。水たまりに水滴が落ちて、波紋が広がる。ぴちょん、ぴちょん。水たまりにその物が反射して映る。あれは私だ。

 私の周りに水たまりが広がっていく。やがて、水たまりの水が静止すると、逆再生されているかのように、宙に浮き上がっていく。そのまま水滴は私にまとわりつくと、だんだん明るく、暖かくなり、私は目を開けた。

 父さんは私が目を開けて、立ち上がるのを見ると、口を開いた。

「どうだ、なにか見つかったか?」

私は力強く答えた。

「うん、見つかったと思う。」

「そうか・・・それじゃあ、見せてくれ。」

父さんは蔵を出た。私も出ると、父さんは右手を出すように言った。私は言われたとおりに右手を出した。

「さて、さっき思い浮かんだものを思い出すんだ。その共通する”要素”を思い浮かべて。」

私は、自分の腕を見ながら、さっき見た映像に共通したものを思い浮かべていく。

 すると、手のひらから段々と光が出てきた。光は放射状に広がっていく。私は、更に強くその像を思い浮かべた。

「わぁ・・・」

その時、手のひらの光の中心からそれは生み出された。私の手のひらから”水流”が生まれた。手のひらから生成された水は私が思ったとおりに動き、加速し、曲げることができた。左手でも同じように水流が生まれた。両手の水流を合わせれば、さらに太く、強い水流にすることも出来る。

「おお、水か・・・」

父さんは感心しているようだった。

「琉水、まずは最初の段階はいけたようだな。これからは琉水の明光の技を磨き上げて、それに合わせて身体能力の強化もしていくぞ。」

 それから数ヶ月がたった。私は毎日、晴れでも雨でも鍛錬を続けた。技を磨き、いろいろなバリエーションを作っていった。体も鍛えて、父さんから空手を元にした格闘術も教わった。

 仕事にでかけていた父さんが、荷物とは別に大きな箱を引っ張って帰ってきた。

「父さん、これは?」

父さんはよっこらしょ、と箱を置くと言った。

「弱らせた魔物だ。琉水に実戦をさせたくてな。」

ええ・・・連れてきたの?わざわざ?

「もともとそんなに強くないから、行けるだろう。裏山の広場で待ってるぞ。」

 私が裏山の広場に行くと、そこには父さんと魔物がいた。

「それじゃあ放すぞ、やってみろ。」

魔物は人間に近い形をしていたが、全身は緑の鱗に覆われ顔はトカゲのようだった。赤い目がぎょろりと動いた。父さんが放すと、魔物は父さんから離れた。そして、私を認識すると咆哮を上げて迫ってきた。

・・・動きが早い

「明光の技、水泡飛沫みなわしぶき

手を大きく払い、そこから数多の飛沫が飛び散る。空を切り、魔物に向かって迫っていく。魔物の体から紫色の血が出た。魔物は構わず迫ってくる。魔物の足が目の前まで迫った。右手を振り上げた。それが降りてくる前に、右に回り込む。魔物の手が空を切り、地面に刺さり土煙が上がる。

 土煙が上がった瞬間に私は右手を構えた。

「明光の技、水光斬すいこうざん

水の刃は土煙を巻きながら進んでいく。魔物の赤い目が光った。魔物は左手でそれを払う。魔物の手に傷ができる。

グオオオォ

魔物の咆哮とともに魔物は口を開いた。なにか来る。魔物の口から緑色の球が出てきた。球は放物線を描いて近くに落ちてきた。地面に当たるとそこから破片が飛び散る。匂いがきつい。目も痛む。少し下がらないと。バックステップで一気に下る。

 その時、横腹から全身に衝撃が来た。魔物に先に回り込まれていた。魔物の腕が回転の勢いを載せて私の横腹にめり込んでいる。ふっとばされた私はなんとか地面に踏みとどまる。頭からの信号が途切れそうになっている。呼吸が荒くなっている。肺が痛い。

 前を見ると、魔物は距離を取って様子を見ていた。私は立ち上がると、魔物を睨んだ。魔物は口から緑色の球を出すと、それを自分の手にぶつけた。魔物の手が黄緑色のどろどろした液体で覆われた。魔物はこっちを見ると、両手を斜め下に構えた。

ギャウォ

魔物の叫び声とともにそれぞれの手が振り上げられる。その手から黄緑色の刃が飛びだした。地面を削り、溶かしながら迫ってくる。

 魔物は再び口を開けている。また球が飛んできた。今は魔物が上を向いている。

・・・行ける。

 私は一気に前に走っていく。球が頭上を通り過ぎる。魔物は接近に気づいて頭を下げようとしている。後ろで球が破裂した。後ろから緑色の風が追い越していく。それに合わせてスライディングで姿勢を低くする。魔物の顎の下に入る。

「これで止め!明光の技、水天一碧すいてんいっぺき

上に飛び上がるように水を放つ。魔物の首を裂きながら魔物の体を飛び越えていく。空中で体勢を整えると地面についた。後ろでは魔物が地面に倒れて動かなくなっていた。

 疲れた・・・そう思うと、一気に体が動かなくなった。体の節々から疲れが溢れてくる。私はその場に座った。目の前にはさっきの魔物の死骸がある。父さんが近寄ってきた。

「素晴らしいよ。初めての実戦にしては上出来だ。」

「初めてにしては、ね・・・。」

しばらくして立ち上がると、父さんの方を見た。

「また色々改善しないとね。」

 それから少しして、父さんのもとに依頼が来た。竜前町りゅうぜんちょうという所からだった。街の神社の鳥居が事故で壊れてから街で人が消える事件が頻発しているから一度来てほしいという。

「・・・だってさ。どうだ、琉水。一人で行けると思うか?」

私は父さんの目を見てうなずいた。

「行けると思うし、行かないとだめだと思う。」

「そうか、じゃあやってみなさい。」

こうして陰陽師になって一年ほどで私は一人で魔物を祓いに行くことになった。

 数日後、私は準備を整えて出発した。依頼主にも父さんではなく私が行くことは伝えてある。

「それじゃあ、行ってきます。」

父さんは静かにうなずいた。


 二章 黒竜


 家を出てしばらく山道を下っていく。アスファルトの道路の横のせせらぎが一層涼しく見える。道路に覆うように生えている樹木は太陽の光をキラキラと反射させて、その隙間を縫うように小鳥が飛んでいく。

