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臭い闇を抜けて


「ちわーっす。郵便でーす!」

 初手から郵便かよ……と、シスターズは思っていた。

 それは訓練の指揮 (っぽいの) を執っていたアヤナ隊長とて例外ではなかった。

 いつものアヤナ隊基地。隊員のほとんどに装備がないので、実技(?)は互いにホウキを持ってのチャンバラだけれど。そもそも ホ ウ キ す ら 足 り な い ので、多くのシスターズは走り込んでいた。……他に何もすることがないから。

 だいたいこの吹きだまりのシスターズは、訓練校でもただ走らされていただけなのだが。


 いつもの郵便屋さんには、またまたいつものアグゥ・グランドレベル二等兵が応対に向かっていた。

「ちょりーっす」

「ここにサインをお願いしまーっす」

「うぃーっす」

「あざーっす」


 届けられたのは……例によって宝箱だ。

 郵便(しかも普通便扱い)で軍隊に色々送ってくるのは、だいたい一人くらいしか考えられなかったけれども。

 あぐがその宝箱を、にこにこと訓練スペースの中央に持ってくる。既にそのあぐの笑みにすらビビッてるシスターズも多く。

 こっそりと距離を置こうとしている隊員たちでいっぱいだ。

 だがアヤナ隊長は立場上逃げるわけにはいかない。すると隊長の護衛を兼ねているフレイヤ特務少尉、そしてこういう『不確定なもの』を鑑定するために警察からシスターズに出向してきているコジ巡査長(兵長)も、やはり逃げるわけにはいかなくなる。


 ルイ・ビニール二等兵はこっそり距離を置こうとして……あぐと目が合った。

 あぐはぴょんぴょんして嬉しそうだ。

「るいちゃ、るいちゃ、宝箱ですー!」

「そ、そうだねあぐちゃ……(本当は向こうへ行って欲しかったんだけど)」

 あぐは鼻歌を歌いながら(『るんたったー』 、らしい)、アヤナ隊長をロックオンして近づいていく。フレイヤが声を上げた。

「隊長……お察しします」

「いえありがとうフレイヤ。大丈夫。こっちには最初からコジ兵長もいるし」

 コジはこくこく肯いている。

 アヤナ隊長の前に、その宝箱は置かれた。隣にはガードのフレイヤ。そして周囲にはシスターズが多く集まり、輪ができた。


 アヤナは頷く。

「平気よみんな! ビビらないこと! もしコレがロウからの贈り物だったら、きっと音声ガイダンスもついてくるわ! そこにだけ注意すること!」

 注意も何も、と言う気がしたが。

 コジ兵長は宝箱を調べてから言った。

「アヤナ隊長。宝箱自体に罠はないみたいです」

「わかったわ。じゃあ開けるわよ。……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

「「((隊長、今度は正式な手順を踏んでる……!))」」

 #「南無三」は、唱える時間がない時に使います。戦国武将とかが好んだらしい。


 アヤナが呪文(?)を唱えた時だった。

 宝箱が無機質な声で「喋った」。


『ハコが喋ります』


「しゃ、喋ったあああ!」

 ぶっ飛んだ。

 声そのものより、どう考えても『喋るポイントではない』ところで『喋ります』宣言されたことに、皆がぶっ飛んだ。

 呪文の詠唱(南無阿弥陀仏)を中断されて、アヤナが「ひゃんっ!」とか言って、ぽてっと後ろに転んだ。

 一方、宝箱の近くにいたルイは「ちぇすとーっ!」とか叫んで気合いを漲らせている。

 軍人としてはルイの姿勢の方が正しいのだろうけども。シスターズのほぼ全員が、

(アヤナ隊長、やっぱりカワイイ……☆)

(るいちゃんの雄叫びは、ちょっと……)

(うぇーい!)

(うぇーい!)

