第34話
同日同時刻、ウェルキエル帝国学院下層食堂にて。
「……妙ですわね」
ユーフィアと共に昼食をとっていたスピカが小さく呟く。ユーフィアは好物のシチューを口に運びながら食堂全体を見渡した。常に生徒で賑わう食堂は今朝から喧騒に包まれている。
「なにか、あったのでしょうか?」
その喧騒を遠巻きに眺めながら、不安そうにユーフィアが問いかけた。スピカは上級生の会話に聞き耳を立て、訝しげに口を開く。
「…………何やら、上層フロアの方で先輩方に動きがあったようですね。業を煮やした協商連合側が遂に仕掛けてきたのかもしれません」
「今はどこの戦線も人手不足だと聞きますし……研修の名目で五、六年生が前線に駆り出されているとしても不思議ではありませんね」
ユーフィアは一ヶ月ほど前に入手した校内新聞の見出しを思い返した。長らく続いていた協商連合軍との小康状態。それが破られたのが二週間前のこと。国境付近での小競り合いを経て防衛線が突破されたとするならば一応の辻褄は合う。
「ところで、リーヴィアさんはもうご実家に戻られたのでしょうか?」
「……いえ、まだ連絡はありませんわ。あの子の家は学院からそこまで離れていませんし、既に到着しているはずなのですけれど……」
スピカはルームメイトの少女から一切の連絡がないことを、朝から気にかけていた。リーヴィアの帰省先のライロレーブ市は国境から最も近い都市である。協商連合が大規模攻勢に出たとするならば、戦火に巻き込まれないとは限らない。
「心配ですわ、なにかトラブルがあったんじゃ……」
するとその時、二人の背後から女子生徒二人組の話し声が漏れ聞こえてきた。
「ねぇ、聞いた? 協商連合が越境作戦を開始したって話」
「聞いた聞いた、ジタレダスニアでしょ? 防衛線が突破されたのって」
「三個師団規模で押さえ込んでたらしいんだけど、もう持たないってさ」
「それで先輩が?」
「そうそう、動ける人間は片っ端から前線に投入されてるんだって。市街戦も想定されてるらしいよ。ほら、ライロレーブは補給線でしょ? 絶対落とされるわけにはいかないのよ」
女子生徒の口から発せられたライロレーブという単語に反応しスピカは思わず振り返る。女子生徒は会話を聞き咎められたと思ったのか足早に食堂から去っていった。その後ろ姿を呆然と見送りながらスピカが拳を握り締める。
「リーヴィア……」
どこか危ういものを感じさせる声音でルームメイトの名を呼びスピカはゆっくりと立ち上がった。
「スピカ、さん……。大丈夫、ですか……?」
ユーフィアが気遣うようにスピカへ声をかけるがスピカには既に聞こえていない。
「ごめんなさい、私、先に行きますわね」
「え……あ、待ってください、スピカさん!」
咄嗟にスピカを呼び止めようとしたユーフィアの手をすり抜け、スピカが駆け出す。ユーフィアはあっという間に人混みへと紛れてしまったスピカの背中を探したものの、数秒で諦めた。
(……ニーナさんやアグラシア先生ならスピカさんを引き留められたのでしょうか?)
今はいない二人のことを思いながらユーフィアは一人ため息をつく。
(やっぱり、私はダメな子です……)
入学当時から常に一緒だった同級生と自身を比べ、自己嫌悪に陥ったユーフィアは重い足取りで下層食堂を後にした。夏季休暇中ということもあり、閑散とした廊下を歩いているとまるでこの学院に自分だけが取り残されてしまったかのような錯覚を覚える。
やがて学生寮の自室に辿り着いたユーフィアは三度ノックをしてからドアを開けた。だが、当然室内にニーナの姿はない。
(ニーナさん……早く、帰ってきてください……)
まだ正午過ぎにも関わらずベッドに倒れ込んだユーフィアは、現実から目を背けて目を閉じる。次に目が覚めた時には何かが変わっていることを願いながら。が、現実はどこまでも非情だった。
「……スピカさん?」
ユーフィアが眠っている間にドアの隙間を利用して届けたのであろう一通の手紙。殴り書きと言っても過言ではないほど粗雑に書き綴られたその内容に目を通した瞬間、ユーフィアは何も考えないまま部屋を飛び出した。