 夏の暑い日の元をしばらく歩くと、最寄りの駅についた。少し田舎にはよくある無人の小さな駅。そこに来た電車に乗ると、景色は次々と変わっていく。最初は田舎の森と畑しか無いのどかな景色だったのが、トンネルを抜けると新しい家が建つようになり、川を渡ると今度は都会に入った。地面を這うように走っていた電車はいつの間にか高架になり、森のように立ち尽くす雑多なビルの間を走り抜けていく。

 そこから電車を乗り換えて、しばらく行くと、車内放送が流れた。

「次は〜竜前町、竜前町」

竜前町駅で降りると、そこは異様な雰囲気で包まれていた。電車を一歩降りるとすぐに魔物の気配がする。街全体が魔物の縄張りだということが全身の肌を通してひしひしと伝わる。駅を出ると、もう昼過ぎなのに町は霧で覆われている。そこから少し歩いていく間にも、町には人気がなく、車も殆ど通らない。街の中心部だと思われる商店街はシャッターが降りている店が多い。

 また少し歩くと大きな工場があった。どうやらつい先日破産した大企業の製造拠点があったようだがもう封鎖されている。その工場の隣に目的地の神社があった。そこの神社は鳥居が倒れ、近くに放置されている。

・・・事前に言っていたとおりね。

 その神社の境内には一人の老人が立っていた。

「あの・・・」

琉水が声をかけると、老人は振り向いた。

「おお、あなたがあの人の娘さんですか。儂はこの神社の管理人してます阿久津あくついうものです。」

どうやら琉水が予め陰陽師の服に着替えていたのですぐに分かったようだ。

「よろしくおねがいします。」

阿久津も深々と頭を下げた。

「こちらこそお願いしやす。さて、早速ですけどこの町で起こっていることを話しやしょう。」

 阿久津さんは神社の中にある祠の前まで歩いていった。狭い神社だが、建物はとてもきれいで掃除や手入れは行き届いているようだ。その本堂の後ろに小さな祠がある。その石板には俳句のような文章が刻まれている。

「この町には黒竜伝説なるものがありやす。その祠の後ろにある石板にその事が書かれていやす。」

言われてから祠の後ろに別の石板があることに気づいた。私はそれを慎重に読み始めた。

 ー黒竜伝説ー

 時は朝廷が平城に在りしとき。一里ほどには小さなる村あり。ある寒き夜、賊、村に入れり。賊近場の家を襲いてものを奪う。家の男を連れ去り女の身ぐるみをはぎ、幼子を殴る。賊、女の息を止めて家に火を放つ。幼子抜け出すも家すでに無く、丘に登る。幼子、泣きながら言う。

「我、決して賊を許さず。我が命にかえて賊を滅する」

天より見せし神、哀れに思いて力を与える。これ竜になる力なり。幼子、竜になり暴れる。村、業火の後になくなり、村民死す。賊、恐れおののき逃げる。竜追いてその頭を噛み砕く。

 朝廷、くだんのことを聞きて驚く。すぐ陰陽師を派遣しす。陰陽師、竜と相対せし。陰陽師竜に勝ちてその体を5つに分けて封印す。ここに村の平穏と永遠なる封印のために社を建てん。社なくなるとき竜目覚める時なり。


 要は神社がその効力をなくすと竜が復活するらしい。さて、どうしたものか・・・

「あの、阿久津さん」

私が振り返ると、そこには誰も立っていなかった。

 阿久津さんがいたところには誰もおらず、それどころか周りは深い霧で覆われている。数件隣の家さえはっきり見えない。

・・・えっ、普通に怖いんだけど。

私は神社の境内を周ってみた。といってもそもそもの敷地が狭いのですぐに一周した。特に変なところはない。ただ、そこから一歩出るとそこは骨の髄まで染み込むほど魔物の気配が漂っていた。私はあることに気づいた。遠くの霧が晴れてきている。いや、あれは裂けてきている。霧を真っ二つにしながら何かが天に昇っていく。黒く光る鱗、大樹のように太い二本の角。岩のような数多の牙にトカゲのように小さな手と長い体。


あれは・・・そう、あれは・・・黒竜


 伝説に書かれていた正真正銘黒い竜。それが今遠くの空を泳いでいる。霧の上に出ては体をねじり、周りの霧を巻き上げてその中に入っていく。また霧の上に出たかと思うと空中でねじれて霧の中に落ちていく。

 はっと気づくと、竜がこちらを見ている。竜はしばらくじっと見てきた。私は明光の技の構えを取る。竜の目が血走る。竜はその大きな口を開ける。その口から放たれた音波は周りの木々を揺らし、家の窓にはヒビを入れた。

 服は大きくなびき、木の葉は止まること無く揺れている。揺れているのはものだけじゃない。私の心も揺れていた。

・・・あんなのにどうやって勝てるって言うの?

霧は山々を覆い尽くし、溢れていく。私の長い髪の揺れとともに足が少しずつ下がっていく。竜の顔はすぐそこまで来ている。

 私の視界にはすでに竜の顔はなく、周りの家々しか写っていなかった。周りの音が耳に入ってこない。ただ家々が後ろに向かって流れていく。その流れに逆らうように瓦礫が後ろから飛んでくる。

「グオォォォオォ」

竜の口から押しつぶされるような音が発せられる。空はきらびやかな虹色のガラスの破片が散っていた。どうしよう、このままじゃいけない。頭ではわかっているの。でも、体はそれには従ってくれない。

 いつの間に随分と走っていたのか町の中心部まで来ていた。いくつか高いマンションが立ち並んでいる。

「ブォォオオォ」

竜の咆哮とともに周りの霧が意思を持って集まってきた、ように見えた。どういうこと、これ。体が、軽くなっていく。後ろ向きになびいていた服は今は下に向かってなびいていく。道路しか写っていなかった視界には色とりどりの屋根が写っている。私は・・・空に打ち上げられてる!

