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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第4話

 翌朝、ウェルキエル帝国学院学生寮とある一室にて。

 

「ニーナさーん、そろそろ起きてください。遅刻してしまいますよ!」

 

 黒髪黒瞳の少女、ユーフィア・フォーマルハウトは半泣きの表情でルームメイトの身体を揺すっていた。だが昨日同室だと判明し、互いに喜び合った銀髪の少女は一向に目を覚ます気配がない。

 

「ニーナさん!」

 

 ユーフィアがもう一度名前を呼ぶとニーナ・アグラシアはようやく薄目を開けた。

 

「……ん。セヴ、私はまだ眠いの。あと……五分だけ……」

「どなたと間違えてるんですかッ?」

 

 完全に寝ぼけているのか、ニーナはそう言ってまた目を閉じてしまう。ユーフィアは最終手段としてニーナの手から毛布を奪い取った。

 

「もう八時過ぎてるんですよ、初日から授業に遅れてしまいます!」

 

 すると今度こそ目を覚ましたのか、ニーナがゆっくりと上体を起こした。そしてユーフィアの姿を視認すると数秒硬直した後に口を開く。

 

「……あぁ、ユーフィア。おはよう、起こしてくれたの?」

「はい……」

 

 心なしか少しやつれ気味のユーフィアに首をかしげながら、ニーナは身支度を始めた。そんなニーナとは裏腹にほとんど準備を終えているユーフィアが、不安そうにニーナへ問いかける。

 

「ついに今日は初授業の日ですね。担当の先生はどんな方なのでしょう? あまり厳しくない人だといいのですが……」

 

 どうやらユーフィアは担当教諭の人となりが気になるらしい。だがニーナはそのことに関しては全く心配していなかった。

 

「それならまず大丈夫よ。厳しいどころか緩すぎるくらいだから」

「……? そうなのですか?」

「えぇ」

 

 新品の制服に袖を通し、長い銀髪を結い終えるとニーナの意識は徐々に覚醒していく。いまいち釈然としない様子のユーフィアに微笑み、ニーナは部屋の扉を開けた。

 

「行きましょう。とりあえず、行けば分かるわ」

 

 ※※※

 

 そうして迎えた初授業。机と椅子が整然と並べられた教室には四十名ほどの生徒が集められている。ギリギリで遅刻を免れたニーナとユーフィアは教壇の前の最前列に腰を下ろし、担当教諭の到着を待っていた。やがて授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響くと一人の男性教諭が姿を現す。

 

「お、揃ってるな。じゃあ、早速授業……といきたいところだが今日は概論だけだ。授業も午前で終わる」

 

 そう言いながら教壇に立った男性教諭は生徒たちを見渡すと自己紹介を始めた。

 

「俺が六年間お前たちを担当することになるセヴラール・アグラシアだ。呼び方は何でもいい。好きに呼んでくれ」

「……アグラシア?」

 

 するとユーフィアが隣に座るニーナへ視線を向けながら小首を傾げた。ニーナは悪戯っぽく微笑んでみせる。

 

「ね? 大丈夫だって言ったでしょ?」

「……驚きました。まさかニーナさんのご家族が先生だったなんて」

 

 ユーフィアが私語を咎められない程度の小声で返答する。その間にもセヴラールの話は続いていた。

 

「まず授業の進め方に関してだが……午前の一限から四限が実技、午後の五限と六限は座学が中心になると思ってくれ」

 

 ウェルキエル帝国学院では入学前に実技科と座学科、どちらかを選択することができる。実技を選んだ場合は戦闘訓練や実践演習を多く行い、座学を選んだ場合は講義を多く受けることになるのだ。

 

「実技の授業では手始めにクラス内で模擬戦を行ってもらう。誰と組むかは自由だが戦闘が苦手な生徒はこの後声をかけてくれ」

 

 ニーナはセヴラールが実技科を担当するという理由だけで専攻科目を即決した。より厳密に言えば実技科は二クラスに分けられておりどちらのクラスに配属されても不思議ではなかったのだが、その辺りは学院長が融通を利かせてくれたのだろう。

 

「座学はASSの起源や兵科、戦術、その他諸々を学ぶ。できる限り分かりやすく噛み砕いて説明するつもりだが、分からないところがあれば随時質問を受け付けるから安心しろ」

 

 セヴラールはそこで一度言葉を切ると黒板に一枚の紙を貼り付けた。

 

「次は定期考査についてだ。帝国学院が三学期制なのは知っているな?」

 

 ウェルキエル帝国学院では一学期と二学期に二回ずつ、三学期に一回試験がある。中間試験では実技、期末試験では座学のテストを行い、三学期の学年末試験では試験日を二日間設けるのが通例だ。特に決まりはないものの一日目に座学、二日目に実技試験という流れが多い。

 

「実技試験の内容は試験日の二週間前に発表される。基本的に、一年生の内は大きな怪我に繋がる試験はほとんど実施されないから気楽に取り組め。危険度が跳ね上がるのは四年生になった辺りからだ」

 

 そこから先は実地演習、つまり実際の戦場で試験を行うこともある。ここ数年、戦況悪化が著しい帝国はまだ育ちきっていない学生でも試験の名目で最前線に駆り出していた。

 

「まぁ、それは何年か後の話だし一年の間は学院生活を楽しめばいい」

 

 と、やや重くなってしまった空気を変えようとしたのかセヴラールが軽く言った。だが、既に覚悟を決めている一部の生徒に動揺は見られない。


 かく言うニーナもそちら側の人間だった。望まぬ入学とはいえ、文句を言って状況が好転するならば苦労はしない。事前にそう割り切ってしまっている。意外なことに、ユーフィアもあまり怯えてはいないようだった。

 

「ここまでで何か質問がある奴はいるか? いなければ今日はもうこれで解散にするが」

 

 セヴラールの問いかけに手を挙げる生徒はいない。それを見てセヴラールは解散を宣言した。初日から最前列で寝落ちしかけていたニーナもユーフィアに肩を揺すられて薄目を開ける。

 

「……んぅ、終わった?」

「お前な、少しは起きる努力をしろよ。俺じゃなかったら大問題だぞ」

「ちょっと、変な言いがかりはやめてちょうだい。私は寝てなんていないわ。ただ目を閉じて瞑想していただけよ」

「さっきフォーマルハウトに起こしてもらってただろ! そもそも授業中に瞑想すんな!」

 

 至極もっともなセヴラールの主張も軽く受け流し、ニーナはさっさと席を立つ。

 

「命がけの戦場においては、冷静さを保つことが長く生き残る秘訣である。いつもセヴが言ってることじゃない」

「それとこれとは話が別だ! 自主練なら授業時間外にやれ!」

「まぁそんなことは正直どうでもいいわよね。もうこんな時間だし、食事にしましょう。私は朝食を食べ損ねてしまったのよ」

「……」

 

 たった一分にも満たないやり取りで酷く疲弊させられたセヴラールは、深くため息をついてから何とか頷いた。

 

「下層の学生食堂でいいんだよな?」

「えぇ」

「じゃあお前らは先に向かってろ。俺は雑用を済ませてから行く」

「分かったわ。なるべく、急いでね」

 

 最後に笑顔で釘を刺し、ニーナはユーフィアと共に教室を出る。向かう先は学生御用達の食堂だ。

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