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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第6話

 ウェルキエル帝国学院上層フロア、空き教室にて。

 

「随分と遅かったな、アグラシア。俺の機嫌を損ねて、今年の一年共々死にたいのか?」

 

 セヴラールは開口一番に物騒な言葉を投げ掛ける黒衣の男と対峙していた。と言っても男は自身の手元にのみ集中しているため、セヴラールの顔などろくに見ていない。セヴラールはインクの匂いが微かに漂う空き教室に、一歩足を踏み入れた。

 

「しょうがねぇだろ、生徒に捕まってたんだよ。お前だって、この時期は論文の執筆で忙しいんじゃないのか?」

「学会に提出する論文なら今終わったぞ。これで、しばらくは自由だ。俺が言いたいことが分かるか、アグラシア」

 

 男は座っていた椅子から立ち上がるとセヴラールの双眸を正面から見据える。着崩した制服の隙間から覗く素肌は病的なまでに白かった。

 

「……」

 

 男の問いにセヴラールが無言を貫いていると、男はわずかに口角を上げセヴラールとの間合いを詰める。

 

「娘はどうした? 連れてこいと言ったはずだが」

「……ニーナは今日ちょっと腹が痛いらしくてな」

「なるほど、腹痛か」

「あぁ。連れ回しちゃ可哀想だろ?」

「そういうことなら、俺が直接出向いてやる」

 

 男は羽織っていた上着を脱ぎ捨てると後ろ手で教室の扉を閉めた。

 

「それとも、俺を満足させられるだけの逸材をお前に紹介できるのか?」

「……無理だな。唯一お前と五分に渡り合えそうなのはフォーマルハウトくらいのもんだ」

 

 ここでユーフィアの名前を出すことは憚られたが、背に腹は代えられない。常に血と闘争に飢えているようなこの男ならば、学年トップの成績を有する少女の話題に食い付く可能性は十分にある。だがセヴラールの目論見は空しくも外れた。

 

「五代目『剣聖』の娘か。確かに実力は申し分ない。が、アレは駄目だな。アレではそそられん」

 

 男は一言でそう切り捨てると私物のソファーに腰掛け、テーブル上のコーヒーカップに手を伸ばす。好き勝手に改造された空き教室はもはや男の工房と化していた。

 

「俺が注目しているのはあの娘ただ一人。その他の有象無象に興味はない」

 

 挑発するような視線をセヴラールに向けながら、男は緩慢な動作で足を組む。その視線を受け流し、セヴラールは男の執筆した論文に手を伸ばした。帝国学院きっての武闘派でありながら卒業後の進路に《研究所》を志望している男は、年に一度開催される帝国学会への下準備にも余念がない。

 

「この論文、お前の代わりに提出しておいてやるよ。去年と同じ惨劇を繰り返されても困るからな」

「何だ、そのことを気にしていたのか?」

 

 男は一度コーヒーカップをテーブルに戻して立ち上がると、机の中から白い欠片を二つ取り出した。

 

「あの時の餓鬼なら、ここにいるぞ?」

「……っ!」

 

 今からちょうど一年前。この男ととある少女の決闘に巻き込まれて命を落とした、新入生二人の身体の一部。それが、目の前にあった。

 

「結局コレを使うことはなかったが、あの時はストックを切らしていたのでな。念のため、回収しておいたというわけだ」

 

 男は骨の欠片を引き出しに戻すと再びソファーに腰を下ろす。セヴラールは無言のまま男に背を向け、教室の扉に手を掛けた。

 

「軽蔑しているのか? 俺のことを」

 

 それを引き留めるようなことはせず、男はセヴラールの背後で追い討ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

「俺からしてみれば、お前もなかなかの悪人だがな。少なくとも、殺した数は俺以上だろう?」

「そうだな。だから、俺にお前を軽蔑する資格なんてない。所詮は同じ穴の狢だ」

 

 教室を出る直前に一度立ち止まり、セヴラールは独り言のように呟いた。その後ろ姿を見送りながら男――アルヴィス・チェスカーは笑みを浮かべる。

 

 アルヴィスは一年前、決闘に新入生を巻き込んだことで学院側から謹慎を命じられそのまま留年した。だが、決闘相手の少女は真面目に授業に出席することで何とか進級できたらしい。

 

「俺も、今年は退屈な授業に顔を出すとするか」

 

 あの少女がいるならば、代わり映えのしない学院生活も少しはましなものになるだろう。そう考えてしまうほどにアルヴィスは少女のことを気に入っていた。コーヒーカップの中身を一息で飲み干し、アルヴィスは続けて口を開く。


「どうやら貴様の周りは問題が山積みのようだな、徒雲」

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