 ほんとにどうなってんの?とにかく着地しないとアスファルトに叩きつけられる。いいえ、その前に赤い眼の貪欲な竜に食べられる。どこか・・・あのマンションなら、届くはず。

「明光の技、水無月祓みなずきばらえ

水の噴射の推進力なら、方向くらいは変えられる。周りの音が聞こえないほどの風切り音がする。袖は見えないほどにはためき、長い髪は後ろで絡まらんばかりに動いている。体が風で変になりそうだ。後ろには竜もいるだろう。なんとか着地できれば・・・後少し。もう目の前まで来ている。手のひらの感触が変わった。すぐに足や腕にもコンクリートのザラザラした感触と痛みが伝わってきた。今まで薄暗い空が写っていたところにはややくすんだ灰色のコンクリートが写っている。お願い、動いて。右足と左足に力を込めて走り出した。後ろから上向きに風吹いた後ろから凄まじい圧を感じる。それは自然の摂理でできた本能からの警告だ。

 あれは私とは生物としての格が違う。私とは持っている力が全く違う。敵わない生物だ。真正面からでは一撃で殺されてしまうだろう。そうと分かっていても陰陽師としてあれを祓わなくてはならない。

 今まで薄汚れていたコンクリートが黒く染まった。段々と右から漆黒に染まっていく。攻撃が来る!右足に力を込めて一気に左に動く。右では竜が右手を叩きつけている。その手はあっさりコンクリートを破壊し砂埃を巻き上げている。ほんとにどんだけ強いのこいつ。視界の上半分はすでに空が写っている。向こうの家まで十メートルくらい・・・ええい、考えるな。ためらっていたら死ぬんだ。やるしか無い。両足をめいっぱい縮めて一気に開放する。再び体が宙に浮く。

 いまいたところはすでに崩れていた。竜の視線が動いたのを感じる。再び着地すると、後ろを見た。竜の巨躯は迫り、大きな口を開けている。その牙はぬるりと光っている。私の明光の技、水の力を使えば・・・

「やったこと無いけど・・・いけるかな」

水を足の裏に集中させる。今までとは違ってできるだけ溜める。龍の息が背中からかかる。生暖かい腐った風だ。・・・開放する!

 足から開放した水の勢いで上に浮き上がる。竜が口を閉じるより先に上に飛び上がる。下では霧が円形に広がっていく。その中央から2つの赤い光が浮かび上がる。そのきらめきが増したとき、その少し下の霧が内側に凄まじい勢いで吸い込まれていく。

「グァオン!」

中央から霧が逆向きに吹き出る。その中央からいくつかの光がきらめいた後、紫色の光線が天に向かって駆け上っていった。そんなのも出せるの??横に避けないと。本能の言うがままに避けて体制を立て直す。光線は私を追って回ってくる。出力を抑えないと。高度を下げて近くの民家の屋根の上に着地する。頭上を光線が通過して近くの雑居ビルを分断していった。

「グオオオォォ」

数えられないほどのコンクリート片が降り注ぐ。竜は再び私を追ってきた。

 隣の少し背の低い一軒家に飛び降りると、私は後ろに振り向いた。ダメ元で一回試してみるか。

「明光の技、水光斬すいこうざん

私の両手の平から鋭い水の刃が生み出された。二筋の斬撃は風に逆らい、竜に向かって進んでいく。お願い、効いて!刃は竜の横腹に当たったが、水しぶきとなって弾け飛んだ。

「ソノヨウナモノ、キクワケナカロウ」

竜はその体から低く圧のある声を発した。こいつ、人語話せたの?!

「ワレハ、神ヨリ授かりシこの力をモッテ、ソナタを滅する。」

竜の額のあたりの鱗がひしめき始めた。中央に近いものは小さくなりその周りのものは少しずつ横に動いていく。だんだん小さくなってきた鱗の中央から何かが生えてきた。あれは、人。遠いのでよく見えないが、少年のようだ。

「せっかく、コノ町を手に入れたのに、テバナスわけには行かぬ。ソナタ・・・まだ若い陰陽師だな。齢二十といったところか。」

少年は龍の体から生えた上半身だけで少し前かがみになった。

「これは良い。ソナタとならまだまだ楽しめそうじゃ。」

少年は両手を広げると両手の先に紫色の球を作り出した。

「まだ気づいておらぬようじゃな。ソナタがいるここは現実ではないぞ。ここはワレが生み出した世界じゃ。」

気づいてないわけ無いでしょ。いくらなんでもおかしすぎるし。多分私が石板を読んでいる間に術にかけたってところだろうけど。

「我が術を楽しめ!無我方陣・宵の闇ィ(むがほうじん・よいのやみ)」

 2つの球から無数の触手が生えた。あれは当たったらまずいよね。触手は軟体動物のように無秩序な動きをしている。服をかするように降ってくる無数の触手を躱していく。次は足元に来る、次いで右手、左手のあたり。後ろに避けて両手をつくと足で体を蹴り上げて前方に飛ぶ。後ろでコンクリートの悲鳴がする。

「良いぞ良いぞ。さあ、舞え!」

 少年は更に多くの触手を放つ。左、右、前から薙ぎ払うように来てから後ろ。目で読み取った情報を頼りに躱していく。避けて地面に足をつけるとそのたびに体の疲労を感じる。

「はぁ・・・はぁ・・・」

私の息が上がっているのを見て少年はほくそ笑んだ。

「そういうところは”まだ若い”のう。」

 そういうと、建物全体が振動し始めた。しまった・・・下からくる!避けようとしてももう遅かった。下のコンクリートを突き破り触手は私の足や腕をえぐりながら突き破っていった。紫色の波動に混じって赤い鮮血が舞い上がる。ピチャピチャ、そう音を立ててコンクリートに赤い斑ができる。

 その攻撃があたった瞬間に様々な声が私の脳に流れてきた。

・・・ほっんとに無能だなお前は!

・・・すいません

・・・なんでこんな事もできないんだよ!

・・・すいませんすいません

・・・だから、さっきも言っただろうがよォ。死ねよカス!!

・・・すいませんすいませんすいませんすいません。すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません。

なにこれ・・・誰かの記憶?その声は段々と大きくなり、やがて私を包み込んだ。

 足の感覚がなくなった。右手の感覚も切れかけた電線のようにとぎれとぎれになった。コンクリートしか視界に写っていない。それも少しずつぼやけてきた。

「なんぞ、一撃で終わりか。思いの外つまらぬものだな。」

竜は振り向くと、どこかに飛び去っていった。私の視界から消える頃には私は何も見えなくなっていた。

 どれほど時間が過ぎただろう。混沌とした暗闇に一筋の光が指した。その光はだんだんと広がりやがて周りの色を写していった。下半分はコンクリートのくすんだ灰色、上半分は暗い霧の黒色が写っている。雨が降っている。留めない雑音が鳴り続けている。雨独特の匂いもする。腕や足の出血はほとんど治まっていた。

 体の全体はもう私の意思に逆らうことはなかった。立ち上がると、周りを見た。周りは山に囲まれていてその狭い盆地にこの街はある。中央に大きな廃工場がありその敷地にめり込むように神無神社が建っている。向かって西側には駅と繁華街、北側には住宅街、東には農地や田んぼがある。今はどこにも竜はいない。

