逆襲のアスリー Asurī's Counter Attack
「原因はなんです? 重量が3グラム減った原因は」
「メガネのフレームの材質を変えたんです。強度は上がっていますから、絶対危険じゃありません」
「当たり前でしょ、弱くなったらたまらないわ。なんで事前に通知して……!」
「納期を十日も繰り上げられれば」
コジ兵長は言う。
「……っと。それは魔法学院のアスリー先生に言ってください。あの人がこんなに早く法案を通さなければ、こんな事にはならなかったわ」
机の上に置かれていたメガネ。
コジ兵長はメガネに覆われた布を。ファサッと上げて……そのメガネをあらわにした。
逆襲のアスリー
Asurī's Counter Attack
『サタデーナイト・ショーツ法案』
まず留置所では、女性のショーツは『官製下着』というものでベージュ色のダサいのである。
交換は入浴に合わせて5日に一度
#「サタデーナイト」というのは、もともと金曜の夜に使われる「粗悪な武器」一般のことを称される
#……でもさ。金曜の夜の下着って、逆に気合いの入った素敵なモノが着られると思うけど。
#この法案は、世の中の全てのショーツを『官製下着』(ベージュ色のダサいの)にすることによって大量生産を成し遂げ、その量産効果でコストを引き下げる法案である。会社にはそれを義務付けることとする。
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アヤナ・シスターズの基地。
アヤナとアスリーが言い合っていた。
アヤナは拳を握っている。
「アスリー先生! なんでこんな法案を議会に通すんですか! これでは下着の色が同じになって、オシャレができなくなる! 業界の冬が来ます!」
「留置場ではなくシャバに住む者は、自分達の事しか考えていない。だからショーツの色を統一すると宣言した!」
あぐがニコニコしながら、思っていた。
「(それはパクられた人が悪いだけでは)」
アヤナは声を張り上げる。
「人が人のショーツの色を決めるなんて!」
「私、アスリーが決定しようというのだ、アヤナ!」
「エゴだよ、それは!」
「市場が持たん時が来ているのだ!」
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色々叫んで疲れたのだろうか。撤退していくアスリー。……いやお昼時なので、恐らく何か昼食を取りに行ったのだろう。
アヤナは悔しそうに顔をしかめた。
「あの法案を、議会に落ちるのを阻止できなかったとは」
そう呟いて。アヤナも昼食を取りにシスターズの食堂に向かおうかと思った。顔を伏せたが……そこにコジ兵長がいた。
「あらコジ兵長」
「アヤナ隊長。例のメガネを取ってきました」
「ありがとう、兵長」
コジは少し怒っている。
「でも隊長! アヤナ・インダストリィ社は魔法学院のメガネも製造してるんですよ?」
「本当なの?」
「技術部門は違うって言ってましたが」
「でもまあ……それが企業ってものだもんね。っつーか私が許可出してた気がするし。うろ覚えだけど」
一応。彼女はアヤナ・インダストリィ社のCEOである。わりとガバガバな気はするが。
コジ兵長は、まだ少し膨れている。
「それにアヤナ・インダストリィの人。私をシスターズの隊員って信用してくれなかったんですよ」
「コジ兵長が童顔すぎるからよ」
「まあ」
アヤナはコジからの、魔法のメガネを手に取る。
「うん、いいわね。敵の脳波をサムシングで強化してメガネで受信できれば、対応は速くなるからね」
「その准尉のアイデアがヒントになって、インダストリィ社の材質開発部がメガネフレームの中に同じ性能を持つ物を内蔵したみたいです」
「メガネフレームの中に内蔵?」
「このサムシング・チップが、言ってみれば薄紙一枚より小さな大きさでフレームに封じ込めてあるみたいなんです」
「おぉ。凄いアイデアね。じゃあ……そのνメガネ、すぐにも持って帰るわ」
「えっ! 梱包にあと30秒は必要です」
「駄目よ」
一方のアスリーは、手近な牛丼屋でメニューを頼んでいた。
牛丼つゆだく卵つき。
ニッコニコの笑顔で、箸を取って食べ始める。
めっちゃ美味しい。
「うわ、すっご」
いつも思うが、牛丼は美味しすぎる。
「しかしまあ……」
留置所にいた時は。『官製下着』というベージュ色のダサいものだった。食べるものだって暖かくはない。味も量もない。ソースをドバドバかけて味をつけて食べたものだ。
ぼんやり。粉塵にまみれた、地下の労働施設のことを思い出した。
「皆はあんな地下のものを知らないで、シャバから刑務所に住む人を支配している……」
#ちなみにパクられたのはアスリー本人の責任です。
アスリーが牛丼 (つゆだく)を味わっていると。店内に一人の女声が入ってきた。黒髪ロングの若い女性で、軍服である。
牛丼屋に女性一人は珍しい。しかも服装も軍服である。
彼女は券売機でチケットを買って……「失礼」とアスリーの横に座って、アスリーの顔を見た。アスリーもその顔を見て……互いにぶっ飛んだ!