 とか思っていた。


 アヤナが立ち上がり、頭を掻く。

「むぅ……。駅のホームみたいなコトしてくれちゃって……!」

 あぐがこくこく肯く。

「電車が参ります、みたいなものですかー?」

「そうね」

「サザエでございます、みたいなものですかー?」

「誰か、この子を取り押さえて!」


 気を取り直して。アヤナ隊長が、つま先でその宝箱をちょんちょんする。

 宝箱が無機質な声で「喋った」。


『ハコが喋ります』


「……」


 するとその先を喋りだした。



『私が道を歩いていると、向こうから。1人の赤いキャスバル兄さんが、サングラスをかけて、頭に赤い洗面器を乗せて歩いてきました』



「ぇあぁあっ!?」

 シスターズ全員がビクッとする。

 箱の話は続いた。



『赤い兄さんの赤い洗面器には赤い水が入っていて、兄さんはそれをこぼさないように、そーっと歩いてきます。だから聞いたんです。「失礼ですが、どうして素性を明かさないのですか、と」すると……』



「ちぇすとーおおおぉ!!!」

 そこでルイが箱に、思いっきり蹴りを入れていた。とても、とても重い一撃。……箱はひしゃげ、一部が粉々に砕けた。……箱の音声は止まった。

「そんなの、ど う で も い い から、黙りなさいよ! こっちはもうハコの音声ガイダンスには慣れっこなんだから! ですよね、アヤナ隊長!?」

「ぅあ。ぇあ。え、ええ。そうね。うん。……ルイ二等兵の言う通りだわ」

 咳払いをして仕切り直すアヤナ。

「じゃ、じゃあこのハコ開けるわよ」

「こういうの、わくわくしますよね、隊長! 中身は何でしょうかね!」

 興味津々のルイとは正反対に。

 ルイ以外の全員は。

((それより箱の話の続きが気になるんだけど……))

 とか思っていたのだが。箱が壊れて(壊して?)しまったので、もうどうにもならない。



 さて。

 さてさて。

 箱の中には手紙が二通。どちらもアヤナ宛て。後は缶詰が入っていた。

 ルイは呟く。

「それ、カンヅメ? どこかでカシナートの剣が5本集まったのかも」

 コジ兵長がルイをちょんちょんする。

「るいちゃん。伝説を信じすぎなのでは……?」

 フレイヤが二通の手紙を取り出す。

「どちらもアヤナ様宛て。ジャンさんとロウさんからのお手紙ですね」

 アヤナはジャンからの手紙の封を開けた。ジャンの筆跡である。


『親愛なるアヤナへ。今現在のアヤナ隊……アヤナ・シスターズには、まだ満足な装備が揃っていないと伺いました。予算の都合で、多くは警察からの流用だと。私は大量の装備を揃えるというお力添えはできませんが、アヤナはウェインと、もちろん深い繋がりがあります。王都の駐留部隊はともかく、ラクス駐留軍にはウェインのツテが使えるでしょう。もちろん優先的に何かを……とはいきませんが。払い下げの装備が回せないかウェインは聞いてみるとのことでしたし、私の名前も使っていいと彼に言っておきました。アヤナ隊も多少は装備が充実するかもしれません。では、幸運を! 付与研のジャンより』