 今いる建物を降りると、神社に向かった。神社に行く途中の道には人っ子一人おらず、全く音もしない。車も走っておらず、信号の光だけが変わっていく。・・・ここはやっぱり現実じゃないのね。竜の、いやおそらくあの少年が作り出した世界。 あの子の悲しみから作り出された世界。

 神社はこの世界でもそっくりに再現されていた。あの石板もしっかりと置いてある。石板に書いてある内容を再び読んでいく。さっきは途中までしか読めなかったので最後まで読んでいく。

・・・社なくなるとき竜目覚める時なり。

陰陽師社なきときに備え竜の体を封ず法を記す。その一つはこの社なり。他の場所は別の碑に書す。

 めっちゃ大事なこと書いてあるじゃん。別の石碑ってどこだろう。そう思って石碑の後ろに回ると小さな石碑が立っていた。あるじゃん。それも近いし。

 封竜の法句

時流れ 水流れ行く 砂浜に 話が思いぞ 宿らんとせん


さて、「水流れ行く」場所か・・・


 三章 封竜の法句


 まあ、水流れ行く場所って言ったら川だよね。確か町の南の方に川があったはずだからそこかな。だけど、”いつ竜に見つかるかわからない”から慎重にいかないと。

 神社から出ると、川のある方向に向かって歩き始めた。周りはやはり深い霧が立ち込めている。周囲を警戒しながら南に向かう。

「おい」

後ろからついさっき聞いた声がした。その瞬間背筋は凍り、傷がいたんだ。

「どこに行くのだ?」

 私は後ろを振り返ることができなかった。後ろを振り返ると、圧倒的な”現実”に押しつぶされそうだったから。

「ここは我が作りし世界ぞ。そなたの行動くらい手にとるように分かるわ。」

私は自分でも声が震えているのがわかった。

「それで、何しに来たの?」

後ろに向かって霧が流れるように集まっていく。凄まじい風と霧が動いている。

「決まっておろう。殺したはずのやつが生きていたらやることは一つじゃ。」

・・・ですよね!

「そっちがそのつもりなら・・・明光の技、水陣散霧」

両手に水の球を構えると、そこから大量の霧を噴射した。切刃あたりを包み込むまでに広がっていく。

「ほう、そのように作ることもできるのか。これは面白い。」

 少年は竜の上で両手を広げた。その間に私は竜の後ろ側に回り込んだ。・・・今のうちに距離を離して川の方に行こう。

「無量方陣・黒桜吹雪むりょうほうじん・こくおうふぶき

少年の両手から桜吹雪が出てきた。しかし、その桜は黒色に染まっていた。桜は家や電柱を切り裂きながら回っている。やがて竜巻のようになったそれは町を飲み込むように移動していった。町はむざんにも切り刻まれた残骸だけになった。その間私は近くで見つけた用水路に身を隠していた。頭上を桜吹雪が通過する時は本当に生きた心地がしなかった。

 竜はあたりを確認するとまたどこかに飛び去っていった。竜がいなくなったあと私は用水路から出ると、目的地の川の方に向かった。堤防を越えると、そこには・・・なにもなかった。なにもない真っ暗な空間が広がっていた。

 ・・・どういうこと?だってこの先に・・・

近くにあった瓦礫を真っ暗な空間に投げてみる。瓦礫は音を立てること無く消えていった。

・・・なんで?

その時、後ろで足音がした。

「我を脅かすものを、残すわけなかろう」

後ろで竜がとぐろを巻いていた。

「見えなくなったと思ったらどこかに身を隠していたか。」

竜は空高くに向かって舞い上がった。はるか上空で竜は八の字を描くようにとどまっている。

「さあ、もう終わろうぞ!神無方陣・終演かんなほうじん・しゅうえん

 竜は口を開けると、周りのありとあらゆるものを吸い寄せていった。瓦礫や建物、木や水、この世界のすべてのものが、竜のもとに集まった。この世界はただの平たい円形のステージになった。

「さあ、その生命を持ってこの舞台を終わらせよう。そして、我はそなたを取り込み新たな糧とする!」

竜はその口から紫色の球体を作り出した。見るからにまずい状況だよね、これ。球体は周囲の霧を巻き込みながら更に大きくなっていく。

「終焉!」

少年の宣言に合わせて竜はその球体を解き放った。球体は舞台の中央に落ちると、舞台其の物に亀裂を入れていった。亀裂は段々と大きくなりついには舞台其の物を破壊した。私は重力の従うがままに暗闇の中に落ちていった。

 暗闇は底がなく永遠に落ちていった。でも、私はその途中に一瞬光ったのが見えた。もしかしたら・・・そう思っていたとき少し下のところで暗闇が切れて光が漏れていた。あそこなら・・・

「明光の技、水光斬すいこうざん

光は大きくなり、私はそこに吸い込まれた。

 ま、眩しい。私はゆっくり目を開いた。そこには来たときと変わらない町が写っていた。人も車もある、どこにでもあるなんの変哲もない田舎町。よかった・・・それじゃあ、封印しますか!

 町の南に向かって私は歩き始めた。町は普通に人も車も走っている。空は青く、変な暗い霧はもう出ていない。そのへんには野良猫が日向ぼっこしてくつろいでいる。南には堤防が見えてきた。堤防を登ると、中洲の多い流れの緩やかな川が流れている。所々で魚がはねている。対岸には家族連れが釣りを楽しんでいた。

 河原を探していると、少し土が盛られその上に石碑が立っている場所があった。あれかな・・・

 その石碑にはやはり竜を封印する方法が書かれていた。

 封竜の法句

身を呈し その体に入りし 春嵐よ 強き思いを 打ち破らんと


 どういうことだろう、これ。「その体に入りし」だから、食べられろってことかな?まあ、どっちにしろもう一回会う必要はありそうだね。

 それから少し街を歩いていた。街の中心部にある大きな廃工場の近くに行くと、来た時はしまっていた門が今は開いている。その近くから魔物の雰囲気というか気配も感じた。もしかしてあの少年はこの中にいるのかも。私は廃工場の中に入った。


 四章 廃工場の戦い


 廃工場の敷地は広く、いくつもの建物で構成されていた。メインの大きな煙突を備えた化学プラントがある建物や工場らしい斜めの屋根が連なった建物、管理等だったであろう豆腐のように四角い建物がある。魔物の気配は中央の大きな蛇が絡み合うように配管がうねる化学プラントから出ている。もう行くしか無いんだ。私がやらないと。

 ひび割れたコンクリートの間から草が自由に伸びている。あの子もこうやって自由になれなかったのかな?あの想いは苦しい思いだった。楽しい思いが混ざっていない真っ黒な想い。私にその思いを受け止めきることなんてできるのかな?

