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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第7話

 翌日、ウェルキエル帝国学院訓練場にて。

 

 ニーナたちは一限目から、この無駄に広い訓練場に集められていた。実技科の生徒は実戦形式で授業を進めるため学院設備に被害が出ないよう、専用の施設が用意されているのだ。ちなみに放課後は一般開放されており決闘の舞台に選ばれることも珍しくない。

 

「よし、お前らペアは組めたな? ルールはさっき説明した通りだ。能力及びASSの使用は自由だが、威力は最低値まで下げるように。即死じゃ治せねぇからな」

 

 訓練場全体に散らばった生徒たちを見渡し、セヴラールが続ける。

 

「ここの学校医の腕は折り紙付きだ。多少、派手にやってもらっても構わない。それじゃ、スタート」

 

 試合開始の合図と共に各自が武器を構える。ニーナは少し離れた所に立っているユーフィアに声をかけた。

 

「もう始めていいかしら?」

「は、はい。よろしくお願いいたします」

 

 対するユーフィアはいつも通りに頭を下げる。そして、ユーフィアが居合の構えを取った瞬間空気が一変した。

 

「ユーフィア・フォーマルハウト、推して参ります!」

 

 初撃をかわせたのは、ただの勘に過ぎない。ここにいてはいけないという本能の警告。自らの感覚を信じて右に飛び転がった結果、ニーナは九死に一生を得たと言える。

 

 ユーフィアが抜き放った刀から銀閃が迸り、直前までニーナが立っていた空間を斬撃が襲った。回避が間に合わなかったニーナの銀髪数本が刈り取られ宙を舞う。彼我の距離、およそ五メートル。

 

 ユーフィアの刀がニーナに届くことなど、本来ならばあり得ない。だがそれを可能にするのがユーフィアの能力なのだ。自身を中心とした、半径五メートル以内に存在するすべての物体を切断する異能力。

 

 ニーナが目にするのは二年前の武闘大会以来だが、安全地帯から観戦しているのと実際に対峙してみるのとではまるで訳が違う。その威力についても上方修正しておいた方がいいだろう。少なくとも初見で避けられる攻撃ではない。入学試験の際、試験官の片腕を切り落とし一撃で戦闘不能に追いやった伝説は本物のようだ。

 

 ニーナは一度舌打ちすると、制服のポケットから紅く輝く鉱石を取り出す。

 

「識別コード《ステファンの五つ子》起動」

 

 ステファン帝国内で発掘されたリソタイトを五分割にして加工したASS。それらを三個指の間に挟むようにして持ち、瞬時に接続回路を励起させる。体内にマナが流れ込む感覚と同時に、ニーナのASSが光を放ち大振りのナイフを形成した。遠目にもユーフィアが息を呑んだのが分かる。

 

(ASSを……同時起動した……?)

 

 それを見たユーフィアは警戒したのか一度背後に飛び退り、再び刀を振るう。ニーナはその斬撃をサイドステップでかわしつつ、ユーフィアに向かってナイフを投擲した。ユーフィアは襲い来る三本のナイフを刀で叩き落とし、刹那の間にニーナとの間合いを詰める。冷静かつ隙のない、いい動きだ。

 

 ニーナはユーフィアが能力の発動圏内に入ったことを確認すると次のASSを取り出した。識別コード《カノープスの雷鳴》。紫色に輝く鉱石はユーフィアの眼前で手榴弾として展開され、投擲から二秒後に爆発する。

 

「……っ!」

 

 さすがのユーフィアも今回ばかりは対処が遅れ、咄嗟に顔を庇った左腕の制服が焼け焦げた。それでも爆発直前に背後へ跳び、直撃だけは避けたらしい。動体視力や反射神経が一年生の中でもずば抜けている。

 

 自身の異能を使いこなせている点もそうだが、身体能力や技術も同学年とは思えない。まさしく、百年に一人の天才だ。セヴラールが今年の一年は粒揃いと言っていたが、その言葉にも頷ける。

 

 ユーフィアを相手に遠距離戦は不利と判断し、ニーナはさらにASSを取り出した。識別コード《アルクトゥルスの宝剣》。レイピア型のASSである。

 

「レイピアですか」

「えぇ。意外だったかしら?」

「……そうですね。正直、驚いています。私と近距離戦をしてくださる方は、あまり多くありませんでしたから」

 

 そんな短いやり取りを経て、両者はほぼ同時に動き出した。ニーナが《アルクトゥルスの宝剣》を手に間合いを詰めるとユーフィアは刀を正眼に構え、それを迎え撃つ。先手を取りたいユーフィアが選択したのは自身が最も得意とする大上段からの一撃。対するニーナは下がりたくなる衝動に駆られつつ一歩踏み込み、斬撃に勢いが乗る前に刀身を受け止めた。

 

 もしも、ユーフィアの圧に負けて後退していればニーナはここで敗北していただろう。耳障りな金属音が響き、徐々にニーナが押され始める。両手で刀を振るうユーフィアと片手でその斬撃を受けるニーナとでは、腕にかかる負荷が桁違いなのだ。この鍔迫り合いも長くは保たない。

 

 ニーナは一瞬だけ力を抜いて刀の切っ先を誘い込むと《アルクトゥルスの宝剣》を横に凪ぎ、ユーフィアの背後に回る。だがユーフィアも即座に身体を反転させると、ニーナが放った刺突を紙一重でかわして見せた。

 

 が、その時には既にニーナの左手には新たな拳銃型のASSが握られている。識別コード《シリウスの降星》。今まで温存して使わなかった奥の手だ。

 

 先程の攻防で互いの距離が開き、ユーフィアの刀は間合いの外。それでも一歩踏み込めば、ギリギリ刀身がニーナに届く距離。ここに来てユーフィアの脳裏にわずかな迷いが生まれる。このまま白兵戦の間合いを維持すべきか、それとも一度仕切り直すべきなのか。

 

 ユーフィアは、前者を選択した。判断が遅れては命取りになるという焦りが、ユーフィアに決着を急がせたのだ。同時に、ニーナからしてもこれは千載一遇のチャンス。とはいえ、ユーフィアが異能力を使用する前に仕留めきれなければ勝利の目は遠退いてしまう。互いに後がないこの状況で、明暗を分けたのは一発の銃声だった。

 

「これで終わりよ」

 

 瞬きの間に《シリウスの降星》から放たれた光弾は、狙い過たずユーフィアの右腕を撃ち抜き刀を取り落とさせる。だがルール上、事前にASSの威力を下げているため直撃しても出血するほどの怪我には繋がらない。

 

「……やっぱり、ニーナさんはお強いです。参りました」

 

 被弾の衝撃で痺れたままの右腕を庇いつつ、ユーフィアは大事そうに刀を拾い上げた。気がつけば周囲には軽く人だかりができており、その中央でニーナは居心地の悪さを覚える。それはユーフィアも同じようで、恥ずかしそうに俯いてしまった。

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