 アヤナは空を見上げ……その綺麗な瞳から、涙をこぼした。

 フレイヤが慌てる。

「た、隊長! どうされたのですか!?」

「私、色んな人に助けられてるな、って……。みんな私のことを気遣ってくれて。その心遣い、本当に嬉しい! 私は三国一の幸せ者よ!」

「(三国一……)」

 やたら妙なことを口走る隊長(年頃の姫)である。


 一方、コジ巡査長はもう一通の手紙を見せる。こちらはロウからのものだ。

 ……後は宝箱の中には、妙なカンヅメがあるだけだ。

「なんか毎度のことだけど、コレ、ろくでもないモノのような気が……」

 ルイが待ち切れない、と言った感じで急かす。

「隊長! その手紙には、何と!?」

 アヤナはロウからの手紙の封を開けた。


『アヤナ様、付与研のロウです。今回はジャン先輩が何も基礎設計をしてくれなかったので、私が独自設計したコンバット・レーションを同梱します』

 アヤナは言う。

「コンバット・レーションって……作戦行動中に食べる携帯食のことよね?」

 コジ兵長も頷く。

「どこの国のもあまり美味しくないとか、量が足りないとか、カロリーも栄養も足りないとか言われてますが……」

 アヤナは続きを読んだ。

『このコンバット・レーションは。今までの全てのレーションを過去に追いやる逸品です。これに量が足りないと言う人は誰もいないでしょう』


 フレイヤ特務少尉は言った。

「やたら自信満々ですが……あのロウさんからの贈り物、ってだけで身構えてしまいますね」

「そうよねフレイヤ。でもまあ……試しに開けてみよう。カンヅメだから……誰か、缶切りないかしら?」

「あ、私持ってます」

 コジ兵長が缶切りを取り出した。アヤナ隊長はそれを手に取り……箱の中のカンヅメを手にして。言った。


「……ねえ。このカンヅメ、少し膨らんでない?」


 フレイヤ特務少尉も少し肯いている。

「そうですね。少し膨張しているような」

「開けたら爆発、とかしないよね?」

「大丈夫ではないでしょうか。恐らく……」

「ま、考えてみても仕方ないわ。割と良いコンバット・レーションかもしれないし。テストしてみないとね」


 アヤナ隊長は(少し膨らんでいる)カンヅメを手に、缶切りを当てて。キコキコとフタを開けた……


 瞬間!


 めっちゃ臭い匂い!!!


「ぎゃああああああ!」

「ぐああああああ!」

「うぼあー!」

「ぬわー!」

「えーいどーりあーん!」


 その場のシスターズの全員が、強烈な匂いに悲鳴を上げて地面に転がり込む。

 まず、目がやられた。

 呼吸の、食道から肺に入る辺りまでもやられた。

 フレイヤ特務少尉は叫ぶ。

「た、隊長! これは……!?」

「ぅあぁっ、何これ、物凄い匂い……! 目が染みる! 吐き気がする!」


 コジ兵長がカンヅメを鑑定し、叫ぶ。

「隊長、コレ『シュールストレミング』です!」

「え!? 聞いたことはあるけど……!?」

「ニシンを塩漬けにして発酵させた保存食……うわ、オマケで納豆とクサヤまで混合してあるって書いてありますが……そんなの関係ないくらいにシュールストレミング臭(魚が腐った……というか発酵させてあるので当然)のほうが強いです! これ、何とかしてください隊長!」

「ぇあ!? また私なの!? 私がなんとかするの!?」

「助けてください隊長! この中で最も、隊長が魔法に優れているんです!」

 そう言われても。匂いを取ったり抑えたりする魔法なんてアヤナにはできない。もしこれが彼女の師匠だったら、どうとでもできるかもしれないが。

 大勢のシスターズの悲鳴が響く。


「ぅわあああぁあ…!」

「助けてください隊長!」

「うぇーい……」

「うぇーい……」


 シスターズは地面に這いつくばり、身悶えている。彼女らが宝箱から少し距離を置いても、既に制服にその匂いは染み込んでいる。もう逃げ場はなかった……。

 アヤナ隊長はフラフラになっている。

「コレをコンバット・レーションにしたら、確かに『量が足りない』って人はいなくなるだろうけど……! これって生物・化学兵器に分類されるんじゃない!? どこかの陸戦協定とかに引っかからない!? ってかテロ行為よね!?」