 化学プラントの内部に入る扉の鍵は壊されていた。濡れた時mンに原型を留めない南京錠が静かに放置されている。地面にはtビラを開いた跡がそのままの形で泥が盛り上がっている。ドアの横に錆びた金属プレートがあった。

「綾波科工 竜前工場 第一塩酸プラント」

中は真っ暗だったがかなりの広さがあるのはすぐに分かった。外の光が入るところはきれいな白い領域となりホコリが舞っているのがよく見える。入り口のすぐ横にあった電気のスイッチを入れると工場全体に明かりが灯った。

 中は曲がりくねった数多の配管とその横に作られた通路、それによくわからない機械と大きなクレーン、所々にある宙に浮くように作られた部屋で構成されている。上の方にある部屋の屋根に人影があった。人影はこちらを認識すると軽い身のこなしで私の少し上まで降りてきた。

「死んでいなかったのか。それでいて、今度は自ら死にに来たか?」

「そうね、そうとも言えるわ。」

自分から取り込まれに行くんだから嘘はいってないよね。少年はふっと笑うと両手から霧を出した。あたりがどんどん紫色の霧で覆われていく。

「ならば望み通り殺してやろう。我が糧としてな!」

 気づいたら少年の精神世界の中に入っている。・・・ここで竜にとりこまれてその内部から倒せばいいんだよね。私は少年を見上げた。少年は両手から紫の光球を出した。

「見たであろう。ここは塩酸を扱っていた工場。まだそれは残っていてなおかつそれはこの世界でも使うことができる。」

少年は振り向くと光球を投げた。それぞれ別のところで爆発すると、そこから液体が流れ出してきた。

「もう分かるな。我に必要なのは”想い”だ。さあ、想え。死の間際まで。」

液体、もとい塩酸は鉄の足場を溶かしながらどんどん下に向かって流れてくる。

 私は目線を左右に動かす。左にはタンクとそこに接続された配管、右には少年のいる部屋へと続く階段がある。そして、正面には・・・

「行かせるわけ無いだろう」

少年が静かに言った。

「その先にあるのは、”我”だ。さすがだ、陰陽師。」

我・・・彼の本体か。正面からとてつもなく強い呪力のようなものを感じる。そして、上の少年からはそのようなものがあまり感じ取れない。

「さて、気づかれた以上早く消さねば・・・無空方陣・終蛇むくうほうじん・ついじゃ

 少年の両手に紫色の球が二つ出現する。あれは、強い。球から尾のように触手が伸びる。壁、配管を切りながら突き進む。まだ近づいてすらいないのに凄まじい風が吹いている。目を開けるのが精一杯だ。

 触手は配管を切り裂き、そこから火が吹きだした。寸でのところで避ける。後ろで砂煙が巻き起こる。私は階段に向かって駆け出した。

「言ったであろう、我に必要なのはは想いだと。我は人の想いその物だ。我は・・・この町の負の想いすべてを取り込んだ!ソナタは勝てるのか?この街の住人、五千人の想いに!」

私はそれを聞いて立ち止まった。私のもとに触手が迫る。それでも私は動かなかった。

 私のもとに二本の触手が迫る。それでも私は動かなかった、いや動けなかった。触手が自分に触れた気がした。でも、私の体は全く傷ついている気がしない。砂煙が晴れる。

「きさま・・・何で??」

少年が呆けた声を出す。私は何も言わずに少年を見つめ返した。少年の残影は形を崩し本体へと帰っていく。その本体が立ち上がった。

「”それ”は、何だ?・・・いや、どうでもいい。想いだ。想いでお前を押しつぶす!」

「想い?」

私の声は自分のものとは想えないほど低かった。

「あなた、さっきも言っていた。想いって。でも、それはあなたが自分に都合よく解釈したまがい物。そうじゃない?」

「ふっ、ふふふぅ」

少年は不気味に笑うと一歩前に歩いた。それだけで周りの空気が逃げていく。

「君さぁ、何でそんなに見破れるのかなぁ?たまたま?偶然?そうだよ、僕の能力は”他人の感情を操って”その想いを取り込むことができる。他人の思いを操るときに自分の力を少し使うことでね。ただ、例外もある。今の”俺”だ。強すぎる思いは古の本体すら凌駕する。そして、お前にはその素質がある。この体を凌駕するな。」

少年は両手をばっと広げた。

「この町には工場があった。そこの従業員たち、頑張っててよねぇ。会社は倒産寸前。従業員の管理なんておざなり。死ぬ気で働いたのに。結局は会社は倒産。ここの従業員三百人は一気にどん底に落ちた。その想いに僕は惹かれたんだよ。でも、一番強かったのは、大人じゃなかった。」

少年は段々と変形していく。

「子供だった。普通にそこらへんを歩いていたから取り込んだら驚いた。見たこともないほどの想いの強さだった。おかげで封印されていたこの力も取り戻せた!さあ、終わらせよう、陰陽師よ!」

 少年は竜になると、工場の壁を突き破って外に出た。そのまま上空に上がっていく。私も竜を追って外に出た。案の定、外は竜が生み出した霧が立ち込めていた。

・・・これに触れると彼が作った世界に入る。そこで竜に取り込まれて、内部から倒す。

 私は意を決してその霧に触れた。体感的には何も変化はなかったが、周りは静かになり今まで街があったところはなにもない草原に変わっていた。

「陰陽師よ、さあ来るがいい。素晴らしい苦痛を味わわせてあげよう。」

竜は八の字を書くように空中を漂っている。さて、まずは・・・

「明光の技、水泡飛沫みなわしぶき

数多の水泡が竜に向かって飛んでいく。竜は方向でそれを一蹴した。そして、口を開けるとそこから霧を吐き出した。

「虚無方陣・苦渋天冥きょむほうじん・くじゅうてんめい

竜は霧を吐くと、それを一気に吸い込んだ。ただの霧じゃない。体に巻き付くように重くのしかかってくる。

「さあ、言ったとおり苦しみを味わわせてやる。」

私は竜の体内に入った。


 五章 暗い闇


 竜の体内は暗かった。足元には常に霧が立ち込め、空間は無限に広がっているようにも感じる。少し歩いていると、空中になにか紫色の物体が光を放ちながら浮かんでいた。

・・・この中から竜を攻撃しないといけない、けどどうやって?