「げえっ!? アヤナちゃん!」
「アスリー先生!?」
戸惑いながらも、アヤナは牛丼屋のカウンターに座ってチケットを店員に渡した。
そして言う。
「牛丼つゆだくで。あと卵も」
アヤナは箸を取ってから、言う。
「先生。なんでここにいるんです?」
「私はアヤナちゃんと違って、教師だけをやっているわけにはいかないんで」
「私達と一緒にオシャレの研究をした先生が、なんであんな法案を?」
「オシャレな下着を着けている連中は、カネと資源を浪費しているだけの、重力に魂を縛られている人々だからよ。私、手持ちのカネ少ないし」
二人でバクバク牛丼を食べる。何故か、競うように。
「ん。アヤナちゃん、ちょっとごめん。店員さん、ライスおかわり」
「店員さん、こっちは味噌汁おかわりで」
「美味しいね、アヤナちゃん」
「はい。美味しいですね先生」
「……ところでアヤナちゃん」
「はい?」
「市場はさ、人間のエゴ全部を飲み込めやしないのよ」
「いえ。市場はカネと時間次第で、そんなもん乗り越えられます」
「ならば今すぐ、私を含む愚民ども全てにファッションセンスを授けてみせてよ」
「だから先生。カネと時間が必要なんですよ、市場ってのは」
*
「ふふふっ、はははっ」
「何を笑ってるんですか、アスリー先生?」
牛丼屋で(牛丼を食べながら)アスリーは笑い始めた。店員さんや他のお客さんは迷惑そうだったが。
「私の勝ちだなアヤナちゃん。今計算してみたが、例の法案(『サタデーナイト・ショーツ法案』)は議会で賛成多数で議決される。アヤナ・インダストリィ社の頑張りすぎだ!」
「ふざけないで下さい。たかが法案一つ、デモ行進で押し出してやる!」
「ちょっ、ダメだってアヤナちゃん! アレむっちゃ力付くで通したんだから!」
「イヤですよ。あんな法案通されたら、ウチの社がやっていけないですから!」
「どうしてもダメ?」
「先生ほどにカネの流れほど急ぎすぎもしなければ、市場に絶望もしちゃいないわ!」
「ううっ……もう法案の採決は始まっているんだぞ」
「アヤナ隊長の名前は伊達じゃない!」
*
「そうか、しかしこのあたたかさを持った人間がファッションセンスすら破壊するんだ。それをわかるんだよ、アヤナちゃん!」
「わかってるわ! だから、世界に人の心 (ファッションセンス)を(雑誌などを通じて)見せなけりゃならないんでしょ!」
「アヤナ・インダストリィ社ほどの会社が、なんて株価の小さい!」
そこにルイが牛丼屋に走り込んできた。彼女はカミーユに修正されて入院していたが(何でも、マウントポジションからのパウンド連打で相当の怪我をしていたようだが)、ようやく退院してきた模様。
「大変ですアヤナ隊長! 例の法案が議会から離れていきます!」
「えっ」
狼狽えて、かなり挙動不審になるアスリー先生。
「そんな馬鹿な。アレはちゃんとハニートラップでゴリ押ししたのに!」
ぼんやりとアヤナは思っていた。
「(そういうことやるから、後で弾かれるのに……)」
さらに、ルイはかなりハッキリ思っていた。
「(ハニートラップって何したんだろう……)」
さらには、コジ兵長も牛丼屋に走り込んできた。牛丼屋の客は迷惑そうだったが。
「法案、議決の変更確実。会議から離れます!」
ルイは叫んだ。
「作品から読者が離れていきます!」
ED
「BEYOND THE TIME (メビウスの宇宙を越えて)」
BEYOND THE TIME 、が流れ終わった時。
あぐが、にこにこの笑顔のまま、言った。
「結局。最初のメガネフレームのくだり、いりましたかね?」