 フレイヤ特務少尉は悶えながらも、指示を仰いだ。

「た、隊長! これは一体、どうしたら……!?」

 (錯乱している)アヤナは、サラッと恐ろしいことを言った。


「……誰かが食べて、完食してくれればいいんじゃない? その後で歯磨き粉とかいっぱい舐めれば」

 割と恐ろしいことを言う隊長である。吹き溜まりの隊長なんてこんなもんだ。


 コジ兵長が(地面で悶えて苦しみながら)手を挙げる。

「アヤナ隊長! とりあえず隔離、隔離を! 丁度そこに宝箱があるじゃないですか!」

「おぉ! そうね! これで少しはマシに……!」

 アヤナ隊長はシュールストレミング(と納豆とくさや)が入ったカンヅメを宝箱に戻し、フタを思い切り閉めた。

「よし、これで何とか……あああああ!? 匂いが全然弱まらない!」

「そんな! 通常規格の宝箱なら、ある程度は密閉されてるはずです……!」

 アヤナ隊長とコジ兵長が言っている時。フレイヤ特務少尉が声を漏らした。

「あ」

「ど、どうしたのフレイヤ!?」

「さっきこのハコが『赤い洗面器うんぬん』の話を話してた時、ルイ二等兵が蹴りで宝箱の側面をぐちゃぐちゃに破壊して砕いていますので……」


 アヤナたちだけでなく。

 シスターズ全員の鋭い視線が、ルイ・ビニール二等兵を襲った。

「え!? いや私、まさかこんなことになるなんて……! それにそもそもロウさんからのブツですし! カンヅメが膨らんでいた時点で危機対処は……!」

 しかし多くのシスターズたちが(臭い匂いを放ちながら)立ち上がり、雄叫びを上げながらルイ二等兵を抑え込み始めた。

「ちょっ! ちょっと待って! 助けて! 助けて! お願い! 悪気はなかったの! あぐちゃ、あぐちゃ助けてえええ!」


 この時。誰もが気がついていなかったのだが。

 アグゥ・グランドレベル二等兵は遥か遠くへ避難していた。この場で唯一臭くない隊員である。……なぜ彼女はこんなに危機回避能力が高いかは知らないが。


 フレイヤ特務少尉は言う。

「軍隊の爆発物処理班に通信をしましょう……来ないと思いますが」

 コジ兵長も言う。

「警察の爆発物処理班に通信しましょう……やはり来ないと思いますけど」


「ちょっ、二人とも! どうしたらいいの!? こっちは手ひどくやられてるんだよ!? なのにどこからも応援が来ないなんて……!」

 フレイヤとコジの言葉が、重なった。

「「でもコレ爆発物じゃないですし……」」


「うわぁああーん! 酷いよー! 世間は冷たいよー!」

 フランソワーズ家の可憐な姫君で、かつ王国騎士として叙勲を受けている人間が。……まさかこんな処理をさせられるとは、流石に思っていなかっただろう。

「それで隊長。指揮を頂けますか?」

「ぐぬぬ……! やるわ! やってみるわよ!」


 アヤナは手早く『道具』を掻き集めた。袋や新聞紙や、何かコマゴマしたものだ。

「みんな、どいて! そのカンヅメをビニール袋に入れるから!」

 (側面が壊れた)宝箱からカンヅメを取り出し、ビニール袋に入れる。新聞紙を適当に突っ込み、おがくずとかそういうのも適当につっこみ、さらにその上からもう一度ビニール袋をかぶせて、その口を固く縛った。


「ルイ二等兵!」

 危うくリンチされかけていたルイ・ビニール二等兵に、声をかけた。

「は、はい何でしょうアヤナ隊長!」

「罰として、貴方がこれを処理してちょうだい!」

「処理と言われましても……どうすれば?」

「とりあえず燃えるゴミに出して! じゃないと、基地が壊滅的に臭くなるわ!」

「りょ、了解! これはゴミ捨て場に持っていきます!」


 ポツンと。フレイヤ特務少尉は呟くように言った。

「アヤナ隊長。処理方法、アレで良かったのでしょうか? どう考えても燃えるゴミじゃないような気がしますが……」


「でも! やったもん! 私、できることを精一杯やったもん!」

「……お察しします」



 ……。



 その後、めっちゃクレームが入った。




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