第3話
その時、大講堂に教員の声が響き渡りウェルキエル帝国学院入学式典が厳かに幕を開けた。新入生たちは一斉に口を閉ざし、大講堂に静寂が戻った頃合いで老齢の学院長が壇上に登壇する。ニーナはいつの間にかセヴラールの気配が講堂内から消失していることに気が付き、小さく舌打ちした。どうやら退屈な式典に耐えきれず、タイミングを見計らって抜け出したらしい。ニーナとしては羨ましいことこの上ない暴挙である。
「まずは新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。今日から皆さんも正式にウェルキエル帝国学院の生徒です。これから約六年間、学友たちと切磋琢磨しながら有意義な学校生活を過ごしてください」
柔和な印象を与える穏やかな口調だった。学院長は手慣れた様子で、講堂全体を見渡しながら当たり障りのない言葉を並べ立てる。それこそ、どこの学校でも行われているような代わり映えのしない挨拶だった。ニーナはセヴラールに対する不平不満を一度忘れ去ると壇上に立つ男を無言で見据え、男がこれまでに打ち立ててきた数々の功績を思い返す。
十年前の首都防衛や八年前の友軍撤退支援。数多の難局を乗り越え、帝国を最前線で支え続けた優秀な魔導師であることはもはや疑いようがない。現役時代は『結界師』の二つ名を冠し、少将まで上り詰めたという。恐らく結界構築系の異能に絞ったならば、彼ほどの実力者は今の帝国にも存在しないだろう。何せ後進の育成に回ってからも戦況次第では未だに前線へ駆り出されるほどの豪傑なのだ。
「さて、それでは時間も押していることですし前置きはここまでにして本題に入りましょう。皆さんもご存知の通り、我がウェルキエル帝国学院では実力主義と成果主義を徹底しています。そして……ここで起こることはその全てが自己責任です」
弛緩していた空気が途端に張り詰める気配。数秒の間を置いて放たれた一言に、新入生は揃って息を呑む。空気の変化を敏感に感じ取ったニーナが顔を上げると、壇上の男と一瞬だけ目が合ったような気がした。
「皆さんも数年後には戦場で戦うことになるでしょう。怪我や死亡も、当然あり得ます。それが戦争です」
セヴラールを帝国学院に招いた男。ニーナが平穏な引きこもり生活を手放す元凶になった男。完全な私怨を込め、ニーナはその双眸を真っ向から睨み返す。
「その事を踏まえた上で、各自勉学に励んでください。私からは以上です」
話が終わると学院長は壇上から降り、続きを教員が引き継いだ。
「ではこれより新入生には寮へ移動してもらう。事前に郵送した荷物を持って向かうように」
教員の言葉を皮切りに生徒たちが次々と移動を開始する。ニーナも隣に座るユーフィアへ声をかけた。
「私の荷物は二号棟にあるらしいんだけど、ユーフィアは?」
「あ、私は一号棟なんです」
入学する前に送った私物は一号棟と二号棟に分けて保管されているのだが、残念ながらニーナとユーフィアは別の棟だった。
「そう、ならここでお別れね。また授業で会いましょう」
「はい、その時はよろしくお願いいたします」
律儀に頭を下げ大講堂を去るユーフィアの後ろ姿を見送り、ニーナは改めてセヴラールを探した。だが大講堂内にはやはり見当たらない。教員の目を盗んでニーナが外に出てみると、セヴラールは講堂の壁に背を預けて煙草を吸っていた。
「セヴ、式典サボったでしょ」
ニーナが恨みがましい視線を向けると、セヴラールは煙草の火を革靴で踏みにじって消しながら口を開く。
「主役はあくまでもお前らであって、俺じゃないからな。出番もねぇし。いてもいなくても同じだろ?」
「だからって……」
ニーナは思わずため息をついた。セヴラールの自由奔放な性格に、ニーナは毎回振り回されている。
「まぁまぁ。俺には俺にしかできない仕事があったんだよ。一応、これはお前のためでもあるんだぞ? そういうことで納得してくれ」
「できるわけないでしょ! 一体どこで何してたのよッ?」
ニーナの訝しげな視線を受け流し、セヴラールは二号棟の方角を指差した。
「そんなことより早く荷物受け取りに行けよ。遅れると面倒だぞ」
「一緒に行って」
「嫌だよ、荷物持ちにする気だろ?」
「私を一人置き去りにして自分だけ楽したこと、許してないからね」
「……」
二人の視線が交錯し、不可視の火花を散らす。だが今回ばかりはニーナに軍配が上がった。
「分かった分かった、分かりましたよ。部屋の前までだからな? 誰にも言うなよ」
「もちろん言わないわ。今日のことはこれでチャラね」
ようやく機嫌を直したニーナの後を追いながらセヴラールはひとまず胸を撫で下ろす。ニーナが望む日常を守るため、今回の密会は必要不可欠であった。だがこれから先は、より慎重に行動しなくてはならないだろう。