私は紫色の物体に触れてみた。触った瞬間、私の体はその物体に引き込まれた。

 ここは・・・どこかの家の中。スーツを着た男が真っ暗な部屋の机でノートパソコンにむかって何かをしている。キーボードを素早く打つ音だけが響いてくる。その画面にはプログラムが長々と映し出されている。下の方のメッセージ欄にはエラーを示す表示がいくつも出ている。

「くそっ、鬼上司め。これを明日までに直せだって。冗談じゃねえ、できるわけねえだろ。」

男性は愚痴をこぼす。その背中から黒いモヤが出てきた。それに触れると、手に電撃のような痛みが走った。思わず手を引っ込める。これを祓わないといけない。できるかな・・・いや、やらないといけないんだ。

「明光の技・・・」

私は技を出すこと無く、手を光らせたままモヤに触れた。モヤは手のひらを避けるように動いていく。

「ごめんなさい・・・」

手のひらから水球をだすと、それを破裂させた。モヤは一気に引っ込んだ。

「なあ・・・」

男性が急に喋った。

「俺は、こんな生活でいいと思うか?こんなバカの言われるがままで。」

私は即答はしなかった。それでも少し時間をおいてからゆっくり話し始めた。

「いい、とは言えません。でも、あなたにはいくつもの道があります。それは真っ直ぐ進む道だけじゃないと思います。一度、回り道するのもいいんじゃないかな。」

男性はゆっくりとうつむいた。

「そうだね、回り道か。考えたこともなかったな。ありがとう・・・」

モヤは無くなり、だんだんと空間に光が満ちていった。

 気がつくとまた足元に霧が立ち込める暗い空間に戻っていた。ただ、最初と違い今いるところの周りは明るく光で照らされていた。再び歩くと、再び紫色のモヤがあった。今度はさっきよりも大きい。それに触れると体が引き込まれていった。

 今度は工場の中に出た。さっきまでいたあの工場の中。どこかの部屋で女性が事務作業をしている。周りは中年の男性が多い。

「おい、事務さん。この書類印刷しといて。」

男性が叫ぶと、別の男性も言った。

「そうだ、事務さん。ウォーターサーバの補充もよろしく。」

女性は少し間が空いた後に答えた。

「はい・・・やっておきます。」

女性はウォーターサーバのタンクを外すと廊下に出た。その顔は常に下を向いている。

「何で私が・・・女だからって・・・」

その背中から再びモヤが出た。

「ふぅ・・・」

私は明光の技を構えた状態でモヤに触れた。モヤは腕に巻き付いてきたが、あっさりと祓った。

「あなたも思うでしょ、女性だけ差別されるのはおかしいって。」

私はうなずいた。

「おかしいよ。だったら会社に抗議してみたら。」

「とっくにしてるわよ。でも、会社はなにも聞いてくれなくて・・・」

私は会社に行ったことはない。それでも、言えることはあるのではないか。そう思ったが言葉は続かなかった。

「じゃあ、会社を辞めるとか・・・」

「そうね、ふふっ」

女性は振り返ると素早く地面をけって距離を詰めてきた。その腕にはモヤをまとっている。左手が素早く頭上を旋回していく。

「明光の技、水無月祓みなずきばらえ

女性が前傾姿勢になったときにその腹を水の刀で斬った。あたりに弾ける水しぶきが暗い光を煌めかせる。女性の体は上方向に吹っ飛び、天井にクレーターを作る。

 女性は落ちてくるとゆらりと立ち上がった。

「ふふっ・・・ふはははぁ」

両手のモヤが更に大きくなる。

「きゃはは」

モヤがミサイルが如く連続で発射される。それは私をどこまでも追いかけてきた。廊下の角で躱すと、水を打ち込み破裂させる。私はそのまま廊下を周り女性の後ろに回り込んだ。

「あら、後ろにいるわね。」

女性は両手を上げた。

「大丈夫、子羊ちゃん。もう何もしないわ。」

私は構えを解くこと無く近づいた。そのまま女性の首を手刀で殴った。女性の体は力なく倒れ、その背中からモヤが出た。それを祓うと再び世界は光に包まれた。

 竜の体内の世界の半分は光に包まれた。それでも奥には暗闇が続いている。光に満ちていくにつれ、奥の暗闇もその輪郭を見せてきた。積乱雲のような渦巻く大きなモヤの集合体。それが最奥で待っている。私は最後のモヤに近づいていく。近づくだけで吹き飛ばされそうなほどの強風が吹いている。中心に近づくほどそれは強まりモヤの防衛装置なのかかまいたちのような斬撃も混じっている。腕や足、顔に当たるそれは真紅な鮮血を土産に消えていく。

 どれほど歩いただろうか。息は上がり、脳は平衡感覚を失いそうになっている。一歩また一歩と歩みを進めていく。ある一線を越えると、急にモヤは消えた。モヤの中心は”学校の教室”の中だった。教室の窓からは外の嵐が見える。教室は机や椅子、壁や天井に至るまで荒れ果てている。刀で斬ったような後が幾筋も残り、ほとんどの椅子と机は足がかけている。その中央に一人の少年が膝を地面に付き、斜め上を見て固まっている。竜を操っているあの少年だ。

 少年は学ランを着ている。その胸には名札も継いている。

「竜前第一中学校 一年 三組 葦原聡太あしはらそうた

少年の背中からはすでにモヤが溢れ出している。私は葦原くんの体に触れた。再び体が吸い込まれていく。

 葦原くんの世界は学校だった。ここは校舎の裏。葦原くんの周りには数人の生徒がいる。

「おいアッシー、こいつはどういうことだ?」

少年はなにかの紙を出した。そこには葦原くんが創造ロボット全国大会で初戦で敗退したという記事が書かれている。

「お前急に学校来なくなったと思ったらこんなことしていたのかよ」

葦原くんはうつむくとぼそっと言った。

「ごめん・・・」

少年は葦原くんの顔の横を壁ドンした。葦原くんの顔がひきつる。

「おまえ学校来なくなってからよぉ、つまらなかったんだよ。いいサンドバッグがなくなってよ。・・・今日はその分を発散してもいいよな。お前はやりたいことをやったんだ。オレたちだってやっていいよな?」

少年たちは葦原くんを殴り、蹴り始めた。

「やめてよぉ・・・」

葦原くんが言うのを無視して少年たちは攻撃し続ける。

「お前も言うことを聞けばよかったんだよ。俺を学級委員長にする。簡単だっただろ。成績は十分だが、他の輝かしい功績があれば県内最難関校の推薦がもらえる。そのためにはあのインテリ眼鏡じゃなくて俺が学級委員長になればよかった。なのに、せっかく裏工作したのにお前が離反したせいで一票差で負けた。忘れるわけねぇよなぁ。あぁ?」

・・・なんて身勝手な理由。

私は考えるよりも先に体が動いた。私は葦原くんの前に立った。

「あぁ?誰だお前?」

私はリーダー格の少年の目を見た。

「誰でもいいでしょ。ただあなたたちのやっていることが、おかしいと言いに来ただけ。」

少年たちは目で合図を取ると、リーダー格の少年を残して後ろに下がった。

「そうか、いい度胸だとだけ言っておこう。だが、あんたには関係ないだろ。いらないことに首を突っ込むと火傷するぞ。」

「別に火傷してもいいわ。それで正しいことが行われるのなら。」

リーダー格の少年はフンというと、一歩前に出た。私と身長差は殆ど無い。体格もよく、力だけではおそらく負けるだろう。それでも、私には明光の技がある。

「おらあぁあ!」

 少年は雄叫びをあげながら距離を詰めてきた。右手を振り上げているので背中側は無防備。右、その後は・・・。少年の背中側から首を手刀で殴る。少年はコケると、すぐに立ち上がった。

「お前たちもやれ!」

後ろで待機していた三人の少年たちも攻撃してきた。左、少し距離を取って後ろの子のケリを躱す。前の子に当たったところを技で拘束する。着地したところで来る二人の連続攻撃は下に躱す。勢いよく前に突っ込んだところを再び拘束した。

「さあ、子分は全員捕まえたわ。あとはあなただけ。」

残されたリーダー格の少年は目元が痙攣している。流石に怒らせすぎたようだ。

「別にいい。俺がお前をぶっ殺せば済む話だあぁ!」

少年は全身に紫のモヤをまとった。・・・そうじゃん、ここ葦原くんの世界だった。

 モヤをまとった少年はモヤを連続で投げつけてきた。モヤは地面や建物に当たると爆発を起こした。

「おらおらぁ、さっきまでの勢いはどうしたぁ?」

私は葦原くんの前に立った。

「もう貴方を傷つけさせないから。私が守る。だから、信じて。貴方は絶対にひとりじゃない。貴方を守ってくれる人は絶対にいる。その人と会えるのは今じゃないかもしれないけど、すぐにお互いが見つけ合う事ができるから!」

私は葦原くんの顔を見た。葦原くんも揺れる瞳で私を見返している。

「それなら、その前に殺ってやるよ!」

少年は特大のモヤを投げつけてきた。

「明光の技、水球護静すいきゅうごじょう

葦原くんを水の玉で包むと、私は前を見た。モヤはすぐそこまで迫っていた。

・・・間に合わない

 モヤの爆発は私の体を校舎に叩きつけるのには十分な威力だった。校舎の窓は割れ、私は廊下までふっとばされた。体の至るところから痛みを感じる。

「はぁ・・・はぁ・・・」

少年は壁を突き破って廊下に入ると、こちらを見た。

「確かに強いが、耐久はだめみたいだな。安心しろ、次で終わるからな。」

少年は再び殴りかかってきた。右ストレートを避けると、そのままの勢いで足払いで転ばせる。

「明光の技・・・」

私が技を打つ前に、少年は立ち上がり、私の後ろに回り込んでいた。

「おらぁ!」

少年は私の頭をつかむと、そのまま外に向かって投げつけた。視界が目まぐるしい勢いで変化していく。再び外まで飛ばされると、私は左の腕を抑えながら立ち上がった。

「さっきから動きもだいぶ遅くなっているなぁ。」

やっぱり力はかなり強い。それなら・・・

「ふう・・・明光の技、水光乱奏すいこうらんそう

私は両手から水球を生成した。

「これで終わらせよう、ね。」

水球から無数の鞭が伸びていく。それは少年に向かって一直線に進んでいく。少年は連続で躱していくが、私もそこに先回りして鞭を伸ばしていく。 ついに一本の鞭が少年の体を捉えた。その鞭が少年の体を拘束すると、そこからさらに細い鞭を生み出した。少年の体をぐるぐると巻き付けた鞭は段々と一つにまとまっていった。

「あなたは自分勝手な理由で彼を攻撃した。それは到底許されるわけ無い。でも、ここは・・・」

私は葦原くんを見た。

「貴方の心の中の世界。現実だとまだ終わっていないのかな?それでも、頼れる人に頼ってほしい。私が”昔そうだった”ように。」

・・・そう、私も昔いじめられたことがある。スポーツが得意な男子より私のほうが体育テストの成績が良かったというなんとも子供っぽい理由だった。そのときに助けてくれたのはたまたまその場を見ていた近所のおじさんだった。昔から仲がよく、たまに家に遊びに行っていた。そのおじさんが私が公園でいじめられているのを見て、リーダーだった男子を殴って叱った。それ以来私はいじめられることはなくなり、逆にその子と仲良くなった。小学校の六年生くらいのことだ。

 私は葦原くんを水で包んだ。その背中からモヤが出てくる。

「これで、終わろう。」

私がモヤを祓うと、世界は光に包まれた。

 竜の体内はほとんどが光に包まれた。積乱雲のようなモヤは無くなり、世界の端の方に小さいモヤが無数に残るだけとなった。そのとき、竜の体内の空間にヒビが入った。所々が剥がれていく。

「ねえ、陰陽師さん」

後ろで葦原くんの声がした。

「僕の・・・世界に来てくれてありがとう。初めて僕に味方してくれて、僕とっても嬉しかった。ここに入ってからそんなことは一回もなかった。」

葦原くんは輝くような笑顔を浮かべると、右手を出した。

「陰陽師さん、名前は?」

私も右手を出して、葦原くんの手をしっかり握った。

「私は藤崎琉水。葦原くん、負けないで。負けそうになったら・・・」

「頼ることもあるかもね。」

葦原くんは私の顔を見た。

「これで竜は体を維持できなくなると思う。でも、まだ小さなモヤはいっぱいある。まだ終わらないから。」


 六章 明るい光


 竜の体内の空間は崩れ、竜が作った精神世界に戻った。葦原くんの姿はすでに無い。その代わりに、古ぼけたわらの服を着た少年が立っていた。

「そなた、感謝する。」

少年は淡々と話し始めた。

「吾が表に出られたのは三年ぶりだ。しかし、あの少年を失い我が力もすっかり衰えた。」

少年は宙に浮くと、周りに散らばったモヤを吸収し始めた。

「この程度まで減らされたか。それでも一人を殺すのには十分ぞ。」

少年の体はどんどん膨れ上がっていく。

 この子はおそらく最初に竜になった子。奈良時代に封印された原初の竜。でも、力はすでに小さくなっている。小さくなったとはいえ一人で戦うにはかなり厳しいが。

 少年の体は段々と奇形に変わっていった。透明な大きい羽、巨大な複眼、そして長い尾。口は鋭く尖り、耳障りな羽音が響いている。少年は巨大なハエのような姿になった。さらに、複眼もよく見ると一つ一つが人間の顔の形をしている。顔はそれぞれが恨み言を発し続けている。

「これが・・・今の吾の姿か。醜いな・・・」

少年はつぶやいた。その声はどこか悲しそうな響きを含んでいるような気がした。

「吾はもう嫌じゃ。この呪いに縛られるのは。吾の”定義”はこのようなものではなかったはずだ。なのにどうして・・・」

少年はしばらくうつむいていたが唐突に顔を上げた。

「お前のせいか・・・そうか、お前のせいだ・・・お前がここに来たから、全てが狂った・・・そうに違いない!」

羽音は一層高くなり、あたりに暴風が吹き荒れる。

「うおぉおぉぉ・・・!」

少年の動きに合わせて複眼の顔の口が開いていく。

褸奇亜るきあ

複眼の顔から無数のコバエが放たれる。コバエは黒い線を空中に描き、ねじれ、蠢いている。

 気色わるっ・・・。それなら一気に処理したほうが早いし、気分もいいよね。

「明光の技、明鏡止水めいきょうしすい

水の刀を握りそれを斜め下に向けて構える。私の周りには一面に凪いだ水面が広がっていく。コバエが入ってくると、私は刀をだんだんと上げていく。それに合わせてコバエたちはどんどんと消えていった。

「なんだ?何をした?」

少年は更にコバエを放出した。しかし、コバエはどんどん消えていく。

「ふぅ・・・」

私が刀を降ろすと同時にコバエは消えなくなった。

「おいおい、種明かしもなしに奇術をやめるとは。もう一度やれ!吾はとても楽しいぞ!」

ハエの大群がミサイルのごとく地面に突っ込んでくる。それを躱していくと、私は再び体制を整えた。

「そんなに言うなら・・・明鏡止水!」

今度は更に広い範囲に水をはる。

「好きなだけ来なさい。全部受け止めるから。このコバエ、モヤの正体でしょ?」

少年は腕を広げて笑った。

「はははぁ・・・あぁ、そうだ。あのモヤを変形させたのがこのコバエたちだ。いい勘しているじゃないか。」

少年は一気にコバエを放出した。

「コイツラで最後だ。耐えてみろ!」

 水面の上は真っ黒なコバエの大群で埋め尽くされている。それでもギリギリ処理しきれていた。

「はぁ、はぁ・・・」

もう限界・・・この技、水面の上から細かい刃を標的に対して正確に射出して倒しているから多すぎるとすごい疲れる。だが、だんだん向こうの黒い大群の密度が下がっていく。少ししたときにはすでに私と少年を隔てるものは何もなかった。

 少年は苦虫を噛み締めたような顔をしている。

「吾が怨嗟を、人々の苦しみの集合に打ち勝ったとでも言うのか?お前が?こんな若造が??」

少年は腕を振り払う。

「そんなわけ無い!この吾の怨念たちが!」

私は少年を見上げた。

「あなたは人々の怨念って言うけど、あなたはその人達の想いを受け止めて吸収してきたの?ただ取り込んだだけじゃないの?それだと・・・」

少年は吠えた。

「そんなわけ無い!この吾がぁ!こんなのに負けるはずがない!!」

少年もとい大バエは上空から連続でひっかいてきた。その攻撃の一撃は重く、少し飛ばされた。それでも私は立ち上がった。

「その人の気持ちに寄り添ってすらいないのに使おうとしても全力を出せるわけ無いでしょ。」

「そんなことはない。吾の言うことに従っていればいい!」

私は小さくため息を付いた。

「わかった、もういい。・・・明光の技」

私は少年の目を見つめると、一気に距離を詰めた。大バエの足を躱すと、少年のいるところまで飛び上がった。

水光斬すいこうざん

少年の体は真っ二つになった。

 少年の体はすぐに黒い粒子となって消えていった。それに合わせて精神世界も崩壊して現実に戻った。私は神社の方に歩き始めた。

 町はいつでも静かだった。神社には阿久津さんが立っていた。

「おお、琉水さん。何処に?」

私は微笑んだ。

「竜退治に」

阿久津さんは驚いて色々と聞いてきた。私は事の顛末を話すと、家に帰った。家では父さんがソワソワしていたが、私の姿を見て安心したようだ。父さんにもいろいろ話す羽目になった。父さんは私が一人で魔物を倒したことを褒めてくれた。でも、今回わかった課題を達成するために私の鍛錬はまだまだ続きそうだ。私は家の縁側から空を見た。入道雲はいつでも大きい。


ー終わりー



 後日談「秋楓」


 あれから数ヶ月後、もう秋も終わりかけているとき、葦原くんから手紙が来た。どうやら、いじめてきた人たちと話をつけたいから見守って欲しいという。あの世界の動機は現実世界でもそのままだったようで今でもたまに殴る蹴るの暴行を受けていると書かれていた。私は指定された日時に駅で待ち合わせた。葦原くんは最後にあったときと同じ爽やかな顔をしていたが、どこか不安げだった。

「琉水さん、無理言ってきてくれてありがとうございます。」

葦原くんは頭を下げた。

「ううん、いいの。それで、どこで話をするの?」

葦原くんは廃工場を指さした。

「工場の隣に学校があるからそこで。琉水さんは見つからないように隠れてて。もし、あいつらがなにかしてきたらその時はお願い。」

私はうなずいた。学校のうら、あの世界と同じ場所で待ち合わせているそうで私は少し離れた木の上に隠れた。少しして数人の少年が来た。ここからはよく聞こえないが、話し合っているようだ。しばらくすると、怒鳴り声が聞こえてきた。私はこっそりと木を降りて、近づいていく。

 そこでは少年たちが仲良く話していた。お互いの顔や体に字などはない。どうやら穏便に住んだようだ。私は少し離れた。葦原くんはその後しばらく彼らと話していた。一時間後くらいに少年たちは帰っていった。私は葦原くんのもとに行った。

「穏便にすんだのかな?」 

葦原くんは笑ってうなずいた。

「うん、一緒にパソコンを勉強してコンクールに一緒に応募しようって行ったら納得してくれた。」

私はうなずくと、言った。

「じゃあ、もう大丈夫だね。」

「うん、ありがとう。」

 帰る前に葦原くんからお土産で地元で有名だという菓子をもらった。家に帰ってから食べるとほんのりした甘みが心地よかった。

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